サイド・ダイバーズメモリー   作:青いカンテラ

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これは「世界5分前仮説」や「○巡目の世界」をお題として書かれた即興のショートショート集を、各話を書かれた作者様たちから許可を頂きまとめたものです。

各話と各元作品との、時系列的な直接的な繋がりはありません。あくまで「ありえるかもしれない会話、出会い」のお話です。予めご了承ください。


【番外編】
記憶ノ断片―番外―:世界◆◆◆仮説と巡る世界について。


 ごくたまに、言いようのない不安と焦燥に駆られることがある。

 

 見ていなければ、手を握らなければ、抱きとめていなければ、大切な誰かがふっと消えてしまう。

 大切な何かが、この掌からこぼれ落ちてしまう。そんな、漠然とした不安感に突き動かされることがある。

 

 その原因はわかっている。

 

 ……夢だ。

 

 なぜだか最近になってから見るようになった、白い病室の夢。

 白いベッドに横たわって死を待つだけの久遠と、彼女のやせ細った手を握りしめて泣いている私。

 

 なぜそんな夢を見るようになったのかはわからない。テレビでやっていた、都市伝説を話す番組。そこで語られていた、並行世界や世界五分前仮説と言った話を聞いたからかもしれない。

 前者はまさしく都市伝説レベルの、あるのかないのかふんわりとしたもので、後者は哲学的な思考実験? だとかなんとか。

 

 この世のすべては5分前に高次元の人智を超えた存在が作り上げたもので、私たちが過去として認識しているものも、その超存在が植え付けた偽物。

 そういう世界が並行していくつもあって、あるいは何度なく壊して作ってを繰り返しているのだとしても、私たちにはそれを確かめるすべはないわけで。

 

 ……まあ、世界が5分前に作られたものなのだ! というのはにわかに信じがたいものだけれど……もしも、もしも仮にこの世界が、果ての無い繰り返しをしているのだとしたら。

 

 私が眠っているときに見る夢というものは、そうして繰り返されてきたものを、こう、電波的なものとして受信しているのではないだろうか?

 

 ……なんて。

 

 そんなことを誰かに言ったりなんかした日には、鼻で笑われるだろう。正直私自身でも考えがまとまっていないし、何言ってるのかよくわからないから。

 

「夜ノ森さん、ずっと窓の外見てる……」

「ただ頬杖をついているだけだというのに、アンニュイな表情と合わさり輝いて見える……これが美少女ちからか」

「なんだそりゃ」

「でも、夜ノ森さんってほんっとーにキレーだよね」

「わかるー」

 

 ……今夜のご飯、何かな。

 

【世界五分前仮説(?)/二巡目ノ少女】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 誰かが言っていた。この世界はもしかしたら五分前から始まっていて、五分より前の記憶は、神様か何かが無理やり持たせたニセモノにすぎないと。

 

 あり得ない仮説だとは思う。突拍子もなければ論拠もなくて、それこそ空が落ちてくるとか、隕石が頭に当たるとか──これは宝くじの一等が当たるよりは現実的だったか──とにかく、そういう類のもので。

 

「ハル、泣いてる?」

「急にどうしたの、ナツキ」

「だってほら」

 

 しょっぱい、と、頬に寄せられた、形の良い唇から囁かれた言葉と、鼻の頭に滲む熱で私は、それを遅れて理解する。

 

 ──ああ、泣いてる。

 

 それがどうしてなのかはわからない。だって私にはお父さんがいて、お母さんがいて、サクラがいて──隣には、ナツキがいてくれて。

 

 作り物みたいによく出来た日々だと思うことはあるけれど、それを疑問に思ったことはない。むしろ、感謝してるぐらいで。

 

「ねえ、ナツキ」

「どしたの、ハル」

「もしも私が夢の中でナツキになってたら、私はどっちなんだろうって」

「あはは、何それ」

「ごめん、自分でも変なこと言ってる」

 

 だから、これはもしかしたら──五分よりもずっと前、何かが巡り巡ったねじ巻きの途中で、何かを掛け違えた私のSOSが届いたのかもしれない。

 

 なんて。そんな、馬鹿みたいなことを考えるのは。

 

「……ねえ、ナツキ」

「ん、わかった」

 

 甘えるように名前を呼ぶのは、いつだって求める私のSOS。どこかから飛んできた電波に、或いはネジが巻かれる前の私の悲しみに押しつぶされないようにと、私たちは唇を交わして舌先を絡め合う。

 

 満開の桜の下、そうやって、空のたもとを漂うように、時は未来へ進んでいく。一分、一秒、歩くような速さで。

 

 それが不可逆の理論であることに、少なくとも──今の私は、救われていた。

 

【世界五分前仮説/一巡後の梢で】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 誰かが言っていた。この世界は五分前に始まっていて、それより前の記憶は偽りであると。

 

 胡蝶の夢とか、杞憂だとか、そういう類の話なのはわかっているけど、時折そんなバカみたいな話を信じたくなる時が、あたしにはあって。

 

 何事もなく終わった中学時代、吹奏楽は結局ダメ金で、流されるように高校に入って、ガンダムベース、シーサイド店でバイトして──そんな、「朝村愛香」の人生って、どこかで決められてるんじゃないかって、根拠はないけど、たまにそう思うんだ。でも。

 

「……愛香?」

「ん、なんでもないよ、絵理」

「……ならよかった、です……」

 

