あなたはマインクラフターである。   作:トリ3世

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マインクラフター、村へ行く。


1. あなたはマインクラフターである。
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 目を開くと、そこは森だった。

 

 視界はほの暗い。そびえ立つ広葉樹のわずかな隙間から白い光と青いキャンパスがのぞいていて、コントラストが目にまぶしい。オーブが揺らぐ周りでは、ごつごつとした樹皮におおわれた幹にたよりない雑草が身を寄せていた。足の裏にはひんやりとした柔らかい土や枯れ枝たちが、あなたの重さに耐えて軋んでいる。風に従い身をすり合せる木の葉。湿気を含んだ草いきれと土のこい香り。

 

 ここはいったい、どこなのだろうか。辺りを見回しただけでは判断がつかない。草木があるだけで、なにも目印になりそうなものはない。遠くを見渡してみても木、木、木。人里の「ひ」の字も見当たらず、人工物のかけらさえ置かれていない。

 あなたは平地を求めて地面を踏みしめた。山なのか森林なのかわからないが、留まったままでは危険だと判断したのだ。平地、あるいは河なんぞが見つかれば、当面の拠点と食料が手に入る。ずんずん、ずんずん。パキポキ、クシャリ。枝葉が抗議の声をあげる。知ったこっちゃないと無視していたが、やがてきれいだったはずのやわくて小さい足裏はレジスタンスによってボロボロになってしまった。

 

 あなたは困り果てた。なんせ、地面に足をつけるだけで傷は痛むし、踏み出した先にある怒った木々の残骸がさらに傷を抉ってくる。短い足は棒になって動かない。疲労があなたの身体を支配した。

 こんなに哀しくてままならないことはない。涙で視界がゆがむ。踏みたい地団太は上下に力のかぎり振りかぶったこぶしで我慢したけれど、それでも振動が傷に伝わってじくじく痛む。うう。こぼれ出たうめき声が情けなさに拍車をかける。

 仕方なく残骸の持ち主の根本によっこらせと腰かけて、せめてこれ以上悪化しないように休息する。

 しかしなんてこった。だいぶ散策してみたものの、周囲の景色は変わらなかった。木が別の木に代わっただけで、雑草が別の雑草に代わっただけで、真新しいものなど何一つないのである。

 

 いや、変化といえば。

 あなたは首を曲げて天を見上げる。先ほどまでは青色だった空が、橙色になり始めている。

 

 ──「夜」になる。

 

 夜。

 夜。

 夜は危険だ。視界は悪く、どんな敵がどこから襲ってくるのか分かったものではない。たとえあなたが何も持っておらず何も失うものがないのだとしても、いたずらに危険に身をさらす趣味はしていない。無抵抗に、敵に蹂躙されて消え果てる。そんな仕打ちは受けたくない。

 足裏の傷、痛み。全身を満たす疲労、不如意への鬱憤。

 それはあなたを自棄にさせるのには十分だった。しかし、危機感の放棄には不十分であった。あなたは「夜」がもたらす危険を識っている。

 思考は巡る。

 あてどなく歩き回るべきでなかった、位置の把握を怠った。今できることはなんだ? 今すべきことはなんだ? 自分は今なにを持っている。なにを使える。木、木、木。草木。葉。枯れ枝。自分。夜だ。なにを優先すべきだ。

 まず、

 

 身を守るべきだ。身を隠すべきだ。

 身を守らねば。身を隠さねば。

 

 あなたはなにも持っていない。あなたはなにも持っていない。

 素材も、手段も、道具も。あなたはなにも持っていない。

 日は暮れる。空の青は深い。

 日は暮れる。空の闇は深い。

 

 しかし。

 どうするべきかあなたは識っている。どうするべきかあなたは識っている。

 あなたの身に刻まれている。あなたの身に刻まれている。

 素材を得る方法が!

 手段を導く方法が!

 道具を作る方法が!

