遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界”   作:erugon

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第二章 《ドラグマ・エンカウンター》

 

「地下壕へ避難してください! 押さないで!」

「落ち着いて移動してください。教導の信徒たちには、必ずや神のご加護を賜れることでしょう。何も心配はございません」

 

 信徒たちが、街の人々を避難させる。

 ホールから現れるものが、常に恩恵とは限らない。

 悪しき行いを神が見咎めたとき、ホールからは災厄が降り注ぐとされる。

 

 だがこれは――

 

「でも、どうして、急にホールが……」

「ホールに関してはわからないことの方が多い。けれどエクレシア。私たち聖女の役目は、いつだって変わりはない」

「そういうことです。エクレシア君」

 

 二匹の竜が並んだ図の描かれた聖典を抱える、緑髪の男性。フルルドリスに続いて現れた彼が、マントを払いながらバルコニーに出る。彼の後ろには、青いマントを付けた若い筋骨隆々の男性もいる。

 

「アディン先生、それにテオさんも!」

「夕刻のスピーチお疲れ様でした。しかし、大変なことになりましたね」

 

 ふむ、と顎に手を当てる長身の男は、《教導の天啓アディン》と呼ばれるドラグマの信徒の一人だ。しかし彼は一介の信徒とは一線を画す。

 エクレシアを含めた多くの信徒にとっては、アディンはドラグマの教典についての師であり、底なしの知識と高い洞察力から天啓の二つ名を与えられていた。

 同時に教導騎士団の参謀役であり、奇跡(ディヴァイン)と呼ばれる秘術を持って騎士たちを支援する後方部隊の指揮官でもある。

 

「何が落ちてくるかわからねぇが、いつも通りやべぇもんなら叩き潰す。それだけだろ」

「まったく、テオ君は相変わらず聖職者と言うものに向いていませんね」

 

 アディンから小言を食らったのは、《教導の鉄槌テオ》

 フルルドリスと並ぶドラグマきっての武闘派で、巨大な鉄槌(トンファー)を振り回す。フルルドリスに次ぐドラグマの重要戦力であり、エクレシアにとっては先輩であり、彼女が振るう武器の師でもある。

 

「何が出てくるかは知らねぇけど、俺たちがいれば問題ねぇだろ」

「あれを侮ってはならん」

 

 どこか、くぐもった声でテオの言葉に忠告したのは、最後に現れた者だった。

 鉄仮面をつけた長身痩躯な人物で、アディンとテオは膝を付いて頭を垂れる。

 対してエクレシアとフルルドリスは膝を付きはしないが、丁寧なお辞儀を持って迎え入れた。

 

教導の大神祇官(マクシムス・ドラグマ)》――この国にとってはドラグマの最高指導者であり、国政の最高権力者でもある。

 

 大神祇官と呼ばれる地位に至った人物は、俗世の名を捨て全てのドラグマに捧げるという風習があり、エクレシアもこの人物の名はおろか、素顔も見たことはない。

 ドラグマ聖文の第一項から、マクシムスについてのことが書かれている。

 

 そこ曰く、光貴なる神の代理者たる大神祇官(マクシムス)の、聖なる教えに背いてはならない。聖なる名を口にしてはならない。聖なる顔を目にしてはならない。聖なる体に触れてはならない。施しを拒んではならない。御前を歩んではならない。切っ先を剥けてはならない。

 

 聖なるその役に座す者、俗世の名を捨てるべし。――なんていう項目もあり、それが十数個続く。

 それだけ、マクシムスの存在は、ドラグマにおいて重要であり、誰もが尊敬する最高指導者であることに、変わりはない。

 

「もうすぐ、深淵よりの来訪者が現れる。アディン、テオ、フルルドリス、君たちはホール直下で兵とともに待機を。おそらく、君たちの全員の力を、全方位に全力で振るってもらうことになるだろう」

 

 その言葉に、テオの目つきは鋭くなる。

 

「敵さんはホールから現れるだけじゃねぇ。そっちの対処も含めてってことですな」

 

 彼の言葉に、マクシムスは肯いた。

 どうやら、今回の凶事と、先ほどの地上での爆発。狙って起こったことらしい。

 その爆発を引き起こした者が誰なのか。この場にいる全員の共通認識としてすでに知っていることなのか、誰もわざわざ口には出さない。

 

「しかしそうなると、ホールから現れる存在に対抗できる戦力が減るのは、否めませんな」

 

