遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界”   作:erugon

14 / 22
第十四章《大霊峰相剣門》

 

 はるか上空を飛ぶアルバスの背で、ゴーグルを装着したエクレシアは遠くを眺めていた。

 フルルドリスたちが言っていた相剣の里。

 その場所を探し、前後左右を何度も振り返る。

 

「見つかりませんね、その、霊峰とやら……」

 

 そもそも、山自体がなかった。

 砂漠からすでに大地は変わり、広々とした荒原と草原の入り混じった乾いた土地の上空を、二人は飛んでいる。

 人間の足なら一週間はかかりそうな距離も、空を飛ぶ黒衣竜アルビオンにかかれば、数時間で踏破可能だ。

 しかし、その視界に霊峰など見えてこない。緑豊かな場所だったと聞いていたが、見えるのは白っぽい土がむき出しの低い山ばかりだ。

 

「フルルドリスたち、方向を間違えたのか?」

「そんなこと……アルバスくん、前、雲!」

「え!?」

 

 突如、目の前を巨大な雲が遮った。

 先ほどまでなかったはずの雲に顔から突っ込み、突き抜ける。表面は白い綿のような雲だが、中は冷たい水分の塊だ。

 視界を完全に覆い尽くした白い霞か靄を突き進む。

 

「エクレシア、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です! それより、この雲……」

「ああ。何か違う!」

 

 直感的に、二人も理解した。

 構成するのはただの水のようだ。だが、その中に僅かに魔術の気配を感じる。

 アルビオンにはわからないが、エクレシアにはアディンの転移魔術に似た気配を思い出していた。

 そして、雲を抜けて太陽の光を受けると、体表との温度差に、二人は体を震わせた。

 しかし、目を開けた時の光景で、そんな寒さなど忘れてしまう。

 

「うわっ! あ、アルバスくん、これ!」

「あ。ああ……どうりで、なんも見当たらないわけだよ」

 

 唖然とした二人の眼前に、巨大な霊峰が聳え立つ。

 剣のように鋭い岩と、その内部に存在する光輝く紋様の刻まれた黒石。

 緑の気配など欠片ほどもなったはずの下界に比べ、ここは豊かな青々とした草木が覆っている。

 この、深淵と呼ばれる大陸の光景とは思えない大霊峰。気候も植生も違うこの場所は、特別な力で守られた秘境――結界の内側の空間なのだと、すぐに理解できた。

 外界から閉ざされた空間。桃源郷や楽園などと呼ばれる場所なのだと、二人は思う。

 その一角に降り立てば、霊峰の中心――巨大な傘のように雲に包まれた一番高い山を見上げる形になった。

 

「間違いなく、あそこだよな」

「はい。凄く強い気配が、あの雲の向こう側からします」

 

 エクレシアの同意を受けて、アルビオンは再び羽ばたこうとする。

 その二人に向け、奇怪な影が跳びかかった。

 鎧のような甲殻を見に纏った巨大な虫が、アルビオンたちへと襲い掛かる。

 

「この個体、人食い虫!?」

「なんだ、その物騒なの」

 

 とっさに羽ばたいたアルビオンは、人食い虫から距離をとる。

 黄土色の巨大な人型の虫は、かつて深淵の大陸はもちろん、世界各地に存在したという巨大な肉食の虫だった。しかし、危険すぎるその個体は多くの種族から駆除され、幻の個体と言われるようになった。

 その一体が、この空間にいた。

 

「特別な結界で守られた空間だから、生き残りがいたんですね。人と同じ気配を漂わせて……どうやらわたしが知識として知っている人食い虫より、知能が高そうです」

「関係ない。邪魔するなら破壊すればいい」

 

 豊かな自然とは、時に危険な生物の巣窟となるものだ。深淵の大陸に相応しからざる緑に満ちた大霊峰は、虫も動物も、誰もが生きるには適した空間だった。

 

「キシャァァァ!」

 

 人食い虫が、その両手の鋭い爪を向けて飛び掛かろうとする。

 迎え撃とうとするアルビオンたちだが、それより早く人一人を丸呑みするだけの牙が、人食い虫を丸呑みにする。

 

「な、なんです、今度は……」

 

