サイド・ダイバーズメモリー   作:青いカンテラ

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もしもあの改札を通り過ぎていたら。


ガンプラガール・モノクローム/第3話ディジェ大地に立つ

「よし、ならまずはアレ、見とこうか!」

「アレ?」

「そう、アレ!」

 

 そう言って、スレミはニヤリと悪戯っぽく笑う。手元に呼び出したホロウィンドウを慣れた手つきで数回操作すると、景色が次々と切り替わっていく。ダイバーたちで賑わっていたセントラルロビーから、どこかのお城の中庭、見渡す限りの草原、どこかの浜辺に建つ木製の家、そして最後に辿り着いたのは、薄暗い格納庫だった。

 

 冷たい鉄に囲まれた、いっそ殺風景とも言える場所。GBNのファストトラベルで一瞬にして移動し、マナは数秒ほど固まっていたが、ハッととして周りをキョロキョロと見回した。

 

「えっ、どこ、ここ・・・?」

「ふっふーん、格納庫だよ! やっぱGBNと言えば、まずは格納庫っしょ!」

 

 フンス、とスレミは鼻息荒くドヤ顔していた。そんな彼女をさておいて、マナは物珍しそうに周囲を見ながら歩く。格納庫なんて、普通に人生で生きていて立ち入る機会など早々ない場所だ。それがGBNのゲーム内とはいえ、こうして見て歩けるというのはかなり新鮮な体験だ。

 

 特有の閉塞感。そして冷たい鉄の圧迫感。まるで本当にそこにいるかのような錯覚を覚えるほど、GBNの仮想空間はリアルだ。スレミの言っていた「アレ」とはここのことだったのかな? と思っていたマナの瞳に、それが映り込んだ。

 

「・・・」

 

 思わず息をのんだ。そこにあったのは、2機のMS。メンテナンスベッドに固定され、主人が乗り込み出撃するのを今か今かと待ち続けている鋼鉄の巨人。それはGBN内で約18m級にまで拡大された、デコルターとディジェだった。

 

「どう、マナっち。すごいでしょ!」

 

 いつの間にか隣に来ていたスレミが弾んだ声で言う。マナはただ頷くしかできなかった。薄暗い格納庫の中、照明が当てられてシルエットが浮かび上がっている2機。元はプラスチックの玩具だとは思えないほどの、現実感を持ってそこにいる。まさに圧巻の一言だった。

 

 GBNにログインする前は、手に持てるサイズだったのが、目の前には見上げるほどの巨躯のディジェが堂々と立っている。深緑色の装甲は無骨ながらも洗練されたフォルムを描き出し、各部スラスターやセンサー類は今にも動き出しそうな迫力を湛えている。

 

 その隣に立つのは、スレミのデコルターだ。ガンプラの時でも目に痛いショッキングピンクで染め上げられ、各部にラインストーンやラメが散りばめられていたその機体は、ここでは色調補正が掛かっているのか少し落ち着いた色合いに見える。ラインストーンやラメは照明の光を反射してきらめいているが、視覚効果以外に何か特殊な効果があるのだろうか。

 

「こ、これが・・・ディジェとデコルター・・・」

 

 マナの声は驚嘆と感動がないまぜになり、微かに震えていた。事前に調べた範囲でGBNでは読み込ませたガンプラに乗れる、とは知っていたが、これほどの大きさと、目の前で感じる圧倒的な質量感は、想像を遥かに超えていた。なぜGBNが多くのプレイヤーを抱える巨大コンテンツになっているのか、その理由の一端をまた一つ知ったのだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◇◇◇

 

 ◇◇◇

 

 

 

「まずは操作ね。これが操縦桿でー、これが武装とかの選択でしょー? それから・・・」

 

 格納庫での興奮冷めやらぬまま、ディジェのコクピット内でマナはスレミから基本操作のレクチャーを受けていた。コクピット、と言っても計器類やシートが詰め込まれているせまっ苦しいものではなく、ちょっとした円形のスペースにモニターと、操縦桿が生えている光の球体が宙に浮いているシンプルなものだ。

 

 GBNではスタンダードタイプとも呼ばれているコクピット内装は、デフォルトで設定されているものである。基本的には一人用のスペースだが、詰めれば2人か3人くらいは乗れるだけの広さがあった。

 