 それを決めたのって神様だろうか。仏様だろうか。もっと偉い誰かだろうか。

 

 そんなことなんて考えたってわからないし、どうでもいいけど。

 

 不意打ち気味に交わした唇から、手招くように絵理の舌先が割って入る。

 

 ああ、そうだ。きっと、これでいい。

 

 もしも最初から決まっていても、何万回もきっと絵理との出会いをあたしが繰り返していたとしても。

 

 きっと──それに勝る幸せなんて、どこにもないのだから。

 

 そんな不意打ちのキスは、メロンクリームの味がした。レモン味からちょっと進んだ、甘く、痺れるような味だった。

 

【世界五分前仮説/メロンクリームの幸せ】

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「世界が五分前に始まった、なんともまあ珍奇な言説ですわね、セバスチャン」

「リビルドガールズのアイカ様が仰っていたようです。それとだから僕はセバスチャンではないと何度」

「例え世界が五分前に始まって、わたくしの記憶の殆どが偽りであったとしても、幸せに本物と偽物などない……そう、敬愛するマクギリス・ファリド准将のようにわたくしの中に燃えるアグニカ・カイエルの魂は不滅にして真なるものに違いないのですわぁぁぁゲッホゴホッゴホッ!!!!!」

「お嬢様ああああっ!!!」

 

【世界五分前仮説/バエ輪廻お嬢様】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……もし、そこ往く人」

「あん? なんかチィに用でもあるん?」

「いや、何……世界が五分前に始まったなら、拙は世界が始まる前も寝ていたのか……?」

「いや、知らねーし……てかねーちゃん、GBNで寝れんのかよ……」

「ふむ……zzz……」

「ほんとに寝やがった……」

 

【世界五分前仮説/眠りの国の雲雀】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……ってなことがあったんだけど、まあ考えてみたらおかしかねーかなって」

「世界五分前仮説、ですか」

「あん? チィの顔になんかついてるん?」

「いえ、貴女がそのようなことを言い出すのは珍しいと思ったので」

「ま、気になったからねぃ……」

「もしも……」

「もしも?」

「いえ、五分前に世界が始まったなら、私のレポートの提出期限もまだ迫ってないということにならないものかと」

「……アキノ、おめーログインしてる暇じゃねーだろ」

「……はい……」

 

【世界五分前仮説/締め切り五分前定説】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 例えば。もしかしたら。そんな世界はいくらあるだろう。

 剪定事象に分史世界。そこにはいろんな可能性があって、様々な想いがあって。

 そんな世界の感情を知るにはどうすればいいだろう。世界の事情を知るにはどうすればいいだろう。想像ばかりで分からない事まみれ。

 でも、分かることがあるとすれば、きっと目の前の彼女への想いだと思う。

 

「どうしたの、ハル?」

「ん? 哲学的な妄想」

「変なハル」

 

 誰から見ても、ううん。わたしから見ても変な妄想だと思う。

 だけどさ、そういう妄想をして現実逃避したくなる時はみんなにだってあるはずだ。

 わたしは幸いにもお父さんもお母さんも、妹のサクラも、恋人のナツキも一緒にいてくれるからこの上ない幸福だと思う。

 パズルのピースがぴっちりハマった幸福な日々。誰も欠けることなく、何も無くすことなく、わたしの日々が続いている。

 だから、ちょっとだけ不安に思う時がある。実はこの幸せは偽りなんじゃないかって。実はとっくに失っていて、コールドスリープに入ったわたしの夢なのかもって。

 ちょっと妄想が捗りすぎかな。妄想を考えて、寂しくなってキュッとナツキの手を握りしめる。

 

「ハル、寂しいの?」

「……なんで分かったのさ」

「ハルのことだよ、なんでも分かるよ」

 

 そんなこと言っちゃって。嬉しくてナツキの方に頭を乗っけちゃう。

 幸せな日々。例えば他所様の世界のわたしはどんなわたしだろう。

 例えば不幸なわたし。例えば不憫なわたし。でもさ、いつかどこかでナツキと出会えたら、全部の寂しさをチャラにできるんじゃないかな。なーんて。

 

「ナツキ、好きだよ」

「……ん。私も」

 

 幸せを握りしめて。寂しさを他人と分かち合って。わたしはゆっくり目を閉じる。

 

【世界分史仮説/寂しくても、君がいる】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「でかお姉ちゃんはさ、もしもとか信じる?」

「は? 今度は電波系?」

 

 さらっと傷つくことを言われたけど、セツはもうすぐ1歳になる大人なので無視することにする。偉いでしょ、セツ!

 最近はハルお姉ちゃんも、ナツキお姉ちゃんと一緒に受験べんきょーをしているらしいので、月に数回ぐらいしか会えない。

 だからちのお姉ちゃんが来ない日はミッションをしているか、フォースネストの喫茶店でぐでーっと机に寝そべっているかのどっちかだ。

 変な話だってする。それは人間でもELダイバーでも変わらないと思うの。

 

「いうてもしも、っしょ? 想像するだけ無駄じゃん」

「そんなことないよ! 妄想はいつも人を元気にするってちのお姉ちゃん言ってるし!」

「そういうもん?」

「そういうもん!」

 

 いつもちのお姉ちゃんが言ってることだし、間違いないと思う。

 内容は「セッちゃんがもし人間だったら」とか「セッちゃんがリアルサイズなら」とかそういうことばっかだけど、名誉のために言わないでおく。セツは大人なので!

