二「あの2人ってもう夫婦なのよね」
三「そうだね」
二「今二人っきりで部屋にいるのよね」
三「そうだね」
二、三「「・・・・・・」」
五「2人ともどこにいくつもりなの」
教科書通りのイントネーション。黒髪の後ろ姿がこの国の人ではないと教えてくれる。
「上杉君!?」
間違えるはずがない慣れ親しんだ声と後ろ姿。上杉風太郎がそこにいた。
突然の乱入者に驚いた様子の三人だったが、すぐに調子のいい顔で肩をすくめる。
『そう怒るなよ日本人。お前がいない間に少し話をしていただけだよ』
軽い調子で返すあたり、このような展開にも慣れているのだろう。上杉君はフンッと鼻を鳴らして強い態度を見せる。
『それなら俺が来たから下がってもらおうか。それと、こいつにちゃんと謝れ』
2人の会話を聞いていて油断していたところを、いきなり上杉君に肩を抱き寄せられた。急なことに思わず変な声が出たことは見逃してほしい。
『分かったからそんなに睨むなよプレイボーイ。悪かったなお姉さん、機会があればまた話そうな』
そう言って反省の色を見せずに去っていく。その反応に上杉君が反抗しようとするところを私が何とか抑えてこの騒ぎは終了となった。
「夜に知らない土地を1人でうろつくな馬鹿。変なことに巻き込まれやがって」
「ごめんなさい・・・・・」
返す言葉もない。このことを姉妹のみんなが知ったら凄く怒るだろうな。
「普通考えたら夜道が危ないの分かるだろう馬鹿。もう少し危機感を持て」
久しぶりの旅行で気分が高まっていたのかもしれない。上杉君にも迷惑をかけてしまった。
「抵抗するならもっと強気で抵抗しろ馬鹿。しつこいやつらに優しさなんて見せるな」
もしくは自分の語学力が通じることに浮かれていたのかもしれない。今後はしっかり気を引き締めて
「聞いてるのかこの馬鹿」
「馬鹿馬鹿うるさいです!しつこいですよ!」
何回言えば気が済むのかこの人は。もしかして、ただ罵倒したいだけなのだろうか。
「物分かりの悪いやつには繰り返し言う必要があるのは高校時代に学んだことだ。それから口調、前に戻っているぞ」
「うるさい!」
助けてくれた時はヒーローに見えたが、今は悪者にしか見えない。しかも小悪党。
「なんで貴方はもっとスマートにできないの」
途中までは二乃がよく見ているドラマのようだったのに。でもおかげでパニック状態だった自分が、いつも通りの自分に戻れた気がする。不安だった気持ちも今は綺麗になくなっていた。
「俺にスマートさを求めるなよ。つーか、ちゃんとスマートに言ってやっただろうが」
「確かに言葉選びはスマートだったけど、イントネーションが微妙だね」
「うるせぇ、伝わればいいんだよ」
最近一花にも同じような指摘をした気がする。でも上杉君のイントネーションは一花より綺麗で、そこは流石と言うべき私たちの先生だと思う。
「職業病、そういう事を言いたくなるの。それよりどうしてここに?」
彼も偶然散歩したくなった、ということはないだろう。一花たちが連絡したのだろうか。
「お前の姉妹たちから連絡きたんだよ。二乃なんかバスローブ姿で部屋に押しかけてきたんだからな」
何のための携帯電話だよ、とブツブツ文句をいう彼は手で顔半分を隠していた。バスローブ姿の二乃を思い出したのだろう。我が義兄ながら新婚生活が心配になる反応だ。
一花たちから連絡受けた後の慌てた二乃の姿が目に浮かび、長時間の説教を覚悟する。
「あとで二乃に謝らないと」
「二乃だけじゃなくて一花と三玖、四葉にも謝れよ。今頃この周辺を走り回っているんじゃないか」
夜の散歩に出ただけで大袈裟な、とは思うが現に危ない目にあったのだから反論は口にできない。
「とりあえず俺は四葉に電話するから、お前は残り三人に電話かけてくれ」
「助けてくれたことは嬉しいけど、君、四葉一人にさせたの・・・・・?」
自分の妻を夜道一人にさせる夫がいるだろうか。非難の目で問い詰める。
「なわけねぇだろ。俺と四葉、残り三人で分かれたんだが、その・・・・・四葉の足が速すぎて」
そこで彼の口が止まる。置いてかれたのね、とは口に出さないであげた。確かに本気で走る四葉に追いつけるメンバーがその中にいるとは思えない。上杉君のことだから止めはしたけど逃げられた、といった感じだろう。
これ以上追及はしないでおこう、私は重い気持ちで電話をかけた。
私の方は予想通り二乃に凄く怒られた。上杉君に助けられた件を伝えないでこれだけ怒られるのだから、これは上杉君に頼んでナンパされた話を内緒にしてもらおう必要がある。
彼の方はすぐに済んだらしく、どうやら各自ホテルに戻ることになったらしい。
「んじゃホテル戻るぞ。異論はないな?」
「ないからこれ以上何も言わないで・・・・・」
先程までの爽やかな気持ちはなく、二人夜道を歩きながら月を見上げても「丸いなぁ」くらいの感想しか抱かなくなった。
「別に説教するつもりはねぇよ。誰にだって一人で黄昏れたい時もあるだろう」
彼が同情してくれるのは意外だった。どうやらこの五年間でようやく気遣いを覚えたらしい。
「じゃあ上杉君もそういう気分になる時あるんだ」
「俺をなんだと思ってやがる。つーか昼間も思ったんだが」
彼は恥ずかしそうに目線を海へと逸らす。
「名字呼びはそろそろ止めてくれ。お前の姉妹も上杉になるわけだし・・・・・」
その言葉に最初はポカンとしてしまう。少し経って意味を理解し、恥ずかしそうな彼の姿も相まって笑ってしまった。
「確かにそう言われると少し違和感になるね。じゃあ義兄さんって呼ぼうか?」
嫌がるだろうと分かってその呼び方を提案する。案の定嫌そうな顔でこちらを見てきた。
「お前に兄呼ばわりされるとか違和感しかないから止めてくれ」
「そんなに嫌がらなくてもいいでしょ。じゃあ、風太郎―――」
名前呼びをしようとして口を止める。この呼び方を許されるのは姉妹の中では彼女だけで、それは他の姉妹も分かっている。
この呼び方は特別なものである。
「――――風太郎君って呼ぼうかな」
咄嗟に修正したその呼び方に、家出した時に湖で四葉に頼まれたあの時を思い出す。
「その呼び方は一花・・・・・いや、零奈だけで十分だ」
あの日私は彼の思い出を演じるために、お母さんの名前を使って自らを偽った。数年後、うちで婚姻届を書いている時に彼がお母さんの名前を見て驚いていた。
「別にいいでしょ。その零奈も私が演じていたものなんだし」
少し強張った雰囲気に彼は気づいただろうか。気づいていたら、気にせず流してくれた彼の優しさに感謝したい。
「ようやくネタ晴らしと思ったら、まさかお前だったとはな。陸上部の件で四葉の真似をした時とは大違いだぜ」
「別に真似じゃないから!昔の私を演じていただけだよ!」
気が付くと彼との間には穏やかな空気が流れていた。彼とは馬が合わないようで意外と合っていると言われたのは姉妹の誰にだったか。
プロローグ部分に当たるのに分割投稿
最初は気合入って筆が乗るんですよね
次回プロローグ終わり
※誤字報告ありがとうございます。
よりにもよってヒロインの漢字を間違えているとは思ってませんでした。
ファンの方々に刺される前に指摘していただいて感謝です。