 スレミは意外にも丁寧に、そして簡潔に操作方法を説明していく。横に立って手元を覗き込みながら、あるいは後ろから抱き付くような感じで、彼女は立ち位置を変えながら話している。

 

 しかし、マナは説明を聞くどころではなかった。コクピットは一人用とはいえあまりにも距離が近い。スレミが動くたびに柔らかなものが当たるし、喋るたびに耳に吐息が掛かる・・・ような気がする。

 

 どちらかと言えば陰の者だと自認しているマナには、密着状態で操作説明をしてくるギャル、というのは刺激が強すぎる。

 

「・・・マナっち聞いてる?」

「はひっ!? も、もちろんですけど!?」

 

 思わず上ずった声が出てしまう。だがそれも仕方のないことだ。この陽のギャルがあまりにも無造作に密着してくるのだから。GBNの無駄によく再現されている柔らかなあれやこれやが体に当たってしまって、話を聞くどころではなかったのだから。自分はそっちではないはず、と思いつつもドキドキしてしまう。

 

「ふーん? まあ、いいけど。動かしてればそのうち慣れるっしょ! それじゃあ次はアレやってみよっか」

「アレ?」

 

 またも具体的なことは言わないスレミ。彼女はさっさとコクピットから出て行く。それからほどなくして、モニターに小さなウインドウがポップし、スレミの顔が映し出された。

 

≪やっほーマナっち~!≫

「スレミ?」

≪いまから誘導すっから、カタパルトから出撃、行っちゃって!≫

「へ、え、出撃?」

 

 陽のギャルのやることはいつも唐突だ。カタパルトからの出撃なんてどうすれば、とマナが混乱していると、コクピット内のモニターにガイドが表示された。それから重厚な音を立てて格納庫の壁の一部が開く。そこにいけ、ということだろう。

 

「く、ええと、やってみる!」

 

 ガイドに従い、操縦桿を前に押し込む。それによりマナの意志がディジェに伝わり、左足を上げて一歩前に踏み出した。初めて機体を動かしたことに軽く感動しながら、そのままズシズシと開いているところまで歩いていく。

 

≪来たねー、マナっち。それじゃ、カタパルトに接続!≫

 

 自動でカタパルトに接続され、縦に3つ並んだランプが赤く点灯する。

 

≪準備はいい? マナっち。それじゃあ、ディジェ、発進どうぞ!≫

「いやどうぞって言われてもどうしたらいいの!?」

≪思いっきり叫べばいいんだよ! 気持ちいいから!≫

「え、あ、わかった・・・」

 

 赤いランプが上から順に緑へと変わっていく。3カウントでカタパルトから射出されるのだということは、ゲームに疎いマナにも察せられた。

 

「え、えーと、マナ! ディジェ、いきます!」

 

 カタパルトが作動し、ディジェを高速で射出する。モニターに映る景色が急激に後ろへと流れていき、体をGに押さえ付けられるような僅かな感覚がある。景色が切り替わる瞬間に、マナはぎゅっと目をつむっていた。

 

 わずかな浮遊感。そして、すぐにそれは落下へと変わり、数秒と立たないうちにズシン・・・! と地面に着地する音が耳に届いた。

 

≪マナっち、見て≫

「・・・っ」

 

 スレミの優しい声に促され、マナは恐る恐る目を開けた。するとそこに広がっていた景色を見て、またも息をのむ。どこまでも、どこまでも続いている青い青い空。足元に広がる緑の草原。遠くには風に葉を揺らす森が広がっている。画面越しに見るテレビゲームやアニメのようなものとは違う、本当にそこに世界が広がっているかのような奥行き。

 

 仮想空間の中にあるとは思えないほどに圧倒的なリアル感。格納庫でディジェを見た時と同じかそれ以上に、ただただ、圧倒される。

 

≪どう? すごいっしょ≫

「う、うん・・・。ゲームの中だとは思えないくらいに・・・」

≪これからもすごいことはたくさんあるから、マナっち目を回すなよー? えへっ、それじゃあ続きをしよっか。マナっち、遠くに光のドームがあるの見える?≫

「光のドーム・・・って、あれ?≫

 

 スレミに言われて遠くを探すと、確かに森の向こう側に半透明の光のドームが見えた。ガイドもそこへ向かうようにと指示が出ている。

 

