アビスは夢を見ていた。それは決してあるはずの無い、断片的な記憶のカケラ。
海上の中央に立ち尽くす自分の周りには、数知れない程に浮かび上がる艦娘たちの亡骸。
だが、その状況に関してアビスは夢でありながらも思いを寄せるものはなかった。
ただその中で距離が離れた前方の先に、自分と同じ青白い肌に黒と青が強調された軍服を着る深海提督の姿があった。
その者はアビスに視線を向け、その手をこちらに向けてくる。
アビスは癪に障る相手に警戒しながらも、様子を覗う。
しかし相手の手の先から、光が密集し人の形を作り上げていく。
ショートの銀髪に、水色の瞳。それでありながら幼さの残る少女……。
ーーそれは、横須賀鎮守府の提督だった。
『我々深海の提督に課せられた制約に縛られぬ特異点よ。貴様はどんな姿、形、場であろうとも決して何者も救えたりはしないだろう』
思うように身体が動かない。そして、思うように言葉が出ない。
ただその中で、相手が自分自身に語り掛けた後で、提督の後ろ首を掴み、力を入れ始める。
苦しそうに嗚咽を漏らしながらも、提督の視線はただこちらに向けられていた。
やがてその目から涙が溢れ、ゆっくりと手が差し出される。
それは救いを求める手なのか。あるいは、別のなにかを求める手なのか。
その者の行動を止めようと前に進もうとした時だった。
急に足首を掴まれ、行動を阻止された。
ーーアビスはゆっくりと、足元に視線を移した。
『海原提督……なんで、私たちを捨てたの……?』
『提督、痛いよ……苦しいよ……』
『助けて、ほしかった……』
『なんで、提督だけ生き残ったの……』
『なんで』
『なんで?』
『なんでなの?』
『ねぇ……』
『『『『『なんでなの!!??』』』』』
ーーーーーー
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
ー
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!????」
夢から飛び起きて、喉がはち切れんばかりの叫び声を上げた。
身体からは汗が大量に吹き出し、震え、そして動揺が収まらない。
『アビス……!!』
横須賀鎮守府にある医務室のベッドで寝ていたアビスの隣に居たヲ級が椅子から立ち上がり、アビスの両肩を掴んで呼び掛けた。
「ヲ……級……なの、か……?」
『ウン、ヲ級ダヨ……? アビス、カエロウトシテ、イキナリタオレタ。テイトクガ、ココデヨコニシテ、アビスヲネカセタ……』
「そうか……」
悪夢に魘され、飛び起きたアビスはヲ級に肩を揺らされると同時に我に返る。
そしてヲ級の存在を確かめると同時に深呼吸して心を落ち着かせた。
深海の提督は夢を見ることをしない。だが記憶の過りとして見せられた夢というものに、アビスは頭を抱え、再び身体を横にした。
「……というか、お前のその格好はどういうつもりだ?」
『ヲ? コレハ、テイトクガクレタ』
アビスに言われ、ヲ級は立ち上がって見せつけるように一回くるりと回る。
ヲ級の格好は深海棲艦としては恥ずべきものであるセーラー服に変わっていた。
艦娘と同じ振る舞い、それも格好をするヲ級にアビスは舌打ちして気分を害する。
「艦娘どもの真似事なんかしてんじゃねえよ。しかも、帽子のような艤装は何処へやった?」
『ソレナラ、明石ガシラベタイトイッテ、モッテイッチャッタ』
「バカヤロォ! 今すぐに取り返して来い! お前ら深海棲艦の使う艤装は、艦娘どもたちと構造が違ったりするんだよ!!」
『アゥ……! タ、タタカナイデ……!』
全てにおいて提督、そして艦娘たちに協力してしまっているヲ級に、アビスはベッドから飛び降りて頭を叩く。
それに対してヲ級は膝を曲げて丸くなり、震えながらもアビスに抵抗する。
「大体その格好も恥だと思え!! オレもお前も奴らの仲間じゃねェ!! ほら、脱げよ! 脱がないなら脱がしてやらぁ!!」
『ヲッ!? ダメ! コレハ、タイセツ!』
「大切だァ……? クソッ! オレが寝てる間にちんちくりん共はオレのヲ級になにを吹き込みやがったんだァ……!?」
『イヤ! ヤメテ! アビス、アビス……!!』
「いいからとっとと忌々しい艦娘どもの着ている服を脱げやァ!!」
丸く縮こまっているヲ級の着ているセーラー服を手で掴み、脱がそうとするアビス。
それに対してうつ伏せの状態に切り替えて、脱がされまいと抵抗する。
あまりにも往生際の悪いヲ級に、アビスは馬乗りになって両手で引き破ろうとした。
その時、医務室のドアが開きそこから提督と大鳳、そして第六駆逐艦の四人が入ってきた。
『タ、タスケテ……!』
「先輩……なに、してるの……?」
「あァ? こいつがテメェらの真似事してっからやめさせようとしてんだよ! てか、なんだその呼び方は? オレはアビスっていう名前がーー」
「……響、暁、雷、電。射撃用意ッ」
「「「「了解ッ(なのです)」」」」
何処からともなく出現した艤装。そしてその照準は、アビスに向けられていた。
その光景にアビスは小さく『は?』と漏らすが提督の指示によって、虚しくも射撃される。
やはり室内、そして近距離ということもあって全弾アビスに命中。
深海棲艦よりも頑丈な身体を有する故、ダメージは無いものの反動はある。
馬乗りになっていたアビスは吹き飛び、壁を突き破って外へ放り出されたのであった。