あなたはムラビトに伝えた。
ベッド、そして食糧と水がほしいのだと。
情報の処理に失敗しブラックアウトしたあなたは、気が付くと見知らぬ部屋にあるぺちゃんこのベッドの上にいた。
──リスポーン位置が勝手に設定されている……!
驚愕の事実に打ち震えていると、「キェヒヒヒヒヒ…………」と聞き覚えのある声。そう、新種ゾンビである。
あなたは今度はさらなる衝撃に打ち震えた。明らかにここはムラビトの家である。絶対的安全圏であるべき空間に敵がいるのだ。慄くのも無理はない。
さらに、あなたは身近にモンスターがいたにもかかわらず寝こけていた。通常、近くに敵がいたらあなたは眠ることが出来ない。無防備な間に攻撃されて死んでしまっては元も子もないからだ。眠りに落ちたとしても、モンスターが近づいてきたら目は覚めるようになっている。そういう身体なのだ。新種ゾンビが弱いからよかったものの、これは無視できない問題である。あなたは唸った。
とはいえまずは目の前の問題だ。室内に敵モンスターが入り込むほどまでに劣悪な環境であろうムラ。湧きつぶしのしていない村はすぐに滅びる。敵は優先的に排除しなければならない。ムラビトたちへ若干の哀れみを込めて、あなたは新種ゾンビを剣で撃退する。腐った肉がひとつ落ちた。腐った肉とともに、額から濡れた布が落ちた。
あなたは布を広げた。白い布だ。
あなたは首を傾げた。なぜ濡れた布が?
ぺちゃんこベッドにちょこんと座ったあなたは、布を手にとったまま改めて部屋を見渡した。
床は小麦色の草を編んでいるようだ。草でできているのに固い。壁は土壁のようなもので、土壁とは別に紙でできた部分もある。部屋の角には大型のチェストらしきものが置いてある。
まったく知らない様式だ。ここは新たなバイオームだったりするのだろうか。
「──おう、起きたかボウズ」
紙でできた壁がうごいて、向こうからムラビトがやってきた。声から察するに、先ほどのノウフだろうか。麦わら帽子をはずしてよく見える黒い顔にはしわが刻まれていて、背中がちょっと曲がっている。袖の短い、布の薄い灰色の服とだぼついたズボンを身にまとっている。
テクスチャ違いで得体が知れないとはいえ、倒れたあなたを放置せずに介抱してくれたのは真実である。かたじけない。礼を伝えると、ノウフは変な顔をした。
「ああ、いや……子供がんな気を遣うモンじゃねえ。ほれ、これ飲めるか」
あなたの目の前に足を崩して座ったノウフが差し出してきたのは茶色い液体だった。ガラス製の細長い容器に入っている。しげしげと受け取ったものを見つめるあなたに、ノウフは「麦茶だよ」と言った。ムギチャ。小麦でできた飲み物だろうか。独特の香りがしている。腐った肉すら食べることを厭わない精神のあなたは、とりあえずと口につけた。さっぱりとした喉ごしが心地よい。ふむ、これはなかなか。
一気に飲み干し、ぷはー。ひといきつくあなたを見て、ノウフは身体の力を抜いたようだった。
「おめぇ、名前は?この村のやつじゃねぇだろう、近くに親はいるか?」
あなたは自分に名前がないことに思い当たった。この三日間、生活を整えるのに精いっぱいでユーザー名がないことも、そのことについて考える余裕もなかったのだ。なのでこう答えた。
自分はマインクラフターである。オヤは知らないが、森でひとりで生活している。ベッドと食料と水を探していたら、ここにたどりついた、と。
ノウフはがっくと口を開いて「はァー!」と言った。まじまじとあなたを見つめるので居心地が悪い。まさか取引以外で村人と言葉をかわすことになろうとは。なにか変なことをしたのかもしれない。
「どうすっかねぇ……独りなんだろ?こいつのこと知ってる奴がこの村にいるといいんだが……」
おそらくそれはない。自分はマインクラフターであるので。あなたはノウフの独り言に首を横に振った。
「とりあえずお前、“くらひと”か、腹ァ減ってんだろ。ちょいと待ってろ」
“クラヒト”とは? 聞きなれない単語ではあるが、どうやら食糧を恵んでくれるようだ。あなたはお言葉に甘えることとして、両手の中にあるガラス容器をノウフに差し出した。
この、ムギチャというものをもう一杯もらえないだろうか?