 アルビオンとエクレシアが見上げたのは、三つの頭に、尻尾の頭を加えた四つの顎を持つ巨大な獣だった。

 角を持つ獅子、竜、鳥、蛇、異なる生物を組み合わせた結果生まれる魔術の秘奥の一つ――融合獣。その到達点ともいえる存在が、二人の前に立ち塞がる。

 その名を《ガーディアン・キマイラ》

 この大霊峰相剣門を守るために放たれた、制御不能の番犬だ。

 

「しっかり捕まれ!」

「ガァオォォォン!」

 

 守護獣が叩きつけた前足で、岩山が崩れる。アルビオンも人間であるエクレシアに比べれば巨大だ。だがそれと比べてもガーディアン・キマイラは巨大だった。

 三つの首が成立するだけの巨体と、それを支える四肢に翼、羽ばたくだけで嵐が起こったような突風が吹き荒れる。

 

「こんな個体まで放し飼いだなんて、大丈夫なのか、ここの奴ら」

「お、そらくですけど……それ以上に強い人がいるから、問題ないんだと思います!」

 

 相剣――この大地に住まうエクレシアも、その存在を耳にしたことはない。アディンすら知らない、未知の文明を持つ者たち。

 大陸でもっとも国民の数が多く、発展しているとされるドラグマだが、その実鎖国的な情勢で、諸外国の事情には疎い部分が多い。

 

「でも、これだけすごい生物がいるのなら、相剣師さんたちもすごい人たちだと確信できました!」

「ああ。何とか突破して、あの山に!」

 

 追いかけてくる三つ首の化け物を振り切ろうと、アルビオンは加速する。体が小さい分旋回力は高い。ぎゅっとしがみつくエクレシアを落とさないことだけに留意して、さらに加速する。

 高速旋回、からのブレス。アルビオンの放つ炎を鬱陶しそうに払い除けたガーディアン・キマイラだが、その一瞬が目くらましとなる。

 アルビオンははるか上空へ舞い上がり、ガーディアン・キマイラの頭上をとる。

 

「エクレシア!」

「はい!」

 

 アルビオンの呼びかけに答えたエクレシアが、その背中から飛び出した。その間にアルビオンは全身に力を籠め、その身に炎を纏っていく。

 アルビオンとしての姿を確立した恩恵か。それとも別の要因なのか。理由は一先ず置いておくとして、彼にはできるようになったことがある。

 

「燃え尽きたる残滓より、その姿を現さん。我が名は、灰燼竜バスタード!」

 

 アルビオンを中心として出来上がった炎の中から、灰銀色の竜――灰燼竜バスタードがその姿を現した。

 鋼のような装甲を見に纏ったバスタードは、ガーディアン・キマイラへ向けて急降下する。頭上を取ったこの状況、さらに破壊と防御の力を高めるバスタードの姿。

 確実にガーディアン・キマイラを倒すかに思えた。

 その背に、牛の頭を見つけるまで。

 

「まだ別の頭が!」

「ブゥモモオオオオオ!」

 

 直後、背中の牛の頭が持つ口から、強烈な閃光が離れた。

 バスタードの鎧のような鱗でも、直撃のダメージは免れない。鋭い鱗と角による突撃は威力を減衰させられる。

 だが、本命は自分ではない。

 バスタードに変身する際、エクレシアはどうしたか。

 

「行きますよ、ロッキーちゃん!」

「イイェ――イ!!」

 

 ジェット噴射を始めたハンマーを、落下するエクレシアは回転しながら振るっていた。

 

「てぇぇぇい!」

 

 ガーディアン・キマイラの右頭部、鳥の頭へと叩きつける。

 

「ピギャァオウ!」

 

 二段階の攻撃に化け物も叫びをあげる。落ちてくるエクレシアをバスタードが受け止めると、そのまま旋回。次の一撃を叩きこもうと距離を調整する。

 だが、一度やられて黙っているガーディアン・キマイラではない。

 全ての顎の中に力を溜め込めば、バチバチと言う雷のような音が響く。

 

「まずい、エクレシア、しっかり捕まれ!」

 

 バスタードは自分の翼と尻尾を盾にするように体を丸めた。五つもの頭から離れる無慈悲なる殺意の光。バスタードの翼を焼き、鱗を剥がし、飛行能力を奪わんとする。

 

「ぐぅっ!」

「アルバスくん!」

 

