仮想現実の魔術師 作:仮想現実に引きこもりたい
オルガマリー達と別れた後、ロクスロートの街並みを進み目的地である研究棟へと辿り着く。
「ではごゆっくり」
秘書の女性に案内された部屋を開けるとまず香水の匂いが鼻を刺激する。
どうやら先客がいたようで、いつも通りの緑のジャケットを着た男の前には、くすんだ赤色のセミロングのポニーテールの女性が既に座っていた。その後ろ姿にどこか見覚えがあるように感じながらも、一旦目線を外し部屋の中へと足を進める。
「よお、遅かったなウィル」
口調で判断するに今日は『未来』を重要視するライノールであることを確認する。
「わざわざ呼び出したんだ。くだらない用件ならすぐ帰らせてもらう……、は?」
呼び出したことについて少し愚痴をこぼしながら、空いているソファへと腰を掛ける。ふと女性のほうに何の気なしに顔を向けると、そこには驚いた顔をした蒼崎橙子がこちらを見ていた。
「……本物か?」
レフが余りにも懸想しすぎて作り出した幻影だと言われても驚かない。
それほど時計塔にいるにはおかしい人間が目の前に存在している。
「……それはこちらの台詞なんだけど、山籠もりしてるような世捨て人が下界に一体何の御用かしら?まさかもう隠居?」
「君こそ極東に引き籠っていると聞いていたのだがね。それに封印指定まで受けて随分大変そうじゃないか。昔から政治が下手だとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかったぞ」
「それこそ貴方に言われたくないんだけど。ろくに政治も出来ず階位は『開位』止まり、それで研究が満足に出来ないからって時計塔から逃げ出したのはどこのどなただったかしら?」
「君は少し勘違いしているようだな。私は研究以外に使う時間を計算して、割に合わないと思ったから時計塔を捨てただけだ。それに階位など気にするのはそれこそ俗世に染まったやつらにしか過ぎない、魔術師とは己の研究成果のみで語るものだと私は思うがね」
「あら、絶対に完成へと辿り着かない研究をしている貴方からそんな言葉が聞けるなんてね。私も似たようなことしてるけど"一生ここで暮らしたい!"なんて言う人もいるくらいなのよ?そんなものが出来上がったら全人類堕落して滅亡ね、抑止力が邪魔しないわけがない」
「さあそれはどうだろうな。『人類の持つ破滅回避の祈り』に力があるのだとすれば、それとは別の『人類の幸福になりたいという祈り』には力がない、などという理屈はないだろう?」
特に意味もないただの軽口の応酬。だがそんな打てば響く受け答えに学生時代が思い出され、懐かしさで思わず顔に笑みが浮かぶ。そのまま話を続けたいところだが、本来の用事を思い出し後ろ髪を引かれる思いで一区切りする。
「元気そうで何よりだ、ミス・アオザキ」
「ええ、貴方も相変わらずね」
本人確認の意味合いも込めたじゃれあい。
それがひと段落したのを確認するとライノールから声がかかる。
「やっと終わったか?」
「すまない、だがこれは何だ?同窓会でも始めるつもりか?」
呆れたようにこちらを見ているライノールの方に向きなおり疑問を投げかける。
「そんなわけねえだろ」
その言葉と同時にライノールがミス・アオザキに向けて小箱を投げつける。
「まずはそれが約束の物だ」
「ええ、確かに。だけど本当にいいの?」
「ああ、オレの知り合いの中じゃアンタが一番デメリットを無視して上手く扱える」
「何だそれは」
「オレの魔術刻印だよ」
魔術師の家系が歴史とともに受け継いできた、最大の家宝であり、最大の呪いでもある一子相伝の神秘。魔術師にとって命よりも重い物、それを手放すということはつまり――
「とうとう隠居でもするのか?」
それならば彼は結婚しておらず子供もいないため、上手く魔術刻印を扱える相手へと託すということは考えられないことはない。だがそれでも納得するにはいささか厳しい物がある。
「アホか、そんな暇なんてねえよ」
その意味の分からない返答に首をひねる。
それ以外で放棄するようなことがあるのかと考えているとライノールが説明を続ける。
「オレが未来を観測して必要になるであろうものを送ってるって話は知ってるだろ?」
「ああ、それで?」
「その観測してた未来って言うのが、どれもこれも絶望的なものしか映りやがらねえ。だからそうならねえように色々試行錯誤してたんだが、もうどうにもならねえってことに気付いた」
先ほど自分で投げた小箱を睨みつける。
「冠位指定、原因の一つがそれだ……って興味なさそうな顔してんな、おい」
過去からの呪いを断ち切るために魔術刻印を放棄する。
西暦以前からの指令など現代の人間からしたらただの足枷でしかない。
とりあえず魔術刻印に関しては納得できる理由が見つかりそれについての興味はなくなった。
しかしその疑問が解決したことでもう一つの疑問が浮かび上がる。
「なぜ私がここに呼ばれた?」
「……まあいい、じゃあ手っ取り早く本題に行くとオレの体を三つに分けるの手伝ってくれって話だ。お前には既に話していたし、ミス・アオザキはもう察しがついてるだろうがこの体は多重人格になってる」
『未来』『過去』『現代』、それぞれを重視する人格を宿した肉体。
「なるほど、魔術刻印を渡す代わりに私がその体を用意するってことね」
「おう、アンタなら悪くない取引だとは思うぜ」
「まあそうね……、で彼は?」
先ほどの話だけだとミス・アオザキだけでどうにかできそうな問題のように感じる。
益々自分が呼ばれたのが謎で首をかしげる。
「コイツは人格の分割についてだ、こいつの世界に入ったときに三人に分かれて行動が出来た。その分割についての技術を使う」
「ふぅん」
「そういうわけだからお前の研究所を本格的に使うぞ」
別に構わない、そう返そうとしたときにオルガマリーとキリシュタリアの顔が頭に浮かぶ。
(……二人きりにしておいた方がいいのでは?)
そんな考え込んでいたウィルの様子を疑問に思ったライノールが言葉を続ける。
「マリーのことか?それなら別に問題ないだろ」
「え?マリーって誰のこと?」
「こいつが面倒見てる少女」
「へー」
なにやら面白いものを見るような目でこちらを見つめるミス・アオザキ。
「何だその目は、ただの共同研究者だ」
「へー」
「……保護者の真似事をやってる。それで話はそれだけか?」
研究所を使うだけなら別にこの場にいる必要もない、そんなことを考えながらその場を逃げるように立ち去ろうとするとミス・アオザキに呼び止められる。
「まあ待て」
そう言って肩に手を置く彼女はいつの間にか眼鏡を外していた。
「久々に会ったんだ、飲みにでも行こうじゃないか」
逃げようにも力強く掴まれた肩がそれを許さない。
「……君が余計なことを言うからだぞ」
隣でにやけているライノールに恨み言を告げる。
「くくっ、今はフラウロスだ。なに、もう話は終わりだ」
半ば引きずられるように外へと連れ出される。
「これは長くなるな……」