あなたはマインクラフターである。   作:トリ3世

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マインクラフター、ムラを出る。


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 ミミコとナナコを小屋から連れ出したその後。

 あなたたちは歩いて拠点へと戻った。あなたはムラビトを村人に変えたせいで身体が重かったし、二体は体力がなく何度もへばった。行きと比べて随分と時間のかかる帰途だった。

 拠点についたときには皆がみんな疲れはてていた。あなたはふたたび椅子で無の時を過ごし、ミミコとナナコは部屋の隅っこでまるめた身をくっつけて目をつむっていた。

 

 おひさまがおはようして、てっぺんに昇った頃。気怠さがやや残っているものの一応活動できそうだ。

 目を閉じたままの二体を部屋に残して、あなたは畑をつくることとした。適当に4マス分穴を掘り、そこにバケツに入った水をじゃぱじゃぱ注いでいけば無限水源の出来上がり。これで水不足に悩むことはない。

 畑は9×9マスの広さを想定し、その中央に1マス分穴を掘り水を注ぐ。穴への落下防止用にオークのハーフブロックで蓋をしておけば、畑内の移動もスムーズになる。そのあと鍬で土を耕し、集めておいた種とジャガイモを一列ずつ交互に植えると、畑のおよそ半分を占めた。モンスターに畑を踏み荒らされないよう、拠点もいっしょに木の柵で周りを囲む。

 あなたが拠点にもどると、ミミコとナナコが椅子にくっついて座っていた。ナナコが降りて近寄ってくるのにミミコが続く。

 

「……くらひとくん帰ってきた!」

「どこいってたの?」

「いなかったからびっくりしちゃった」

 

 畑づくりをしていたと答えると、二体は「はたけもあるの!?」と大げさな反応をした。関心があるようなので外にもどって畑を見せれば、これまた興味深そうに声をあげてしげしげと観察している。

 

「ね、ねえこれなに?」

 

とミミコ。

 これは小麦だ。しばらくして育ったら、これでパンをつくる。

 

「パンがつくれるの? ななこね、パンすきだよ」

「みみこも」

 

身を乗り出して畑にかじりつく二体はもうすこし見ていたかったようだが、あなたは家にもどるよう促した。強大なモンスターとムラビトの殺害について尋ねたかったのだ。

 あなたが事件当時の様子について聞くと、長椅子に腰掛けた二体は顔を青ざめた。沈黙のまま、口をひらいてはとじる。顔を見合わせてから、ナナコが言った。

 

「あ、あいつ……あのオバケがちよさんをころしてた……ずっと、ちよさんをねらってた……」

 

二体が語るにはこうだ。モンスターはおそらくジンジャ──三角屋根の木造建築をそう呼ぶらしい──に住んでいて、ジンジャに来た者に印をつけていた。二体はモンスターがおそろしくて近寄らなかったが、チヨサンはジンジャに行って印をつけられた。それから家の中にもモンスターの気配がするようになり、あの日、チヨサンを殺した。

 あなたがおどろいたのは、ミミコが「あいつら、わたしたちにしか見えないの。村のひとたちはみんな見えないの」と言ったことだった。

 あなたの目は節穴だ──ムラビトたちは新種ゾンビたちを無視していたのではなく、そもそも認識すらしていなかったのだ! あなたの知るワールドの知識にとらわれ、敵の基本的な情報を見落としていた。痛恨のミスだ。

 

 衝撃の事実をきいたあと、あなたは食料の調達をミミコとナナコにたのんだ。そのあいだに三体で過ごすには少々不便な拠点の改築をすることとした。光源は松明からランタンに、床は土ブロックからハーフブロックに。屋根は階段ブロックで三角屋根にして屋根裏部屋を作った。さらに階段ブロックよっつで作ったテーブル、階段ブロックとトラップドアで作った長椅子ひとつを追加して家具も揃えた。階段ブロックの大活躍である。

 チェストの中身を整頓しながら、あなたは物思いに耽った。拠点は見かけ上充実したが、ベッドがないのがやはり不安だ。鉄装備は整っているし、ムラビトを村人にしないで攻撃する方法も分かっている。ならばリスクを覚悟して襲撃したほうがいいだろうか。数は多いものの、あのムラビトたちは今のあなたよりも弱い。

 メリットは大きい。ひとつ、ムラにある建造物やアイテムが手に入る。ふたつ、ムラにいる村人二体を捕まえたら繁殖させて数を増やすことができる。みっつ、そうして村を復活させればトラップがつくれる。鉄を無限に回収できるアイアンゴーレムトラップはとくに重要な施設で、それをつくるためには村人が20人必要なのだ。

 ……やはり装備とアイテムを揃えて襲撃しよう。そうしよう。鉄の無限回収の魅力にマインクラフターは抗えないのだ。

 心許ない鉄のストックに思いを馳せたとき、ミミコとナナコがドタバタと駆け込んで帰ってきた。まっかな顔の二体は外を指差しながらやってくると、声も途切れとぎれになにかを訴えてきた。

 

「っ……ひ、ひと! ひと!」

「おっきいひと!」

「しらないひと!」

「いた!!」

 