 耐え切れなかったアルバスの体はアルビオンへと戻りつつあり、霊峰の一角へと叩き落される。

 エクレシアを守るように自らの腹を差し出したドラゴンは、土埃を上げて滑っていく。土に汚れた頭を振るえば、まだやれると上空を睨む。

 そこに舞い降りる巨大な影が、五つの異なる咆哮を上げて威嚇してくる。

 地面に降り立ったエクレシアが、ゴルゴンダハンマーを構え、片手をアルバスの額に添える。一緒に戦う、その意思を示した聖女に、黒竜は従った。

 ガーディアン・キマイラの巻き起こす突風に髪を揺らしながら、迎撃の瞬間を待つ。

 

 

「悪いな。ここにいる奴らは、どうも活きが良すぎるようだ」

 

 

 だが、その時は訪れない。二人の背後に出現した影が、ガーディアン・キマイラに向かってその赤熱の一太刀を振るう。

 

相剣斬蛇(そうけんざんじゃ)

 

 ガーディアン・キマイラの尻尾が切断されると同時に、激しく爆発した。

 刃に込められた熱がガーディアン・キマイラの魔力と反応し、爆発を起こしたのだろう。しかし問題は、減衰したとは言えバスタードの攻撃でもまともに傷つかなかった体を、一太刀で斬り捨てたその力。

 突然の一撃に驚いたガーディアン・キマイラは、すぐさまその場から離れていく。切り落とされた尻尾の頭は燃え尽きて、本体の尻尾は再生しつつある。

 だが、一度染みついた恐怖に、獣は抗えない。

 アルビオンとエクレシアをその場に残し、巨大な融合獣は飛び去って行った。

 そして、残されたアルビオンたちは、突然の援軍のほうを見る。

 

「あ、あんたは……」

 

 彼らを救ったのは、真紅の鎧に身を包んだ幻竜だ。

 

「教導の聖女、エクレシア」

「は、はい!」

「黒衣の竜、アルビオン……アルバス」

「ああ」

 

 赤い鎧の幻竜は、じっと二人のことを見る。

 そしてゆっくりと、開いている手を大霊峰の中心へ向けた。

 

「我らの大公、承影(しょうえい)が、そなたらを待っている」

 

 相剣大師-赤霄の迎えが、白と黒の一行を、大霊峰へと招き入れた。

 

 

   ◆

 

 

 赤霄につられて、アルビオンとエクレシアは山中を進む。

 道中にはエクレシアにとってつい最近見た覚えのある毛むくじゃらの小動物たちがいた。ドラグマ均衡に生息するようになった、メルフィーたちと同じ種族だ。

 

「あ! アルバスくん、見てください。メルフィーです! ここの子たちももこもこです」

「……川に流されているみたいだけど、大丈夫なのか?」

「楽しんでるようですから大丈夫そうですよ。見ているとウキウキしてきますね!」

「なごむんだよな。あ、こっち見てる」

「わたしたちとにらめっこですかね?」

 

 人食い虫やガーディアン・キマイラだけではない。大霊峰相剣門には、様々な生物が住み着いている。

 赤霄が語るところによれば、パイレンと呼ばれる金色の幻竜や、マタタビ仙狸(せんり)と呼ばれる山猫、他にも様々な生物が生息している。

 それも、氷水の力がこの山を外界から遮断し、安全域を作り出しているためだという。

 

「ドラグマの者たちも辿り着けぬこの地のことは、ほとんど知り得ぬ。ゆえに我らは長きに渡りこの地を守り、大陸を見守ってきた」

「けど、そうもいかなくなった」

 

 アルビオンの言葉に、赤霄は肯く。

 

「我らの護る氷水の長は千里眼を持つ。遠くない将来、この地に禍が訪れ、そしてこの大陸全てもその災厄に呑まれると言われている」

「だから、フルルお姉ちゃんたちの力を借りようとしたんですね」

 

 ドラグマの最高戦力である三人を味方に引き入れられれば、心強いことこの上ない。今彼女らはドラグマに戻って状況を確かめていることだろうが、一体どうなっているか。

 

「そのことについて、我らの大公から説明がある」

「大公?」

「覇蛇大公ゴルゴンダも同じ称号を持っていましたね。他の国では、貴族の爵位を示す。……とりあえず、偉い人ってことです」

 