 アディンの指摘は正しい。

 複数の敵対者に対応するとなると、一か所の戦力は低下する。

 

「まぁ、戦力分布的には、当然の成り行きっすからね」

 

 テオのため息交じりの返答に、エクレシアは拳を握って微笑んで見せる。

 

「大丈夫です! わたしもそれなりに鍛えてますし、姉様がいますから!」

 

 それなりに、とエクレシアは称したが、それは謙遜が過ぎる。

 聖女は、同じ聖痕を持つドラグマの信徒でもその強さは桁が違う。

 特に最強と謳われるフルルドリスの力は、同じ聖女であるエクレシアはもちろん、聖痕を持っているだけの信徒たちとは次元が違う。

 アディンやテオもエクレシアから慕われる信徒であるが、戦力としてはエクレシアのほうが上と考えていい。

 

「仕方ありませんか、テオ君。我々はマクシムスの指示通り、教導軍を指揮し、一刻も早い避難と、ホール近辺の包囲を固めましょう。騎士団長の加勢に向かうのは、それからでも十分間に合うかと」

 

 聖痕の輝きの有無、それが彼らの力に大きな差をつけている。

 深淵の向こう側に存在する神からの恩恵をどれだけ多く賜ることのできるか。それが重要だった。

 アディンの言葉にうなずいたテオその二人を含め、全員にマクシムスは厳かに告げる。

 

「来訪者の名は《灰燼竜バスタード》……ドラグマの神像……テトラドラグマより、大いなる禍と告げられた」

 

 マクシムスの言葉に、彼らの中でこれから出現する敵への恐ろしさが増していく。

 そしてそれ以上に、この国を守ろうという使命感、闘志が沸き上がる。

 

「エクレシア、君はここで待機を」

「待機、ですか? わたしも参戦すれば、皆さんの負担を軽くできます!」

「そうかもしれぬ。だが、もしもの時は、ここを守る者がいなくては」

 

 その言葉に、エクレシアはしぶしぶといった様子で了承する。これから現れる存在の巨大さを想えば、一人でも戦力は多い方がいいと彼女は考えたのだ。

 だが戦力の一極集中は他方に隙を生む。それがわからない彼女ではなかった。

 

「テトラドラグマのもとに戻る。必要があれば、王城を開放し、市民を避難させよ」

 

 そう告げて、マクシムスは部屋から出る。

 そしてようやく、テオが立ち上がる。

 

「エクレシア、心配してくれるのはありがたいが、俺たちで何とかして見せるさ。だからそっちはそっちでなんかあったとき、無茶すんなよ」

 

 わしゃっ、と軽く年下の聖女の頭を撫でたテオは、バルコニーより飛び降りる。

 本来なら足を折るどころか全身に衝撃が走り死んでしまう高さであるが、ドラグマの恩恵を受ける彼らにとって、この程度の高さは造作もない。

 アディンもそれに続き、階下へと飛び出した。

 それを見送るエクレシアとフルルドリスの内、年上の女騎士は兜を装着して告げる。

 

「エクレシア、ここを頼むぞ」

「姉様、お気をつけて」

 

 バルコニーの柵を蹴って飛び上がるフルルドリス。

 むろん彼女にも羽もなければ落下傘もない。だが、彼女は全身からあふれ出る光を伴って空中を翔ける。

 

 近くの屋根にまで辿り着けば、そこを蹴ってまた大きく跳躍する。

 着地の衝撃など一切ないかのように、軽やかに街を翔ける。

 テオやアディンとは一線を画す光の力。これこそが、ドラグマ最強の力だった。

 

「どうか、皆にご加護を!」

 

 祈りの言葉とともに、三人を送り出した。

 

「さて、ここから先のためにも戦闘陣(フィールド)を展開させておかなければな」

 

 階段を下りるマクシムスは、王城の最奥にある祭壇の間に向かっていた。

 そこにあるのは、巨大な二頭の竜が相対したような彫像。

 真っ白な姿に金の装飾を施された、見ただけでも荘厳さと神々しさを伝えてくるそれに、マクシムスは膝を付く。

 二体の竜の中央には、黄金の女神像が存在した。

 

「神よ、我らに新たなる恩恵をお与えくださること、感謝いたします」

 

 彼はホールから現れるものは禍と、危険なものだと言っていた。

 そのはずなのに、彼は感謝の言葉を述べた。頭上から降り注ぐ光がより強くなり、マクシムスは顔を上げ、腕を交差させる。

 その掌に浮かび上がる、どこか怪しい紫の光の入れ墨が現れた。

 