ミミコとナナコがそれぞれ言い募る。外で知らない人間に遭遇したのだろう。眉をさげて慌てる様子を見るに、どうやら歓迎できる相手ではないようだ。

 とりあえず椅子に座らせてなだめていると、外が気になるのかチラチラと様子を伺いながら経緯を説明してくれた。キイチゴやらサンサイやらを集めていたら知らない大人が突然現れて話しかけてきた。驚いた二体は背の高いその人間を恐れ、勢いで採っていた食料をすべて投げつけてから逃げ出したものの、その人間は後を追いかけてきた、ということだった。

 その恐怖と疲労、せっかくの食料を無駄にしてしまったことへの落ち込みも合わさって二体はなかなか落ち着かないようだった。空腹度も下がっているだろうしとリンゴを渡そうとしたところで、ドアから音が聞こえた。難易度がハードのときにゾンビがしてくる「バン! バン!」という木製ドアの破壊音とは違う。コンコンコン、軽い音が、三回。

 あなたたちはドアを振り返った。二体は顔がまっさおになっている。

 

「こんにちは。私は呪術高専の夏油というんだけれど……マイクラヒトくんはいるかな」

 

ミミコとナナコはバッとあなたの方へ振りむいた。まっかだった顔はまっさおを通り越して白くなっている。口をぱくぱくと動かすのを前に、あなたは首をかしげた。え、自分のことか? 

 

「一緒に居るのは■■村の子たちだよね。事件は私が解決したからもう大丈夫だよ」

 

今度は二体がバッと顔を見合わせた。手を握り合ってぎゅっとくっついている。どうやらあなたたち全員に用があるようだ。しかし、口ぶりからして邪悪なムラビトたちの仲間ではないらしい。それに “事件は私が解決した” という発言も気になる。

 あなたがドアへ向かうと両腕をつかまれた。右にミミコ、左にナナコ。眉のあいだにシワを寄せ、口を引き結んで首を横に振っている。

 

「……犯人は、ほとんどの人が見ることのできない恐ろしい怪物だった。けれど私はそれを見て、やっつける力を持っているんだ」

 

あなたたちはハッとした。 “ほとんどの人が見ることのできない恐ろしい怪物” 、それは新種の敵モンスターを指すのではないか。身近にいるにも関わらずその存在を感知していなかったムラビトとは違い、この人間はそれを知り、さらに撃退する力をも持つという。事件を解決したということは、あの強力なモンスターを倒したのかもしれない! あなたの胸は感嘆に打たれた。

 

「きっと、君たちと私は同じだと思う。……ドアを開けてくれないかな」

 

新種のモンスターについても、なにか情報を得られるかもしれない。腕を放してはくれないだろうかと、ミミコとナナコを見る。二体は眉をさげて俯いた。ためらっているようにも、ドアの向こうの人間が気になっているようにも見える。やがて同時にあなたへ顔を向けると、それぞれがおずおずと頷いた。あなたは交渉に応じるためドアへと一歩踏み出した。あなたの腕を掴むちいさな手から、力が抜けた。

 

 

 

 

 大きい。

 

それがゲトウの第一印象だった。高さは2ブロックほどで普通なのだろうが、それでも邪悪なムラビトたちと比べると高い。さらに身体に厚みがあるので部屋に入ったときの存在感もあり、ミミコとナナコはちぢこまって隅のほうへ離れていってしまった。

 テーブルをはさんで対面に座るゲトウに、階段ブロックの長椅子はすこし窮屈そうだ。ゲトウはあたりを見回してから言った。

 

「それにしてもびっくりしたよ。君はほんとうにひとりで暮らしてたんだね」

 

例外は大いにあるが、マインクラフターは基本的にひとりで活動するもの。とりわけ驚くことはないはずだ。とんちんかんなことを言うゲトウに内心首をかしげなからも、あなたは頷いた。

 

「……大人のひとは一緒じゃないんだ? この家も君ひとりで作ったのかな」

 

あなたは気もそぞろに肯定した。強力なモンスターについてはやく聞きたかったのだ。現状、一番状況を把握しているのは目の前にいるゲトウのみ。事件の断片的な情報、つぎはぎだらけの要素ではうまくつなぎ合わせることもできない。またこのワールドがよく知るルールの上に成り立っているわけではないことも相まって、あなたは地に足のつかない気分だった。

 ゲトウはモンスターのことを“ジュレイ”と呼んだ。なんでも人間のフの感情が呪いとなり、かたちを得てスポーンするらしい。そしてそれを視ることができるのは一部の人間だけ。

 フの感情も呪いも、あなたには全く想像つかない話であった。呪いなんて、デスポーンしたときに所持アイテムがすべて消える消滅の呪いしか知らない。釣りで獲得したとしてもゴミ箱行き、戦利品のチェスト漁りで見つけたらそのまま放置しておく程度の、とくに活用する場面もないものだ。そんな呪いが強い力をもつことなんてあるのだろうか?