 

 あなたはなにも持っていない。あなたはなにも持っていない。

 しかし。

 どうするべきか、あなたは識っている。

 

 

 

 

 あなたは、腰かけていた木に狙いを定めて殴った。

 足の傷は熱を持っている。

 殴った。

 足の傷は痛みを訴えている。

 殴った。

 小さなやわい手で硬い木を殴った。

 手は痛みを訴えている。

 殴った。

 木の破片がぽろぽろ零れ落ちる。

 絶え間なく、一定の間隔で殴った。

 木の破片がぽろぽろ零れ落ちる。

 殴る、殴る、殴る────

 

 

 ぽっ。

 

 

 やがて、間抜けな音を合図に眼前の木は姿を消した。

 

 否、消えてはいない。先ほどまで木のあった場所には、小さな正六面体がひとつ落ちて浮かんでいる。四面は硬い樹皮、残り二面は年輪うずまく樹木。16×16のドットのテクスチャで形成されたオークの原木である。アイテムはあなたのインベントリに加えられた。

 あなたは素材を得た。原木ひとつから、木材はよっつ作ることが出来る。そして、木材よっつで作業台をひとつ作ることができる。

 あなたは手段を得た。あなたは作業台であらゆる道具を作ることが出来る。

 完成した作業台を足元に設置し、もう一度先ほどの木に向きなおる。

 根本だけが不自然になくなった木に。

 根本がなくなったにもかかわらず、直立したままの木に。

 

 足の傷は痛まない。

 手は痛みを訴えない。

 小さなやわい手足は痛みを持たない。

 

 まずは斧だ。

 斧を手に入れなければならない。木材と棒で斧を作り、斧で取った原木から切り出した木材で掘っ立て小屋を作る。そうして、モンスターから身を守るために、身を隠すために、そこで夜を明かすのだ。

 あなたは意気揚々と手を振りかぶった。

 オークの原木を得るために。

 

 

 

──そう。あなたはマインクラフターである。

 

 

 

 

 無事に夜を明かしたあなたは、ひとつの疑問を抱いていた。

 

 暗闇のなかでモンスターが湧かないよう、まだ明かりがない狭い掘っ立て小屋で身を潜めていたのだが、まったくゾンビの声が聞こえなかったのである。ゾンビは敵モンスターの一種だ。よく見かけるのは、ゾンビの他に弓を持ったスケルトンだとか、昼間は攻撃してこないクモだとか、爆発するクリーパー。ゾンビは腕を真正面に挙げた状態で襲ってくる。奴らはいつも気味の悪い鳴き声だかうめき声だかをあげていて、壁越しでも毎夜毎夜声が聞こえてくるのだ。

 昨夜はそれがなかった。ゾンビやスケルトンは太陽光に弱いから、夜か暗所にしか出現しない。クモやクリーパー、中立モブのエンダーマンは昼間でも見かけることがあるが、それも見当たらない。代わりというように、見たことのないモンスターたちがちらほらとうろつくようになっていた。

 新種のモンスターは大抵こう鳴く。

 

「キェヒヒヒヒヒヒ……」

 

 ゾンビやエンダーマンにも並ぶ気味の悪さである。ギョロリとした目ん玉に、ニヤニヤと嗤ういやらしい口元。肌は青みがかった紫や、くすんだ緑。羽虫のように羽根をばたつかせて空を飛ぶものもいるので、見かけたときの視界のわずらわしさといったらない。しかし従来のエネミーほどの体力も攻撃力もないのか、木の剣だけで撃退できる。たまに腐った肉を落とすので、新種のゾンビたちかもしれない。

 新種ゾンビの正体の是非はともかく、手に入れられる食料がオークの木からたまに得られるリンゴしかない現在、腐った肉もその場しのぎの非常食としては有用だ。

 低い木の枝にとまっている羽虫の新種ゾンビに木の剣を一閃。キェパだかギュペだか、とにかく悲鳴をのこして跡形もなく消えた。経験値おいちい。

 

 従来のモンスターが湧かずとも時は進む。悠長にはしていられない。

 今はスポーンしていないようだが、いつなんどきクリーパーが出没するようになるのか分からないのだ。知らぬうちに影から姿を現して爆発、なんてたまったものじゃない。あなたにはまだまだやるべき作業がたくさん残っているのだ。木製の道具と掘っ立て小屋をそろえた今、次は光源の確保である。

