次の日。この日は土曜日でちょうど学校は休みだった。いつもなら家でだらだらとして休日を食いつぶすマナカだったが、この日は昼間から電車に揺られていた。行き先は、総合施設の充実している大きな駅だ。
最寄り駅から移動すること3駅。学校に向かう方向とは逆方向に行くというだけでもなんだか新鮮な気分だった。
「どんなところなんだろ・・・ガンダムベース・・・」
もう間もなく降りる予定の駅に到着すると知らせる音声アナウンスを聞きながら、マナカは事前に調べていた情報を反芻する。結局、あのスレミと言うギャルと出会ってからガンプラ、GBNの言葉が頭から離れず、気になって眠れそうも無かったので軽く調べてみたのである。
ガンプラとはそのままガンダムのプラモデルの略・・・「機動戦士ガンダム」という作品群に登場する人型ロボット、ガンダムや他のロボットを模したプラモデルを総称してそう呼ぶ。
そしてGBN、今流行りのフルダイブ型オンラインゲームであり、家庭用ログイン機器の他に、ガンダムベースなどの実店舗からログインすることができる。このGBNにログインするにはガンプラが必須と言ってもいいらしく、ガンプラが無いとGBNのコンテンツの大半は遊べないのだとか。それを知って、通りでスレミがガンプラを入れたタッパーを落として慌てていたわけだ、とマナカは納得した。
「(ガンプラに・・・GBN・・・。一体どんなものなんだろう)」
今まで興味を向けて来なかったコンテンツ。今まで知ることなく過ごしてきた世界。ガンプラと言えば男子が熱中するもので、休み時間の教室で集まってガンプラ談義に熱くなるもの・・・。その程度のイメージしかなかった。しかし、輝いていたスレミの目とオンラインで誰かとガンプラを戦わせるという言葉が、マナカの心に小さな好奇心の種を植え付けていたのだった。
「・・・ここが、ガンダムベース・・・」
駅近どころか駅の中にある総合施設のワンフロアぶち抜きで店舗を展開している、駅中ガンダムベース。ガンダムの顔を模した大きな看板に圧倒されつつも入口をくぐると、目に飛び込んで来たのは山のように積まれた、大小様々色とりどりのガンプラの箱だった。
名前もよく知らないロボットがポージングを決めている箱絵を眺めていると、それだけでも別世界に来たかのような気分になる。店内を見渡すと、ショーケースに飾られているガンプラを熱心に見ている少年や、何やら議論を交わしている大人の姿があった。見る限りほとんど男性客ばかりで、スレミのような女性客の姿は見掛けない。
一瞬場違い感で足が竦むものの、せっかく休日を使ってここまで来たのだからと奥へと足を踏み入れることにした。
「(本当に女の子もいるのかな・・・)」
スレミは女子でも結構やっている人はいる、とは言っていたが、今のところ見かけるのは誰も男性客だ。店員も男性ばかりだし、まさに男の世界という感じで居心地が悪い。所狭しと箱が詰められている商品棚を眺めつつ歩いていると、視界の端に見覚えのある後姿が見えた。
「あっ・・・!」
それは、昨日の朝に駅で出会ったスレミだった。派手な金髪のサイドテールに、上着を腰に巻き付けているスタイル、見間違えるはずがない。見れば彼女は何かを真剣な表情で見ている。手元はよく見えないが、ガンプラの商品棚にいるということは、探しているものがあるのだろう。昨日といい今日といい、何かと探しものをしているギャルだ。
「・・・」
声を掛けるかどうか迷っていると、スレミがふと顔を上げた。そして、マナカの姿を認めるとさっきまで真剣そのものだった表情から一転、パッと華が咲くような笑顔になった。
「あ、マナっちじゃん! こんなところで会うなんて奇遇だね!」
「ま、マナっち・・・?」
出会って二回目、会話したのも数分あるかどうかなのに早くも下の名前かつ、あだ名っぽい呼び方。さすがは陽の存在たるギャル。距離の詰め方がマッハだ。
「あ、マナっちってイヤだった?」
「い、いやとかじゃ・・・ない、ですけど・・・。あの、昨日の今日ですけど、まだ会って2回目とかですよね?」
「ん? お互いジコショカーイしたし、十分じゃね?」
あっけらかんと言ってのけるスレミに、マナカは何も言えなかった。マッハどころか光速だった。光の速度で距離を詰められたことはあるかぁい?
