遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界”   作:erugon

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アルバスの来訪
第十二章《烙印開幕》


 

 

 アルバスが黒衣竜アルビオンの姿を得た時、時同じくしてトライブリゲードの面々はドラグマの本拠地へと突撃していた。

 獣の本能に言い知れぬ不安を抱かせた現象が、空を覆い尽くしているからだ。

 

 先日の福音の到来。

 マクシムスから全信徒へと報告されてから、ドラグマの空は巨大なホールが閉じる様子もなく占領していた。

 まるで空のホールに太陽が呑まれたように日の光も落ち込み、常に黄昏のような薄暗さを城下町にもたらしていた。

 なにより、信徒たちの不安をあおったのは凶導の白騎士の存在だ。

 禍々しい印象しか持たぬかつての神器は、日に日にその鎧を歪めていった。

 

 信徒たちがそうそう直接目にできるわけではない。だが、教会の奥底より響く獣のような叫びに、事情を理解せぬ下位の信徒たちは困惑するばかりである。

 しかも、よりによってこの混乱した状況を納めるべき教導騎士団の騎士団長と副団長、支援部隊の長であり皆の師たる者もいない。

 教導騎士団内部でも不安は立ち込め、教会の奥に引きこもったマクシムスに対し、何もすることができずにいた。

 その沈黙が破られたのが、つい今しがた。

 

「信徒の皆よ」

 

 扉を開けたマクシムスの前に、信徒たちが膝を付く。

 

「恐れることは何もない。我らドラグマの民を導く教えが、新たにホールより現れる」

 

 両腕を大きく広げ、上空を席巻するホールを彼は眺める。

 

「神託は降った。異空の果てより、デスピアが、幕を開ける」

「は?」

 

 マクシムスの言葉は、何を意味するのか。

 今まで、ドラグマの教典や教えに、デスピアなどと言う単語は一度も出たことはない。新たな教えであろうか。ホールからの来訪者であろうか。

 信徒たちは口々に相談し合うなか、その声がぴたりと止んだ。

 マクシムスの後ろに、黒い腕を備えた凶導の白騎士が現れたからだ。

 ゆらゆらと死人のように揺れるその体が、マクシムスの隣に膝を付く。どよどよっと信徒たちがざわめくのも気にせず、マクシムスはその鎧に手を翳す。

 

「さぁ、目覚めの時だ。そなたの名は――」

「貴様の野望は、果たさせない!」

 

 はるか上空から、その弾丸は放たれた。

 

 

 ――ズガンッ!!

 

 

 強烈な激突音を響かせたのは、天から舞い降りた凶鳥(フッケバイン)――シュライグ。

 彼の強襲に、信徒も騎士団もどよめく。

 何せ、シュライグに対抗できる飛行能力と火力を誇るフルルドリスは、現在不在だった。騎士団の面々も信徒たちもその真実を知らず、だからと言って逃げ出したなどとさすがにハッシャーシーンたちも公表できない。

 

 しかし、シュライグには何となく察せていた。

 このようなドラグマが異常な状況でありながら、フルルドリスが何もしないはずがない。

 ライバルゆえの信頼が、彼を動かした。

 

「さすが獣畜生ども。鼻が利くようだ」

 

 弾丸の爆発の煙が晴れた時、そこには無傷のマクシムスと、盾で受け止めたアルバス・ナイトがいた。舌打ちをするシュライグの顔にマスクはない。

 先日のフルルドリスとの死闘で砕けたマスクは、まだ新調できていなかったからだ。

 その苛立ちに歪んだ顔を、マクシムスへと向ける。

 

「その鎧、フルルドリスはどうした。この状況は何だ!」

 

 本来無口で、冷戦沈着なはずのシュライグが声を荒げた。つまり――状況は彼の予想を超えて深刻な状況だということ。

 彼の問いかけに、応えてほしいのは本人だけではない。

 答えを期待する視線が、周りからマクシムスへ集まる。

 それがわかっているのか、マクシムスは民衆たちの輪の中から、シュライグへ少しでも近い場所へと歩き出す。

 

「福音だと、我は唱えた。それは聖痕を持たぬ獣にも、肉体を持たぬ精霊にも与えられぬ、我らだけの祝福だ」

「その禍々しい鎧が、その象徴だとでもいうのか」

「我らドラグマに必要なのは、聖女の力ではない」

 

