遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界” 作:erugon
どうなるかわからないストーリーが続いていますが、いつか彼らが幸せになることを願って、作成を続けていきたいと思います。
大霊峰に、邪悪な気配が漂った。
相剣師たちの居城にいた承影は、閉じていた目を開き傍らの相剣を掴む。
「赤霄、ここを頼むぞ」
「はっ。大公もお気をつけて」
純鈞とともに赤霄は、地下へと潜っていく承影を見送る。大公自らが動く。それは事態の深刻さを物語っている。泰阿、莫邪への相集をかけた赤霄だが、やってきた泰阿から聞いたのは、莫邪の姿が見えないという報告だった。
同じころ、コスモクロアもまた、その気配と直面していた。
「同時に二か所に、デスピアの気配……。私のところには、あなたが来ましたか」
「やぁやぁ初めましてコスモクロア。そして、ようやく会えたね。アルバスゥゥ! そっちの聖女ちゃんも元気そうで何よりだね」
仮面の奥の顔が、ケラケラと笑う。現れた赤い髪の少年は、嬉しそうにアルビオンの――アルバスのことを見ていた。
「どういう、ことですか……? アルバスくんと同じ、魔力の気配が、彼からも……」
「ふふっ、さすがは聖女様。敏感だねぇ。大丈夫、すぐにわかるから」
何が楽しいのかわからないが、そう言って少年は笑い声をあげる。
「俺はね、アルベルっていうんだ。アルバス、覚えてるかい? アルベルだよ」
両手を広げて、まるで胸に飛び込んで来いと言わんばかりの姿勢だ。親愛の情のようなものがあるのか、ないのか。アルビオンにはわからない。
ただ、一つ。
「おれは、お前のことを何も覚えてない……」
現実で出会った記憶はない。だが、夢の出会いと本能が覚えている。
「お前が危険なんだってことくらいはわかる!」
翼を広げ、臨戦態勢となる。この場にはコスモクロアもエクレシアもいる。目の前の少年が何者であろうと、対処できる戦力があると確信できる。
なのに、冷や汗が止まらない。
「いいね、いいね! その気持ちの高ぶり、最高だよアルバス!」
そう言いながら、彼は仮面に手を掛けた。外したその下に見えたのは、アルバスとよく似た顔だった。
「俺が、もう一人……?」
「アルバスくんとそっくりな……兄弟……?」
アルビオンとエクレシア、二人の呟きを吹き飛ばすような勢いでアルベルの体が邪悪な気配と、膨大な熱量が解き放たれた。
「だから、俺も昂っちゃおうかな!!」
直後、アルベルと名乗った少年の背中に、竜の翼が広がった。
再び仮面を装着した時、暗色の炎がその身を包み込む。
「赫灼竜マスカレイド!」
その姿は、ドラグマの――今はデスピアの拠点となった場所に現れた、悪魔の竜の姿だった。仮面越しの大きな目をアルビオンたちに向け、鋭い牙を見せる。
「遊んであげるよ。あのトライブリゲードとかっていう獣たちと、同じように!」
「トライブリゲード……みんなに……彼らに何をした!?」
「遊んだだけさ! ただ、ゲームに負けた方が絶望するって言うだけのゲームさ!」
地底湖の中で、アルベルの変身態であるマスカレイドが翼をはためかせる。周りに飛び散る炎は氷水の泡を砕き、氷を解かそうと燃やしていく。
エクレシアに届くものはアルビオンの翼が払い、紅い目を鋭くして睨みつける。
「エクレシアに何をしようとしてるんだ、お前!」
「くはっ! そんなにその女が大事なのかい? じゃあ、そいつを汚したとき、お前はどんな絶望を浮かべてくれるのかなぁ?」
マスカレイドが加速する。膝に備えた十字の鎧は、鋭い剣にもなっている。それをエクレシアに突き立てようとしていた。
「串刺しにしたら、真っ赤に染まるだろうな!」
アルビオンが庇うより早く、刃は届く。
「舐めないで、ください!」
ガァァァン! と、鈍い音が響く。煤を振りまく骨鎚が、マスカレイドの膝を砕く。
「大丈夫か、エクレシア」