「おお、これより我らは、新たな段階へと、その歩みを進める……」

 

 恍惚としながら、天に手を翳した。

 

「新たなる、創世記(ジェネシス)のために!」

 

 

   ◆

 

 

 バルコニーからエクレシアは、時折上空のホールを見つめる。

 その穴は次第に広がり、ついには何かが姿を現す。

 

「あれは、生物? 翼、なのかしら?」

 

 柵を掴みながら、不安を隠せないエクレシア。その視界の端で、何かが動くような気がした。

 街の各所を見渡すが、別に怪しげな影はない。

 教導軍の指揮のもと避難する住民たちのためにも、エクレシアは不安げな表情をするわけにはいかなかった。

 そんな彼女を、ゴーグル越しに見つめる眼が二つ。

 

「あのホールについては、ドラグマは関係ない……のかな?」

 

 闇夜にするりと消えていく様は、どこか気紛れな猫のような動きにも思えた。

 

 

 そのころフルルドリスたちは、ホールの真下に到達していた。

 騎士長である彼女の装備する鎧、剣、盾は全て神器とされる。霊験あらたかな装備であり、彼女が聖女たる所以でもあった。

 その剣はドラグマの紋章である二頭の竜を模した物であり、盾と鎧にも絶対防御の証として刻まれている。彼女はその四肢に聖痕を宿し、唯一神器を同時に三つも扱うことができるのだ。

 それが最前線に立ち、戦わなければならない。それほどまでに、マクシムスはあのホールから現れる存在を警戒しているのだと、彼女自身に理解させる。

 

「天の底が、開いたか」

「住民の避難は完了しているぜ!」

「フルルドリス君、テオ君、思う存分暴れてください」

 

 テオ、そしてアディンも到着している。避難指示は間に合ったようで、もうここには一般市民は一人もいない。

 さらに彼らの後ろには多数の教導軍の騎士たちが整列している。しかし、テオたちはともかく、彼ら一般兵の存在はきっと、風の前の塵芥でしかないのだろう。

 

「来るぞ!」

 

 テオの声が響く。

 重低音とともにホールから顔を見せるその正体は、巨大な竜だった。

 ホールから顔、そして首、胴体、翼をゆっくりと出した炎を纏った銀色の竜は、大地を砕きながら降り立った。

 赤々と燃える爪、とげ、背びれ、翼――まるで燃え盛る溶鉱炉のような色を持ち、高熱が待ちの家屋や家財を燃やしていく。

 

「グォォォォォォオオオオオオオッッ!!」

 

 どこか、燃やし尽くした後の囲炉裏に溜まる灰のごとき印象を持っているが、その高熱は街を燃やしていく。

 その様子は、遠く離れたエクレシアからも見えた。

 

「なんて、きれいで、悲しい、色……」

 

 ふいに、そんな言葉が、彼女の口から洩れた。

 

「ただ存在するだけで、周りの者を燃やしていく。まるで、制御の効かない劫火。全てを灰燼に帰す、灰の竜……だから灰燼竜」

 

 どこか詩曲めいた言葉を口にするエクレシア。

 だが、同じような言葉を口にするものは、同時にもう一人いた。

 

「ホールより現れたるは灰を纏った銀色の竜。生まれ来るべきではなかった落胤。ゆえに――灰燼竜バスタード」

 

 大聖堂の中心で祈りを捧げ続けるマクシムス。

 これこそが《灰燼竜バスタード》――いずれこの国の歴史に災厄の始まりとして、記録される竜の出現で会った。

 

 灰燼竜バスタードは、四肢を地に付けた状態ですら、人間の数倍の体躯を誇る。

 教導軍最強の騎士フルルドリスからして見ても、このような敵とは戦ったことがない。まるで豪邸が動いているかのような様相だ。

 後ろ足で二足歩行もできるようで、真っ直ぐに立てば大聖堂の柱に匹敵するほどだろう。

 

「こいつが走り回るだけでも、大きな脅威だな」

「早いうちに仕留めねぇと、被害がやべぇぜ!」

 

 右腕に鉄槌の神器を構えるテオ。それに同意したアディンは、天啓の由来たる聖書を開く。

 

「お行きなさい!」

 

 アディンの眼前に現れる光の円陣。マントをなびかせながら左手を振るえば、魔力の固まった砲弾が灰燼竜バスタードへ向けて飛んでいく。

 複雑な軌道を描いて飛ぶ砲弾。並の獣ならば避けることもできず滅多打ちにされる代物だが――

 