 その一言に、周囲には動揺が走る。

 これまで聖女として崇めて来た少女たちの存在を全否定するマクシムスの言葉が信じられなかったのだ。つい先日新たな聖女が生まれたという話もあったというのに、全てをひっくり返す発言に、誰もが驚きと動揺を隠せない。

 

「必要なのは、力を受ける器。福音が成就するとき、そこにあるのは歓喜の宴!」

 

 再び弾丸をぶち込もうとするシュライグに向けて、アルバス・ナイトは加速する。

 フルルドリスの鎧が元だというのなら、その両足にある飛行能力を与える力は健在だ。

 通常の腕とは別に出現した腕が抱える剣の威力は、膂力の面だけで言えばフルルドリスをも超える

 獣人特有の怪力でも抑え込むのが精いっぱいの一撃を、シュライグはその自由な飛行能力を巧みに使って抑え込む。問答無用の雷撃がない分、多少やりやすくはある。

 だというのに、決定打が掴めない。

 

「――――――ッッ!!」

 

 鉄と鉄の擦れ合うような音を響かせるアルバス・ナイトは、突如として腕を巨大化させ、剣を振り下ろしてくる。

 その一撃が、シュライグの腕を掠めた。

 余波だけで、彼の体が地面へと吸い込まれたのだった。

 

「ぐっ! これは、何か――ホールから、力を供給されいてるのか!?」

 

 地面を蹴りつけることで体勢を立て直したシュライグは、上空へと舞い上がる。遠距離から牽制の弾丸を放つが、回転しながら飛んでくる盾が打ち払う。蹴り替えせば難なく受け止められ、追撃を許さない。

 

「こんな化け物が、あいつの鎧のなれの果てだと……」

 

 困惑と怒りに震えるシュライグは、その翼を大きく広げた。

 

「こんなものの蔓延る未来を、この大陸に残させはしない!」

 銃口に力を溜め、狙いをアルバス・ナイトへ定めた。

 

「この一発が、全てを許す……脅弔弾罪(フィアー・コンドネイション)!」

 

 シュライグ自身の体が吹き飛ぶほどの威力の弾丸。鳥の形をしながら飛んでいく砲弾に、アルバス・ナイトは打ち砕かれる。

 

 ――誰もがそう思っただろう。マクシムス・ドラグマを除いて。

 

 両腕を掲げ、ゆっくりと開いていく。

 

「もったいなくも、その眼に見せてやろう。我らドラグマに福音を齎す者。全ての烙印を開く者!」

 

 突如、フルルドリスの鎧だったものが膨れ上がる。金属が捻じ曲がる音が響き、虫がさなぎから羽化しようとするように、鎧は割れる。

 

 

 

「デスピアン・クエリティス」

 

 

 昆虫のような羽が、最初に現れた。

 次に漆黒の、赤い爪や棘を備えた体が飛び出した。

 竜のような長い首と尻尾、しかし虫を思わせる細く節くれだった手足を備え、目玉のようなものが並んだ羽を震わせる。

 つるりとしたその骨格は、ともすれば美しいと称することができる。

 ただしそれは、滅びと混沌の中に生の実感と愉悦を覚えるものの感性だろう。

 

 

 その巨体が、シュライグの弾丸を打ち払った。

 

「な、なんですか、この化け物は……」

 

 本能的恐怖で震える信徒に、マクシムスは冷淡に応える。

 

「これこそが我らが福音、我らが求めた救済の具現化……」

 

 恍惚と語るマクシムスのそばで、デスピアン・クエリティスと呼ばれた存在は、教会の塔を駆けのぼる。

 羽だった部分は自在に伸び、先端にある指と爪で転がっている神器の剣と盾を取る。

 それは一つに重なり、まったく新しい矛を創り出す。カマキリの腕のような、ムカデの体のような、鋭くも禍々しい武器となる。

 同時に展開される大量のホール。そこから、あふれた輝きが、人々を包み込む。

 

「な、なんだこれ、何が!?」

「い、いやぁぁぁ!」

「マクシムス様、これは!?」

 

 聖痕を宿した人々――ドラグマの民の体が、変貌していく。

 体の一部が鎖へと変化し、さらにヒトの形を取った棘になる。顔だった場所に現れた舞踏会用の仮面が怪しく光る。

 ドラグマの民の姿が、絶望の化身へと姿を変えていく。

 それが二種類。赤と緑のマントをそれぞれ羽織っている。

 

