遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界”   作:erugon

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第十三章《烙印の気炎》

 

 

 大砂海ゴールド・ゴルゴンダは、おそらく砂漠ができて以来最も静かで、最も楽しげな音に包まれていた。

 ドラグマの元聖女エクレシアを追いかけて来たフルルドリスの雷撃により、巨大なホールを伴う怪物覇蛇大公ゴルゴンダが倒れた。

 そのため砂漠に住まう煤状生命体スプリガンズは、何事も憂いなく空を飛びかい、爆発し、宴に興じることができていた。

 

 その傍らで、巨大な黒竜が砂の上にその身を横たえ尻尾を曲げ、金の髪を持つ少女――エクレシアの椅子となっていた。ついでに言えば、翼を半ば広げ、燦々と降り注ぐ陽光からもその白っぽい肌を守る。

 なんとも従順な、日よけ傘になっていた。

 その対面には、気難しい顔をした銀髪の聖女が――剣士フルルドリスが砂の上にどかりと座っている。

 そして、両者の間を取るようにピンク髪の獣人――キットが座っている。スプリガンズ・キャプテンであるサルガッソが足を組み、それを椅子代わりにしていた。

 

「えっと、それでは、まずフルルドリスのほうから、話を聞こうじゃないか」

 

 彼女を仲介人として、エクレシアとフルルドリス、かつて姉妹のように過ごした者たちの話し合いが始まった。

 

「……何から言えば、いいのかな」

 

 重い口を、ゆっくり開く。彼女の後ろにはテオ、アディンがおり、それぞれ気難しい顔をしている。

 顔を見合わせた三人は肯くと、おもむろにフルルドリスが切り出した。

 

「マクシムスが乱心なされた。私にはそう思えた」

 

 嘘偽りない言葉が、彼女の口から洩れる。

 

「マクシムス様が……でも、どうして」

「お前の追放処分と、そちらのドラゴンの討伐、トライブリゲードによる亡命……あの日の戦い以後、マクシムスの様子は尋常ではなかった。私たちがお前を追うことを許さず、私の神器を使い、怪しげな術で神器に人格を与えた」

「彼はそれを、アルバス・ナイトと呼びました。禍々しい腕を持ち、神器を破滅の凶器へと変化させたのです」

「それだけじゃねえ。お前がいなくなったって言うのに、いつの間に選定したのか新しい聖女まで用意してやがった。ハッシャーシーンの奴らは誰も文句ひとつ言わねえし、意味が分からねえ」

 

 それまでの教義を無視していくような不可解な行動。いくらハッシャーシーンの行動が正当な権利に基づくものであろうと、認めがたいものであるのは変わりない。

 

「それ以上にやはり、あのアルバス・ナイトいう存在が、気がかりだ」

「アルバス……偶然、ですね」

 

 その名前に、エクレシアは思うところがある。

 

「彼は、名前を失っていました。記憶とともに、自らの名前を。だから、白を意味するアルバスを、わたしが彼にあげたんです」

 

 そう言ってエクレシアは傍らの黒衣竜アルビオンの白い髪を撫でる。今でこそこの姿だが、数分前までは燃え盛る灼熱のようだった。

 すっかり落ち着いた様子のアルビオンは、一言も話すことなく、話を聞いている。

 

「気になるのは、我々がこの砂漠に向かってから、一向に追手が現れないことでしょうか。途中まではあれほど執拗だったのに。確かに我々を追うほどの価値のあるものを持ち出してもいませんし、アルバス・ナイトがいれば戦力に困ることはない、と判断されたのでしょうが」

「だからって、俺もアディン先生もドラグマの大幹部だぜ。フルルドリスにいたっては最高戦力だ。いくら鎧も剣もないからって、トライブリゲードに対して無防備でいいのかよ」

 

 そのトライブリゲード。現在キットのほうでは連絡がついていない。

 アルバスとエクレシアに注目が行かないように波状攻撃を仕掛ける予定ではあったから、しばらく連絡なしでも不自然と言うわけではない。

 惜しむべくは、それが数日前の時点の話。現在の状況を問いただせば、今すぐにでも彼女はドラグマに向かってしまったかもしれない。

 