 エクレシアの説明に、アルビオンはなるほどと頷く。要するに、相剣をまとめる長の許に向かっているということで、間違いない。

 複雑な山の道を進み、雲を抜け、荘厳な建物のそびえる山頂へと辿り着いた。

 ドラグマとは違う文化圏の建物で、木製の赤色の壁が並んでいる。山の傾斜に合わせた段々構造で、一番高い建物は一番大きな柱と門を持っている。

 

「では、大公の許に参ろうか」

「赤霄。そ奴らが氷水の予言の者たちか」

 

 建物に向かおうとした彼らに、横から声が掛けられた。

 

龍淵(リュウエン)。どうした。お前が軍議以外に関心を持つとは、珍しい」

「大陸の行く末を決める存在なのだろう。気にもする」

 

 現れたのは、赤霄とは対照的な黒い鎧を身に着けた相剣師だった。巨大且つ切れ味の良さそうな曲刀を佩いたその相剣師は、赤霄から龍淵と呼ばれた。

 

「こやつは相剣軍師-龍淵。我らの知恵袋であり、不愛想な男だ」

「黙れ調子者。しかし、これが下界の教導の聖女と、黒の竜か」

 

 顎に手を当て、ふむと龍淵は呟く。

 軍師――そう呼ばれるに足る才知の持ち主なのだろう。エクレシアとアルビオンを見る目は、決して値踏みするだけのものではない。

 二人の深淵を除くかのような鋭い視線に、エクレシアは緊張して冷や汗を垂らす。我知らずアルビオンの髪をぎゅっと掴み、龍淵の視線から隠れないようにと気を保つ。

 

「このような存在が、大陸の明日を左右すると? 何も力を持たないであろう、追放された聖女と、竜の落とし(だね)が、か」

「そこまでにしておけ龍淵。彼らは大公の客ぞ。あまり無礼を働くのは、軍師である前に相剣師であることの自覚不足だぞ」

「その相剣師が、力なき者に何を頼ろうというのだ」

 

 そう言った龍淵は踵を返し、建物の影に去っていく。

 彼がいなくなったことで、エクレシアはホッと一息つく。

 

「わ、わたし、嫌われているんでしょうか?」

 

 彼女の問いに、赤霄は首を横に振る。

 

「もともと他人に興味を持たない奴だ。愛弟子である莫邪は例外だが、それ以外には誰にでもあのような態度だ。多少力に固執している面はあるが、その実力は大師である我にも引けを取らん」

 

 大公とは、相剣師たちの長の称号だ。大師は若い相剣師たちを指導し、戦においては最前線で指揮を執る立場にある。軍師は相剣師たちの戦いにおける指揮者であり、個でも隊でもその実力を発揮できるものに限られる。

 相剣のまとめ役たる三者、未だ見ぬ承影も合わせ、その実力は計り知れない。

 

「さて、大公がお待ちかねだ。行こう」

 

 赤霄は気を取り直し、二人を一番奥の建物へと連れて行く。

 ちらりと振り返るアルビオンだが、その視線は先ほどの黒鎧を捉えることはない。

 竜の落し胤――未だに自分が何者かもわからないアルバスの存在は、彼には何に見えたのだろうか。

 

 

   ◆

 

 

 建物の中に居たのは、体型の大きい赤霄より、さらに大柄な相剣師だった。

 その傍らには鋭い角を持った赤い獣が控えており、鎧のような体表で、生物感が薄い。

 厳かな声が、空間に響く。

 

「よくぞ来た。教導の聖女エクレシア。黒衣の竜アルビオン」

「あ、あの、どうしてわたしたちのことを……?」

「すでにいくつか聞いているだろう。氷水たちの予言……。この深淵と呼ばれる大陸に迫る、ホールの脅威に対抗するために、そなたらをここに呼んだのだと」

 

 断片的には聞いている。だがまだまとまって、それも全容を把握している者からは聞いていない。

 

「教えてください。どうしてわたしとアルバスくんをここに呼んだのか。最初から最後まで、きっちり全部!」

 

 大公の巨体に怯えることなく、エクレシアは言い切った。

 その態度に、大公はゆっくりと頷く。

 

「その権利が、そなたにはあろう」

 

 彼は自らの傍らにある大剣を握り、強く地面に打ち付ける。すると、周囲に氷の膜のようなものが出来上がり、エクレシアとアルビオンを包み込む。

 

「この相剣大公-承影の名において、我ら相剣と氷水について明かそう」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。