遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界” 作:erugon
という孫を見つめる爺さんくらいの気持ちでどうぞ。
第一章 《教導国家ドラグマ》
〝深淵〟
――この大陸がそう呼ばれて、幾星霜。周囲の大陸から隔絶され、交流のほとんど立たれた大地。
その極北に位置する場所に、この国は存在する。
天よりの光芒が照らすこの地には、〝ホール〟と呼ばれる謎の穴が出現し、人や物を呑みこむ現象が発生していた。
しかし、ホールは人を呑みこむ厄災というだけではない。ごく稀にだが、人知を超えた恩恵、と呼ぶべきものを授けることもある。
それは未知なる暗黒物質、またある時は超文明の遺物と思われるもの。時には生命さえも、産み落とすという。
その恩恵を最も受ける者たちが営む国――それが《教導国家ドラグマ》である。
「信徒の皆さん、こんにちは!」
凛とした、けれど温かみのある声が聞こえてくる。各所に張り巡らされた
街の人々は声に耳を傾け、中には膝を付き、手を握り合わせるものもいた。
この教導国家ドラグマに、国王というものは居ない。
なだらかな丘の上に築かれた城塞都市は、中央部にあるドラグマ大聖堂から同心円状に広がっている。この国の政をつかさどるのは、その中央にいる聖職者たちだ。
ホールという厄災にして恩恵を制御し、民に安寧を敷く。それがドラグマの聖職者たちの役目だ。
その中でも、とりわけ重要な存在がいる。
その身に〝聖痕〟と呼ばれる神に与えられた印を、より強く輝かせる乙女。
その中でも、民草からの信頼厚く、またもとは一介の農民の娘だったという出自ゆえに親しまれる者――《教導の聖女エクレシア》が、大聖堂のバルコニーから、パイプを通して都市の者たちに声をかける。
「今日もまた、ホールよりの恵みがありました。深淵の奥に座したる神は、わたしたちドラグマの民のため、時に試練を、時に恵みをもたらしてくれています。今日も神に祈りを捧げ、昨日の悪しき行いを悔い改め、明日のための食を摂りましょう」
この国の上空には、ホールという濃い紫色の穴がある。空間の裂け目、などと表現するものいるが、実態はほとんどの者が知らない。
ただ昔からそこにあり、たびたび大きく開くということだけは知っていた。
「多くの者に感謝を。命あるものに激励を……」
金色の髪を丁寧に結い上げたエクレシアを多くの者たちが天使や女神の化身と称するが、この声を聴けば納得する者は多いだろう。
歴史上、初めて額に聖痕を宿した、類稀なる奇跡の少女。
その優しげな灰黄緑の瞳をゆっくり閉じて、指を組む。
「ともに、神への祈りを――」
一日三度の礼拝。通常の信徒であれば一日一度で済むところを、少女は朝に一度、昼に一度、そしてこの黄昏時に一度行うのだ。
その中でも沈みゆく太陽に向けて行われるこの礼拝こそが、最も重要とされている。
そのためエクレシアは、毎日この時刻を告げるために、パイプを通して市民たちに言葉を贈るのだ。
それは時に、何でもない日常であったり、彼女が気づいた小さな幸福で会ったり。
「今日私は、城塞外の森に出かけました。メルフィーたちの森と、名付けられた場所なんです」
傍から見れば堅苦しい祈りの時間が終わると、こうして聖女エクレシアは、少女エクレシアとしての側面を見せる。
「すごいもこもこの毛を持った動物たちが、いっぱい森に住んでいるんです!」
楽しそうに、今日会った出来事、感心した話、様々な者を語る。
「彼らもまた、ホールから現れたこの世界の新たな仲間たちです。どうか皆も、あの森で暮らす子たちを、見守ってあげてください」
ホールよりの恩恵、時に命すらもたらすそれに、彼女は――信徒は、感謝の祈りを捧げる。
「ドラグマ
ドラグマには、六六六に渡る戒律がある。その半分以上は禁足事項をしたためた者であり、中には異教徒に対する行動を定めたものなどもある。祈り方、日々の過ごし方、挨拶の方法、様々な戒律はあるが、普通に生活している分には邪魔になる者ではない。
だが、世の中には、そうではない者たちもいる。
たとえば、ドラグマの聖職者たちが、邪教徒と呼ぶ者たちにとっては。
◆
《ドラグマ王城・騎士団訓練施設》
ドラグマには、国と民を守るための騎士団が存在する。祈りを捧げる手とそれを守るように両側に立つ竜を紋章としてあしらった、教導騎士団。
その訓練施設も、もちろん城内、街の駐屯地などに存在する。
その中でも、中央の騎士団総本部訓練施設は、一番規模も大きく、同時に厳しい訓練が課される。
「ドラグマ聖文復唱!」
『栄光ある教導騎士団に名を連ねし者。聖文六六六項を魂に刻み、日に一度陽光の下で唱えるべし』
もしも聖文の復唱を忘れているものがいたとしても、問題ないようにと配慮されているのだ。同時に、これを唱えることで一体感を生み、帰属意識を充足させる。
中でも騎士団にとって最も重要な部分が抜粋され、隊長の声に合わせて復唱された。
「第六六項。罪深き邪教の徒を慈しんではならない!」
「第六七項。罪深き邪教の徒を畏れてはならない!」
「第六八項。罪深き邪教の徒の願いを聞いてはならない!」
