遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界”   作:erugon

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ザ・ヴァリュアブル・ブックEX2発売から数週間。
少しだけ、話を進めようかと思います。

Vジャンプでは閃刀姫のストーリーコミックが展開されることが決定されましたので、今やはりOCGのストーリーに波が来ている! という嬉しさに小躍りしております。

急展開の約束された烙印世界。
どうぞ一緒に、楽しみましょう。


第十章 《凶導の福音》

 

 

 今から、十年前。

 

 聖痕を宿したばかりのエクレシアが、まだ見習いのシスターであったころ。

 すでに、フルルドリスという聖女は、ドラグマの第一線で活躍していた。

 当時はさすがに騎士団長ではなく、アディンより教えを受けるドラクマの教徒であったが、すでに聖女の地位についていた。

 類稀なる剣の才覚と、聖痕がもたらす力を使い、近いうちに騎士団長に推薦されるだろうとも言われていたころ。

 

 誰よりも厳しい稽古を積み、その華奢――とは言い難い膨らみと筋肉を備えた体で並みいる男どもを薙ぎ倒す姿を、侍女に連れられたエクレシアは見ていた。

 そんな彼女は、まだ五歳ほどだった。

 教導国家ドラグマの民は、首都である王城ドラグマから、その周囲の農村部に至るまで、あらゆる人民が聖痕を宿し、ホールの恩恵に預かる。

 額に聖痕が現れたエクレシアは、片田舎の農民の娘であったが、現在は故郷から離れた首都へとやってきていた。

 このような経緯で、エクレシアは幼いころから親元を離れ、ドラグマの首都で聖女たるための勉学を積んできたのだ。そして聖女として先輩にあたるフルルドリスに挨拶をしようと、今日は侍女に連れられてきた。

 

「あ、あの、せいじょ、さま……」

 

 年のころとしては、一回りほど離れたフルルドリスは、五歳程度の少女にも、凛とした輝きを放つ一本の剣のように見えた。

 おずおずとエクレシアが差し出した手拭いを受け取ると、ふっと微笑む。

 

「ありがとう。お前がもう一人の聖女候補なのだろう。マクシムス様より聞いている」

「あっ! あの、わたし、エクレシアっていうの……いいます! ふゆゆどりゅ、あっ! ふるるどりす、さま」

「そうか、わたしは名前、フルルドリスが言いにくいなら、好きに呼んでくれて構わないし、他の呼び方でもいいぞ」

 

 ふわふわと波打つ彼女の髪を、フルルドリスは手の汗を拭ってから撫でる。汗はかいていても、息は乱していない。

 彼女と立ち会っていた教導軍の騎士たちは軒並み地面に倒れ伏していることから、彼女の強さが幼子ながらに垣間見えた。

 

「あ、えっと、じゃあ……フルルおねえちゃん!」

 

 その呼び方に、さすがのフルルドリスも虚を突かれたような顔をする。目を丸くし、しばらく返事の言葉が出てこなかった。

 代わりに、傍らの侍女がたしなめる。

 

「エクレシア様、いくらなんとお呼びしてもいいと言われましても、きちんとフルルドリス様とお呼びにならなければなりませんよ。いいですか、礼儀というものは――」

「構わないわ」

 

 その言葉に、今度は侍女が目を丸くする。

 いつも凛として、男勝りどころか遥かに上を行く強靭な精神と力を持ち合わせた聖女フルルドリスが、フルルおねえちゃんと呼ばれて、許諾した。

 

「フルルドリス様?」

「そうね。わたしがお姉ちゃんかぁ……妹を持ったことはなかったから、ちょっとわからないけれど――」

 

 その声が、妙に優しげなものに思えた。いつもの抜身の刃のような鋭さはなく、幼子をあやす聖母のような温かみさえ感じる。

 

「いい、エクレシア。よぉく見ておきなさい。わたしやあなたが聖女と呼ばれ、強くなって、大勢の力を守るために戦うために、これから何をすればいいのか」

 

 訓練用の木剣を、腰のベルトから引き抜いた。

 

「さて、教導軍の騎士の方々」

 

 立ち上がり、振り向いたフルルドリスは地面に倒れている彼らを見る。その視線に、全員がびくりと肩を震わし、背筋を凍らせる。

 

「妹に少しカッコいいところを見せたいのだけれど、お相手願えるかしら?」

 