ぺちゃんこベッドに座ってムギチャを飲みながらまったり。しばらくすると、ノウフは一体のムラビトを連れてもどってきた。あなたやノウフと比べて髪がながく、肩まで伸びている。顔も違う。ノウフとは種類の異なるムラビトのようだ。
「女房の三枝子だ。……そういや、名前をきいといて俺ァ名乗ってなかったな。山野和仁だ」
「くらひとくん、こんにちは。お腹すいてるっていうから、お粥作ってきたの。食べれる?」
ここのムラビトにはユーザー名と同様のものがついているようだ。ニョウボウノミエコに、ヤマノカズヒト。
あなたは頷いた。オカユが何かは知らないが、貰える物は貰う主義である。両手を伸ばしてお椀を受け取ろうとするあなたに、ニョウボウノミエコは「焦らなくていいのよ」といって白いべちゃべちゃのオカユが入った木のスプーンを向けてきた。オカユの湯気が顔に当たる。
「ほら、あーん」
“あーん” とは? 首を傾げるあなたに「お口あけて」と助言。その通りにすると口の中にスプーンが入ってきてオカユだけが取り残された。熱くもなく、ぬるくもない。ちょうどいい温度加減だ。もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、また目の前にスプーンが。
……自分で食べられるのだが。キラキラした瞳で見つめられるとどうも断りにくい。あなたは完食するまでせっせと口を開いては咀嚼を繰り返した。
さて、腹もくちくなり落ち着いたところで、あなたはノウフ・ヤマノカズヒトに抱えられて外に出た。あなたを知る人がいないかどうか、聞いて周るのだとか。確実に徒労に終わるだろうが、二体は言っても聞く耳を持たなかった。
さまざまに種類の異なった、畑で作業するノウフたちや、道をあるいているムラビトたちに声をかけたり、家を訪問したりしてたずねてゆく。ヤマノカズヒトとニョウボウノミエコはあなたとムラビトの両方に「見覚えはあるか」と逐一聞くものの、あなたはこの方森で過ごしていたのだからそんなことあるはずがなかったし、ムラビトは言わずもがなである。分かりきっていることに時間と意識を割くのも早々に飽きたあなたは、全く馴染みのないこのムラの様相へと興味を移していた。
一方で二人の顔はなかなか得られぬ収穫に曇っていった。当然である。あなたは預かり知らぬところだが、身寄りの定かでない子供の面倒を見るなど事件以外の何物でもない。話を聞くからにあなたは孤児であった。子供は寝床や食べ物を求めてひとりで彷徨ったりなどしない。麦茶やお粥を見て不思議そうに首をかしげたりしない。親に捨て去られたか育児放棄をされたかはわからないが、劣悪な環境に放り込まれた子供の対処はただの村人である二人にとって身に余るものがあった。
「みんな知らないって言うんですよ。親戚がぎょうさん居る恩田さんも、村井さんも……」
「有り得んだろう、こんな小さい子供が一人っきりでこの村に迷い込むかねえ。早いとこ警察に預けたほうがいい」
「ああ……とりあえず今日の収穫が見込めなかったら考えてみるよ。手間ァとらせたね」
「いや、無事に身元がわかると良いんだがね。何があるかわからん、下手に首を突っ込みすぎるなよ」
眉を下げて顔を見合わせる二体とムラビトとの会話をBGMに、あなたは異なった様相の建築物を見つめていた。ムラと森との境目にあり、門をかたどった赤塗りのオブジェと、とんがった三角屋根の木造建築がどんと佇んでいる。そして不思議なことに、このムラには大小さまざまな新種ゾンビがうろちょろしているのだが、その建物にはより強大なナニカが居るようなのである。あなたはまだ会ったことはないが、たとえばエンダードラゴンのような。
「ボウズや。お前の親は……まァ、見つからんかもしれんが。そん時はちと遠いが駐在さんとこ連れてっているからな。そしたら今よりマシな暮らしができるだろうよ」
乱雑な手つきであなたの頭をこすったヤマノカズヒトは、じっとあなたの顔を見つめていた。
太陽が森の向こうへ隠れんぼしに行ってしまった。追いかけてきた月は細く頼りない。このムラは光源に乏しい一方で、夜は遅いようだった。家々の窓から覗く灯りはムラビトたちがまだ起きていることを伝えてくる。あなたの知る村人は日が暮れ始めるとすぐに就寝するのだが、ここのムラビトは職業に就かない村人同様に夜ふかしをするようだった。
