彼女、
かつて世界で大流行していたガンプラデュエル、通称GPDの世界大会に出場し、名だたる強豪と戦うという夢が。
けれどその夢に手が届くことは・・・なかった。
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その日は雨が降っていた。朝からどんよりとした灰色の雲が空を覆い、しとしとと雨の降る日だった。とある総合病院。その一室にあるベッドの上で、零は目を覚ました。ぼんやりとした視界に白い天井が映り、微かな薬品の臭いが鼻孔を突く。そのまま体を動かそうとすると、強烈な痛みが走った。
「いっ・・・つぅ・・・あれ、私、どうして・・・」
「・・・っ! あぁ、姉さん! 目を覚ましたんだな! よかった・・・本当に、よかった・・・!」
「零・・・。意識が戻ったようだね・・・」
「くおん・・・? お父さん・・・?」
声がして、なんとかそちらに首を回すと、ベッドの横には零の左手を握って目じりにいっぱいの涙を浮かべている妹の久遠と、心配そうな表情をした父が立っていた。二人ともどうして、と言葉が漏れる前に思い出す。
GPDの大会に向かう途中で、何かとぶつかったのだ。一瞬のことでよく見えなかったけれど、おそらくは車だろう。こうしてここにいるということは、GPDの大会は棄権扱いになっているはずだ。
この日のためにとバトルの練習を重ねて、ガンプラも磨き上げてきた。けどそれも、残念ながらすぺてパーになってしまった・・・。痛みに顔を顰めながらも、零はそんなことを考えていた。
父は「先生を呼んでくる」と言い残して、部屋を出ていった。残されたのは零と、左手を握って涙を流している久遠の二人だけ。
「・・・ねえ、久遠・・・。大会、どうなったの? やっぱり、棄権だよね・・・」
「姉さん・・・? 今はそんなことは・・・」
「あはは、私ってば本当についてないなあ・・・。こんな大事な日なのに、事故に遭っちゃうなんて・・・。まあでも、また次の機会があるよね・・・。ね、久遠」
「・・・」
「久遠?」
沈痛な面持ちで俯いて唇をきつく噛んでいる妹の様子に、零は何かイヤな予感がしながらも「どうしたの」と声を掛けようとして、その時、先生を呼びに行っていた父が戻って来た。
「目が覚めたようだね、お嬢さん」
現れたのは、白衣を着た金髪の男性医師だった。胸元のネームプレートには「マクギ」と書かれている。
「単刀直入に行こう。君は事故に遭った。だが、現場に居合わせた通行人が救急車を呼んでくれてね。初期対応もよく、大事には至らずに済んだ」
「そう、なんですね・・・。私、やっぱり事故に・・・」
「ああ・・・。しかし君は幸運だった。体を強く打ってはいるが、幸いにも命に支障が出るほどの怪我はしていないのだからね」
「・・・あの、せんせぇ・・・聞いてもいいですか・・・。私の右脚って、どうなってます? 感覚が、さっきからほとんどなくて・・・」
痛みが少し引いて来たところで、零は恐る恐る感じていた違和感を口にする。じくじくとした痛みがする他には、動かそうとしても上手く動かない右脚。白いシーツに隠れているその右脚がどうなっているのか。薄々と察してはいるが、そちらを見るのは恐ろしかった。
「姉さん、それは・・・」
「君の右脚は切らざるを得ない状態だった」
言葉に詰まり、沈痛な面持ちで顔を逸らす久遠。マクギは零から目をそらさず、ただ簡潔に事実のみを口にした。
「そして右腕だが・・・損傷が激しくてね。切るのは免れたのだが・・・」
「あ、えっ・・・?」
心臓が早鐘を打つ。その先の言葉を聞きたくない。今すぐに耳を塞ぎたかった。けれどそれもできない。左手は今も久遠にぎゅっと握られているし、右腕もなぜか動かない。
「残念ながら、もし仮に治ったとしてもまた以前のように動かすことは出来ないだろう」
「ウソ・・・」
マクギのその言葉は、あまりにも残酷な宣告だった。損傷の激しい右腕。たとえ治ったとしても、もう元のようには動かないというのは、ガンプラファイターの命とも言える利き腕の喪失を意味する。
「ウソ、ウソ、ウソ・・・! せんせい、ウソだよね! そんなことないって言ってよ・・・!」
左手を振り払い、痛む体を無視して、マクギに縋りつく。残った左手で白衣の裾を握りしめて、揺れる瞳で彼の顔を見上げる。しかしマクギは何も言わなかった。あるいは言えなかったのかもしれない。医師として、空虚な希望を持たせたくはないとの思いか。
零にとっては、それだけで十分だった。理解した。してしまった。右脚を失ったことはショックだったが、それ以上に、腕の怪我が治ったとしても、もう元のようには動かないという事実の方に零の心は大きく揺らいでいた。腕がうまく動かなくても、ビルダーとしてはまだ何とかなるかもしれないが、ファイターとしては・・・。
雨脚が急に強まって来た。バシバシと窓ガラスを叩く雨音が、病室内に響いている。それは零の心の内をも表しているかのようだった。
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