 今まで聞いた事などない口調に、逆に全身を怖気が走る。

 おそらく、エクレシアのことを慮って、口調を変えているのだろう。もしくは本来の聖女然とした仕事するときのようにしているのだろうと、彼らは考える。

 だが、その目的が「カッコいいところを見せたい」である以上、聖女らしさなど求める気はない。

 

 求めるのは、圧倒的な実力行使。

 

「全員立てぇ! 聖女殿からのご使命であるぞ!!」

 

 半ばやけくそ気味な教官からの指示に、同じくやけくそ気味に騎士団たちは立ち上がり、木剣を構える。

 その後しばらく、フルルドリスに打倒される騎士たちの叫びが響き渡った。

 それを見たエクレシアは、姉と呼んだ女性のカッコよさに手を叩いて喜んだ。

 

 

 それから数年後、エクレシアの聖女叙任式。付き添いとして正装したフルルドリスが、彼女の後ろを歩いていく。

 普段の鎧姿のフルルドリスに見慣れていると、正装姿の彼女は違和感しかないだろう。

 銀色の髪を見事に結い上げ、普段見ることはできないその美貌を拝めるとあっては、同じ騎士団の者たちでも感嘆の息を漏らす。

 

「わたしより、フルルお姉ちゃんのほうが目立ってるみたいですね」

「やはり、鎧を着ていないのはなんだか違和感がある……視線が、刺さるようで……」

「最強の騎士様なんですからピシッとしてください! 第一、お姉ちゃんほど美しい女性は居ないと、修道女一同お墨付きなんですからね」

 

 どこか気恥ずかしそうにするフルルドリスを、エクレシアの方が諭す。

 今日は彼女の就任式なのだ。

 なのに、付き添いであるはずの自分が妙に目立ってしまっていることに、フルルドリス本人が違和感を覚えても仕方がない。

 

 けれど、エクレシアはむしろ堂々としろと思う。

 なにせ普段は鉄仮面の奥に隠され、誰よりも強い騎士が、太陽すら嫉妬し、花々すら惚れるような美貌を隠し持っているのだ。

 

「わたしのお姉ちゃんはこんなにも美しい方なんですって、今すぐドラグマ中で自慢したいくらいなんですから」

「やめてくれ……恥ずかしくて、死ぬ……」

 

 必死に歪みそうな表情筋に力を入れて制御しているため、傍から見たらいつも以上に真剣な眼差しと鉄面皮に見える。

 騎士たちにとっては立派な姿だと映るが、一番近くにいるエクレシアからしてみれば、普段は絶対見せない隙だった。

 

「でも……今日から、もうフルルお姉ちゃん、なんて気軽に呼べないんですね……」

 

 ここから先、エクレシアは聖女になる。

 聖女なりの立場というものがあるし、振る舞いもある。

 寂しそうにつぶやくエクレシアに、フルルドリスは穏やかに答えた。

 

「あまり気にする必要はないさ。わたしは、お前に姉と呼ばれて、嬉しいのだから」

 

 

「はい――――フルルドリス姉様」

 

 それは、一つのけじめなのだろう。

 聖女として多くのドラグマの民とともに歩む者としての、覚悟。同じ姉としての呼び方でも、どこか一線を敷いたような隔たりがあった。

 その日、新たな聖女が誕生した。

 

 

   ◆

 

 

 懐かしい記憶を思い出したのは、アルバスたちがゴルゴンダと遭遇するより、一週間ほど前だった。

 ドラグマ首都にある、祭儀場。

 そこに、彼女はいた。

 

 

 魔法陣の中央に立つフルルドリスは、その身に鎧をまとい剣と盾を持つ。

 彼女が聖女に就任し、騎士団長となってから、ドラグマより預けられた最高位の神器。

 特別な式典がない限り外すことのないそれらを、普段通りに装備し、マクシムスとハッシャーシーンたちの前に立つ。

 任務の通達と言うのならば、この状況は何だろうか。

 状況の中心になったフルルドリスや、彼女と同じ教導軍の騎士たちは、なにが起こるのかわからず、困惑しながら状況が推移するのを黙って見ているしかない。

 陣から離れ、待機する騎士たちのもとに向かいたいと思うフルルドリス。その隣にテオが立つと、小声で彼女に聞いてくる。

 

「騎士長よ。こいつは何の儀式なんだ? エクレシアの捜索を途中で切り上げてまで、何をしようって言うんだ……?」

「わからない。私も神器を用いた儀式など、聞き覚えがない。おそらく、アディン先生ですら知らないだろう。だが、私のことはいいから、兵士たちの許に行ってやれ」

 