 

「まぁ、やり直したいこったぁ、色々あるけど」

「けど?」

「一番は、ユカリっちとGBNでもっかい遊びたいなーって」

 

 ユカリっち。度々口にするモミジお姉ちゃんの引きこもりのお友達。

 もしも、があるとしたら。その時は一緒に遊びたいし、一緒にはしゃぎたい。

 GBN歴で言えばユカリお姉ちゃんの方が先輩だろうけど、春夏秋冬ではセツの方が先輩なので、ぜひセツお姉などと言って欲しいところ。

 

「ま、もしもがあったら、こうしてちびっことは和解できてないだろうけどね」

「ん、なんで? でかお姉ちゃんとセツは一緒だよ?」

「それが分かんない年頃なら、まだまだちびっこってこと」

「むー! お姉ちゃんのバカー!」

 

【もしもの友達】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 例えば5分前に世界が始まったとするじゃん?

 だとしたらどうするとか、そんなロマンチックなこと話すの、このあたしが?

 ないない、ガラじゃないし。そもそも今はスナイプ中だし、こんな余計なこと考えている場合じゃないの。

 ぶっちゃけELダイバーの奪還とかそういうのどーでもいいっつーか、報酬の羽振りと「あたしのおかげで」って箔が付けば、次の依頼も色を付けてくれるかもしれないし。

 

 今回の報酬で成功したら何にしようかなー。美味しいもん食べるとか、あとは新しいアバターパーツ買っちゃうとかありだよねー。

 っぱ、ギャルはファッションしてなんぼって言うし?

 言ってもあたしは今22だし、ギャルかって言われたら怪しいところなんだけど。

 

 スコープを覗いて目標を捉える。

 場所取りも完璧でおおよそ3km圏内の射程に目標がいるし、外すこともないっしょ。

 問題はスコープ越しに繰り広げられてるハルとナツキチの格闘戦かな。今日のご主人さまってやつだ。なんでもELダイバーのセツっつー子を助けるために後見人共々戦っているんだとか。

 あたしはたまたま知り合っていたから、って理由で巻き込まれたけど、ホントに良かったんかねぇ。

 

「ホントに、良かったんかねぇ」

 

 トリガーを構えたり外したり。そこでくたばってるガンダムダブルディバイダーに声をかけることはない。

 例えばもしもの世界でこの子と知り合いだったとしたら。作り変えられた世界では離れ離れになっても、それこそ運命の赤い糸で結ばれている関係とか、ロマンチックでよくない?

 まぁ、そんな事あるわけないか。だって事実はこうやってELダイバーをこの手で地に伏せたんだから。

 

『ごめんなさい。お姉さま、ごめんなさい……』

「……うっさいなぁ」

『ごめんなさい……ごめんなさい……』

 

 さっきからこの調子だ。ホント気が滅入る。

 だからこれはほんの気まぐれ。うるさかったから静かになってほしいっていう願い。

 

「あんたさ、そんなんだから漬けこまれてんでしょ。少しはワガママ言ったら?」

『……え? で、でも…………』

「どーせ、このバトルもこの弾で終わっしさ。けーき付けパーッと行こーじゃん。ね?」

『……う、うん』

「なら、しばらく静かにしてな。……一発で終わらせるから」

 

 鈍色の流星。フィールドに鳴り響く鉛玉の轟音は、確実に鳥モドキの脳天を穿った。今宵はパーティ決定だな。

 

【世界五分前仮説/運命は繋がりたがり】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「五分前の仮説というやつですね」

「さすが委員長、知ってたか」

 

 セントラルロビー外周部のベンチに腰掛けて話し込む二人の女性ダイバー。戦争屋と委員長という普通なら何の接点も無さそうな二人。

 

「世界は五分前に作られたばかりで、それより前の記憶は神様が持たせた偽りのモノ」

「そうそう、もしその通りだとしたらイオリはどうする?」

 

 小難しく返答に困る話題。たまには困惑する顔も見せてもらおうか、等と考えているのは戦争屋こと傭兵アリム。対して返答に悩んでいる

 

「どうもしませんね」

 

 即答したのは委員長イオリ。

 

「へ?」

「五分前にアリムさんと知り合っていて、それが偽りの記憶だとしても今こうしてお話しているのは紛れもない真実ですよね?」

「う、うんっ!?」

 

 アリムに顔を向けベンチについていた手に自分の指を絡めるイオリ。アリムの心拍数が確実に上昇した。

 

「負けた過去を振り返って反省して次に生かす事はあっても、誰かに押し付けられたかもしれない過去を悩む事は時間の無駄でしょう?」

「そうだね!そうだから!近い!近いよイオリ!?」

 

 もはやキスしかねない距離の二人。

 

「だから・・・」

「!?」

 

 いつになく真剣な表情のイオリ。アリムも息を呑んで言葉を待つ。

 

「これからも友達でいてくださいね?」

「は、はひぃ・・・」

 

 至近距離のイオリスマイル。アリムにとってこれほど破壊力のある武器は他に無いだろう。

 

「あっ、すいませんそろそろ配信の時間なので失礼しますね」

「そ、そうだな・・・頑張って・・・」

 