 松明をつくるには木の棒と、石炭あるいは木炭が必要だ。今回は入手しやすい木炭で作るが、そのためにはかまどを作らなければならない。かまどは丸石やっつ。昨日は採掘する時間がなく作れなかったが、丸石はそこらの地面を掘れば簡単に採れる。丸石をゲットすれば、道具も木製から石製にグレードアップだ。

 

 掘っ立て小屋からしばし離れた位置を木のシャベルで地道に掘っていく。このとき、足元の真下ひとマスを掘り続けてはいけない。運が悪いと、洞窟の真上を掘り当ててそのまま落下死、死ななくても洞窟内に潜むモンスターにぼこぼこにされて結果的に死ぬ。最悪の場合マグマの上に落ちて焼け死に、アイテム全ロスト。

 あなたはまだベッドを手に入れていない。ベッドはあなたのリスポーン位置の設定地点である。それがないまま死んでしまうと、一番さいしょにスポーンした位置に戻される。初期スポーン地点から今現在の場所に戻れる保証はなく、戻れたとしても落としたアイテムが消えてしまうかもしれない。それはいただけない。故に、慎重に、落ちないように地面を数マスずつ掘っていくのだ。

 

 リンゴをむさぼりつつ丸石を掘り出したあなたは石器時代を迎えた。石製の道具を作り、拡張した掘っ立て小屋に松明を設置。モンスターはわかないが、一応まわりにも松明をおいて湧きつぶしをしておく。

 

 光源を得て一応の目標を達成したあなたは、続いて地下探索へと躍り出た。次は鉄鉱石だ。鉄鉱石はかまどで燃やせば鉄のインゴットになる。木も石も通過点にすぎない。マインクラフターとして活動するからには鉄が必要不可欠なのだ。

 先ほどの穴をもくもくと縦横に掘り進め、丸石ときどき石炭を回収していく。石にしれっと交じっている安山岩はほんとうに一体なんなんだろうか。

 鉄器時代を迎えることができたあなたは、限りある鉄インゴットから使用頻度の高いツルハシと斧を作成し、武器として剣も鍛えた。加えてベッドを作るのに羊毛が必要なので、羊毛を刈る用にハサミもひとつ。ほかの道具や防具は、きちんと鉄の数をそろえてから作ることにした。

 

 ──活動二日目にして、あなたは人らしい環境をようやく整えることが出来た。

 8×8マスの掘っ立て小屋(松明つき)、作業台、かまど、アイテムを入れるチェスト。これだけあれば、当分の活動は支障なく行えるだろう。周囲の木を切り倒し、いくぶんか見通しも良くなった。

 

 さて、次に整えるべきはベッドと食糧事情である。とはいえ、ベッドを作るには羊毛を仕立てねばいけないし、食糧事情はもっと深刻だ。そこらの雑草を狩れば小麦の種が手に入るものの、育てるためには水が必要なのである。あなたはまだ河も池も見つけることができていなかった。今日の活動でストックしていたリンゴや腐った肉はだいぶ減ってしまった。安定した食料供給源の確保は急務である。

 あなたは掘っ立て小屋を臨時の拠点とし、野生の羊、あるいは近隣の村の発見を目標に据えた。

 村を発見できれば既製品のベッドを拝借できるし、あなたが今持っていないアイテムを手に入れられるかもしれない。それに畑もある。村の畑から水を貰えれば、あなたの生活はかなり進展する。当面の課題を解決するためには、やはり村の発見が最も望ましいのであった。

 

 

 

 

 翌日。

 明るい室内で夜を明かせたので、若干の気だるさは残るものの気分は悪くない。

 今日で活動三日目。できれば今日中に見つけ出したい。三日間眠らずにいると、空飛ぶモンスターのファントムが襲ってくるのだ。従来のファントムがスポーンしなくても、新種ゾンビたちと同じように新種ファントムが襲ってくるかもしれない。弓矢すらもたないあなたでは翻弄されて死ぬだけである。

 

 おひさまがおはようしてすぐに拠点を出発する。

 荷物は鉄の剣に斧、ツルハシ、ハサミ。予備で石製の道具。リンゴに腐った肉。原木、木材、丸石。

 地図はないので、太陽の位置を頼りに南へ進んでいく。晴れてよかった。あなたはほっと息をついた。これが雨やくもりだったら、方角がわからなかった。道標として土ブロックを点々と並べていくのは非効率が過ぎるし、単純にめんどうだ。

 変わり映えのない風景を横目に足をうごかしていると、あなたの目は変化をとらえた。左手前方、森林が途切れて見通しが良くなっている。そして木々の間からのぞくのは──家だ。

 

 村だ! 村がある! 