 フルルドリスの直感は、何か変だと告げる。

 彼女から少し離れた場所、教導軍支援部隊の長であるアディンも、聖典片手に内心首を捻っていた。彼が知らない儀式――そんなものがあるのか、と。

 だが、実際マクシムスはそれを執り行おうとしている。

 

「全員。陣より離れよ。これより。福音を鳴らす!」

 

 マクシムスの号令に、ハッシャーシーンとその部下たちは、野太い声を上げる。

 上空に存在するホールが不気味に揺らめく中、彼はいつもの祈りの姿勢から、両腕を大きく天に広げた形をとる。

 

「今こそ、福音の時、来たれり」

 

 上空のホールに、黒雷が走る。

 それだけで、フルルドリスも、テオも、アディンも状況が自分たちの予想もできない方向へと向かっていることを理解した。

 このまま、マクシムスが何かするのを黙って見ていれば、よくないことが起きるかもしれない。

 

 

 ――マクシムスを、止めなくては!

 

 

 そんな、神の代理人たるマクシムスに、抱いてはいけないはずの不安を抱く。

 

「さぁ、皆祈りを捧げよ。我らの願いを、ホールの向こうへと届かせ、福音を響かせるのだ!」

 

 ハッシャーシーンたちが指を組み、膝を付く。

 その後ろから現れた新たに選出された赤髪の聖女が、厳かな足取りでフルルドリスの前に膝を付く。彼女については、同じ聖女であるフルルドリスですら、まともに話をしたことも聞いた事もない。

 その口元に浮かんだ薄い笑み、そして彼女を導くマクシムス。

 今までドラグマ最強の騎士として戦ってきたはずのフルルドリスの心に、初めて〝疑念〟というものが生まれた。

 

「さぁ。凶導の福音(ドラグマータ)を奏でなさい」

 

 少女の声が、虚空へ向けて伸びていく。

 同時に湧き上がる恐怖心が、ついに形を持って具現化した。

 フルルドリスの鎧に禍々しい文様を描き、黒い腕を備えた怪物となることで。

 

「な、こ、れは!?」

 

 彼女の驚愕を他所に、マクシムスは儀式を進める。

 

「さぁ、目覚めるのだ。我らの騎士よ」

 

 神器に新たな意識を宿す行いこそ、『凶導の福音(ドラグマータ)

 

 ――マクシムスの行使する、奇跡の儀式(ディヴァイン・リチューアル)

 

 彼の前には、禍々しい青灰色に変化した鎧が、体の各所にホールの文様を刻み、その背に醜悪な黒い腕を携えて膝を付いている。

 

「来たれ。《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》」

 

 フルルドリスの神器が、正体不明の怪物へと変化した。

 

「これは、我らドラグマの、新たなる創世(ジェネシス)のための礎である」

「アアァアアアアァァアァアァァッ!!」

 

 マクシムスの宣誓に応えるように、アルバス・ナイトは咆哮を上げる。そしてハッシャーシーンたちが歓喜を持って迎え入れる中、騎士団には困惑が広がっていく。

 今、マクシムスが呼び出したこの化け物は何なのか。

 ホールの神々より与えられた神器に、何を宿らせたのか。

 なにより、内側にいる聖女はどうなっているのか。

 溢れだす疑問と不安は行き場を失い、自らの上司に状況を尋ねることさえも許さなかった。もう、自分たちが信じたドラグマの姿は、どこにも見当たらない。

 直後、アルバス・ナイトの背中に亀裂が走る。

 

「う、が、あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 鎧の中から、フルルドリスが弾き飛ばされた。

 まるで主に嫌気がさした暴れ馬のように、神器はフルルドリスを放り捨てたのだ。

 鎧の背中はさなぎのように開かれていたが、時間を巻き戻すかの如く戻っていく。

 残ったのは、倒れた聖女と空っぽの鎧だけだった。

 なのに、アルバス・ナイトはひとりでに動き回っている。

 

「フルルドリス様!」

 

 騎士団が倒れた聖女を起こしに向かう傍らで、マクシムスは厳かな声を発する。

 傍らに膝を付いたアルバス・ナイトの肩に手を乗せて、開いた手は信徒たちへ広げる。

 

