遊☆戯☆王:OCGワールドストーリー”深淵の烙印世界”   作:erugon

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第三章 《アルバスの落胤》

 

 騎士長フルルドリスによって撃墜され、地に臥した灰燼竜バスタード。

 

 燃え尽きたその肉身の灰の中から現れたのは、白髪の中に赤い差し色を持つ髪の少年。

 褐色の肌に革製か布製か、判別しにくい黒服を身に纏ったその姿はどこか――悪魔、という表現が適切に思える容姿だった。

 

 しかし、その顔はまだ幼さが残り、身長で言えば、正確なことは判断できないが、自分とそう変わりはない。――聖女エクレシアには、そう思えた。

 体を起き上がらせようとするも、うまく立ち上がれない様子に、エクレシアは一つの確信を得た。

 

「あなたが、あの灰色のドラゴンだったんですか?」

「…………」

 

 その問いかけに、少年は口ごもり、わずかに目を逸らす。

 言葉を交わしたくないという拒否には思えなかった。

 どちらかと言うと、自分でもよく分からず、何と答えたらいいかわからない。時折様子を見に行く孤児院たちの幼子に似た、そんな様子だ。

 

 鎚を下したエクレシアは、彼の前で両膝を地に付ける。鎚は近くの瓦礫に立てかけ、少年に向けて声をかけた。

 

「わたしは、あなたを傷つけたいわけではありません。どうか、少しだけお話をしてくれませんか? 望むなら、これ以上近づきはしません」

 

 一定の距離を保ち、起き上がろうとする少年の目を真っ直ぐに見る。

 まだ警戒が解けていない様子だが、見開かれた右目には困惑と驚愕、それでいて不安と安心のような曖昧な感情が浮かび上がった。

 

「……おれは、何をしていたんだ……」

 

 その言葉に、え、とエクレシアは首を傾げる。

 

「わからないんだ。なんでこんな場所にいて、自分が何をしていたのかも……」

 

 彼の抱く困惑の――何より不安の正体は記憶の欠如だったのだ。

 どうして全身が痛むのか。

 どうして目の前の相手はこちらを警戒していたのか。

 それがわからないから、彼自身もエクレシアを警戒したのだ。

 

「おれは、誰だ?」

 

 緊張がヒトにうつるように、警戒や不信、不安も他者にうつる。

 だがエクレシアが警戒を解いたことで、それが少し和らいだ。不安と安心の両立する不安定な状況に、白髪の少年は混乱するばかりなのだった。

 

「今は、落ちついて体を休めてください。もしよろしければ、何か覚えていることがないか、わたしに話してみませんか?」

 

 あくまで優しく告げる彼女に、白髪の少年は目を伏せる。

 

「何もない。あんたに喋られることなんて、これと言って、ないんだ」

 

 本当に記憶喪失なのだろう。

 ホールからヒトが現れることなど、エクレシアは聞いたことがない。

 確かにあの穴からは、時折奇妙なものが現れる。

 教導国家で運用されるテクノロジーの一部や、テオたちが使うような聖具の一部も、ホールからの恩恵があってこそ開発できたものだ。

 特にドラグマでは禁止されているが、生命の体の一部を機械に置き換え運用するすべも、ホールからもたらされたテクノロジーの恩恵だと、彼女は聞いたことがあった。

 

「あなたはホールから落ちて来た灰色のドラゴンが変身した男の子なんです――って言われると、困っちゃいますよね……」

 

 記憶喪失のヒトが急に自分の正体はドラゴンです、なんて言われても納得しがたいに決まっている。

 何か彼の記憶を取り戻す術がないかと頭を捻るエクレシアだが、如何せん今までに出会ってきた人物の中で、そんな困った状況の者はいない。

 

「あんたは、おれが恐ろしくないのか?」

「へ? なんでですか?」

 

 突然の問いかけに、エクレシアはさほど考えることなく返事をする。だがその答えを聞いても、少年の思いつめたような顔は晴れない。

 

「おれは、ドラゴンだといわれて、何となく納得できた。おれの中には、何か大きなものが潜んでいる……」

 