「あ、えっと、ユズリハさん・・・」
「スレミでいいよぉ! あたしもマナっちって呼ぶし!」
「アッ、ハイ」
昨日はなんか敬語喋ってただろこのギャル、と思ったが言葉にはしなかった。
「あ! というか、マナっちがここにいるってことはさ、ガンプラに興味持ってくれたんだ!?」
「あ、はい、まあ・・・。気になったので・・・」
「わー! よかったぁ、昨日はなんかキョーミ無さそうだったし? あたしもちょーっとグイグイっと行っちゃったかなって気になってたから、ガンプラに興味持ってくれてアリガトー!」
「あはは・・・」
スレミに両手をがしっと握られて上下にぶんぶんと振られるのを、されるがままにしながら、今の方が100倍くらいグイグイ来てるだろこのギャル。とは言葉にしなかった。
「それでね、これがあたしのガンプラ! デコルター! デスルターっていうガンプラをあたし用にデコったの!」
「へー・・・」
スレミが目を輝かせながら見せびらかしてくるガンプラ、デコルターを見ながら気のない返事を返す。ショッキングなピンクに染め上げられたその機体は、機体の各部にあのデコられタッパーと同じくラインストーンやラメが散りばめられており、なんとも派手派手である。白や赤は目立つ! なんてことを言う人もいるようだが、このデコられガンプラの方がよっぽど目立つだろう。
「それで、マナっちはどのガンプラするか決めた?」
「数が多すぎて、何がいいのか全然わからないですね・・・」
ガンダムベースに併設されているカフェのテーブル席で、マナカは「はぁ・・・」と疲労の滲んだため息をついた。それと言うのも、GBNにも興味があるといったら「ならまずはオニューのガンプラ選びじゃん!」と張り切ったスレミにガンダムベース中を連れ回されたのだ。
しかしそこはさすがというべきかガンダムベース。広い店内のいたるところにある商品棚や平積み商品は星の数ほどあり、ガンダムの知識など皆無なマナカはそれらの細かな違いなどわかるはずもなく。挙句に全部同じでは? とうっかり口を滑らせてしまったがために、スレミに全然違うから! よく見て! とお小言を貰いつつ次々にガンプラを代わる代わる見せられて違いを力説されたのである。それだけでもう、精神的にどっと疲れてしまった。ちなみに周りで見ていた客は皆腕を組んでうんうんと頷いたりしていた。
「もういっそのこと、スレミさんがお勧めしてください・・・。何か初心者向けってことで・・・」
「えー? それはそれで難しいんだけどなあ。あ、そうだ。レンタルガンプラ見るのはどう?」
「レンタル? ガンプラって、レンタルできるものなんですか?」
「うん。ガンダムベースでやってるサービスだよ。GBNにダイブするのにガンプラがなーい! ってときでも、ガンプラをレンタルすればオッケーってわけ」
「なるほど・・・」
このままあてもなくガンプラを見て回って時間を浪費するよりも、そのレンタルガンプラとやらを見てイメージを掴むというのもありだろう。ガンダムベースのサービスとして自前のガンプラが無くてもGBNが遊べる、というのもありがたい。そうと決まれば早いもので、カフェの会計を済ませるとサービスカウンターへと向かう。レジも併設されているそこでは、店員が客の応対をしていた。
「はい、レンタルガンプラ希望のお客様ですね。レンタルするガンプラはこちらの端末からご覧いただけます」
「わ、結構種類がある・・・」
店員の手が空くのを待ってからレンタルガンプラを借りたい旨を知らせれば、タブレット端末を渡された。画面をスワイプしてみれば、様々な種類の組み立て済みのガンプラがそこには利用者の指名を待っている。
「うーん、どれもしっくり・・・。ん、このガンプラ・・・」
スイスイと画面を流していく中、一つのページで手が止まる。そこには胴体が黒、頭と手足が緑色のガンプラが表示されていた。そのガンプラの名前は・・・
「ディジェ・・・」
その名前を口にすると、マナカの心臓が少しだけ跳ねた。何故かはわからない。けれどそのガンプラに強く惹かれている自分がいた。
「あの、このガンプラで・・・」
「はい、ディジェですね。今ガンプラをお持ちしますので、少々お待ちください」
そう言って店員は奥へと引っ込んでいく。待つ間手持ち無沙汰になっていると、いつの間にかどこかへ行っていたスレミが、箱を一つ手に戻って来た。
「おまたー、マナっち、はいこれ!」
「え、これって・・・」
「マナっちが選んでたディジェ! どうせならついでに買っておいた方がお得でしょ!」
「いや、私まだこのガンプラを買うとは言ってないんですけど・・・」
「え? ディジェを見てた時に目が輝いてたじゃん。一目惚れ、したんじゃない?」
「ぐっ・・・」
一目惚れ。一目惚れなのだろうか。確かに見た時に惹かれるものはあったものの、だからと言ってすぐにそのガンプラを買うという発想にはならなかった。
「まあまあ、こういうのはイチゴイチエ? っていうし、ある時に買っとかないと! あとでやっぱりほしいなーってなっても無くなってたりするんだよ! ちなこれ実体験な!」
「一期一会・・・」
「それとも、またガンプラ探して歩き回る?」
「買いましょうかこのガンプラ」
即答だった。