「これこそ〝惨劇の演者(デスピアン)〟。我らの未来に福音を齎す者」

「な、なぜこんな! こんなものが、福音を……」

「そう。赤の喜劇、緑の悲劇……我らの福音だ」

 

 それはもう、人の言葉ではない。人とは違う何かの求める福音とは、それすなわち――。

 

 

 ――人々の絶望だった。

 

 

 人々の変貌はドラグマの中心部から始まり、王城全体へと広がっていく。

 

「ああ、他の獣たちもまた、福音を聞きに来たのだな」

 

 マクシムスの視線が、城下へと向けられる。

 同時にデスピアン・クエリティスと呼ばれた巨大な甲虫のような存在もまた、その顔のような部分を同じ方向へ向けたのだった。

 

「トライブリゲード、カク、認」

「げ、迎撃ヲ、しなけれバ……」

 

 信徒たちの大半――否。すでにドラグマの全てが、デスピアンへと変化していた。

 狂気そのものを形にしたかのようなデスピアンの姿に、トライブリゲードの面々は――一部始終を見ていたシュライグでも、驚愕を隠せない。

 誰何の声も、戸惑いの時間もなく、鉄獣たちの弾丸が異形の魔物を撃ち抜いた。

 

「たっく、ドラグマの奴ら! こんなに大量のホールを出現させた上にそんな化け物まで呼び込んで、何をする気なのさ!?」

 

 遠目に見ていたフェリジットが、悪態をつきながらやってくる。

 それはこっちが聞きたい、ときっと生きている信徒がいれば、思っていることだろう。

 だが、もうその信徒はいない。

 続々と増えていく悲劇と喜劇のデスピアン。

 上空に舞い上がった彼らの姿は、まるで古い伝承の黙示録に描かれる、空の彼方より現れる恐怖の軍団の襲来のように思えた。

 

「奴らを攻めたところで、まともな会話も成立しないだろうぜ。これらはマクシムス・ドラグマの独断専行のようだしな」

 

 トライブリゲードの協力者は、ドラグマの中にも少なからず存在する。

 生き残っているのは、ひそかに聖痕を持たないごく少数の人間たちだけだった。

 彼らからもたらされた話によれば、マクシムスの奇行が目立ち、まともな運営は望めなかった。

 その状況下で生まれた、デスピアンという存在。聖痕を持たなかった者は変貌を免れたが、直後デスピアン達によってその命を奪われた。

 

 ドラグマの民さえもないがしろにする行為は、まるでドラグマと言う集団そのものを軽視しているかのようだった。

 ドラグマの民は、生まれてから数年内に必ず聖痕を体に刻む。実際には力を与えられ、聖痕がどこに出るかはランダムだ。

 しかし、ほぼ間違いなくドラグマ教徒はこの聖痕を宿す施術を受ける。生き残った者はいないと、鉄獣の面々は覚悟していた。

 鉄の獣たちは、溢れる怒りをこの状況を作り出した者へと向けた。

 視線の先にいるマクシムスは、腕を広げたまま高笑いを上げていた。

 

「今こそ我らの新たな時代の始まりを告げる瞬間!」

 

 マクシムスは両腕を大きく広げ、その手に禍々しい杖を出現させる。

 

「ふははははははっ! 始まるのだ! 新たな時代、新たな生命の誕生! 新たな絶望の幕開け!! これこそが、《烙印開幕》なり!!」

 

 ホールから紫電が溢れだし、デスピアンたちの動きが活発になる。

 トライブリゲードの面々、シュライグと合流したフェリジット、ルガルは彼とともにマクシムスへと迫る。

 それを阻む、デスピアン・クエリティス。

 その翼を伸ばし、先端の腕でシュライグの銃を抑え込む。

 

「化け物が、これ以上行かせないつもりか」

「こいつら、一体一体の力はたいしたことないけど、数が多いよ!」

「それに比べて、あの虫みてーなのはけた違いだけどな!」

 

 何か、一瞬で状況を逆転されそうな恐怖が首を絞めるようにまとわりつく。

 フェリジットの弾が空を切る。デスピアンたちの体は細い鉄の塊、弾丸が当たってももろともせず、その武器を彼女らに向けて振り下ろしてくる。

 

「邪魔クセェ!」

 