「福音はここに降り立った。我らは新たな神を迎え入れる時が来たのだ! マクシムス・ドラグマの名において宣言する! 我らは邪教徒との戦いを終わらせ、新たな時代を築くべきときに至ったのだ! 全てのドラグマの民よ。我らとともに、新たなる明日へと至るのだ!」

 

 マクシムスの張り上げる声は、街の端まで届いていた。

 この奇跡の儀式は何を示すのか、騎士団にはまったくわからない。見ていない民にとって、マクシムスが何を考えているかなど疑う暇すらない。

 ただわかるのは、今、何か取り返しのつかないことが起こったということだけだ。

 

「おい大丈夫かよフルルドリス! 何が起こった……」

「う……、テオ、アディン先生を……後で、私のもとに呼べ。お前たちの聖具は、念のため、置いてきたほうがいいな」

「え、フルルドリス? 騎士長、何を?」

 

 そこで意識が途絶えたフルルドリスは、心配する騎士たちによって医務室へと運ばれていく。

 長年愛用した剣、盾、鎧、全てをなくして、魂すら抉られるような痛みを受けながらもなお、彼女の凛とした表情だけはそのままだった。

 

 

 その夜、テオはフルルドリスから命じられていた通り、アディンを彼女の眠る私室にまで連れて来た。

 誰にも見られないようにと彼なりに気を使い、窓から転がるように飛び込んできた。

 

「ううぅ……テオ君、見つからないようにしようという意見はわかりますが、これでは逆に目立ったのでは……?」

「大丈夫だって先生、そこらへんは俺きちんとしてるからよ」

 

 腰をさするアディンに対し、テオはあっけらかんとして答える。放り捨てられた蛙のような恰好でなければ、アディンはもう少し恰好が付いただろう。

 そんな彼らを、フルルドリスが迎え入れる。

 ただし、ベッドの上から。

 

「わざわざご足労かけました、先生」

「いえいえ。フルルドリス君――いえ、聖女殿がお呼びとあれば、私はすぐに駆け付けますよ。……前置きはその辺で、あの儀式についてですね」

 

 アディンの言葉に、フルルドリスはゆっくりと肯いた。

 椅子に座ったアディンは、フルルドリスの体に手を掲げる。支援部隊の長たるアディンの回復魔術を行使しながら、彼は言葉を発した。

 

「凶導の白騎士……あの不穏な存在を見て、何も考えないわけにはいきません」

「ええ。儀式の後可能な限りあれについて騎士団の者たちに調べてもらいましたが、何も成果は得られませんでした。それどころか資料室にもハッシャーシーンの部下の目が光っているので、下手に調べられない、という状況だったそうです」

 

 ドラグマの暗殺部隊。マクシムス直轄の粛正機関。アルバス・ナイトの登場でも、彼らだけが歓喜の声を上げていた。

 

「彼らは、あの儀式について理解しているのでしょうか?」

「いいえ。それはないでしょう。ハッシャーシーンとその部下の選別方法は、私としてはとても思い出したくもないものですから」

「どういうこった、先生」

 

 テオの疑問に、アディンは顔を伏せながら答える。

 

「ハッシャーシーンが神官と呼ばれるのは、彼の使える奇跡によるものです。隷属と粛正の奇跡……それが彼の力ですよ」

「まさか、奇跡で人の意思を捻じ曲げて、従えているとでも?」

 

 フルルドリスの答えに、アディンは肯いた。

 暗殺部隊となるべく育てられた者たちが、少なからず存在する。

 彼らは幼少期からハッシャーシーンの奇跡により忠誠心と隷属の精神を植え付けられ、たとえ奇跡なくしても、揺らぐことがないように鍛えられる。

 いつしか、彼らの中から次代のハッシャーシーンが選ばれるとき、隷属と粛正の奇跡は受け継がれる。

 彼らの秘儀、ドラグマティズムと一緒に。

 

「これは、騎士団はもちろん、一般教徒には決して知られてはならないことです。中には、敵の捕虜を使って暗殺部隊に仕上げることもやってきたということですから」

「そんな、ことが……ドラグマの中で……」

 

 この事実は、いつも陽気なテオでも、動揺に値する内容だった。

 ハッシャーシーン本人なら儀式の内容は聞いているだろう。だが、その部下たちにまで周知徹底していることはない。

 そんなことをしても、意味のない者たちも多く在籍しているからだ。

 