「一体、何を考えていらっしゃるのでしょうか」

 

 疑うまでもなく、マクシムスの行動は異常だった。

 何より、今この場にいる者たちは知る由もないが、デスピアなる奇怪な者たちを生み出す彼に、正気もなにも、もうないのだろうが。

 

「一先ず、お前が無事でよかった。問題は、一緒にドラグマに帰ろうと言える状況ではないということだな」

 

 ホッとする半面、悲しそうな顔をする。

 曲がりなりにも、あの街はこの場にいるドラクマ教徒たち全員の故郷なのだ。

 その場所が異常な状態に陥っているとあれば、気分が沈むのは当然と言えよう。

 

「お前たちは、ここまでどうしたんだ。トライブリゲードとともにドラグマを離れてから、あのバカでかい蛇に襲われるまで」

 

 フルルドリスが視線を向けたのは、彼女の放った雷に倒れたホールの化身。彼女に一度は食われかけたエクレシアは、短くも怒涛のアルバスとの日々を、彼女らに伝えた。

 未だに戻らぬ記憶、行く当てもわからぬ旅路、正体のわからぬホールという存在――言葉を発することのないアルバスに変わり、エクレシアは旅路の隅々を告げる。

 

「……お前は、まだこれからも、その少年――アルバスと一緒に旅をするのか」

「はい。ゴールド・ゴルゴンダはホールの影響を受けた砂漠と聞いていましたから、彼のことについて何かわかればと思っていたんですけど、手掛かりはあまりありません」

 

 黒衣竜アルビオンの髪を撫でながらエクレシアは言う。

 

「砂漠を超えた先にも、ホールの影響を受けている国々はあるかと思います。そちらを回ってみようかと思っています」

「砂漠の向こうか。アディン先生、鉄の国が、確か」

 

 フルルドリスの質問にアディンは額の汗を拭いながら答える。

 

「ええ。トライブリゲードの面々の武器を造った技術の出所と言われる国がありますが、他に多くの国はあります」

 

 深淵と呼ばれるこの大陸では、国としてはドラグマが最も発展していると言われている。それは人口や都市の規模という観点から見た場合だ。

 だが、技術という点では異様な発展を見せる国がある。それが鉄の国、トライブリゲードたちに技術提供をした国である。

 

「ですがフルルドリス、彼らには相剣の里へ――あの者たちの誘いがあったのではありませんか」

 

 アディンの言葉に、フルルドリスはそうだったと頷く。エクレシアは何のことかと首を傾げた。

 

「私もここに来る前に立ち寄っただけのような場所だ。このゴールド・ゴルゴンダやドラグマの周辺地域とは環境が大きく違う場所だった。高い山間の中に存在する里で、ホールに似た自然物が多数存在した」

「その場所で、我々はこの服と装備を手に入れたんです」

 

 幻竜――ドラゴンと呼ばれる者たちとはまた一線を画す、特殊な能力を秘めた個体が、この世界には存在するとエクレシアは聞いたことがある。

 相剣師とやらは、その一族なのだという。

 

「彼らの隠れ里に、我々は招かれました。このような恰好も、その相剣の里での出来事が、関係あるのです」

 

 フルルドリスたちの衣装や武器に刻まれた紋章は、聖痕の力を封じ込める作用があるが、それを開放するための武器もある。

 聖痕を封じ込める――それはトライブリゲードが使う鉄の国の武器にも似たような作用がある。

 ただ、どうして聖痕の封印を施す必要があったのか。

 その理由を、フルルドリスたちは訥々と語る。

 

 

   ◆

 

 

 赤霄たちに連れられたフルルドリスたちの姿は、薄暗いしめっけのある場所にあった。

 

『ここは?』

氷水(ひすい)と言う名の、この霊峰の力の源である地底湖の精霊たちの住処だ。我ら相剣は故あって彼女らを助け、守り、その力を借りている』

『大丈夫です。感情はわかりにくいですが、皆優しさに満ち溢れた者たちですよ』

 

