五「あー、三玖が好きな飲み物ですね。何というか、個性的な味でした・・・・・・」
風「お前がそこまで言うのか・・・・・・」
五「その言い方だと私が馬鹿舌みたいじゃないですか」
風「そこまでは言ってねぇよ。ちなみにお前の好きな飲み物ってなんだ?」
五「カレーです」
風「え、いやなんて?」
五「カレーです」
風「いや、飲み物を」
五「カレーです」
お風呂は心の洗濯とは誰の言葉だろうか。
三玖と上杉君が対立した日の夜、他の姉妹にお願いして入浴順番を最後にしてもらい、時間を気にせず温水に身を委ねていた。
中野家のお風呂は一番風呂の人が好きな入浴剤を入れてよいルールになっている。
各姉妹の好む入浴剤はだいたい決まっているため、お風呂を見れば誰が一番風呂かおおよそ分かる。
(黄土色・・・・・・?これは何の匂いなんだろう)
良い香り、というより落ち着く香りがする。家にある入浴剤を脳内で並べて考える。
柑橘系は一花、花系は二乃、温泉の素は三玖、四葉は森の香りか残量が多い入浴剤を入れる。
(これは温泉の素、に近い。ということは三玖が一番風呂かな・・・・・・)
中野三玖。
中野家三女で戦国武将が好きな私の姉。自分に自信が持てない今を乗り越え、未来では胸を張って喫茶店のオーナーをしている。
(そして彼に想いを寄せている、はずなんだけどなぁ)
屋上階段での出来事、あの展開が正しいのか何かを間違えたのかは、今の状況では判断できない。未来の三玖は想いこそ教えてもらったが馴れ初めは聞いたことがない。
(もし正しいならこのまま見守るべきだし、間違いなら何とか正さないと、うぅーん・・・・・・)
ゆっくりと湯船に身体を沈ませて顔半分だけ出した状態になる。そのままストレスを吐き出すように口でブクブクと水面を鳴らす。今だけは行儀悪いとか不衛生とか気にしない。
「何か行動を起こそう」と考え、すぐに「いやでも」と否定する。そしてまた「行動起こさないと」と決意して、「でも余計なことしたら」と尻込みしてしまう。
「―――きー?」
考えすぎて頭がぼやけてくる。というか何で関係のない私がこんなに悩む必要があるんだろう。
「ねぇいつ――」
次第に脳内で鉢巻を巻いた私が上杉君を叩いている絵が浮かんできた。二頭身の私が同じく二頭身の上杉君に馬乗りになっている。
「五月―?ちょっと大丈夫なの?」
突然に名前を呼ばれてハッと現実へと戻る。さっきまで顔半分だった沈み具合も気づくと鼻まで沈んでいた。呼ばれてなかったら溺れていたかもしれない。
「あ、はい!大丈夫です元気です!」
「返事くらいしなさいよ、心配になるじゃない」
半透明なドアとはいえ湯気でハッキリと姿は見えないが、声とツンっとした言い方で二乃だと分かる。この姉は強い口調と態度で冷たいように見えて身内にはとても甘い。世間一般ではこれをツンデレと呼ぶみたい。
「ご、ごめんなさい。少し考え事をしていたもので」
「・・・・・・それは悩み事?」
「え?―――えぇ、悩みといえば悩みですが・・・・・・」
「ふぅーん、そう」
少しの沈黙が流れ、半透明ドア前から姿が消えた。再び1人になった空間、両手でお湯をすくってパシャリと顔にかけた。
ふぅー、とゆっくり息を吐くと、ふと呼吸と水音以外にガサゴソと何かが動く音が聞こえた。
不思議に思い浴室を見渡して音の発生源を探すと、ドアに視線を合わせたと同時に扉が開いた。
「え、二乃?」
「さっきヨガしたら少し汗かいたのよ。シャワーだけ借りるわよ」
そう言うとこちらに視線を向けることなくシャワーヘッドに手をかけた。何となく腑に落ちない気もするが、別に姉妹で入ることに抵抗はない。
「で、何を悩んでいるの?」
「・・・・・・え?」
一瞬置いて自分に話しかけられたことに気づく。二乃は変わらずこちらに背中を向けているが、意識はこちらに向いていることは何となく分かる。
「何よ、人には言えないことなの?」
汗を流したいという割に未だにシャワーは出していない。何かと理由をつけて私の心配をしてくれているのだろうか。
不器用でも優しい姉に、ついフフッと笑ってしまう。
「ちょっと、何とか言いなさいよ」
あまりにも返事がない私を不審に思ったのか振り向く姉。笑みを抑えながら「ごめんなさい」と謝り、視線を浴槽内に移す。
「二乃は、重要な二択を迫られた時に、何を基準にして選びますか?」
曖昧で意味不明な問いに「はぁ?」と顔を歪める二乃。未来から来て、から始まる説明をするわけにもいかず大雑把な質問になってしまう。私も同じ立場ならそんな顔するかもしれない。
「テスト問題で二択までは絞れるのですが、その先がなかなか進めなくて」
苦笑いを作って場を乗り切る。問題は問題でも、これはテストと違って点数化されないため正解が分からない。
二乃は呆れ顔で「あんたねぇ」とぼやいてじっと見つめる。対する私は視線に耐え切れずに「あはは」と乾いた笑いで誤魔化した。少しすると二乃は再びこちらに背中を向けてようやくシャワーのノズルを捻った。
普通はシャァーっと勢いよく出るはずのシャワーは思ったより弱く、じょうろの様に優しく二乃の身体を流す。
「ったく、そんなの鉛筆でも転がしなさいよ」
水が跳ね返る音が浴槽に響く。少しの間を置いてシャワーの音が止まり、背中を向けたまま立ち上がった。
「でもまぁ、選択しないと分からないのだから、大事なのは選択前じゃなくて選択した後よ」
予想外の言葉にポカンっとしていると、慌てた様子で「ってオキニの俳優が言ってたわ」と浴室を出ようとする。
強気な一面を見せたかと思えば姉らしい一面を見せる。そのどちらも元を辿れば優しさから来るもの。
(お節介で姉妹想いなのは、みんな一緒か)
「汗、ちゃんと流せたんですか?良かったら背中流しますよ」
「いいのよ!スッキリしたからもう上がるわ」
10秒程度のシャワーで満足したようで足早に浴室を出た。その様子がおかしくて小さく笑ってしまう。
でもまぁ、スッキリしたのは私も同じだ。
お節介焼きの姉に感謝する。両手でお湯をすくうと勢いよく顔にかけてパチンッと顔を叩く。お湯をかけた時より気合が入った気がする。
「大事なのは選択後、か」
少しだけ気持ちに余裕ができると、先程まで何も感じなかったお湯が柔らかく感じる。
お風呂は心の洗濯とは誰の言葉だろうか。きっと今の私みたいな人たちの言葉だろうな。
6月下旬に、間に合わなかった・・・・・・
プロローグ以降は原作の内容に少し肉付けするだけだったので、久しぶりのオリジナル展開です。
ほとんどの方が原作を読んでいるでしょうし、原作をなぞるだけではなくオリジナル展開も増やしていきたいです。
季節は初夏になり気温も上がってくるので、皆さん忙しくても水分補給はしっかりとしましょう。おすすめはカレーです。
次回の更新予定は7月中旬です。
※一部、五月の台詞が未来五月になっていたので修正しました。
本編には影響ありません。
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