 魂が抜けかねない状態のアリム。それを見たイオリは妖艶に微笑み───

 

「それはそれとして、ご馳走さまでした」

「んひっ!?」

 

 急に距離を詰め、耳元で囁く魔性の委員長。蕩けていく思考の中で今日は依頼無くて良かったと思う戦争屋だった。

 

【五分前仮説/仮定の過去より今の友】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「世界が5分前に始まった、そんな仮説を知ってるかい?」

「は、はぁ……」

 

 娘は級友と遊んでいるため帰りが遅く、妻は実家の用事にて帰省中、アリカとフランの二人はまだ仕事中。

そんな状況で珍しくユニの想い人、テトラことサザキ・コトラと語らっていた。唐突な僕の言葉に、分かっていないのか返事が鈍い。

 

「世界は実は5分前に出来上がったばかりで、僕らの記憶や歴史は合わせて作られた虚構の記憶かも知れないという説さ。今こうやって君と話しているのも、5分前に作られた設定かもね」

 

 冗談めかしてそういう僕は自分で淹れたコーヒーをすする。やはりアリカの淹れた物の方が美味いな……。

 そんな事を思っているとコトラ君は真面目な顔をして口を開く。

 

「そうだとしても、あーしはユニちゃんのおかげで今ここにいますし、ユニちゃんと出会える事が出来たんで、よかったと思ってますよ」

 

 そう言ってコトラ君はココアを啜りながらあっちいと顔を顰めた。

 

 

 大した者だよ。

 

【5分前仮説/とある平日の昼下がりのクレダ家+1】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「こんな話を知っているかね」

 

 どうやら世界は五分前に始まったばかりで、それより前の記憶は偽りのそれを持たされている、と、ショットグラスを傾けながら、目の前にいる小柄な──ともすれば、青年を通り越して少年にも見える男がニヒルに笑う。

 

「世界五分前仮説、ですか」

「ほう、プロデューサーというのはやはりそのような知識も必要になるのかね」

「まさか。私個人の趣味です」

 

 返す言葉に、いい趣味だ、と鷹揚に頷く男──世界的なコングロマリット「GHC」を束ねる社長にして、GBNにおける同名のフォースアライアンスを束ねる「アトミラール」こと、クレダ・テイトは満足げだ。

 

 世界五分前仮説。僕──山南京介がそれを知ったきっかけは覚えていない。

 

 ただ、胡蝶の夢のように、或いは杞憂のように、妙に記憶に残る言説だったから覚えているのか、それとも。

 

「或いは、君が此度の第二次有志連合戦で、我々に──否、『ビルドダイバーズ』につくと判断した理由、かね?」

「御慧眼には恐れ入るばかりです」

 

 ただ、僕にはそういう経験があった。正確には妹の結々もだが──この世界のありとあらゆる何かを、既にどこかで見てきたような、そういう感覚があるのだ。

 

 そして。

 

「……ただ、私は……いえ、僕は、個人として、生きたいと願う言葉を捨て置くことはできなかった、それに尽きるのかもしれません」

 

 きっと、どこかで間違えたこと。

 

 世界のネジが巻き直される遥か前、僕が踏みにじってしまった願いのこと。

 

 それを覚えているのが幸運なのか不幸なのかはわからない。

 

 それでも──僕はもう二度と、間違えてはいけないと、そう思ったから。

 

「感情に従うのは間違いではないよ、いや、そう信じたいのかもしれないがね」

「そう願いたいばかりです」

「では──僕はあのロンメルに一泡吹かせるために、そして何より『サラ』を助けるために」

「ビルドダイバーズを勝利へ導くために」

 

『乾杯』

 

 ショットグラスを交わす音が二つ、夜の帳の片隅で、きぃん、と鋭く響き渡る。

 

 例え僕の人生が、何もかもに既視感を感じる日々だったとしても、きっとこの杯を交わすのは──「ビルドダイバーズ」と轡を並べるのは、初めてのことだった。

 

【世界五分前仮説/もう誰も泣かない世界のために】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「5分前の仮説、か」

「聞いた事は無いかな?」

 

 世界は五分前に作られたばかり、それより以前の記憶は神か悪魔かによって持たされた偽りのモノ。というのが五分前の仮説らしい。

 

「それで?この決戦前にその話をした理由は?」

「別に?君の緊張を解してあげようかと思ってね」

「話題としては落第点だな」

 

 どこに合わせているのかも分からない視線を外し、自らの愛機を見詰める眼帯男。

これは手厳しい、とわざとらしく肩を竦めて笑いながら自分の愛機を見やるのは一見重傷の女。

 馬鹿らしい、確かにね、と少ない言葉を交わす二人だが、その思考にはデジャヴのような奇妙な感覚があった。新たな命と可能性を潰す事に動揺していたような、そもそもこの場に居なかったような、そんな奇妙な感覚。まるで今と同じ出来事を別の自分が別の過程を辿って体験していたような既視感。だが───

 

「くだらん話は終わりだ。そろそろ向こうも仕掛けてくるだろう」

「だね。次の機会までにもっと面白い話題を用意しておくよ」

 

 今この場に二人は立ち、迷いなど無い。己の正義と信念の元、生まれてしまった命を刈り取る死神となるべく此処に居るのだ。有志連合の一員としてGBNを守る為に。

 

「仮にも私の好敵手を名乗るのなら、簡単には墜ちてくれるなよ」

「そのセリフそっくりそのまま返すよ」

 