 自らの胸、心臓の上に手を置く白髪の少年。マント状の服から見える、褐色の肌に爪を立てた。

 恐怖、それに近い感情が、彼の中で沸き起こっている。

 

 自分が何者なのか。

 自分の中に潜む者は何者か。

 何もわからないことに彼は恐怖し、痛みで起き上がれない体を震わせる。

 

「おれは、いったい……なんなんだ……おれは、もっと恐ろしい――」

「大丈夫です」

 

 震える褐色の指を、細く白い指が包み込む。

 それは、エクレシアの手だった。

 そっと、決した痛みを齎さない、優しい手が彼の手を握る。

 

「あなたが、どうしてここに落ちて来たのかはわたしもわかりません。でも、ホールから訪れるものは、この世界に多くの恩恵をもたらしてきました」

 

 彼女が見上げる先にある紫色の穴を、白髪の少年もまた見上げる。

 

「どうしてドラゴンの姿になれるのか。それともその逆なのか。それはまだわからないですけど、きっとあなたは大きな使命を持っているんです」

 

 力強く言い放つ聖女の言葉に、白髪の少年は返事をすることもできず聞き入っていた。

 

「わたしたちドラグマの象徴である二頭のドラゴンは、この世界の民を導く女神を守るという使命を帯びて、深淵の大地に現れました」

 

 はるか古の話。まだドラグマというものも存在していなかった時代。ホールの恩恵と啓示を受けて、最初の教導者は誕生したという。

 それを守ったのが、二体の白竜だったという。

 

「ドラゴンは世界を変え、導く存在なんです。だからきっと、あなたにも大切な使命があるんですよ!」

 

 彼女は確信しているかのように話すが、むろん何の根拠もない。

 ただ、太陽のような温かみを持った笑顔で言われれば、根拠もなく納得してしまう。

 

「痛い思いをさせてしまったのはごめんなさい。でもあなたもいけないんですよ! 街を壊してはいけません。いいですか?」

 

 ぴしっと突きつけられる指先。わざとらしく怒ったような顔をする彼女に、少年はむしろ返事に困りながら、何とか肯いた。

 

「え、あ、ああ。わかった。気を付ける」

 

 結果、エクレシアの勢いに乗せられて首肯する。

 その返事を聞くと、彼女は怒り顔から一転、優しい笑顔とともに彼の体に手を伸ばす。

 

「とりあえず、ケガをしていないか見てもらった方がいいですね。そのあとにはマクシムス様に会いに行きましょう!」

「マクシムス?」

「はい。とっても偉い人で、でもとても優しい人ですから。大丈夫ですよ、あなたのこともきっと助けてくれますから!」

 

 一切マクシムスのことを疑った様子のないエクレシア。

 そんな彼女を見れば、白髪の少年もその人物を信用できるのかもしれないと思えた。

 エクレシアは彼を担ぎ、立ち上がろうと思って肩に触れる。

 

 その時ふいに――

「あ、その前に忘れていました。わたしたち、自己紹介もしてませんね!」

 

 お互い、名前も知らずに話し込んでいた。

 奇妙な広さのあった距離感もいつの間にかゼロになり、手を取りながら喋っている。

 加えて今まさに肩を貸そうとしていた。

 なのに、名前は知らないというのは、どうも可笑しかった。

 一旦居住まいをただし、真正面で顔を剥き合わせる。

 

「こほん! では改めまして。わたしは教導国家ドラグマで、聖女と呼ばれています――」

 

 その言葉を紡ぎかけたとき、奇妙なほどに多くの足音が、彼女の背後に現れた。

 

 

   ◆

 

 

 教導国家ドラグマ王城――最奥祈祷領域。

「灰燼竜の落とし仔と、我らの聖女が出会った」

 その厳かな声は、マクシムスのものだった。

 

「テトラドラグマよ! 運命の歯車は、今、回り出した!」

 

 城の最奥、そこでマクシムスはいまだに祈りを捧げていたのだ。

 いや、一人、歓喜していた。そう言った方が正しい。

 