夜が更けてからあなたは慣れない料理に腹を満たし、ニョウボウノミエコに身ぐるみ剥がされ温かい水で全身びしょぬれにさせられたり、白いもわもわで磨かれたりなどした。あなたはフロの心地よさのとりこになった。
なかなか働かない頭と格闘しながら、あなたは懸命に情報をまとめようとしていた。
今日分かったことだが、そこらをうろつく新種ゾンビたちは敵モンスターではあるものの性質としては目と目があった瞬間攻撃を仕掛けてくるエンダーマンと似ていて、こちらがその存在に気付いていると認めた瞬間危害を与えてくるようだ。それが分かってからは、不用意にヤマノカズヒトとニョウボウノミエコを巻き込まないよう、ムラを周っている間中視線に気を遣っていた。ここのムラビトは流石に手慣れているようで、たとえ新種ゾンビが肩や頭の上に乗っていても、そんなものがまるで居ないかのように振る舞い、一度たりとも目を向けていなかった。
さて、新種ゾンビたちがムラビトに直接危害を与えないならばあなたの懸念も解消すると言いたいところなのだが、強大なモンスターの存在がそれを許さなかった。あの三角屋根の木造建築を根城としているモンスターは新種ゾンビたちとは違う。まだ実績が鉄器時代の貧弱なあなたでも分かった。あれはいつかこのムラに災いをもたらすだろう。
しかしどうにかする手段を持たないのも事実であった。例えばあなたがダイヤモンドやネザライトのエンチャント装備を身に着けていたならばやりようはいくらでもあったろう。しかし実際のところは鉄の道具のみ。防具はなく、武器は威力も耐久も頼りない。討伐は絶望的。
今すぐできる範囲で、何かしら対策を講ずるべきだ。ムラビトたちを別の場所に移すか、あの建築物全体を覆うような壁を築くか……念の為、…………湧きつぶしも…………
支えきれなかった頭がぽふりとまくらに沈む。後で聞いたことなのだが、このぺちゃんこベッドは正確にはフトンと呼ぶらしい。あなたはもぞもぞとカケブトンの下に潜り込み、その柔らかさを享受した。
おひさまのおはようと共に目を覚ましたあなたは、昨日の気怠さがやや軽減しているのを感じた。
昨夜考えたとおり湧きつぶしをするためにフトンを抜け出し、紙の壁を横に引いて動かして廊下をぺたぺたと歩く。そこではたと思い出したのだが、いまのあなたは借り物のぶかぶかな服を着ていたのであった。作業をするには心許ないため自分のものに換えたいもののどこにあるのか分からない。
遅起きなことに家主はまだ目を覚ましていないようだったので、あなたは大人しく元いた部屋に戻ってこれからの計画を練ることとした。
のだが。
なにやら外が騒がしい。玄関ドアをガラリと開け隙間から顔をのぞかせて様子を伺うと、よりハッキリとつんざくような音──いや、声が複数聴こえてきた。
なにが起きているのかまったく見当がつかないが、異常事態なのは明らかである。どれ見に行ってみようと外へ出たところで、背後からもこれまたバタバタと騒がしい音が。
「こんな朝っぱらから一体全体なんなの!」
目をまんまるに見開いたニョウボウノミエコだ。叫び声の方向へ指さして、なにかが起きたようだと伝えると、思い当たる節があったのか「まさか」とこぼして引き返していった。
しばらくして髪の毛があちこちにはねたままのヤマノカズヒトがともにやってきて、出て行きざまに言った。
「危ねえからボウズは中で待ってろ」
「アンタ、はやく!」先に出ていたニョウボウノミエコの急かす声とともにヤマノカズヒトは走っていった。ドアがピシャリと閉じる。
あなたは自分の頭に両手をやった。あなたよりも大きくてカサカサの手がこすっていったのだ。
「危ない」と言われても、将来の拠点候補であるムラの異常は他人事ではない。このムラは非力なムラビトしかいないのだから、例えばモンスターが残っていたのならその討伐はあなたの役目である。
有り余る服の裾をぎゅっと結んであなたは閉まったドアをまた開けた。遠ざかっていく二体の背中を走って追いかける。