 赤霄の言葉に、莫邪が補足した。

 地底湖の精霊――ドラグマとして様々な種族と戦ってきた彼女らにしてみると、敵対者の一種に該当するのは間違いない。

 まして聖痕を封印できるというのだ。ドラグマから出奔していない状況であれば、確実に敵対していたことだろう。

 

『この、水の塊は?』

『彼女らの力の結晶体だ。熱を取り除き、そなたらの聖痕――否。烙印の力を封じるものだ』

 

《烙印》

 

 その単語にフルルドリスたちは耳を疑った。

 

「私たちが出会ったのは、相剣師たちと協力関係にある者たちだ。彼女らの作り出した揺籃に入ると、それまで体を蝕んでいた聖痕の力が中和されていった」

「どういうわけか、聖痕から流れる力に、邪悪な者が紛れ込んでいました。下手をすれば、我々の肉体は、悪魔か何かに変異していたことでしょう」

 

 フルルドリスとアディンの言葉に、エクレシアは額を抑える。聖痕の輝きが弱まっているとは言え、消え去ったわけではない。

 今力をほとんど使えない彼女だが、もしかしたら何かしら暴走の危険性が残されているということだ。

 

『お前たちのそれは、聖なる証などではない。ホールの向こう側にある邪悪な存在の力を、外面だけを綺麗にして植え付けた、烙印だ』

 

 泰阿の言葉が、鋭く三人の胸に刺さる。実直な彼らしい、ごまかしのない言葉だ。

 それゆえに、彼の言うことが事実であると認めざるを得ない。

 

『なぜ、我々を助けたのだ?』

『ドラグマ……マクシムスと名乗っている奴の計画に対抗するには、戦力が必要だ』

『マクシムスを、知っておられるのですか?』

 

 赤霄の答えに、アディンは重ねて問いかける。

 

『正体はわからん。だが、ただの人間ではないはわかっている。決して神の代理人などではなく、邪悪な何かだ』

 

 強い警戒心と敵意を含んだ声だ。本気でマクシムス……ドラマトゥルギアを警戒しているからこそ、フルルドリスたちを助ける選択肢を選んだのだ。

 

『さぁ、急げ。氷水の力により、そなたの烙印を抑え、封印する』

 

 赤霄に促され、フルルドリスたちは氷水の揺籃へと飛び込む。

 冷たい水の力が、彼女らの中から烙印の呪いを浄化していった。

 そして、今に至る。

 

「彼女らはお前たちを迎え入れると言っていた。相剣の民の地、相剣門と呼ばれる山に向かうんだ。エクレシアの、烙印への対処のために」

「相剣門……ですか? そんな土地、聞いたことがありません」

 

 エクレシアの指摘に、尤もだと三人も頷く。しかし、道を教えてくれることはない。

 

「行けばわかる。私たちも決して道を理解して辿り着いたわけではない。相剣の民が導いてくれれば、辿り着けるはずだ」

 

 幻竜――つまり、幻を扱う。何か人知の及ばない力を行使したとしても、不思議ではない。

 

「聖痕。いえ、烙印の封印……そうすれば、また前みたいに戦えるんでしょうか」

 

 ぽつりとした呟きに反応したのは、アルビオンだった。

 首をもたげ、エクレシアに近づける。

 

「俺に言っていたこと、気にしているのか」

 

 大きなアルビオンの口から、エクレシアに問いかけられる。

 

「君は、戦えないからって、決して弱いヒトじゃない。おれが正気を取り戻せたのは、君のおかげだ」

「ありがとうございます。アルバスくん。でも……」

「烙印を封印したら、そのままおれが君を連れていく。逃げよう。遠くへ」

 

 端的に、一息で言い切った言葉は、抗いがたい魅力を秘めている。

 何もかも忘れて逃げる。

 それは、誰にだって訪れる魅惑の瞬間だ。

 