 互いに不器用で締まらない激励を送り、各々のコックピットへと移動する二人。

 髑髏の機人が目覚める。

 

 漆黒の意志を体現した深紅の瞳のクロスボーン。

 虚ろな心を埋める翡翠隻眼のクロスボーン。

 

「THE Bi-ne、EX2改」

「クロスボーン・ガンダムX-1、ジェーン・ケドゥ」

 

「行くぞ!」

「出る!」

 

 一つの世界を賭けた戦場で、歪に交わった骨が踊る。

 

【世界五分前仮説/髑髏の旗、貴き者】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ──珈琲が旨く感じなくなったのは、いつからだろうか。

 

 もう何年か前から、珈琲に対しての味を何も感じなくなってしまった。

 

 いや、正確には味。を認識していないわけじゃない。ただ、苦味。はあっても、それを味。と思うことはなくなった。ただ、それは自分が飲み下すべき、闇だったんだ。と認識したあの頃から。

 

「──薬も、本当に慣れちまった」

 

 手にしている錠剤は、随分と前から飲んでいる精神の薬。でも、こいつがなけりゃ、俺はもう生きていられないだろう。

 

「あの夢は、なんだったんだろうな」

 

 それはきっと、幸せに過ごしている自分。今の生き方と違い、ただ一人の女の子と出逢えた俺の事。でも、それは俺じゃない。

 

「だって、今の俺はそんなに幸せにゃなれねえよ」

 

 エミリア。なんて呟いても、あいつは帰ってこない。そして、そんな俺を満たした女に、結局会えていない。

 

「食べ物に対しての味も、全部なくしたと思ってた」

 

 珈琲を口に含んでも、やっぱり味はない。認識した味とは別の、暖かみ。旨味。そして、感情。それら全てをなくしたはず。はずなのに、どうしてなんだろうか。

 

「あそこは、別格だよな。なんでだろーなー……」

 

 あのお好み焼きだけは……どうしても、うまいんだよな──。

 

【世界5分前仮説/ある日の死神の独白。有り得た自分と、今の自分】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

「……ただ、全力だった」

 

 私は、兄であるソラをずっと探してきた。ついに見つけた! なんて思った日には、完璧別人の女性だったりもした。

 

「歌で有名になれば。ピアノも出来れば。ガンプラが上手くなれれば。って、躍起になったなぁ」

 

 そう思って、私はずっと走り続けてきた。……お母さんには悪いと思ってる。思春期を捨てるな。女を捨てるなよ。と言われてたのに。だから、家事とかも教えて貰ったし、色々やってきた。

 

「でも、その兄らしき人と、この戦いにいる」

 

 それは、きっと私が次に進むために必要なもの。捨ててきた行為も、無駄にはならなかった。それに。

 

「……クオンさんは輝いてる。ササミさんは、どこまで行っても支えようとしている。ペーパーさんは、きっと寡黙だけど、熱くてカッコイイ人」

 

 私が得たのは、新たな仲間たち。捨てたものの代わりに、得たものは沢山あった。捨てなかった未来があったとして、普通の女の子の幸せではないかもしれないけど、私はこれでいいの。

 

「仮に、お兄ちゃんがもっと早く見つかっていたとして。その時に女の子とイチャコラしてて、幸せだったとしたら、それもそれでいいよ」

 

 何でか物凄く想像がついて腹はたつけど、それは兄の幸せだから私はいい。ハーレムにしか見えないけど、それでもよかった。今は今で……闇をまとってそうな気はする。でも、きっと今のお兄ちゃんも幸せなはず。幸せになれるはず。そう、信じたい。それに。

 

「私が捨てたと思ってた女も、見つかるかもしれないし。なんて、ね」

 

 そう、茶化したっていいんだ。気分を解せ。私は、ヒイロ・ユイのように、今は守るために戦うんだ。

 

「ゼロ・システム。起動……行きます」

 

 私だって、守りたいものがある。それは、今ここにある笑顔。そして。未来なんだから──!

 

【世界5分前仮説/天使として高みに昇りし少女の想い】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「──ねぇ、世界五分前の仮説ってさ、信じる?」

 

「どうした、藪から棒に」

 

 これは、夢なのだろうか。私がいつか彼に聞いたこと。もう、随分とこの夢を繰り返して見ている感じがする。

 

「もし、世界が五分前にできているのだとしたら。私がただ五分前に書き出されたのなら。私は、この運命を呪うかな」

 

「……どういう、ことだ?」

 

 彼はいつも、私の言葉を聞いてくれるんだ。こんな巫山戯た世界の中で、唯一の癒し。在りどころ。でも、それは私がずっと得ていられないもの。そろそろ、あの命令が来るんだろうな。でも、そうなってでも、彼を助けたいって決めたのは私だから。

 

「……私があなたといられる世界を作ってくれなかったから」

 

 でも、いつかはそんな日が来るんじゃないかな。来て欲しいな。そんな夢を抱きながら、私は夜の闇の中でだけ、この記憶を思い出せる。珈琲の闇は、光になることを信じて。

 

 ”だから”

 

「ねぇ、デュオ」

 

 次に私が、昼にもあなたを思い出せるようになった時。その時は、あなたの大切ができていて、隣に居られないかもだけど。それでも、私は掴みに行くから──

 