彼らが戦うべき、殺すべき相手、邪教徒。それに対する訓戒と、邪教徒に向ける正義の意識の確認。それがこの、六六項からの聖文。
「第六九項。罪深き邪教の徒であるならば、奪ってよし!」
「第七〇項。罪深き邪教の徒を討つためならば、いかなる手も使うべし!」
もしこれをその邪教徒とやらが聞いていれば、今すぐにでも殴りに行くところだろう。だが、彼らはそうやって国を守ってきた。
ドラグマの持つ聖痕の力は、ただキラキラと輝かしいだけではない。ヒトの身体の中に神の力を溜め込む器のようなものなのだ。
与えられた聖痕がどこに出るかは人それぞれだが、その輝きが強ければ強いほど、人知を超えた力を発揮する。
古くはこの力を求めて争いがあり、今はこの力を守るために争いがある。教導騎士団が敵に対して徹底的な攻撃を心情とし、この聖文を読み上げるのはそのためだ。
そんな彼らの言葉に対して、エクレシアの言葉のなんと清浄なことか。
鍛錬を終えた騎士団たちの耳にも、エクレシアの言葉が聞こえてくる。
「先日、わたしの侍女を務めていた方が、涙を零しながらわたしに報告してきました。どうしましたと聞いたら、涙いっぱいの顔を笑顔にしていったんです。『お腹の中に、新しい命が宿ったのです』と。今日この後、その方を交えて祝宴を開く予定なんです」
命を奪う者もいれば、慈しむ者もいる。
そのあいまいで不自然なバランスが、時に世界を成立させることもあるのだろう。
「新しい命、今ある命、わたしたちに今を託していった命。全てが繋がっているのだと、わたしは改めて理解しました。多くの命溢れるこの大地。どうか皆さんも、命を慈しむ心を、忘れないでください」
同時に、太陽が地平線の向こう側に沈んだ。普段ならもう少し早く終わるのだが、今日はずいぶんと話し込んでしまった。
森に住む命たち。新たに生まれ来る命たち。それらに触れたので、少しかんきわまっていたのだろうと、彼女は思う。
良き明日が訪れることを。そう祈りながらパイプの蓋を閉じ、バルコニーから城内に戻ろうと彼女は踵を返す。
同時に、空気を切り裂くような音がした。
――爆発!
幾重にも重なる破裂音が、地上から聞こえてくる。
「今の、何が……!?」
市街からざわつく声が聞こえると同時に、屋根の上を渡る複数の影を見る。
「あれは、まさか――!」
その正体に気が付いたのだろう。身を乗り出すエクレシアは、同時に自分の頭上の光の変化にも気づいた。
まるで、この爆発に呼び寄せられたかのように、空の色が紫に染まる。
大地が鳴動し、空が暗雲で渦巻く。
「これは、ホールの開口!? こんな時に、よりにもよって!」
エクレシアの額に輝く聖痕が、それに反応するかのように強い光を放つ。
聖痕はドラグマの神より与えられた力の結晶。だが、その出自はこのホールの向こう側。何か大きな力の到来に、聖痕が反応しているのだ。
「ううん、いつもと違う。こんな地上を揺らすほどの力を持つ開口は、今までには……」
彼女は近くの手すりに捕まりながら空を見上げる。
時折地上を見れば、困惑する信徒たちの姿が目に映る。
同時に巻き上がる土煙、火の手、混乱が街を埋め尽くそうとする。
どうすればいい、そう思っていた時に足音が近づいてきた。
バルコニーには重装鎧を身に纏った者が現れ、銀髪を暴風に靡かせながら空を見上げた。刃のような鋭い視線を上空へ注ぐ人物へ、エクレシアは不安げに声をかけた。
「フルルドリス姉様! これは一体!?」
姉様、そう呼ばれたのは、このドラグマにおけるもう一人の聖女にして騎士。
ドラグマ最強の騎士とも名高い女性であり、その四肢それぞれに一つずつ、計四つもの聖痕が刻まれた、エクレシアとともに聖女と呼ばれる者。
教導軍騎士団団長、邪教徒たちの最大の敵――《教導の騎士フルルドリス》だ。
エクレシアからは血の繋がりはないが姉と慕われ、ドラグマを守護する騎士団員たちからは憧れを持って騎士長と称えられる女性である。
彼女らの存在があって、後の歴史書にはこの時ドラグマは最盛期を迎えていたと記されることになる。
奇跡の聖女エクレシア、最強の聖女フルルドリス。
二人の見上げる先で、ホールはまるで生き物の口のように脈動する。
「私も聖痕に強い疼きを感じて来たんだ。どうやら、今まで見たことないことが、起ころうとしているらしいな」
「姉様も、じゃあやっぱり……」
「どうやら、特大のホールが開かれようとしているようだな」
男勝りな口調だが、彼女もまた、紛れもない聖女。その身に宿した聖痕が鎧の下からも輝きを放ち、これから起こる出来事を警告する。
「奴らが捕虜奪還のために侵入したらしい。街の各地で爆発を起こし、騎士団を混乱させようとしている」
「捕虜の方々を、助けるために……。なら、姉様――」
「だめだ。それはできない」
エクレシアの言葉を遮るフルルドリス。彼女の言いたいことが分かったのだろう。言葉にするより早く、遮った。
シュンとするエクレシアの肩に手を置いたフルルドリスは、地上を空、両方を仰ぎ見ながら呟いた。
「荒れるな、これから……」
それは後に、〝天底の使徒〟と呼ばれる――この先に続く長い、長い戦いの、始まりを齎す者が現れる瞬間でもあった。