仮想現実の魔術師 作:仮想現実に引きこもりたい
オルガマリーとの始めての出会いから幾日か経ったある日のこと。
フラウロスは色々と忙しいためオルガマリーと二人きりになることも珍しくなくなっていた。
そしてその日もフラウロスを抜いた二人きりで研究を進めていた。
仮想空間内部の森に囲まれた大自然、大気中の魔力濃度を濃くした設定の世界。
そこでウィルが暇を持て余したかのように一人で語り出す。
「広く大勢の人間に知られていればいるほど、魔術基盤は強固なものになる」
誰に問いかけるでもないただの独り言だが、それに反応してすぐ横にいる少女が眉をしかめる。
「ちょっと静かにして」
目を閉じて集中を高めているオルガマリー。
空中に複数展開された魔法陣、それを維持することに相当な集中力が必要になるであろうことを理解しながら、それでもなお邪魔するかのようにウィルは語り続ける。
「ならば全世界に魔術を広めたらどれほど強固なものとなるのか、気にならないか?実際機能しているから魔術基盤というものは存在するのは分かる。だが基準も何かもかもが曖昧だ、一体誰が計測し観測したのだろうか」
「……聞こえなかった?ちょっと黙って」
「大勢の人間というのは割合なのかそれとも単純な総数なのか、もし人類が絶滅したら魔術基盤というものはどうなるのか興味が尽きないな。絶滅と言えば人類を一人にしてしまえば根源へは容易にたどり着けるのかどうか、それとも割合的には100%の人間が理解しているという判定になり全てが一般常識となってしまい神秘が崩壊してしまうのか」
「……」
「まあそもそもが神秘とやらも怪しい話だ。根源にたどり着き戻ってきたものなど誰もいないというのに一体誰が定めた規則なのか、マナは有限だから魔術師の数を増やしたくないといった理由のほうがまだ納得できる。さらには――」
「っだー!!こっちは集中してんだからちょっと黙ってなさいよ!!!」
ついに限界を迎えたオルガマリーから魔弾が放たれる。
現実空間よりも上がっている大気中の魔力濃度を存分に活かした簡易的な魔術。
流石の技術力と感心すると同時に腹部に直撃する。
「ぐっ……。い、痛みの再現は完璧だな」
予想以上の痛みに思わず膝をつく。
そんなこちらの様子にも目を向けずにオルガマリーは作業へと戻っていく。
これ以上刺激したら次は何が飛んでくるか分からないので、魔術で痛みを和らげながら大人しく待つことにした。
「で、何?」
作業が一区切りしたオルガマリーが睨みつけるかのような視線の鋭さでこちらに向き直る。
「君が私の仕事を奪ったおかげで暇なんだ」
生き物が何も存在しないのは物寂しいとオルガマリーが言い出したため、急遽始まった仮想空間内部の生命の作成。試しに竜を作り上げようとしたら当たり判定がバグってぐちゃぐちゃになったかのような化け物が出来上がったため、それ以降は全て彼女の担当となった。
「あなたに任せたら変な化け物が動きまわる世界になっちゃうじゃない」
そう言うオルガマリーの周囲には謎の四足歩行の毛玉が群がっている。
簡略的に表すならばデフォルメされた犬のような風貌。私の化け物よりはマシだが彼女のも大概だ。
「……私の生み出した生物が奇怪な動作をしていたことも、君のほうが生物を生み出すのが上手いということも認める」
「ふふん」
どこか得意げな表情をしているオルガマリー。
「だが竜とかそういうのは作れないのか?」
「別に作れないってことはないけど時間もかかるし、それに生物っていうのは時間をかけて進化していくものでしょ?」
話していると足元に一体の毛玉がこちらに寄ってきた。
「……進化か」
その毛玉を持ち上げ試しに竜の要素を追加してみる。
「ガゥ」
竜の羽を生やしきりっとした表情をする毛玉。
「ちょっと何勝手にいじってるのよ」
「個人的にはわざわざ現実と同じように過程まで作り出す必要ないと思うが、まあいいだろうそこは君に任せる」
毛玉を地面に置くとライター程度の火を口から噴きだしながら群れへと戻っていく。
「今こちらで出来ることもないだろうし私は戻る、そちらの区切りがついたら教えてくれ」
「はいはい、ようやく静かになるわ」
彼女の手元に戻った毛玉が元の状態に戻されていく。
「――切断」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を覚ますと慣れ親しんだ自分の部屋。
仮想空間との落差で重くなったように感じる体を起こす。
「この感覚は何度体験しても慣れないな」
暇つぶしに解読途中だった魔術書を手に取りページをめくる。
記述されている現代では実現不可能な神秘の数々、それらを眺めていると勢いを付けてドアが急に開く。
「ウィル!!いつもの場所借りるよ!」
そしてそのドアから怒鳴り声と共に一人の男が入ってくる。
「またか」
「そう、まただよ!毎回毎回どうでもいい会合に呼び出しやがって!あいつらは分かってない、ボクの時間はただでさえ足りないんだ!時計塔内の権力争いなんてそんな時間の無駄遣いをしてる暇はないんだ!そんな無駄な事勝手にやってろってんだ!」
レフ・ライノール・フラウロスの人格の一つであり、その中でも過去を重んじる人格『レフ・ウヴァル』。いつものように逃げ出してきた友人を眺めながら、魔術による遠隔操作で紅茶と茶菓子の準備を進める。
「入ったときには放任主義だと思っていたんだ、実際そうだったし。クソ、これなら研究棟の館長なんて引き受けるんじゃなかった」
愚痴を聞き流しながら魔術書のページをめくる。
時計塔の権力闘争、次代に少しでも有利な環境を残そうとするその行為は理解できるがレフの言いたいことはそういうことではないのだろう。
「こんな時は君が羨ましいよ。誰にも邪魔されずに研究に没頭できる、それだけがボクの望みだっていうのに……」
魔術書に区切りがついたところで一度本を置き、適当な相槌を返す。
「だからやめておけと言ったのに」
「そうは言うがあそこの蔵所が役に立つのは間違いないだろ?はぁ、研究より権力を優先する奴らがいなければ最高な環境ではあるのが惜しいよ」
一通り愚痴を吐き出し切って気分が落ち着いたのを確認して話を次へと進める。
「いつもの部屋はそのままにしてある。紅茶と茶菓子も用意してあるからそれで少し落ち着くといい」
「……君がそういうものを揃えているというのは珍しいな、何か心境の変化でもあったのかい?」
意外そうにこちらを見つめるレフ。
確かに嗜好品の類は今まで一つも用意してなかったのでその認識は間違っていない。
「用意していないと少々面倒なことになるんでな」
今も仮想空間内部で頑張っている少女を頭に浮かべながら苦笑する。
「ああ、マリーのことか。子守りも大変だな」
「いやそうでもないさ」
余りにも自然と出てきた言葉に自分自身で驚く。
「……そうか、意外だな。まあいい、それじゃあお言葉通り少し借りさせてもらうよ」
入ってきたときと同様に慌ただしく移動するレフを見送りながら魔術書に視線を戻す。
「しかしそうか……」
思った以上に彼女とのやり取りを楽しんでいる、そんな自分を認識し戸惑いを覚える。