「我らの神徒よ。二人をここへ」

 

 交差させていた手を大きく広げ、何かを称えるように頭上を仰ぎ見る。

 

「偉大なる白邪竜(アルバス)の落胤よ、世界に――変革を……」

 

 その様子を、巨大な竜に挟まれた聖女像だけが、何も言わずに見ていた。

 

 

   ◆

 

 

 エクレシアが白髪の少年と邂逅を果たしている間。

 吹き飛ばされていたアディンとテオは、傷を負いながらも無事であった。

 

 だが、すでに新たな戦闘に駆り出され、兵士たちの指揮を執っている。

 

「奴らのスピードに翻弄されるな! 数を持って確実に押し留めろ。穴を造るな!」

「二班を後退と同時に三班を前へ。確実に押し留めつつ、援軍を待ちます!」

 

 二人の指示を受けながら、教導軍は戦っている。

 

「邪教徒たちに、これ以上我らの国家を踏みにじらせるな!」

 

 その相手は、獣人――ビーストと称するべき者たちだった。

 

 

「あらら、大変なことになってきたわね」

 

 主戦場から少し離れた家屋の上で、頂戴な狙撃銃を担いだ女獣人がいた。

 ピンク色の髪から生えたネコの耳をピクピクと動かし、腰から生える同じ色の尻尾をくるりと曲げる。

 

《徒花のフェリジット》――それがこの獣類(ビースト)種族の名前だ。

 

「まさか捕虜奪還作戦をやろうって時にホールから巨大なドラゴンが現れるなんて。ついてるんだかついてないんだか。とっさの全体招集だったけど、あのドラゴンを一撃で叩き落すとか、さすがフルルドリスね。シュライグを足止めに回して正解かな」

 

 ゴーグル越しに、彼女の眼はエクレシアたちと、それを取り巻く炎を捉えた。

 

「あの褐色の少年をドラグマに渡すのは、危険そうね」

 

 傍らに置かれた狙撃銃を手に取ると、近くで待機する仲間たちを呼び集める。

 

「聖女エクレシアのもとに向かうよ。あの子は悪い子じゃない。きちんと話をすれば、わかってくれるはずさ」

「本当にそう思ってるのかい?」

 

 上空から声がする。獣人である彼らの仲間には、鳥の力を持つ者もいる。

 

「ナーベル、不安なのはわかるわ。でも、武器を向け合うだけが戦いじゃないときだってあるのよ」

 

《ナーベル》――そう呼ばれた緑色のフードをかぶり、くちばし型のマスクをつけた小柄な獣人だ。翼があることから、彼は鳥獣族と呼ばれる獣類種族に分類される。

 この場合、フェリジットは獣族である。

 

「話はそれくらいにして、早くいきましょう。どうやら敵も、あの少年を確保したようですからね」

 

 丁寧な口調で諭してきた仲間に、フェリジットは顔を向けて肯いた。

 

「フラクトールの言う通りよ。ルガル、ケラス、ナーベル、急ぐわよ!」

 

 半人半馬と呼ばれる、下半身が馬の姿をした獣人である《フラクトール》は、両手で大型のクロスボウを担ぎ走り出す。

 粗野だとか、荒っぽいだとか、そんな評価を一般的に受ける獣人の中で、彼は特に温厚だった。

 それが戦場においても発揮されるかは別の話。冷静な判断力と迅速な行動力を持って、フラクトール――彼ら獣戦士族は戦場を駆ける。

 

 彼に続いてフェリジットやナーベル、他の仲間たちも各々の武器を手に走り出す。

 彼らの武器は、ホールよりもたらされたテクノロジーを使って生み出されたものであり、剣や土を使うドラグマに対して、遠距離攻撃を得意としていた。

 彼らが一様につける青いスカーフは、この真っ白できれいなだけのドラグマに対する、抵抗と自由の証であった。

 

 

 こうして、いくつもの陣営が、かの少年のもとに集まっていく。

 それはまるで、餌に群がる獣のように。救いを求める者のもとに現れる、救世主のように。

 

 

 

 

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