「宗教国家というのはそういうものです。ですが、今回の儀式の内容は、あまりにも異質すぎる。六六六の聖文の最終項目を達成したかのような言動、そこになんの説明もないというは、教義として破綻している……まるで、誰も導くつもりがないかのように」

 

 アディンは自分で言っていて、これを他人に聞かれたらと顔を青くする。ハッシャーシーンの耳にでも入ったら、間違いなく教導神理の刑に処されるだろう。

 そんな彼の心配をよそに、フルルドリスは鋭い目で二人に告げた。

 

「アディン先生、テオ、手を借りたい」

 

 その言葉に、深刻そうな顔をしていたテオたちが、ニカリと笑う。

 

「おや、フルルドリス君が、ずいぶんと殊勝な言葉を言いますね」

「いつもだったら、『私に作戦がある。実行するから命令通り動け』ぐらいいいそうなのによ……いや、すいません。その状態では……」

「気に病むな。あと、これは強制できないからな。騎士団の幹部三人が揃いも揃って、何をしているのだろうな」

 

 自嘲気味に笑ったフルルドリスは、周囲の気配を探ったあとに、二人に向けて話をし始めた。

 

 

 そこから、話は早かった。

 数日の後に、準備は終えられた。

 神器や聖具は持ち出すことはできない。ハッシャーシーンたちに悟られるわけにもいかず、まして移動の妨げになってしまう。

 

「大丈夫ですかい。騎士長。手足の方は?」

「大丈夫だ。移動には差し支えないさ。あと、もう騎士長はやめろ。さっき辞任したんだからな」

 

 一般教徒のようなフード付きのコートを着込むフルルドリス、テオ、アディンの三人は街を囲む城壁付近に到達していた。

 

「気分が悪くなったりしたら、気兼ねなく言ってください。テオ君が背負います」

「俺がっすか、先生」

「すまないな。テオ」

「ま、いいっすけど」

 

 ただ、両手両足に熱を抱えたフルルドリスの顔色は、儀式以来あまりよくない。

 まるで何か病気にでもかかったように、彼女の顔は青かった。

 

「ふむ、しかしこのような恰好をするのは、一体何十年ぶりでしょうね」

「まったくだ。騎士団見習いの時の門限破り依頼だぜ」

「これから自ら追放されようと言う時に、ずいぶん余裕のようだな」

 

 周りには誰もいない。

 ドラグマータ――あの儀式以降、街全体に暗い雰囲気が漂っている。誰も口にしないが、何か街が変わっているように、皆思っているのだ。

 そのせいか、街全体に活気が薄い。いくら早朝、夜明け前と雖も、通りに人通りが少なすぎた。

 

「けど、フルルドリス本人までがこの街を脱出しようなんてな。正直、お前だけは残るんじゃねえかって、俺は思ってたくらいだけどよ」

 

 聖女として生きて来た年月がある。讃えられてきた日々がある。

 人は自らが認められる環境や、習慣を捨てにくい――捨てられないものだ。

 普通ならそうだろう。

 しかし、ここにいるのは普通の人間ではない。決して、徒人ではないのだ。

 

「奴らはエクレシアから聖痕を奪い、追放した。私にはそれだけで、疑念を抱くには十分すぎたんだ」

「かっこいいお姉ちゃんには、妹のピンチが最優先、ってことでしょう」

 

 アディンの理解に、フルルドリスは力強く肯いた。

 

「それに加えて、私の鎧と剣と盾が、あんな化け物にされたんだ。黙っていられるわけがない。全てひっくるめて、私は私の意志で、ドラグマを離れる」

 

 きっと、元から理由はあったのだろう。

 それが、エクレシアとの別れを経験して限界に達した。アルバス・ナイトの出現で溢れ出した。

 ドラグマという宗教の中枢へと近づくほどに、ずれのようなものを感じる。

 神と言う曖昧な存在、ホールという謎の領域、聖文が謳う祝福、ただの来世の安寧を願うような宗教とは違う。

 何か、大きな力を欲する者たちが創り出した団体――それがドラグマだ。

 

「ここから先は、何が敵で、誰が敵かわからない。ただ一つ言えるのは、ここにいる三人と、エクレシアと……」

「バスタードとか言うドラゴンだった少年は?」

「……彼も含めてだろう。マクシムスに抵抗する意思のある、信じられる存在だ」

 

 マクシムスが何を考えているにせよ、この世界に安寧はもたらさない。

 アルバス・ナイトから感じる邪悪な気配は、単なる直感を確信に至らしめた。

 