ガンダムベースの買い物袋とレンタルしたディジェを手に、マナカとスレミはゲームブースへと来ていた。ここには実店舗からGBNにログインするための専用機器がいくつも並んでいる。使用中の場所は、上部のランプが点灯している。二人がゲームブースに入ってた時には、ちょうど二つ空きがあった。
「それじゃあ、このダイバーギアにガンプラをセットして、このゴーグルを被るの。そしたら自動でログインが始まるから!」
「自動で・・・そうなんですね」
ゲーミングチェアをさらに二回りほど大きくし、メカニカルな見た目にしたような座席に身を預け、言われた通りに三角の角が切り落とされているような見た目の機械、ダイバーギアにレンタルしたディジェを置く。そして最後にゴーグル型の機器を被れば、システムが起動しログインが開始される。
フルダイブ型、と銘打っているだけあり自分の中から何かが抜き出され、没入していく不思議な感覚を味わいながら、決められた通りに初回登録を進めていく。ガンプラのセット、スキャン共に問題なし。
ダイバーネームは実名を少し縮めてマナ、にした。そしてGBNで活動するためのアバターだが、こういうものは凝り始めると無限に時間が溶けると相場が決まっている。ガンプラ探しやらで時間を使ってしまったのと、一緒にダイブしたスレミを待たせているかもしれないので、デフォルトを少し弄って手早く済ませた。服装だけは、どうせならと少し冒険して「魔法少女衣装カラーA」にしたが。
≪GPEX SYSTEM START UP―――≫
≪Welcome to GBN≫
≪Will you survive?≫
「君は生き延びることができるか?」ガンダムでは有名な一文と共に、マナカの意識は電子空間へと再構築されていった。
「ここ、は・・・」
次に目を開けた時に、目に飛び込んで来たのは色鮮やかな景色だった。GBN、セントラルロビー。ログインポイントを別に指定していない限り、全てのダイバーが一度降り立つその場所は、休日ということもあってか行き交うダイバーで大いに賑わいを見せていた。
GBNはガンダム作品に登場するキャラクターや、各服装以外にも多種多様なアバターがある、とは事前に調べていて少しは知っていたものの、やはり実際に見るのとではインパクトが違う。
馴染みのある人間のアバターだけでなく、二足歩行で歩くネコやイヌ、いわゆる獣人や耳の少し長いエルフ、背が低く髭のゴワッとしたドワーフなど、およそファンタジー作品に出てきそうな見た目のアバター、さらには二頭身だか三等身くらいのやたらとまるみを帯びたゆるい見た目のガンダムとザクがポテ、ポテ、と可愛らしい足音を鳴らしながら通り過ぎていくのを、思わず目で追ってしまう。
なるほど、GBN。これはみんなが夢中になるわけだ。
ここには様々なアバターがいて、様々な人がいる。みんなキラキラと色づいている。今まで灰色の世界に身を置いて、諦めたフリをしていたのが馬鹿らしくなる。
「お、見ろよあれ!」
「おー、ザクスピードか? 謎可変機構してるのによく作れたな」
分厚いガラス窓の向こう側、二人連れのダイバーが指さしているザクスピードと呼ばれた機体が、スラスターの炎の尾を引きながら飛んでいく。なんだかよくわからないが、すごいらしい。
それにしても、とマナカ改めマナは周囲をきょろきょろと見回す。スレミもログインしているはずだが、どこにいるのだろうか。それらしいアバターは見掛けない・・・というか、アバターの見た目を弄れるのだから先に確認なりしておくんだった。
「あ、もしかしてマナっち?」
「その声は・・・スレミ?」
「そーそー! あたし、こっちでも名前はスレミだから、よろよろ!」
声を掛けてきたのは、明るいオレンジ色の髪をサイドテールにしている少女。マナカとは色違いの魔法少女衣装を着て、腰に柄物の上着を巻いている。髪の色や着ている服こそ違うが、このテンションとそのファッションセンスも合わせてスレミ本人で間違いないだろう。
「顔、あまり変わらないんだ・・・」
「あんまいじるのもメンドーだし? こうやって髪の色とか服とか変えとけば案外バレないかなーって!」
「あと服とか・・・」
「ん? カワイイじゃん! あ、てかあたしら色違うだけでオソロじゃね!? ヤバッ、ウケるんですけど! あ、スクショ撮っとこ、イェーイ」
見た目に関してはあまり人のことは言えないが、あっけらかんとしているというか堂々としているというか。マナとしては魔法少女衣装はそれなりに冒険したつもりなのだが、陽のギャルは気にしていないようだった。
そしてこのグイグイ来る感じ、苦手ではあるのだが不思議とスレミならイヤな感じがしない。イヤな気持ちになる前に光の速度で距離を詰めてくるからだろうか。それとも陽のギャルの気があまねくすべてを照らして陰の気が出るまでも無く浄化してくるのか。
「さてと、マナっちはGBNオハツだもんね。これからどうする?」
「どう、といっても・・・。何をすればいいのか・・・」
「あー、だよね。初めてで右も左もワカラン! っていう感じだよね。わかるわー、あたしも最初はそうだったし!」
うんうん、と腕組みをして頷くスレミ。その度に、組んだ腕で持ち上げられた二つの双丘が揺れる。
「よし、ならまずはアレ、見とこうか!」
「アレ?」
「そう、アレ!」
ニヤリ、とスレミは悪戯っぽく微笑むのだった。