 何事からも解放された自由は、誰もが望む楽な道だ。

 何より、エクレシアは意地でも戦わなければならない理由があるわけではない。自分を追放した者とわざわざ戦いに戻るなど、よっぽど深い恨みつらみがなければできない。

 その点、エレクシアは追放についてある程度割り切っている。

 無理をして復讐――などする必要はない。

 

 

「それは、だめです」

 

 

 けれど、やはり彼女は、聖女だった。

 

「私がこれまで一緒に生きて来たドラグマが、何か問題を起こそうというのなら、止める義務があります。短かろうと長かろうと、一度はドラグマの聖女を名乗った身です。その責務から、逃げることはできません」

 

 きっぱりと、そう言い放った。

 武器もなく、力もなく、それでもなお彼女は聖女足らんとする。その心が、今も悲劇に見舞われているであろう誰かを助けるために、動こうとしている。

 

「やっぱり、君はすごいな」

 

 アルビオンの言葉に、え? とエクレシアは首をかしげる。

 

「おれが君を連れて行くよ。相剣門でもドラグマでも、おれが飛んで、君を連れて行く」

 

 日傘代わりにしている翼と反対の翼を開く。竜の巨体を浮かび上がらせる強靭な翼が、砂漠の砂を巻き上げた。

 

「君の進む道が、おれの飛んでいく道だ」

 

 黒竜は、聖女とともにある。

 逃げようと提案したのだって、決して冗談や試しなどではない。

 アルビオン――アルバスにとって、本気だった。本気で彼女の安全を考えれば、その選択肢がまず真っ先に上がるのは当然だ。

 彼の翼なら、歩くよりはるかに速く、はるか遠くへ辿り着ける。それこそこの大陸を離れ、ずっと遠くで暮らすことだってできるだろう。

 けれど、エクレシアは自分の責務から逃げようとはしなかった。

 本来なら追放された時点で全てなくなっているはずなのに、わざわざ自分から責任を受け取りに行く。過去に背負ったものを、無理やり自分で背負う。

 愚かしいとすらいえる行いでありながら、その場の誰もが納得する。

 

 

『だからこそ、エクレシアは聖女なのだ』――と。

 

 

 彼女の決断を、誰も否定することはない。

 

「お前たちが相剣の民の許に行っている間に、私たちはドラグマへ戻る」

「だ、大丈夫なんですか。今、ドラグマの状況は……」

「よろしくないだろう。帰れば反逆者として捕まるかもしれないが、それも覚悟の上だ」

 

 実際には、反逆者どころかそれを追求する者が誰一人として、もう残っていないのだが。今彼女らがその事実を知らないのは幸福か、それとも不幸か。

 判断は付けられない。

 ただわかっているのは、すでに多くのことが、手遅れだということだけだ。

 

「アルバス、というのだったな」

 

 フルルドリスの片目が、黒竜へ向けられる。

 

「あんた、おれがバスタードだった時に雷叩きつけて、さっきもまたやってくれたよな」

「謝るつもりはないぞ。私が君より強かっただけの話だ」

「わかってる。次は喰らってもやられないからな」

 

 強がって見せるアルビオンは、その巨体に対して子どもっぽい。

 事実中身は子どものようなもの。エクレシアを守りたいという一心で彼女と一緒にいる、無自覚なナイトなのだ。

 

「エクレシアを頼む。私の大切な、妹なんだ」

「フルル……お姉ちゃん……」

「もちろん。あんたこそ、エクレシアに心配させるようなことにならないでね」

「愚問だな」

 

 同じヒトを大切に思う、アルバスとフルルドリス。だからこそ、通じるものがある。大切な人を悲しませないために戦う覚悟も、意志も、同じ方向を向いているのだ。

 

「ここから西に迎え。相剣の民が、そこで導いてくれる」

 

 立ち上がったフルルドリスに続き、テオとアディンも立ち上がる。荷物を担ぎ、砂漠の、ドラグマ側の出口の方を見る。

 

「必ず、また会おう」

「はい。フルルお姉ちゃんも、テオさんも、アディン先生も、どうかご無事で」

 