「はい。これでも、訓練は長年続けていましたから」
重たそうなゴルゴンダハンマーを、エクレシアは片手で堂々と構える。両目に当たる部分からはスプリガンズ・ロッキーの煤が目を開いていた。彼の気合が高まる度に、鉄駆竜スプリンドのスラスターをリサイクルしたブースターを熱く吹かせる。
押し返されたマスカレイドは、仮面の下で口の端を震わせる。
「……やるじゃないか。教導の聖女エクレシア」
「いいえ。わたしは、教導の聖女ではありません」
その言葉に、アルビオンもマスカレイドも僅かに首を震わす。
どういう意味だとエクレシアを見るアルビオン。何が言いたいと目を細めるマスカレイドに、彼女は堂々と宣言する。
「わたしは、白の聖女エクレシアです!」
白とは、何にも染まらぬ、何ものでもない色のことだ。
記憶もなく、名前もなく、何もない真っ白なキャンバスのようだったアルバス。彼を助け、導き、伴に旅をした。今ここにある彼女に、所属する国家もなければ、守るべき教えはない。
だが、育った街に住む者たちを助けたいと願う心はそこにある。
ゆえに、相剣師たちは彼女を聖女と呼ぶ。
そして、エクレシアもまた、自らを『白の聖女』と名乗るのだ。
「白の聖女……へぇ、アルバスだけの聖女ってこと? いいね、そういう関係」
少し顔を赤くするエクレシアだが「その通りです」と強く頷く。
「そうです! わたしは、アルバスくんとともに絶望を払う者です!」
力強い宣言に、マスカレイドは竜の口角をにやりと歪めた。
「思ったより、楽しめそうだね。俺一人で来なくてよかった」
その言葉に、アルバスは気づく。
「コスモクロア! さっき二か所にデスピアの気配があるって言ってたよな!」
アルビオンの問いに、氷水の母は小さく肯く。
「大霊峰の入り口付近に、結界を破った気配がしました。おそらく別のデスピアが、そこから侵入したのでしょう。大量のデスピアが、そちらに」
敵は、今目の前にいる者だけではない。どこかにまだ別動隊がいる。
アルビオンはエクレシアのほうを見ると、彼女と目を合わせる。
「エクレシア、そっちを頼む。多分相剣師たちが対処すると思うけど、戦力は多い方がいいだろう」
「でも、それだとあのアルベルというヒトを……」
「あれはおれが対処する。あいつ一人なら大丈夫だ。氷水のやつらだって、黙ってやられるわけはないだろうし」
「その通りです」
アルビオンの言葉に応えるように、コスモクロアは足元に手を置いた。
「起きなさい、氷水艇キングフィッシャー」
湖底から現れたのは、鳥か魚を思わせる形をした、巨大な精霊だった。氷水艇、その名の通り小さな氷水の個体が乗り込み、まるで船頭のように指示を出す。
姿形は違えど、スプリガンズ・シップを二人は思い出した。
「氷水の守護獣、愚かなる絶望の使徒を、葬りなさい」
アルビオンやマスカレイドより巨大なキングフィッシャーは、悠然とマスカレイドの前に進み出る。
「見たとおりだ。おれは大丈夫だ。だからエクレシア、君は上に」
「……わかりました。必ず、無事で会いましょう!」
「ああ。コスモクロア、彼女を地上へ!」
アルビオンの言葉と同時に、コスモクロアはエクレシアを転移させる。すでに相剣師たちも動いているはず。そう考えれば、地上も地下も戦力は十分だ。
「なんだいアルバス。好きな女の子に、自分がやられる惨めな姿は見せたくないってことかな?」
「なんとでも言ってろ。お前は、ここで仕留め――」
動き出そうとした時、アルバスの体に炎が宿る。燃え上がる炎が全身に回り、黒い鱗をさらに黒く染めようとする。叫び声を上げかけたアルバスへ、黒い手が伸びる。
「動かないで」
直後、コスモクロアの放つ冷気が炎を抑え込む。悶えていたアルビオンは痛みが取り払われたのを確認すると、鋭くマスカレイドを睨む。
「さっきの炎、そういう目的だったか」
「さすがは我らデスピアの力に対抗しうる氷水の女王。俺の炎も一瞬かぁ」