果たして辿り着いた先は、一本向こうの道沿いにある木造の平屋であった。玄関先には三体のムラビト──一体は地面にうずくまり、一体はそれに寄り添い、一体は棒立ちで家屋を見つめている。少し離れた位置に二体の子供のムラビトがくっついて立っていて、それら五体から距離を取り囲うように数体のムラビトたちがなにやら言葉を交わしていた。
「…………うぅ……おえぇっ!」
「な、んで、なんで!! どうして、こんなことに……」
「……ちよ……ちよ……」
「江東さんちのォ千代ちゃんが亡くなったって……」
「なんでまた急に!お腹に子供だっていたのに、惨いこと……」
「さっき駐在さんに連絡したから、じきに来てくれるだろってよ」
………………新種の敵モンスターたちが集まっている。不穏な気配だ。幸い、あなたが想定したような危険なものはいない。
しかし油断は禁物。気づかぬうちに距離を縮められて攻撃される、なんてことにならぬように周辺の警戒は怠らない。
「千代ちゃんの身体がよ……絞ったぞうきんみたいにねじれてたんだってさ……」
「村井さんのときと同じってことか……!?」
「おいおい……これで三回目じゃねぇか」
ムラビトたちは顔を見合わせた。汗がにじんでいる。
身体をねじれさせるような攻撃。そんな敵モンスターをあなたは知らず、またそのような技巧を凝らす殺し方も知らない。明らかに、このテクスチャ特有のモンスターによる攻撃であろう……ムラビトたちは気が付いていないようだが、平屋に気配が残っている。ムラと森との境目、門をかたどった赤塗りのオブジェと、とんがった三角屋根の木造建築。そこに潜む敵モンスターの気配が。
すると、玄関口で棒立ちしていた、髪をひとつにまとめ長い腰巻きを身に着けている、顔に皺の刻んだムラビトが声を荒げて言った。
「お前ら! お前らがやったんだ!! そうなんだろこのバケモノ!!」
その視線の先には子供二体──黒い髪と、明るい茶色の髪をして同じ服装をしている。ムラビト全員が二体をハッと見つめた。その目には懐疑、批難、怯え……さまざまな負の感情が乗っている。新種ゾンビが集う。
「……やっぱり、やっぱりそうなのか」
「あの子たちは前から変なことばっかり言って、ずっと気味悪かったんだ」
「母親もそうだったなぁ」
「ち、ちがう……ななこたちじゃない」
「ウソつくな! あんたたちが来てからだ! あんたたちが来てから家がおかしくなった! このバケモノっ……千代を、千代を返せぇえ!!」
「ちがうもん、あいつがっ! オバケがずっとちよさんをねらってた!! 見たもん、みみこ見た!」
子供二体は状況を把握している! これは心強い、敵の前情報があるとないとでは対応に格段の違いが出る。あなたに驚くヤマノカズヒトとニョウボウノミエコを尻目に子供たちの前へ飛び出した。
「っ、ボウズお前!? 家に居ろって言っただろうが!」
その「オバケ」について詳しくおしえてほしい、恐らくそれは村のはずれにある建物に潜んでいるモンスターだ。
「え……み、えるの!?」
「しんじてくれるの!?」
身体をぴとりとくっつけて寄り添い合っていた二体は、あなたの言葉に身を乗り出した。見えるも信じるもなにもない。こんなに色濃く気配が残っているのだ、モンスターの仕業なのは明白だろう。
しかしムラビトは思い当たる節がまったくないようで、何を言っているんだとあなたたちを見つめた。あなたからすれば、そっちこそ何を言っているんだと問いたい。ムラに蔓延る敵モンスターたちの存在はムラビトたちも知るところであろう。
ほら、今だって、攻撃こそしてこないものの、小さなものたちがたくさん居るではないか。ここにも、そこにも。
「……ボウズ、変なことを言うんじゃない……」
ヤマノカズヒトは喘ぐように言って一歩、後ずさった。ニョウボウノミエコは息を呑んだ。
「山野さんが保護してる子だろ?」
「あの子たちと同じこと言って。不気味……」
ムラビトたちは後ずさった。あなたたちを見ている。
誰かがぽそりと言った。
「……あの子供も、犯人じゃないのか」
それはここにいるムラビトたちが心の隅で抱いていた予感だった。このまま三人を野放しにする危険性をひしひしと感じていた。三度目だ。あなたは知らないことだが、同じように殺された被害者はこの一カ月で五人にのぼった。三角屋根の木造建築──神社で三人、次に畑で一人、そして今回。被害者は全員、双子の子供を忌み嫌い冷遇していた。そして事件の現場はだんだんと、この家に近づいてきていた。