 別れは名残惜しい。けれど、無為に過ごす時間もない。

 砂漠を離れていく三人を見送るエクレシアは、しばらくその場で動けなかった。

 零れそうな涙は、寂しさか。不安か。

 ただ彼女はぐっとこらえて、キットのことを見た。

 

「キットちゃん。お願いがあるんです」

 

 首を傾げたキットの視線は、エクレシアの視線が向く先――幼体ゴルゴンダの骨へと向かっていく。

 しばらくの沈黙の後、キットの頭にピカッとひらめくものがあった。

 

「そーいうことね。まかせよ、エクレシア!」

 

 ぐっと親指を立てた彼女は、ポーチの道具を取り出して走り出す。

 物語はまた、別れを経て動き出す。

 しばらく休息したフルルドリスたちはドラグマへ。アルバスたちは相剣門へ。

 それぞれの場所へと、向かっていくのだ。

 

 

   ◆

 

 

「どぅえきぃとぉぁぁぁぁ!」

 

 その言葉が響いたのは、フルルドリスたちと別れてから二日目。

 トライブリゲードが誇る発明家であるキットの手には、巨大な幼体ゴルゴンダの頭部、そこに装着された様々な機械が存在した。

 

「おおっ! なんて見事なハンマーですか!」

 

 それを見たエクレシアは、驚愕と歓喜に目を輝かせる。隣にいるアルバスは、首をぬっと伸ばして改造された骨を見る。

 

「前にエクレシアが使っていた奴に比べると、ずいぶん……野性味に溢れているな」

「チッチッチッ! 認識が甘いよアルバスくん。このハンマーはただのハンマーにあらず! なんてたってあたしがエクレシアのために造ったお手製武器だよ。ただ機械を取り付けただけだって言うなら、わざわざゴルゴンダの骨を使う必要なんてないのさ」

 

 非常に頑丈な素材、というだけではない。

 ゴルゴンダの骨そのものは、強度とは全く違う理由から採用されるに至った。その理由に、エクレシアもアルバスも首をかしげる。

 

「百聞は一見に如かずってね。おーい、スプリガンズの誰か。ちょっとこっち来てよ。あ、体は放置して、煤状になってね」

 

 その言葉に応えたのは、先日エクレシアにゴルゴンダから救われた個体のスプリガンズ・ロッキーだった。

 エクレシアのためになるのだろうと考えた彼は、迷わず煤状になって寄ってくる。

 キットはその体を拾い上げると、出来上がったハンマーの柄に触れさせる。

 

「さあ、行ってきな!」

 

 その言葉とともに、スプリガンズの体はハンマーの中へと吸い込まれる。

 

「え!? だ、大丈夫なんですか!?」

「スプリガンズは肉体を持たないからこそ、どんな機械にでも入れる、か」

 

 心配するエクレシアに対し、アルバスはキットの狙いが理解できた。

 ガラクタであろうと、改造品であろうと、スプリガンズが入りさえすれば、もうそれは立派な機械生命体となる。

 ゴルゴンダの骨の中で膨れ上がったスプリガンズの目が、空っぽだった骨の間から現れる。後頭部に装着されたブースターが火を噴いて、巨大なハンマーとして完成する。

 

「ゴルゴンダハンマー・ロッキーちゃん、完成だよ!」

 

 キットには持ち上げられない重量の巨大ハンマー。元来の肉体能力だけで拾い上げたエクレシアは、数度振って感触を確かめる。

 

「このハンマーに宿るということは、しばらくお友達やキットちゃんとは、お別れになってしまいますよ?」

「エクレシア、オラノコト助ケタ。今度ハオラノ番」

 

 ケタケタと笑うスプリガンズの言葉に、エクレシアも微笑んだ。

 ただ無意識に動いた体が助けただけだった。

 けれど、救った恩が、彼女の新たな力となる。今まで使っていたドラグマのハンマーと違い、結界を展開する力はない。

 だが強度と威力ならば、この機械で強化されたこちらに軍配が上がるだろう。

 