人間の姿であれば、肩をすくめていたことだろう。至極残念そうに振舞いながら、その声の裏には言い知れない余裕と、嗜虐心が蠢ている。
「でも残念だなぁ。もうこの地底湖は……氷水は絶望の浸蝕を受けているのだから」
マスカレイドの言葉が合図だったかのように、氷水の領域で爆発が起こる。
アルビオンとコスモクロアがそちらの方向を向いたとき、アクティたちを襲う何者かが、二振りの剣を振るった瞬間を見た。
◆
氷水の間で流行っている遊びがあった。
相剣師の一人が持ってきた小さな筒に、氷水の少女たちは口をつけ、ぷぅっと息を吹き込んだ。
すると、水が泡となって膨らんでいき、空中にふわふわ浮かぶ。そして彼女らが発する冷気に触れると、凍って水晶のようになる。
シャボン玉――と言うのだと黒い相剣師は言っていた。
「どうして私たちに? おもしろいからいいけど」
「戯れだ。莫邪にでもと持ってきたものだが、お前たちの方が楽しめそうだったから」
それだけ言って、シャボン玉ストローを置いていった。
なんでもホールから落ちて来たもので、包み袋の言語を読み解いてみたら単なるおもちゃだということに脱力したとも言っていた。
「ありがとう、黒い相剣師」
「ごみを渡して喜ばれてもな」
そんな、ぶっきらぼうなことを、彼は言っていた。
それからずっと、氷水の少女たちはシャボン玉が大好きだった。
その黒い相剣師が、弟子であるはずの少女の剣を左手に、自らの剣を右手に持って、自分たちの前に立っている。その背に、赤黒い炎を従えて。
「邪魔だ。精霊もどき」
氷水の力で生まれた氷の妖精たちが、襲撃者、相剣師-龍淵を迎え撃つべく跳びかかる。だが、彼の振るう曲刀の一撃と、蛇腹剣の乱舞は、悉く妖精たちを斬り捨てる。
「どうして? どうしてあなたが私たちを襲うの?」
力を求めることを諦めなくなった剣士は、それまでの過去全てを捨てて、ともに霊峰を守り続けた戦友を斬り捨てた。倒れたアクティからの問いかけに、龍淵は重たい口をゆっくりと開いた。
「世界は、絶望に沈むのだ。俺は……力ある者は、その中でも生き残り続ける!」
バシャ、バシャと水を蹴る音を立てながら、龍淵はコスモクロアへとゆっくり近づく。倒れたアクティが落としたシャボン玉ストローを踏みつけて、砕け散った氷の妖精たちを蹴り飛ばして、おもむろに自らの相剣と、莫邪の相剣を重ね合わせる。
「二つに分かたれし〝相〟よ。今一つに重なり、あるべき力を示さん!
黄色と青の二つの炎が、二重螺旋を描いて地底湖の天井を貫いた。明らかに、本来龍淵が持ち得ていた力の範囲ではない。
明らかに、何か別の力が彼の内側に存在している。
本人はそれを自覚しているのか、していないのか。ただ己の野望の赴くままに、刃を一つに重ね合わせた。
「我は……そう、大邪。この力は七曜万象を征する者なれば――」
彼の手に、相剣はない。代わりにその尾は黒い炎を纏いながら巨大な武器へと変わる。彼の変化の要因を、氷水の女王は瞬時に把握する。
「己の相剣を分割し、弟子に与えていたのですか? 自らの心の現れを、隠すために?」
コスモクロアは、龍淵の行動をそう分析した。
相剣とは本来氷水の力によって自らの心から作り出した剣だ。それを分割、それをまた戻し、自らの体内に戻す。これはまるで魂を直したり壊したりを繰り返す、非常に危険な行為だ。
それを龍淵はやってのけた。その結果なのか。彼の剣の代わりに尻尾が節くれだった剣へと変えてしまった。魂の在り方を変えることで、肉体そのものを変える。非常に危険だが、成長や多少の特訓では得られない進化を果たす。
「我こそ、
周りにある氷塊や岩塊を砕きながら尻尾を振るう龍淵――七星龍淵は、巨大な精霊であるキングフィッシャーを見上げる。
「くはははっ、散れ」
飛び上がった七星龍淵の拳が、キングフィッシャーを殴り飛ばす。
十倍以上あるはずの体格差をもろともしない一撃が、キングフィッシャーを岸壁に叩きつけた。衝撃に身じろぎするコスモクロアだが、その場から動かない。