「えっと、あそこになにがあるの?」

≪ん? それはねー・・・ま、行ってみてからのお楽しみってことで!≫

「えー・・・?」

 

 少しイヤな予感がしながらも、マナはそのドームに向かってディジェを動かすのだった。

 

 

 

≪バトルフィールドにリーオー3機確認! まっすぐこっちに向かってるから迎撃よろ!≫

「やっぱりこうなった!」

 

 光のドームを潜って中に入った瞬間、【BATTLE START!】という文字と共にレーダーが反応を示した。光点が3つ、迷うことなくマナとディジェの方へと向かってきている。

 

≪GBNの初めてといえば格納庫で機体の確認、カタパルトでの出撃、そしてチュートリアルバトルでの実戦! これは外せないっしょ!≫

「なら、事前に、説明を、しろぉ!」

 

 がむしゃらに操縦桿を動かして、ディジェを操作する。リーオー3機は持っている武装の射程にディジェを捉えるや、先制攻撃を仕掛けてきた。武装はそれぞれドーバーガン、マシンガン、ビームライフルと、およそスタンダードなものだ。そして、各機の射程や武器の発射間隔などからしてもバランスがいい組み合わせだった。

 

≪まあまあ、落ち着いて戦えば倒せる相手だから! マナっちだってニュータイプです、うまくやるでしょう!≫

「なんの台詞!?」

 

 言い返しながらも、機体を動かすことは忘れない。3対1という圧倒的に不利な状況で足を止めるのはまずいと、初の実戦ながらも直感的にそう感じていた。バトルフィールドも開けた場所で遮蔽物になるようなものは無い。ならばできるだけ動き回って直撃を避けるしかない。特にあの巨大な大砲、ドーバーガンを食らうのはまずい。

 

「えぇと、武器、武器・・・! これか!」

 

 武器スロットを呼び出し、セット。手に持っていたビームライフルをマウントして代わりにクレイ・バズーカを手に取る。スコープ越しに一機のリーオーに狙いを付けてトリガーを引く。

 

「かわされた!?」

≪マナっち落ち着いて! ロックオンマーカーが赤になってから撃つんだよ!≫

 

 撃ち出されたクレイ・バズーカの弾頭は、狙いをつけたリーオーの脇を通り過ぎて虚しく空へと消える。焦りからロックオンがされていないうちに撃ってしまったために狙いが逸れてしまったのだ。なのでかわされた、というよりは外した、と言う方が正しい。

 

「くっ・・・。ロックオン・・・!」

 

 リーオーたちの攻撃は散発的で自機への狙いも甘いが、やはり3対1という数的不利なのはいかんともしがたい。まずは1機。なんとか数を減らさないといけない。マナは深呼吸をして汗ばむ手で操縦桿を握り直すと、モニター越しにリーオーを睨みつけた。

 

「もう一度!」

 

 がちゃがちゃと動かしていた操縦桿を、今度は思いっきり後ろへと倒す。ディジェが後方へとブーストを掛け、つい先ほどまでいた場所にドーバーガンが直撃する。その事実に背中にイヤな汗が流れるのを感じながら、マナはクレイ・バズーカを構えた。

 

「ロックオンして、撃つ!」

 

 揺れるロックオンマーカーが一つに重なり、赤色に変わる。その瞬間を狙い、マナはトリガーを引いた。今度は狙い違わず、バズーカの弾頭はリーオーの胴体に直撃すると爆散してポリゴンの塵になって消え去った。撃破したのはドーバーガンを持った機体だ。これで不意の直撃などを貰っての即死という心配はなくなった。

 

「・・・よし、まずは一つ倒した・・・!」

≪やるじゃんマナっち! 初撃破だよオメデトー!≫

「はぁ、はぁ・・・えへへ・・・っ!? きゃあ!」

 

 スレミに褒められて一瞬気が緩んだ。その瞬間を狙いすましたようにマシンガン持ちのリーオーの射撃が、クレイ・バズーカを撃ち抜いた。バチバチと紫電を走らせて爆発するクレイ・バズーカ。

 

 寸前にディジェに搭載されている初心者支援用の補助AIが武器を手放して右肩のシールドを前面に出す防御姿勢を取ったことで、事なきを得た。しかし衝撃までは受けきれずコクピットが揺れる。ダメージレベルは小。だが動きが止まり、その隙を見逃さずリーオーたちがロックオンしてくる。