「これで、わたしも戦えます。よろしくお願いしますね。ロッキーちゃん」

「エクレシア……」

 

 彼女がなぜ新しいハンマーを求めたか。アルバスにも理解できていた。

 

「無理しなくても、良いんだぞ?」

「いいえ。自分の身は、最低限自分で守りたいんです。アルバスくんに頼ってばかりじゃ、だめですから」

 

 ゴルゴンダに襲われたとき、敵が巨大すぎるのもあるが、手も足も出せなかった。ドラグマが不穏な情勢にあると言うときに、戦う術を持たないことは危険だ。

 だからこそ、エクレシアはゴルゴンダハンマーを手にすることにしたのだ。

 予想以上に魔改造されたものが手に入ったが、それはそれで好都合。

 

「次からは、わたしも一緒に戦わせてくださいね」

 

 ゴルゴンダハンマーを担ぎながら、エクレシアはアルバスに笑みを向けた。

 彼女は聖女であると同時に、一人の戦士でもあった。その覚悟を止める理由も言葉もなく、ただアルバスは頷く。

 

「わかった。頼りにさせてもらうよ」

「はい、がんばります! ね、ロッキーちゃん」

「ウン!」

 

 彼女の強さは理解できている。あとは、どれだけ互いを信用できるか。

 むろんアルバスの中に、心配する気持ちがないわけではない。できれば彼女には危ないことはして欲しくないと思いもする。

 けれど、一方的に守られるだけで、彼女が満足であるはずはないとわかっている。お互いに守り合うからこそ、より巨大な敵にも立ち向かえる。

 トライブリゲードの面々を見て、一緒にゴルゴンダと戦って、アルバスにもそのことは理解できていた。

 彼女の存在があるから、アルバスは今の自分を保てている。

 エクレシアを守り、エクレシアに守られ、二人は今相剣の里に向かおうとしている。

 

「それじゃあ、武器も手に入ったし、乗ってくれ」

「よろしくお願いします。フルルお姉ちゃんの話だと、もっと西のほうに相剣の里はあるそうですからね」

 

 そう言いながら、彼女はポーチの中からあるものを取り出した。

 

「それ、ドラグマにいたころにつけてたやつか」

「はい。聖女のティアラです」

 

 彼女が取り出したのは、教導の聖女と呼ばれていたころに付けていた髪飾りだ。彼女を守る聖具の一種であり、これを付けるだけでも防御の魔術が働いてくれる。

 聖痕の力が殆どない今の段階では、あまり有用なものではない。

 だが、聖女としての責任を全うすると決意した以上、身の証が必要だ。

 

「わたしはまた、聖女に戻ります。そう呼ばれていたことの、その責任を果たす姿に」

 

 彼女の髪は、久しぶりに結われていた。

 出発前のフルルドリスが編み込み、キットがそれに学んだ。おかげで、この数日エクレシアにもみあげには編み込みできるようになった。

 片側だけのそれは、聖女の名残と、新しい自分を証明するものだ。

 そこに聖女のティアラが装着され、編み込みが巻きつけられた。

 

「よく似合ってる。強そうだ」

「ありがとうございます。アルバスくん」

 

 凛々しさを上乗せされたエクレシア。その姿はアルバスにもカッコよく思えた。

 

「そろそろ、行きましょう」

 

 身を低くしたアルバスの背中に、エクレシアは跨った。

 ずしっとゴルゴンダハンマーの重みが背中に乗ってくるが、ドラゴンと化したアルバス――アルビオンには多少の違いでしかない。

 ばさりと翼を広げ、空に飛び立とうとする。

 

「あ、エクレシア、待って!」

 

 そう言ったのはキットだ。彼女はカバンの中をごそごそと弄り出すと、何かを取り出す。それを、エクレシアに向けた。

 

「はいこれ。あたしの予備ゴーグル」

「え? これ、キットちゃんと同じ……」

「そう、おソロ。空を飛ぶんじゃ、目痛くなるでしょ。あたしもシュライグに運ばれたことがあるからわかるんだ」

 