「トライブリゲードの面々と、協力する日がくるかもしれませんね」

「それは、当分先だろうさ」

 

 フルルドリスは、アディンの言葉に肩をすくめた。

 

「行くぞ、まずはエクレシアたちを追いかけ、砂漠方面に――」

 

 警備の目を潜り抜け、城壁の外へと飛び出した。

 着地し、その一歩を踏み出しかけた時、フルルドリスの視界は歪む。

 高熱にうなされて寝込んだ時はある。その時の感覚に近いものがあった。

 

「あ、ああ! うがぁっ!?」

 

 だが、あの時は間接に痛みを覚えることはあっても、焼けつくような痛みを全身に感じた覚えはない。

 熱の原因は、四肢にある聖痕からだった。

 

「な、なんだ、これは……」

「お、おいフルルドリス! 声を抑えられるか? バレちまうよ!」

「仕方がありません。テオ君、彼女を背負いなさい。急ぎここから離れますよ! まさか、こんなに早くとは……」

 

 フルルドリスの絶叫は、城壁付近の者たちに異常事態を気づかせる。

 わらわらと松明が集まってくる気配を感じたアディンの提案に、テオは反論もなく従う。フルルドリスには布を噛ませて声を抑えさせると、いち早く城壁から離れる。

 必死に走るアディンとテオは、トライブリゲードの本拠地があるという古代遺跡のある場所へ向けて進む。

 ドラグマで起きた異常な儀式を、彼らも感知しているはずだろう。

 藁にもすがる思いで、彼らは宿敵に頼る道を選ぶ。

 

「……うっ、ぐ、ああ……熱い、あつ……」

 

 フルルドリスを蝕んでいるものは、単なる傷跡の熱などではない。

 聖痕という、神の力を切り分けたはずものが、彼女の体を蝕んでいる。

 アルバス・ナイトへ変化した鎧を、一瞬とは言え装着していたせいなのか。

 

「それ以外に理由なんか考えられねえ。聖痕が暴走しているなんて、そんなこと……」

「そうですね。私も聖痕の暴走などと言う症状は、記録上見たことがありません」

 

 明らかな異常事態だが、ドラグマに戻るという選択肢はない。

 彼女がこうなった原因はドラグマの、ひいてはマクシムスの儀式が原因なのだ。

 神の代理人である彼が、神の剣であるフルルドリスを傷つけるようなことを行った。

 

「正直、こうしてドラグマを離れた今でも、マクシムスがあんなことをするなんて、信じられねえ」

「私もそれについては同感です。マクシムスはお優しい方です。いえ、でした。少なくとも、信者一人一人の健康を案じ、人々の安寧を願っていました」

 

 ホールの向こう側にいるという神、その次に信じられ慕われる存在こそが、マクシムス・ドラグマ。

 最上位を意味する役職名であり、その地位につくために世俗の名も顔も捨てた存在。多くのドラグマ国民から信頼と尊敬を受ける彼を、疑うのは今でも抵抗がある。

 変えようのない事実と自分の目で見た光景があってなお、長年の信心というものは覆らない。

 

「けれどよ、実際フルルドリスをどうするんすか。このままじゃあ、死んじまう」

「具体的対策案を考えるのは私の仕事ですが……」

 

 アディンですら、この状況に戸惑い、困惑し、思考が進まない。

 

「ゴールド・ゴルゴンダのほうに行ったはずのエクレシア君なら、同じ聖女の力で何かできるかもしれませんが……」

 

 ただし本当にそこにいる、という確信はない。まして、砂漠まで全力で向かったとしても、間に合うか保証がない。

 

「どうすれば……」

 

 答えのないまま、当てのない逃避行が続けられる。

 

「対象を発見。フルルドリス、アディン、テオ、粛正対象」

「ッ!? 気やがった!」

「テオ君、フルルドリス君をこちらに!」

 

 テオは振り向きざまに持っている剣を振り抜いた。街の鍛冶屋で買った、神器にも聖具にも遠い普通の鉄の塊だ。

 跳びかかってきたハッシャーシーンの部下の爪を、剣が防ぐ。

 アディンはフルルドリスに肩を貸しながら先へ進みつつ、テオを支援する魔術を行使する。二人は自らの聖痕を輝かせ、その力を行使する。

 

「邪魔すんじゃねぇ!」

「テオ君、深追いは禁物です! 一刻も早く、ここから距離を取るのです!」

 