 

 あなたは一直線に走った。村だ。村にいけば村人がいる。村人がいるということは、ベッドがあるということ! 食料があるということ! 職業ブロックがあるということだ!

 期待したものすべてを取りそろえた村などそうそう運がよくなければないだろうが、もうなんでもいい。最優先事項はただひとつ、ベッドだ。あわよくば小麦かジャガイモを手に入れたいし、本棚や書見台があればいつでもエンチャントができる。食料もエンチャントも非常に魅力的だが、まずはベッド。ベッド。ベッドだ!

 

 村は広大な畑と点在する民家で構成されているようだ。家の数は二十から三十ほどだろうか。ずいぶんと栄えている。これなら村人の人数も十分、土地も申し分ないだろう。とはいえ、まずは全貌の把握をしなければ。あなたは畑と畑に挟まれてできた、よく整備されている道を進んだ。

 畑には見知らぬ植物が何種類も生えている。ジャガイモでもニンジンでもカボチャでもない。これらは一体なんなのだろうか?どんな使い道があるのだろう。

 キョロキョロとあたりを観察していると、あなたは一体の人間を発見した。第一村人である。麦わら帽子をかぶり、農作業をしている。村人は農夫であるようだ。

 

 そこで、あなたは予想外の光景に目を見開いた。

 農夫が屈んでいる。草を抜いている。

 というか、畑に草が生えている。

 畑に草だったものが積もっている。

 

 あなたは首を大きく傾げた。傾げすぎて、身体もぐいっとかたむいた。あなたの脳内は疑問符でいっぱいになった。明らかに常軌を逸しているのだ、この農夫は。

 

 あなたの知っている農夫は、身をかがめたりしない。

 あなたの知っている農夫は、草を抜いたりしない。

 あなたの知っている畑は、草など生えたりしない。

 あなたの知っている草は、抜いただけでは残らない。

 

──そういえば。

 

 農夫はあなたの知る農夫の身なりをしていないし、そもそも畑も知らない植物ばかりが生えていた。

 家はあなたの知る姿かたちではなく。村全体が、なにやら異様な情報量を持っている。

 

──テクスチャが異なるのだ。

 

 この村だけ、Modでも適用されているのだろうか?

 あなたは考えた。あなたの知る世界は16×16のドットでできている。しかしシェーダーなどのModを用いればその様相はより細やかになり、解像度は上がり、情報量も増える。

 

──違和感

 

 なんなのだろう。

 あなたは探る。知識と現実の不一致を。

 

──違和感

 

 あなたは探る。

 齟齬が起きている。あなたの想定している世界と、あなたが今立っている世界との間に。

 

──違和感

 

 あなたは探る。思考を巡らせる。

 そういえば。

 そういえば、そういえば!

 あなたの拠点は確かにあなたの知る世界である。しかし、それ以前はどうだった?森を歩いているときは?木の根元に腰かけたときは?初めて原木を得る前は?

 ……本当に16×16のドットだったろうか? 木々は、草は、地面は。

 どうだった?

 

 違和感、違和感、違和感、違和感────

 

 

 

 

「おんやあ、ボウズ!そんなとこで何してる!」

 

 ノウフは口を開いて言葉を発した。言葉を発した。

 あなたに向けて言葉を発した。

 

「見ねえ顔だなあ、どっから来た!?」

 

 ノウフは身を起こした。ノウフは身を起こした。

 袖で顔をぬぐった。袖で顔をぬぐった。

 ずり下がった麦わら帽子のつばを持ち上げて、あなたを見ている。

 あなたを見ている。

 

 声を張って、あなたに呼びかけている────

 

 

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