【世界五分前仮説/どこかの少女の夢】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「お姉ちゃんはなんでも知ってるね」

 

 諦めが混じったその言葉を、美羽はよく覚えている。

 

 なんでもは知らないよ、知ってることだけ。なんて、どこかで読んだ小説の言葉が頭の片隅からこぼれ落ちてきたけれど、きっと、梨々香ちゃんには信じてもらえないのはわかってる。

 

 それに美羽も──何もかも、どこかで見てきたような、そんなデジャビュを感じることがあるのは否定できなくて、それでも。

 

「美羽はねぇ、梨々香ちゃんのお姉ちゃんで良かったと、そう思ってるよぉ……」

 

 まだ、梨々香ちゃんはお部屋から出てこないけれど。まだ、美羽たちの道が交わるのには時間がかかるけれど。

 

 夜風に吹かれた呟きは、どこに行くでもなく夜の帳に巻かれて消える。

 

 それでも、これが何万回と繰り返したことだとしても、或いは、五分前から始まった世界に持たされたニセモノの記憶だったとしても。

 

 美羽は──過程なんてどうでも良くて、ただ梨々香ちゃんのお姉ちゃんでいられることが心から幸せで、心から嬉しいことだけは、嘘じゃないんだよ。

 

【世界五分前仮説/いつか言葉で語ること】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「はぁー!? 五分前ワールドですって??? そんな空説を語るならガンダムの話をしますわよ!!! ワールドと言えば最近SDの新作がそんなタイトルでしたわよね? まだ観てないのですけど! でもあのヴェルデバスターモデルのSDはいいですわよね! シンプルな感じが実にグッドネイチャですわ!!!!!!!!」

 

【世界五分前仮定説/ピーキーは語らない】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「世界は5分前に始まった。そんなお話を知ってます?オズマ。」

 

 いきなり呼び出したと思ったら何なんだこの横暴お嬢様。

 だがその話は聞いた事があるぞ、

 

「あー、あれだろ?実はこの世界は5分前に始まっていて、それ以前は設定された記憶に過ぎない?とか、そういうやつ。」

 

「いえ、さっき外で聞いた噂話なので詳しい事は知りませんが」

 

 知らんのかい。

 じゃあ何故その話振ったし、

 

「はぁー………まあ、あれだ。こんな話に意味なんざ無いんだよ。カミサマとやらが操ってんなら、俺等にどうこう出来る話でもねぇだろ。」

 

「ですわね。気にするだけ不毛、というやつです。それに…何度神が世界を弄んでも、私はこうして貴方をこの場に呼び出す今を掴み取りますわよ。」

 

「─────うぃ、」

 

 何故か、耳の先が熱くなった。

 どうやら、遥か昔に捨ててきた感情を無理やり呼び起こされたようだ。

 

【世界5分前説話/真っ赤な悪魔と悪魔令嬢】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 世界は5分前から始まっていた。

 蓄積された知識も、姿形も特に変わりなければ、それを証明するのは不可能だと言う。

 仮に5分前から始まっていたとしたら、俺とユメの出会いは記録として残っているだけで、大してロマンチックな物ではないかもしれない。全くもって変な話だ。

 

「せんぱぁい、くだらないこと考えてますねぇ?」

「んなわけないだろ! ちゃんと知的な話だ!」

 

 例えば、こいつと出会えない世界線があったとして、そこは今ほど美しい物だろうか。心躍る世界だろうか。

 答えは分からない。偽の知識を5分前に植え付けられて、幸せかと言われても分からないのと同じ。

 なら、今を謳歌すべきだろう。

 

「ユメ、今日はどこに行く?」

「どうしたんですか、らしくなくてキモイです」

「うるせぇ!! どこに行きたいかって言ってんだ!」

「せんぱいと一緒なら、どこでもいいですよー」

 

 そんなわけで、前後がどうであれ今を生きる俺には何の障害もないな。

 

【世界五分前仮説/今を謳歌する】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「世界五分前仮説?」

「そ、レアちゃんは聞いたことあるかしら?」

「んっんっ……ぷへぁ。

 まぁ、そりゃーね。所謂悪魔の証明の類でしょ?世界が実は5分前に作られてて、それまでの記憶は作り物ですーってやつ」

 

 それがどうかした?と飲み干したジョッキをカウンターに置きながら隣に座るマギーちゃんに訊ねると、カウンター向こうにいるビーちゃんが何も言わずとも新しく注いでくれたものと交換してくれた。

 

 ありがと、というお礼に対して返事の代わりにウィンクをするビーちゃん。次いでマギーちゃんにもロックのウィスキーのお代わりが出たところで、視線をマギーちゃんに向ける。

 

「まぁ、どう、という事も無いのだけどね。何となく思い出したから、興味本位で訊いてみただけ」

「んー……そーだねぇ……」

 

 とりあえず一口飲んで、

 

「まー、どっちでもいいかなぁ」

「あら、その心は?」

「だって、今の私はその記憶を持って生きてるわけで。

 そりゃあさー?記憶を無くして新しい記憶を埋め込まれてるー、とかならまた話は変わるだろうけど、そんな訳でもないし」

「それはそうねぇ……でも、誰かに生み出された時に植え付けられた記憶かも知れないわよ?」

「それはそれで、少なくとも今は困ってないしなー」

 

 もう一口。ジョッキが半分くらい無くなる。

 

「それにさ、マギーちゃん。そんなの、ガンダムのキャラクター達だって同じ事言えるでしょ?