 ハッシャーシーンの数は少ない。だがそれは、広域に探索を行っている結果であって、決して人材不足の結果ではない。

 時間をかければかけるほど、テオたちが不利になるばかりだ。

 ハッシャーシーンの仮面を叩き割って蹴り倒したところで、テオは仲間の許に駆け寄った。フルルドリスの背丈は、アディンでは運びにくい。

 テオが肩を変わると、そのまま荒れた道を駆け抜ける。

 次第に雨脚が強まり、豪雨となって三人を濡らす。

 その間もハッシャーシーン達は目ざとく三人を見つけ、襲撃を繰り返す。

 

「我が聖痕よ、盾を描け!」

 

 鋭い爪を、魔術陣が受け止めた。アディンの顔に疲労が見て取れる。

 テオと違って体力が有り余っている年齢でもない。魔術を行使すればそれだけ体力も消耗する。執拗且つ人数制限などないかのように、ハッシャーシーン達は度々襲撃を繰り返す。

 早朝に出たはずの三人を、雲の向こう側にある太陽は中天から照らそうとしている。

 だが、分厚い雲がそれを全て遮る。

 夜のように暗い道を、雨に打たれながら三人は進み続けた。

 

「くそ、どこだよここ!? トライブリゲードの拠点なんて、どこにもねえぞ!」

「どうやら、道を間違ったようですね。元々ドラグマの街の外の整備はあまりできていない。鎖国状態というのが、これほどに厄介とは……」

 

 整備されていない道、まともな標識もない荒地。何より遠征の機会自体も少ないのだから、見知らぬ土地で地図もなく彷徨うことになるのは当然だった。

 

「とにかく、どこか雨宿りできる場所を探しましょう。最低限、どこかの木の下に……」

「つってもこんな荒れた山じゃまともな樹だって……」

 

 雷鳴轟く峠を越え、その向こうに辿り着こうとした時、ピカッと光った雷が、三つの影を映し出す。

 

「ッ! 何もんだ!」

「我らの前に立ちふさがるとは、ついにハッシャーシーンが回り込みましたか!?」

 

 疲労と焦燥にかられる二人は、フルルドリスを守るように横並びになって警戒する。

 

「邪悪なる力を受け、聖痕はその性質を反転させたか」

 

 鎧の奥から、くぐもった声が聞こえる。

 三つの影は、それぞれが光る刀剣を携えていた。

 竜を人の形にしたかのような印象を、彼らには受けた。

 ドラグマとは文化圏の違うその装いは、明らかに追手のものではなかった。

 むろん盗賊や山賊の類ではなく、テオたちにとって同様の職に就いている者に――つまり戦士や騎士のような存在に思えた。

 

「間違いありません。彼らが、運命によって導かれし者たちです」

 

 中央の赤い鎧の巨人から向かって左隣には、小柄な女性のように見える者が立っていた。その周囲にはコウモリのようなものが飛び交い、何か伝えていた。

 発した声も、女性的で高い声だった。

 

「ならさっさと連れて行こう。そこのお嬢さんは、すでに限界のようだ」

 

 若い、テオと同い年くらいの印象を、向かって右の者には感じる。

 助けてくれるのか? そう思ったテオだが、アディンは警戒を緩めない。

 

「どなたか存じませぬが、名も名乗らぬ者たちを信用することはありません。このお嬢さんを欲するのなら、その理由も何もかも、洗いざらい吐いてもらわなければなりませんな」

 

 鋭い目つきの彼は、まさしく生徒を守る教師の姿だった。

 

「そうだな。名乗らぬは無礼の証。同じ、これから訪れる災厄に立ち向かう者として、そなたらに敬意を示そう」

 

 突如、雷鳴は止み、雲が割れる。

 日光が照らし出したのは、赤と、白と、青の、竜人。

 幻竜と呼ばれる、ドラゴンとはまた違う存在だった。

 

「我は相剣大師(そうけんたいし)赤霄(セキショウ)

「同じく相剣師(そうけんし)泰阿(タイア)

「同じく相剣師―莫邪(バクヤ)

 

 それは、ドラグマよりはるか離れた緑豊かな山に住む、神秘の存在。

 相剣師――彼らとの出会いを、後にアディンが記した備忘録の中で、彼はこう表現した。

 

 

龍相剣現(りゅうそうけんげん)』――と。

 

「ともに、絶望に立ち向かうときが来たのだ」

 

 

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