「グルゥゥ、ゴウゥ!!」

 

 灰燼竜バスタードは右腕の一閃で払う。

 強い、テオもフルルドリスも、この一撃だけでもそう確信せざるを得ない。

 巻き起こる暴風に、一般兵たちは薙ぎ倒されていく。

 

「俺が足を止める! その間にフルルドリス、アディンさん、追撃は任せた!」

 青いマントをなびかせて走り出したテオは、右手に黄金の装飾を持つ鉄槌を装着している。赤い文様が浮かび上がる右腕は、ドラグマの神の恩恵を受けている証拠。その鉄槌は敵の力を削ぎ落とす天罰の象徴。

 

「おらぁっ!!」

 

 灰燼竜バスタードは体表から高熱を発している。それこそ経っているだけで周辺の家屋が自然に発火し、溶け出すほど。

 だが、神の恩恵を受けた彼らの体表は、そのような力を受け付けない。

 むろん痛みがないわけではないが、無視して突撃するだけの防御力はあった。

 

「グォォッ!」

 

 二足歩行でがら空きの腹部に、テオの鉄鎚が叩き込まれる。

 彼の鉄鎚は触れた相手に神の力を打ち込み、敵から力を奪い取る。それを変換してテオに送り込み、今度は逆に彼を強化することも可能になる。これこそが鉄槌と呼ばれる彼の聖具を使った奇跡であった。

 たたらを踏んで数歩下がる灰燼竜バスタード。怯んだ隙を騎士団長は逃がさない。

 兜の奥で刃のような鋭い眼を光らせると、家屋の屋根を蹴って飛び掛かる。

 

「覚悟っ!」

 

 燃え盛る大気を突き抜けてフルルドリスの刃が迫る。

 刹那の時間の後に届くであろう刃に対し、灰燼竜バスタードは予想外の反応速度を見せた。赤々と燃える棘状のヒレを持つ尻尾が、鞭のように振り抜かれる。

 空中で回避はままならず、無理やり剣を叩きつけることで衝撃を和らげる。吹き飛んでいくフルルドリスの姿はエクレシアからも見えた。

 

 投石器で投げ飛ばされたかのような勢いで飛んでいく騎士だが、その盾を地面に叩きつけることで耐えきって見せる。

 盾と鎧の防御力だけではない。彼女自身の生来のタフネスもまた、灰燼竜バスタードの一撃に耐えきった要因だ。

 

「くそ! 俺の鉄鎚が効いてねぇのか!?」

 

 テオとしても、手ごたえがなかったわけではない。だが、そこまでピンピンしていると自信を喪失してしまいそうだ。

 

「巨大な体躯に対して高い反応速度、真正の竜というのは、どれもこれも強靭だな!」

 

 騎士団長であるフルルドリスは、多くの敵との戦闘経験がある。その中でもこの敵は上位を塗り替える個体になるだろう。

 大気を自らの発する炎で焼くことにより、聖痕の加護がなくては近づくことすら難しい。テオやアディンたちも聖痕を持つが、聖女ほど力を持たない者たちもいる。だが彼らでは熱には耐えても攻撃そのものには耐えられない。

 彼らが振るう聖具と呼ばれる神器を模して作り出した道具では、思うように攻撃が通らない。

 

「ここは、やはり私がどうにかするしかないな……」

 

 がらりと瓦礫をどかしたフルルドリスは、どこか楽しげに剣を構える。

 

「久しぶりに、手ごたえがあるじゃないか。灰燼竜バスタード」

 

 俄然やるきが出てきた――そういわんばかりに彼女の闘志が高まっていく。

 飛び立とうとする灰燼竜バスタードは、その口蓋に大量の熱を溜め込んでいく。

 爪や背びれの色は強まり、体内でより高い熱を生み出しているのが想像できる。

 

「テオ、次の攻撃を何とか頼む。アディンは被害を防げ、その間に私が切り込む!」

「わかりました。テオ君、死なない程度に攻撃を受けてください!」

 

 ふわりと浮き上がる灰燼竜バスタードに向けて、フルルドリスが飛び掛かる。

 騎士団長の剣が繰り出す聖なる雷の攻撃が、灼熱の爪を払いのける。

 彼女の聖痕がもたらしたものは、四つ。類稀なる膂力と速力。そして圧倒的な強靭さと刃からほとばしる雷電。最強と呼ばれる所以は、ここにある。

 