それだけではない。三度目というのは変死事件のことであって、同時期には数名の行方不明者も出ていた。彼らの安否は、二度目の畑で発見された被害者を除いて依然不明のまま。そこにポッと現れた身元不明の不気味な子供の存在は、彼らの恐怖と懐疑を深め、自らを守る行動に移させるのには十分であった。
言葉に出さずとも彼らの意志は一致していた──この子供たちを、排除しなければ。
三体の大柄なムラビトが近づいてきた。不穏な気配を感じ取ったあなたが身構えるよりも早く、がっしと右腕を掴まれて無理やり引きずられた。ほか二体も同様に子供を捕らえている。あなたもなんとか抵抗しようと思うが力では敵わず、武器を持とうにも右腕が使えない。
「これ以上なにかされちゃあ溜まらねえ!」
「早いとこコイツら閉じ込めて遠ざけねえと駄目だ!」
「い、いたい! 放して!」
「やめて! ウソじゃないもん!」
「うるせえ黙れ!」
その声とともに一体のムラビトが茶髪の子供を殴りつけ、子供は地面へと倒れこんだ。
「ななこぉ!」
「お前もこうされたくなかったら大人しくしてろ!」
「おいっ、殴るのはさすがにやりすぎなんじゃないか……」
「いっぺん痛い目にあわねえとコイツらはまたやる! 俺ぁ弟が殺されてんだぞっ、絶対に許さねえ」
倒れ込んだ子供が一度ムラビトの手から離れたのを見て、あなたは閃いた。多少のダメージ覚悟でムラビトから手を放してもらい、その隙に武器を持ち替えて反撃する。これだ。
ムラビトは今や守るべきモブではなく、あなたの敵である邪悪なムラビトとなった。ムラビトの数を鑑みるに全滅させることは困難であろうが、逃げ切ることは可能だ。
あなたは先ほどよりも抵抗を増して暴れた。あなたの右腕を掴んでいる太い腕を捕まえて身体を安定させ、思い切り脚を振りまわす。ついでに蹴りが入れば御の字だ。
「やかましい、暴れるんじゃねえ!」
案の定ムラビトはあなたの頭を殴ってきた。
視界が赤く染まりぐらぐら揺れるものの、隙は出来た。とっさに選び取ったのは鉄の斧だった。斧は、剣よりも攻撃力がある。これでいい。
突然現れた斧に虚をつかれたムラビトめがけて、あなたはしびれる右腕を力の限り振るった。がむしゃらに振るった。
ムラビトにダメージを与えたら、あなたはそのまま走り去るつもりだった。
走り去り拠点まで逃げて、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだった。
しかし、ここでひとつの誤算が生じた。
斧を振るった。
斧はムラビトの身体に当たった。
ムラビトにダメージは与えられなかった。
ムラビトにダメージは与えられなかった。
手応えはあった。
ムラビトは微動だにしない。
斧が当たった衝撃にさえ、微動だにしない。
──違和感
あなたはムラビトを見た。
あなたはムラビトを見た。
──違和感
ムラビトの様子が先ほどと異なっている。
ムラビトの様子が先ほどと異なっている。
──テクスチャが、異なっている、のだ
このムラのモブであるムラビトは、あなたの知る村人よりも多種多様の容姿、服装、道具、職業、行動を選択肢にもつ。より高度な解像度で表示され、16×16のドットとは比べ物にならないほどの情報が組み込まれている。たとえばModを使用したときのような。
あなたがいま斧で攻撃したムラビトもそうだった。高度な解像度、大柄な身体、ヤマノカズヒトやニョウボウノミエコとも、他のムラビトたちとも異なる服装。
「ハァン」
──それが、なくなっている。
あなたのよく知る村人が目の前にいる。
あなたのよく知る農夫が目の前にいる。
16×16のドットで表示された村人が目の前にいる。
先ほどのムラビトの姿はどこにもない。
ムラビトが、村人になっている。
理解の範疇を超えた現象。その場は驚異と脅威に凍った。
あなたもムラビトも、村人に目が釘付けだった。
村人はあなたを見下ろしている。
殴られた頭がじんじん痛む。
身体に力が入らない。
体力が激減している。
身体から力が抜けていく。
空腹度は増している。
視界が回る。
ぐるぐる回る。
「ハァ」
村人の声があなたの頭に響く。
「ハァン」
あなたはそのまま、地面に崩れ落ちた。