 ルガルの銃剣が斬り捨てる。倒れた個体は霧のようになってホールへと吸い込まれていき、上空の輝きを一層強めた。

 尖頭の上にいるデスピアン・クエリティスは仲間――だと思える存在がいくらやられようと興味を示さず、じっとシュライグを睨みつけていた。

 周りのデスピアンたちもそれを感じ取ったのか、シュライグへは手出ししようとはしない。

 明確な敵意と闘志が、クエリティスからシュライグへと注がれていた。

 

「ガァァァァァッ!」

 

 赤黒い甲虫が吠える。右腕に持った巨大な薙刀のような武器を振り下ろす。

 

「――ッ!」

 

 シュライグの蹴りがそれを迎撃する。生物的な外見へと変化したフルルドリスの神器だが、強度に関しては何ら損なわれた様子はない。

 神器に対抗可能なヒトの技術。鉄の国で培われた最新武器と、デスピアン・クエリティスの武器の強度は拮抗する。

 拮抗するが――勝てるわけではない。

 歴戦の猛者であるシュライグは、明確に迫りつつある自分の死を自覚した。

 

「トライブリゲード全団員に告げる」

 

 全員の通信機に、シュライグの重い声が響く。

 

「ここが正念場だ。生きて、また会おう」

 

 通信が切れる。もうこれ以上、話ながら戦う余裕などかけらもない。

 ドラグマの信徒たちの居城は揺れ狂い、塔に登った怪物は歓喜に鳴く。

 

「さぁ、現れるがいい。古き王城を砕き散らし、我らの劇場が姿を見せる!」

 

 マクシムスの宣言とともに、大きな地震がドラグマを襲う。

 大地を割って現れた巨大な城に驚嘆するべき人々はもういない。

 残った命はデスピアンが全て刈り取った。

 教会騎士さえも抵抗空しく消えていった。誰も抗うことはできない。

 

『烙印城デスピア』――巨大なホールの直下に出現した毒々しい城塞の上に、マクシムスの――いや、もう誰もが信じ、敬う大神祇官の姿はそこにはない。

 

 重たい白と金の仮面を脱ぎ捨てて、そこに新たな仮面をつける。

 かの者こそ、絶望を束ねし者。

 この惨劇に至る為の脚本家。

 名を『デスピアの大導劇神(ドラマトゥルギア)

 ドラグマの神器を怪物へと変え、聖女を白髪の黒竜とともに追放する算段を取った者。今この場にフルルドリスやテオ、アディンがいないことも想定済み。

 今彼を止められるものは、誰もいないのだ。

 

「さぁ、新たなる時代を築く者よ。我らに福音を、終わりなき輪舞(ロンド)を奏でよ!」

 

 ドラマトゥルギアが両手を大きく広げてみせた時、彼の後ろには一人の小柄な……少年とも少女とも、判別できない人物がいた。

 

「デスピアの導化アルベルよ、福音の輝きを齎したまえ……」

 

 紅い髪を背中に垂らし、その顔には漆黒の歪んだ仮面をつけている。

 笑ったように見えるその仮面は、デスピアに属するもの以外が見れば、間違いなく恐怖を覚えるだろう。

 空のホールを仰ぎ見ながら、アルベルは腕を掲げる。

 その腕と、胸に収められた紅い宝石は、どこかアルバスの持つものに似ていた。

 

 ドラグマとゴールド・ゴルゴンダ、遥かに離れた場所に存在する二人に見られる一致した特徴。その真相を知る者は、ここには誰もいなかった。

 歌のようなものが聞こえる。何かを呼ぶような、何かを喜ぶような、賛美歌に似た曲調が、烙印城から鳴り響く。

 

「目覚めよ。我らの大舞台。『デスピアン・プロスケニオン』」

 

 アルベルが強く足元を蹴ったとき。それは地獄の底から現れた。

 巨大な、二頭の竜がより合わさったような形をした、像のようなもの。

 だが、それは動くことのない調度品などでは決してない。

 二頭の竜を従える、絶望の権化。デスピアンたちが舞い踊る、劇場がここに完成してしまったのだ。

 観客たちは、逃げ惑う聖痕を持たぬ民と、これから蹂躙される深淵と呼ばれる大陸に生きる者たち。

 舞台協力はドラグマの信徒たち。特にハッシャーシーン率いる暗殺部隊。

 そして主演は、デスピアの導化アルベル。

 この世界全てを嗤い飛ばす、絶望の聖人。

 その笑みが、ドラグマを包み込んだ。

 

 

「キヒヒッ!」

 

 ここに、烙印の悲喜劇が開幕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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