「この程度の威力では、注意を反らす程度にしかならんか……」

 

 灰燼竜バスタードの口蓋から溢れ出す灼熱の奔流は、彼女に向けて溢れ出す。

 それを、テオの鉄槌が迎え撃つ。

 

「ドラグマ……ラッシュ!!」

 

 神の力を込めた鉄槌が分裂したかのように高速で繰り出される。灰燼竜バスタードの全身を打ち続ける。大量の打撃を打ち込めば、その分敵の力を吸収できる。

 灰燼竜バスタードの熱が引いていくのとは対照的に、テオの拳は素早さを増す。

 

「これで、しまい――」

 

 だが、竜はそう簡単には落ちない。

 薙ぎ払われた尾がテオを横から、しかも鉄槌のある右ではなく、マントしかない左腕を叩く。防御用の鎧を装備しているが、それも気休め程度だ。

 流星の如く地面へと叩きつけられたテオは、瓦礫の中に横たわる。

 

「グゥゥゥ……ゴォォォォォ!!」

 

 同時に放たれる、竜の息吹。

 灼熱の竜息ははるか遠くまで届き、射線上の生物を死滅させる。これを街に直撃させるわけにはいかない。

 

「フルルドリス、どうやら、我々の目算は甘かったようです。こやつを倒すには、聖女が二人必要でしょう!」

 

 そう告げる間にも、すでに灰燼竜バスタードの攻撃態勢は整っている。

 

「これを通すわけには参りません!」

「盾よ、我らの民を守りたまえ!」

 

 灰燼竜バスタードの眼前に躍り出るフルルドリスをアディン。

 聖女は盾を、天啓の司祭は聖書を眼前に掲げると、巨大な光の円陣を創り出す。

 灼熱の竜息を受け止めると、それは遥か天の方向へと力を受け流す。テオが十分弱体化させたおかげで、二人は攻撃を受け流して見せた。

 

 だが、二度目はないだろう。

 

「グォォォォッ!」

 

 その雄叫びだけで、アディンの体は動かなくなる。

 竜の雄叫びは強烈な衝撃波と変わらない。全身に痺れが走り、石畳の上に倒れ伏す。

 

「ですが……布石はすでに、打ってあります!」

 

 天啓――その名の通り、彼は導きし者。戦闘開始時に先手の攻撃を防がれた時点で、すでにこの状況は予想できている。

 

「マクシムスの采配に、柔軟な対応をするわけですから、問題はありません!」

 

 倒れながら伸ばした指の先で、奇跡の円陣が生み出される。

 何かしようとしている。それに気づいた灰燼竜バスタードはアディンへ爪を振り下ろす。

 

「聖女エクレシアを、ここに呼び寄せる! ドラグマ・クワイレーレ」

 

 それは、天啓のアディンの秘儀。遠く離れた場所にいる同胞を自らのもとに召喚するその力で、バルコニーにいる聖女エクレシアを呼び出した。

 

「ドラグマ……ティモーリア!」

 

 出現する巨大なドラグマの紋章。二頭の竜を組み合わせたような紋章。

 それは現在もマクシムスが祈りを捧げる大聖堂の最奥に設置されたものと似ていた。

 彼女の力の発動に呼応するかのように、それは強い光を放つ。

 

 それは聖女に与えられた秘儀の証。彼女の鎚が放つ、光の防壁。

 アディンの直下を中心として描かれた奇跡の円陣。光り輝くそこから現れたのは、聖女エクレシア。彼女は自らの持つ白銀の鎚を掲げ、攻撃を防ぐ盾を創り出したのだ。

 

「おお、テトラドラグマよ、聖女に力を分け与えたもう……」

 

 これこそが、聖女の力。大聖堂の最奥より齎される力を解き放つ、最強の盾、最強の刃。

 むろんそれは、フルルドリスの剣にも宿る。

 

「アディン先生もテオさんも、街もこれ以上、壊させない!」

 

 自らの一撃を防がれた灰燼竜バスタードは、目立った動揺の色は見せない。

 もしくはそのような感情はないのか、大きく羽ばたくと同時に、上空から二人の聖女を両目で捉え、攻撃しようとする。

 

「残念だが、もう遊んでやれる時間はない」

 

 すでに準備は完了している。

 二人の聖女がそろうとき、裁きの刃は抜き放たれる。

 

「これで終わりだ……」

 