否――動けない。
体のほとんどが黒くなり、透明度を失った体は、もうまともに動く力すら残っていない。キングフィッシャーを作り出したことこそが、彼女の最後の抵抗なのだ。
アルビオンはそちらを向くと、七星龍淵を止めようと翼を広げた。
「おっと、お前の相手は俺だよ。アルバスゥ!」
その前に、マスカレイドが立ち塞がる。
二対二――数的優勢はなくなった。翼を広げたアルビオンとマスカレイドは空中でぶつかり合い、お互いの火炎をぶつけ合う。
「どうして、おまえらはここに……」
「深淵と呼ばれたこの大陸。ホールの奥の神を崇拝する面白い奴らがいたんだ。お前も見ているだろう、ドラグマの奴ら」
「……さぁな。ほとんど話す暇もなかったからな!」
ただ、自分の敵であるということだけは何となくわかった。そして今目の前の相手は、ドラグマの連中より危険な相手だということはわかる。
「この大霊峰は大陸のエネルギーの循環地点だ。膨大な力を氷水たちは制御し、相剣師たちはそれを操ることで守っている。砂漠を超えた先の鉄の国っていうところで採れるエネルギーと同質なのは、こちらで制御しきれなかった分があちらに漏れているんだろう。多分スプリガンズみたいな面白い種族がいると思うぞ」
「お前、スプリガンズのことも、知って……」
「見てたからな。ホールの向こう側から」
マスカレイドが、また笑った。鋭く長い尻尾の一撃がアルビオンを叩き落すと、彼の顔を足で踏みつける。
「本当に可笑しな話だよ。この大陸にはもう、未来はないんだから」
「どういう、意味だ……」
「絶望の使徒がこの地に降り立った。そんな世界に何を求めようって言うんだい!?」
どこか嬉しそうに語るマスカレイドは、明らかにこの状況を楽しんでいる。
何が楽しいのかアルビオンには全く分からないが、ただ一つ――アルベルと名乗った少年を止めなくてはいけない。
それが、自分の使命のように思えた。
「絶望が降りかかるっていうのなら、焼き尽くすだけだ!」
アルビオンの体に、真紅の炎が宿る。その上からマスカレイドの黒炎が体を焼くが、彼は傷みに堪えながら翼を広げる。
「我、烙印竜アルビオン!」
ホールの影響を受けた暴走ではない。自らの意志で制御した力が、黒衣竜の姿を烙印竜へと変えた。
「白の烙印よ、痕喰竜の力をここに!」
身から溢れ出した炎が竜の形を取る。ゴルゴンダやガーディアン・キマイラ、天獄の王と対峙した時のように、アルビオンは自らの分身を作り出した。
ブリガンドの形をした焔はマスカレイドに跳びかかると、アルビオンの上から遠ざけた。起き上がりざまに火炎弾を放つが、マスカレイドの翼から離れた火球が打ち消した。
「いいね、ただ暴れ回っているだけじゃない。きちんと力が制御できるようになってきたじゃないか!」
「褒められても、何も嬉しくない!」
さらにバスタードも作り出して追撃しようとするアルビオンだが、その腕を何かが掴む。
「な!? これは……」
そこにあるのは、小さなホールだ。
まるで鎖のように連なったそれはアルビオンの体に纏わりつき、首を縛り上げ、翼を折り、足を引っ張る。
同じようにブリガンドの炎にもまとわりつくと、卵をひもで切るような勢いで、かき消される。
「は、なせ……! この、鎖を……」
暴れ回るアルビオンだが、予想以上に拘束の力は強い。水面へと叩きつけられた勢いで、烙印竜の炎が解けていく。ただ水に浸かったからではない。
体から、力が抜けていく。
次第に身動きが取れなくなりはじめ、口を開かないように縛られる。
「よくここまで力を育てた。アルバス」
「何、言って」
かろうじて開く口から問いかけるも、マスカレイドは――アルベルへと戻った少年は答えない。
代わりに、唯一残した翼を広げながら、両手を頭上へ広げた。
「さぁ、失烙を印す刻が来た!」
歓喜に打ち震えながら、終焉の到来を伝えたのだった。