仮想現実の魔術師 作:仮想現実に引きこもりたい
1話
イギリスのとある田舎町。
その中の川と緑豊かな丘に囲まれた古びた小屋、外界から切り離されているかのような幻想的な雰囲気を持つこの場所には一人の男が暮らしていた。
その名をウィル・ホーキンス。
時計塔出身の魔術師でありながらも科学技術に情熱を傾ける変人の一人である。
「時間か」
時計を確認すると現在時刻は午前10時5分。
約束の時間を過ぎていることに気付き、先ほどから鳴っていたであろうアラームを止める。
「何か考えないとな」
ここ数ヵ月で何度も繰り返しているアラームの無視。
元々が一人で研究をしていた影響なのか、集中していると周囲を気にしない癖がついていることを自覚しながら何の気なしに辺りを見渡す。
所々に魔術の痕跡を残しながらも機械で埋め尽くされた近代的な部屋。
昼にも関わらずカーテンは閉め切られており部屋の中は薄暗く、傍らに浮かぶ手のひらサイズの正方形の魔術礼装のみが部屋の中を照らしている。
床一面には無造作にばらまかれた電子部品、更にはケーブルが散乱しており足の踏み場もない。
そんな惨状にため息を吐きながら魔術で電子部品を隅に寄せて最低限の通路を作り出す。
そして気だるげに立ち上がりながら傍らに浮かぶ魔術礼装を手に取り呟く。
「――閉じろ」
そう宣言すると同時に魔術礼装から徐々に光が失われ動作が停止していく。
現在の研究テーマである様々な環境を再現し内部で体験する事が可能なバーチャル・リアリティシステム。その核となっている魔術礼装を握りしめ玄関へと向かう。
玄関までの道のりの最中、一度も発動したこともない侵入者用のトラップの類を停止状態にしつつ、二徹目の体を引きずりながらふらふらと玄関へとたどり着き扉を開ける。
「やあ、ウィル 少し遅かったね?」
深緑のジャケットとシルクハットに身を包んだ長身の男がからかうかのようにこちらに声を掛けてくる。
レフ・ライノール・フロウラス。
わずか二十歳で魔術四階梯の祭位に到達した本物の天才であり、現在の共同研究者となっている男だ。
その脇に見知らぬ少女がいることにも気付き一度目を移すがすぐに元に戻す。
「いつも言ってるが勝手に入ってくればいい」
「そうは言うが――」
返事を聞き流しながらフラウロスが手に持つ触媒を強引に受け取り、そのまま部屋の中へ戻ろうと背を向ける。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
少女が声を荒げてこちらを呼び止める。
「何か?」
「何か?って何よ! 普通私が誰か気になるでしょ!?」
一瞬考え込むがフラウロスが連れて来た人物であれば問題ないだろう、そんな考えから出た言葉をそのまま口にする。
「特には」
「はァ!? あなたは自分の研究室に誰かも分からない魔術師を入れるっていうの!?」
魔術師は己の研究を公開しないという常識。
公開することで『根源』にたどり着くための道が細くなってしまうという単純な問題があるからだ。
それを無視したような行為に少女がさらに声を荒げ立てる。
「そうなるな」
身に秘めた魔力からこの少女が優秀な魔術師であることは間違えない。
そこだけ見れば決して信用できる人物ではないが、この一瞬で分かる物言いが真っ直ぐで感情を露わにしやすいという魔術師らしくはない性格、それに加えわざわざ自分で忠告するような少女が何かするわけもない。
そんな考えを胸の中にしまいながら先ほど受け取った触媒の確認を行う。
「あなた頭おかしいんじゃないの!?」
「よく言われる」
「……私はオルガマリー・"ア ム ニ ス フ ィ ア"! あなたの研究を支援してる家の次期当主です! それが分かったら相応の態度で――」
そろそろ眠気も限界だ。
まだ寝る前に片付けるべきことは山ほどある。問題ない人物というのは死ぬほど分かったので再び部屋の中へ戻ろうと背を向ける。
「うがー!! レフ!なんなのよこいつ!」
「はははっ、彼は誰に対してもこんなものだからね 気にするだけ時間の無駄というものさ」
笑いながらオルガマリーを宥めるフラウロスを横目にふらふらと足を進める。
「というわけで彼女もこれから研究を手伝うことになる よろしく頼むよウィル」
「ああ」
ロードの娘ということは優秀なのだろう、それならば何も問題はないどころかありがたい話だ。
少し騒がしくなりそうな予感を覚えながら人数が増えたことによる担当箇所の割り当ての修正について考える。
結果を出してなお魔術師から評価されないこの魔術、魔術師らしくない彼女が自分の作った世界にどのような反応をするのか――
「楽しみだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ウィル・ホーキンス。
時計塔出身の魔術師だが近代の科学技術も併用する変人の一人。
関心があるのは仮想空間内部のみなため、過去と未来、そして現在にすらも無関心という私たちのどの人格とも反発しない希少な人物。
「さて、彼はどうだった?」
「変人」
マリーが不機嫌そうな声で吐き捨てる。
第一印象は最悪、だが相性自体は悪くないのだろう。
いつもの思い詰めた表情から久しぶりに変化したことで思わず笑みが浮かぶ。
「ははっ、まあそうなのは間違いない。だからこそ自身の研究に手を出されることを黙認するのなんて彼くらいしかいない」
「分かってるわよ」
お父様の役に立ちたい、それが今のマリーの行動原理の全てになっている。
研究の役に立てば私を見てくれるという叶わぬ願い。
「マリー、大丈夫だ」
先ほどの興奮から落ち着きを取り戻してしまい、いつもの思い詰めた表情に戻ったマリーに声を掛ける。
「……何がよ」
自覚はないんだろうが見てる側からすると分かりやすすぎる。
「そろそろ行こうか」
あの変人によって彼女の価値観が変わることを願いながら目の前の扉の中へと足を進める。