 聖痕から放たれる力によって空中を蹴ったフルルドリスは、両腕に光を宿す。

 実体のある聖剣に、そして剣無き左手に奇跡の剣を創り出す。そしてそれを下から交差するように振るう。

 彼女らに刻まれた聖痕の後をなぞるように、雷撃のバツ印を描いたそれは――

 

「ドラグマ・パニッシュメント!!」

 

 灰燼竜バスタードとフルルドリスの姿が交錯する。

 一瞬、それまでずっと大気を揺らしていた力の波動が途絶えた。

 

 だが、それがゆっくりと再開していく。ぐらりと揺れた灰燼竜バスタードの巨体。

 そこに刻まれた、絢爛とした聖痕の傷跡。

 騎士聖女フルルドリスの奥義《ドラグマ・パニッシュメント》を受けた灰燼竜バスタードは、力なく大地へと落ちていく。

 

「グォォォォオォォォオオオオオンンン…………」

 

 悲痛な雄叫びとともに、灰燼竜バスタードは墜落した。

 ザザァッ――と少し離れたところに着地したフルルドリスは、ふぅと肩の力を抜く。

 確実に技は入った。

 

 その命まで奪えたわけではないが、体の自由は確実に奪ったという自負がある。近くにエクレシアが残っているが、油断はできない。

 彼女は足早に戻ろうとした時、ふと気づく。

 

「あの竜の姿が、どこにもない?」

 

 家屋より巨大だったはずの姿が、着地地点から見えないのだ。

 建物が邪魔と言うわけではない。ほとんどの建物の屋根は灰燼竜バスタードの羽ばたきで吹き飛び、少し上に登ればあの巨体が見えないはずがない。

 しかし、忽然とその姿は消えていた。

 

「何が、どうなっている……」

 

 さすがに動揺を隠せないフルルドリス。

 その耳に風を引き裂く羽音と、機械音が聞こえてくるまで、新たな敵の襲来を気づけなかったほどに。

 

「油断が過ぎるな、フルルドリス!」

「よもやお前が来るか……シュライグ!」

 

 頭上に現れた黒い影に向けて、フルルドリスは刃を突き立てた。

 

 

   ◆

 

 

 一方、エクレシアは墜落した灰燼竜バスタードに接近しようとしていた。

 

 発していた高熱が消え、土煙が収まったとき、あの灰銀色の竜の姿はどこにもなかった。

 廃墟と化した街を駆け抜け、落下地点付近まで足を運ぶ。高熱の炎はまだ辺りで燻り、歩くたびに砂埃が舞い上がる。

 そんな世界の終わりが凝縮されたかのような場所で、彼女は見た。

 巨大な灰燼竜の代わりに、褐色の少年が一人、瓦礫の中で苦しげに蠢いていたのを。

 

「灰燼竜がいた場所に、どうして男の子が……」

 

 黒色の革のような上着を羽織り、生来であろう白髪には赤い差し色のようなものが見える。どこの国、どこの地域、どこの種族にも属さない、特徴的な恰好と容姿だった。

 少なくとも、エクレシアの知らない文化だった。

 

 黒い服には黄金色の装飾が並び、刺々しい見た目と同時に、どこか気高さを併せ持つ。額、両手、胸には白く濁った宝珠を宿し、神秘さも内包している。

 その少年の痛みに打ち震える顔はまだ幼げで、エクレシアには自分と同年代かと思えた。

 呻きながら少年が顔を上げたとき、エクレシアは思わず鎚を正面に構える。

 

 だが、少年はそれ以上動こうとはしない。目の前にいる少女が敵だと思っていないわけではないだろう。

 彼女の灰黄緑色の瞳を、少年の真紅の目が見つめる。左目は閉じられ髪に隠れ、右目だけが大きく開かれ、真っ直ぐに彼女を射貫く。

 お互い、手足は動かない。

 

「あなたは……」

「お前は……」

 

 代わりに、たどたどしいながらも、その口が動く。

 彼こそが、灰燼竜バスタードの本来の姿。

 フルルドリスに撃ち落された、天底の使徒。

 

「誰なんです?」

「誰なんだ?」

 

 少年と少女が出会うとき、教導国家ドラグマを――否、この深淵と呼ばれる隔絶大陸全てを揺るがすうねりが巻き起こる。

 

 

 後の世は、聖女エクレシアとこの褐色の少年の――数奇なる彼らの運命の巡り合わせを、《ドラグマ・エンカウンター》と言う、悲劇の始まりとして記すのだった。

 

 

 

 

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