 この人は何歳の誰それで、こんな過去があるんですよーって生み出されたんだし。そしたらさ、それが本当なら、案外私たちもガンダムのキャラクター達と同じ存在と言えなくも無いのかもよ?」

 

 ジョッキを傾け、残りを一気飲み。

 っぷはー!!と声をあげて、次は気分を変えてマギーちゃんと同じものをお願いする。

 

「だからさ、私にとってはどーでもいいかなって。そういう設定だろうと、こうして生きてるんだし。それなら、余計な事考えないで好きな事を楽しんで毎日を生きてく方がよっぽど有意義じゃない?

 何より──」

 

 目の前に置かれたグラスを手に取り、マギーちゃんが手に持ったグラスに近付けると察してくれたようで、縁をカツン、と触れさせ、小さく響いた音を聞きながら笑顔を浮かべる。

 

「好きな事が出来て、お酒があれば世は全てこともなし──ってね!」

「ふふっ……ええ、同感♪」

 

【世界五分前仮説/酒飲み達のある日】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「世界が五分前に始まった、って話は知ってますよね?」

「ええ、有名な話ね」

「……もしも本当にそうなら、わたし、SAAのリーダーとして神様に作られたにしては随分出来が悪いような……」

「何を言ってるの、前も言ったけど私はリーダーって柄じゃないし、貴女のように気配りができる人間じゃなきゃ、このフォースはやってけないわよ」

 

 セシーアの嘆きに寄り添うように、ヴァンは妖艶に微笑んだ。

 

 微かにその銀髪を撫でる指先に邪念こそ混じってはいるものの、視線の先にあるクマとUMAと筋肉と、アホの子とピアノを弾いているセシアと──個性的がすぎる面々をまとめるのなら、普通なぐらいがちょうどいいのだ。

 

「ヴァンさん……」

 

 目を潤ませるセシーアを抱き寄せて、その柔らかな感触やミルクのように甘く鼻腔をくすぐる香りに役得だと感じている自分も、認めたくないけど、そっち側には違いないのだから。

 

【世界五分前仮説/セシア・アウェイクニング】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……ふむ」

「どうしたのよ恋愛、何か考え事?」

 

 こないだのマギーちゃんとの酒飲み話、例の五分前仮説をふと思い出した私は、一つ思い至った事があった。

 

 私は別に、あの時も言った通りあの仮説をそこまで気にしてるって訳ではない。妄想とか話のタネとしてはまあ面白いかもな、とは思ってるけど。

 

 で、今ふと思い付いたのも、そう考えると、という類のもの。

 

「世界5分前仮説ってあるでしょ?」

「そう、ね。聞いた事はあるけれど……それがどうかした?」

 

 ソファで隣に座っている零に知っているかの確認も兼ねて訊いてみると、知ってる様子。

 なら、と少し距離を詰めて続ける。

 

「つまりさ──この世界が出来た時から、私達は『こういう』関係だったかも知れないんだなぁーって……ね?」

「ん、なぁ……っ!?ちょ、やめなさい、昼間っからどこ触って……こらぁ!!」

 

【世界五分前仮説/邪竜と花嫁のとある日】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

 世界五分前仮説というものがある。

 自分たちが生きるこの世界は、実は五分前に発生したのかもしれないという思考実験の一種で、今日日哲学においては欠かすことのできないほど有名な仮説である。

 どうして五分前なのか、と訊かれれば、何だかすごく頭の良い人がそう提唱したからとしか言いようがない。

 しかし、もしもその仮説が本当だとしたら――

 

「わたしがカナメちゃんに出会って一目惚れするっていうのは、定められた運命ってことだよね!?」

 

 ムフー! と鼻を鳴らしてツナグがそう力説するのを横目に、当にカナメは丁寧にガンプラのパーツをランナーから切りはずしていた。

 二人は現在、キリシマホビーショップのビルドコーナーでガンプラを組み立てている最中であった。

 今までカナメの隣で黙々と作業していたことに退屈を感じたのだろうツナグがそんなことを語りだしたのだ。

 無視してもよかったのだが、そうすると延々と一目惚れだの何だのと言われ続けかねないので、カナメは面倒と恥ずかしさを天秤にかけて、恥ずかしさのほうが重かったためかまうことにした。

 

「それって要は屁理屈でしょ」

「ち、違うよ! 哲学のすごい人が唱えた多分きっと深いお話だよ!」

「哲学自体が屁理屈みたいなものよ」

「そりゃ確かに小難しいけど」

「それに――」

 

 手を止めて、ツナグを見る。

 長い付き合いではないが、短い付き合いでもなくなっていた。

 真っ直ぐに見る彼女の顔は、どこか不安げだった。

 別に怒ってなんかいないわよ、と心の内で前置きして、言った。

 

「その……一目惚れがどうとか定められた運命とか……そうあれと設定された見せかけのものっていうのが……気に入らないのよ。貴方の思いは、仮説で成り立つほど見せかけではないでしょう?」

 

 言葉を出すたびに視線が逸らす。

 何だか恥ずかしいこを言っている気分だった。

 それを聞いたツナグが、きょとんとして目をしばたかせると、口の端がつり上がって形の良い笑みを浮かべた。

 