 

≪大丈夫マナっち!?≫

「ちょっと油断しました・・・! この、この!」

 

 すぐさまビームライフルを手に取り、残ったリーオー2機に向けて連続で撃つ。狙いも付けていない散発的な攻撃だったが、リーオーのAIは攻撃されたと判断し大きく回避運動を取る。

 

 追撃されるのを避け、マナは残ったリーオー2機のうち、1機に狙いを定めた。

 

「もう1つ、落とす!」

 

 1機撃破したとはいえ、まだ2対1の状況であることには変わりない。数的不利を無くすために、ビームライフルを構える。ロックオンされたことに反応したのか、マシンガン持ちのリーオーが反応する。ブーストを吹かしながらディジェに接近し、マシンガンを放ってくる。やはり狙いの甘い射撃をかわしながら、ロックオンマーカーが重なるのをじっと待つ。

 

「・・・いま!」

 

 ビシュゥゥゥン! ビームライフルから一条のビームが走り、リーオーの胴体を正確に撃ち抜いた。コクピットに空いた穴から紫電が走り、リーオーは爆散。テクスチャの塵へと還る。

 

「これで一つ! あとは・・・!」

 

 残り1機となってリーオーを探そうとした瞬間、接近警報。見ればビームサーベルを展開したリーオーが、斬りかかろうとしてきていた。咄嗟に操縦桿を動かし、回避行動を取る。しかしかわし切れずに、ビームの刃が右肩のシールドを焼いた。

 

「こ、の、おぉ!」

 

 よろけて体勢の崩れた機体を強引に立て直し、ビームナギナタを起動。胴体目掛けて薙ぎ払う。軽く反りの付いた鮮やかな黄緑色の刃が、リーオーを両断する。一拍置いて、爆発が起こった。

 

「・・・はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・終わった・・・?」

 

 ビームナギナタを振り抜いた姿勢のままで、マナはディジェのコクピットで乱れていた息を整える。空中に浮かぶ【Mission Success!】の文字。それを見て、初の実戦、チュートリアルバトルをやり遂げたのだと実感する。

 

「・・・はあっ・・・なんとかなった・・・」

≪やったー! マナっちやるぅ! ハジメテのガンプラバトルでここまでやれる人ってすごいよ!≫

「え、あー、そうなんですか? ・・・ありがとうございます・・・」

 

 時間にしても10分も経っていないと思うが、なんだかどっと疲れた。VRMMOなので肉体的な疲労はないが、なんというか精神的な疲れがある。

 

 だがそれは、イヤな疲労感ではなかった。初めてのGBNに、初めての実戦。3対1という圧倒的な不利な状況から始まったバトルだったが、なんとか数の不利を覆して勝利をもぎ取った。その事実が、マナに確かな安堵と達成感、そして充足感を与えていたのだ。

 

≪どうだった? 初めてのガンプラバトル≫

「めっちゃ疲れますね。でも・・・うん、悪くない、です」

 

 ついさきほどまでのバトルを振り返り、噛み締めるように呟く。つたないながらもディジェを操り、初めての敵を撃破した。VRの、ゲームの中ながら巨大な質量を持つ機体を自在に操り、武器を振るう感覚は、これまで生きてきて味わえなかったものだ。

 

 マナの灰色だった世界に、また一つ色が加わった。ずっと代わり映えのしない、モノクロームな日常を過ごしていくのだと、マナはずっとそう思っていた。しかし、あの日、通り過ぎようとしていた改札の前で立ち止まったことで、マナはスレミと出会った。

 

 灰色だった世界が少しずつ色づき始めたのだ。それはきっと、これからも・・・。スレミと一緒にいれば、この灰色ばかりの世界も、色鮮やかになるだろうか。マナはじっと、胸の前で拳を握りしめるのだった。




TIPS:

【初心者支援用AI】
 ガンダムベースなどの実店舗のレンタルガンプラにインストールされている、特殊なプラグイン。一定以下のランクのダイバーを補佐するもので、自動照準補正や武器破壊時の回避行動などを行う。
 これは設定で切ることができるため、元GPD経験者などダイバーランクは低いが一定以上の実力があるダイバーなどはOffにすることが推奨される。
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