 そう言って、キットはエクレシアの頭にゴーグルを止め、目を覆わせる。

 

「それと、こっちはリズ姉のおさがりだけど、ジャケット。今羽織ってるの、リズ姉の着てたやつでしょ。さっきのアルバスの放った炎でちょっと焼けてたから、交換」

「良いんですか。フェリジットさんのものを――」

 

 問いかけるエクレシアに首を横へ振って、キットは彼女の肩に自分のジャケットをかける。

 

「いいの。リズ姉のジャケットと、あたしのゴーグルが、エクレシアを守る。アルバス、聖女様をきちんとエスコートしなよ」

「言われなくてもわかっている」

「ならよし。じゃ、エクレシア。気を付けてね」

 

 そう言って、泣きそうな顔をするエクレシアの頬に軽く触れる。大きく肯いたエクレシアに、キットは笑みを返した。

 

「これが今生の別れってわけじゃないんだから。そんな顔しないの」

「わ、わかってます! でもほんと、キットちゃんにも、スプリガンズの皆さんにも、すごくお世話になって。勢いのまま出発すれば、涙なんて見せなくて済むと思ってたのに……」

「別れの挨拶くらいはさせてよ。必ずまた、元気な姿で会おうって」

「はい。約束です!」

「アルバスもだよ」

「ああ」

 

 短く答えたアルバスは、自ら尻尾をキットの前に差し出す。

 悪手の代わり、ということを理解したキットは、ぎゅっとその尻尾を握る。そこに、エクレシアが手を重ねる。

 

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

「行ってくる」

 

 砂漠に向かう前、彼女の姉とも交わした似たようなやり取りを、アルバスたちは思い出す。

 いってらっしゃい――いってきます。

 誰かの無事を祈り、再び会えるようにという想いを込めた言葉を、三人は交わした。

 翼を羽ばたかせ、黒衣竜は舞い上がる。

 黄金の砂漠ゴールド・ゴルゴンダで、黒き竜と白き聖女が旅立っていく。

 その光景を、見送る獣の少女が、後の記録者にこう伝えた。

 

 太陽の光を浴びて、烙印の使者が西へと旅立った。

 灼熱の砂漠より熱い血潮を宿した二人の想いは、いかなる恐怖も売り払う気炎に満ちたものだった。

 

 ――と獣の少女は、後の時代備忘録の書き手に向けて、そう告げたという。

 

 

 

 大きく手を振るスプリガンズ キャプテン・サルガッソ。

 彼につられるようにエクスブロウラーが手を振って、ピードもロッキーもバンカーも、誰もが飛び上がり、爆発し、花火となって黒衣竜を見送った。

 ボロボロのベアブルムを走らせて追いかけるキットは、零れそうな涙を強引に拭って見送っていく。

 これが今生の別れではない。自分で言ったように、キットはまた会えると信じて、砂漠に残った。

 否、彼女もまた、旅立ちの時を迎えたのだ。

 

「リズ姉たちのためにも、一回行かなきゃだよね」

 

 トライブリゲードの根幹を支えるサイバネティクス技術と、対ドラグマ用弾丸の製造は、全てここから遠く離れた鉄の国と呼ばれる場所で培われた。

 相剣にて聖痕――烙印を封じたフルルドリスたちと、現在小康状態にある烙印を宿したエクレシア。

 彼女らのために自分に何ができるかと考えたキットは、自分たちの戦いを振り返る。そして、烙印を封じるということであるならば、自分たちもしているではないかと気づいたのだ。

 対ドラグマ技術の結晶体――トライブリゲードの武器がそうだ。そこに込められた特殊エネルギーこそが、ホールの力を封じる鍵なのだ。

 

「キャプテン。旅立った子分たちのために、親分が一肌脱いでみない?」

「ヒトハダ? 我々ニ肌はナイぞ?」

「そーじゃないっての!」

 

 見送るものあれば、また旅立つ者あり。

 

 

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