「うん。うん! もちろん! わたしの思いは本当だもん! ねぇねぇカナメちゃん、もう一回! さっきのもう一回言って!」

「嫌よ」

「おーねーがーいー!」

「絶対に嫌。……ちょっと危ないからくっついてこないで」

 

 引っ付いてくるツナグをおしどけながら、カナメはこの時間が妙に心地良いことに無自覚であった。今はまだ。

 

【世界五分前仮説/見せかけは五分】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「流行ったよねぇ、アルマゲドンとかノストラダムスとか」

 

 けらけらと笑う彼女は、大分出来上がっていた。

 

 世界五分前仮説。そんなことを思い出したのは単なる偶然なのかはたまたアルコールが見せる酩酊の産物なのかはわからないけど。

 

「……真面目にあるのよ、そういう夢を見ること」

 

 少なくとも、この世界がどこかでネジを巻かれ直して始まったんじゃないかと疑いたくなるのは素面でのことだ。

 

 夢に見る、というには嫌に鮮明で、生々しい記憶。

 

 無機質な病室で冷たくなっていく久遠の右手を握る私の涙も、凍りつくように冷たくて。

 

 思い出す冬を溶かすように、バーボンを煽れば、夏の日差しみたいに微笑む恋愛の眼差しとアルコールが、私の喉と脳髄を焦がす。

 

「そっかそっか……んふふ、クーちゃんは寂しがり屋さんだからね」

「誰が寂しがりか」

 

 恋愛だって、人のことを言えない癖に。

 

 呟く私を尻目に、グラスを拭いていたマギーさんが、そっと、だけどわざとらしく瞼を閉じるのは、多分そういうことなんだろうって。

 

 この人の前では何もかも見抜かれているようで、二人揃って苦笑い。

 

 世界がいつ始まったかはわからない。ただ、この夜は、私と恋愛の夜はまだ、始まったばかりだった。

 

【世界五分前仮説/遥か久遠の岸辺にて】

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ◆◆◆

 

 ◇◇◇

 

 

 

「世界5分前仮説?」

「うん、そう。なんか前にテレビでやってた」

 

 休日の午後。

 私はソファで久遠の膝枕を堪能しながらだらけていた。頭を撫でる久遠の手つきは優しくて、とても気持ちがいい。暖かな陽気も手伝って、このまま夢の世界へと羽ばたけそうだ。

 

「確か、思考実験だったかな。世界は5分前に作られたもので、5分以上前の記憶は何者かに植え付けられた偽物の記憶……だとか」

 

 記憶を手繰るように、引き出しを開けてその単語の意味するものを探すように、白く細い指を顎に当てる。そんな何気ない仕草でも様になるというか、画になるというか。まつげが長いなとか、そよ風に揺れる銀髪がキラキラしてるなとか、ルビーのように赤く輝く瞳がステキだなとか、そんなことをだらけて鈍った頭でつらつらと考える。

 

 それにしてもこの妹、顔がいい。

 

 じっと下から見つめていると、視線を下げた久遠とばっちり目が合った。見つめ合うのは数秒。彼女がジトっとした半目になる。

 

「姉さん。何か変なこと考えてないか?」

「んー? これつぽっちも考えてないよ。ただ、久遠は綺麗だなって思っただけ」

「……まったく、話を振ってきたのは姉さんの方だろうに」

 

 はぁ、とため息を吐く久遠。そんな仕草も様になるというか、困ったような表情も画になるというか。つくづく、顔の良い美人は得だな……なんて。おもむろに左手を上げて髪に触れると、久遠はその私の手を取って、頬を摺り寄せてきた。犬かな?

 

「もし……」

「うんー?」

「もし本当に世界が5分前に作られたもので、私の記憶もほとんどは作りものだったとしても……。私の姉さんを想う気持ちは本物だよ」

 

 そう言って、久遠は笑う。

 

 これはきっと、夢の中の私が望んだもの。

 

 ただ死を待つだけの妹を、久遠を見送るしかできなかった、()()()が手にしたかったもの。

 

 どこかの誰かが何度も何度もネジを巻いて、その度にやり直して、その果てに至った場所。

 

 ああ、そうだ……。

 

 もしも、世界が本当に5分前に作られたもので、私の記憶もまた誰かが作った偽物なのだとしても……。

 

 ここにある想いは、この温もりは、確かに存在するんだ。

 

 静かに目を閉じる。窓から入り込むそよ風が、傍らに感じるもう一つの体温が、心地いい。

 

「……私もだよ、久遠」

 

【世界五分前仮説/うららかな午後に】




参加された作者様一覧。

守次 奏さん
【ガンダムビルドダイバーズリビルドガールズ】
【ガンダムビルドダイバーズアナザーテイルズ】

二葉ベスさん
【ガンダムビルドダイバーズレンズインスカイ】
【GBNで小悪魔系後輩に煽られてるんだが】

笑う男さん
【『GHC』活動記録】

X2愛好家さん
【GBN:ダイバーズコンピレーション】

suryu-さん
【【新約】ガンダムビルドダイバーズEW 〜死神は自由気ままに空を舞う】

麻婆炒飯さん
【ガンダムビルドダイバーズ:Ricorda】

朔紗奈さん
【可愛い子たちに会いに行く】

アルキメです。さん
【お嬢様はピーキーがお好き】

アリスとテレスさん
【メイジンの娘】
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