 とにかく、あなたが気配を感じ取ったモンスターはジュレイと呼ばれるもので、ゲトウはそれを倒すのを生業とするジュジュツシらしい。あのムラにいるジュレイが起こした事件の情報を得てやってきたのだとか。

 

「空にあちこち浮かんでる怪物、見たことあるだろう? あれも呪霊なんだよ、低級も低級だけどね」

 

ゲトウの挙げた特徴は新種ゾンビに当てはまった。羽が生えていたり、奇妙な鳴き声をあげたり、皮膚が変な色をしていたりしているものかと問えば肯定が返ってきた。ジュレイには強さがあって、モンスターのように皆おなじ体力があるわけではないらしい。能力や姿かたちも様々なのだとか。ここはずいぶんと多様性に満ちたワールドだ。

 そして驚いたのが、ジュレイを倒せるのは唯一呪いの力だということだ。ジュリョクをエネルギーにして発動するジュツシキという技があって、ゲトウはジュレイを使役できるものをもっているという。

 

「君も術式をもってるんだよ」

 

そんなものに心当たりはない。あなたが首をかしげると、ゲトウは苦笑いした。

 

「君のその鎧。そしてこの家、この土地……すべてから君の呪力が感じられるんだ。何かを創り出す種類の術式かな。それ自体はめずらしくもないけど、これだけ大量のものを広範囲に創る術式は聞いたことがない。見たところ身体への負担も大きくないようだし」

 

あなたの能力は、能力というほどのものではない。マインクラフターならできて当たり前のことをやっていただけだ。ゲトウの話はあまりピンと来なかった。首をかしげるあなたに、ゲトウの声がやや低くなった。

 

「たとえば、そうだな。人を別のなにかに変えることも、マインクラフターならできて当たり前なのかい?」

 

人を、別のなにかに変える?

 

「ああ。君はその力を村のひと、ふたりに使ったよね? まったく同じ姿かたちになってしまった、本当は人間だったひとたちに」

 

そこであなたはやっと思い当たった。細かいところはやや噛み合わないが、ムラビト二体に攻撃したらテクスチャが変わったのは確かだ。このワールド特有のアップデートだと思っていたが……これがジュツシキというものなのだろうか。

 

「あの人たちをもとに戻す方法はある?」

 

それはわからない。たとえば村人ゾンビを治すのと同じようになにか方法があるのかもしれないが……。

 そもそも、もとに戻す必要があるのか?

 

「え?」

 

ゲトウは虚をつかれたかのような反応をした。

 あなたにとってみれば当然の疑問だ。あれらはあなたやミミコたちに攻撃してきた邪悪なムラビト。もとのムラビトに戻したとして、再び敵対してくる可能性がある。ならば今の無害な村人のままのほうが安全だ。テクスチャが変わったのは事故だが、あなたにとって都合のいい結果となったのだ。戻すメリットがない。

 ゲトウはなにかを言おうして、けっきょく口を閉じた。前かがみになって、膝の上で組んだ手に額を当てている。

 

「……もとに戻す必要があると、手放しでは言えない。君たちを傷つけておいて、のうのうと生きていく価値が彼らにあるとも思えない。君の言い分はわかる」

 

 戻す価値がないなら、尚更その必要はない。

 一方で、無害な村人はおおいに利用価値がある。あの二体の村人をもとに人口をふやせばトラップや自動装置に応用できるし、さまざまな職業にもつかせられる。むしろ今のままのほうが良いだろう。

 

「ただ、私たちがもつ力は無闇に振るうものじゃないのも本当なんだ。使いどころを間違えたら目の敵にされる……今の君みたいに」

 

しかしマインクラフターの力を無闇に振るうなと言われたらあなたは何もできない。使わないということは、何もしないということだ。あなたはマインクラフターである。あなた自身とその力は切り離せない。

 

「なにも、全く使うななんて言うわけじゃないさ。いつ、どのように使うべきなのか、それを知っておいたほうが君のためにもなる」

 

確かにそうだ、あなたはうなずいた。新たなワールドに適応するのは急務である。思考を柔軟にしてものごとを受け入れなければ。ゲトウに教えを乞うたら応えてくれるだろうか。

 そう考えたところでゲトウが視線をよそにやった。かと思うと、あなたの後ろからミミコの声がした。振り向くとナナコもいて、いつの間にやらあなたの座る椅子のそばに来ていたようだ。

 

「く、くらひとくん、行っちゃうの……?」

 

どこにだ。

 

「……うん、彼には私たちと一緒に来てもらおうと思ってるんだ」

「……!」

 

まったくの初耳だ。

 ナナコとミミコはこわばった表情で、なにかを言おうと口をひらいて結局とじた。代わりというようにあなたの座る椅子の背もたれ部分を両手でぎゅっとつかみ俯いている。

 

「ななこちゃんとみみこちゃん、だよね。君たちにもアレが見えているのかな」

 

ゲトウはトラップドアで模した窓のむこうを指さした。新種ゾンビが浮かんでいる。二体はそれを認めてから、ゲトウの様子を伺いおそるおそるうなずいた。

 

「なら一緒に行こう。見えるのは君たちだけじゃない。君たちはおかしくなんかない。」

「う、うん……!」

 

二体は声を揃えて答えた。さきほどよりも明るくなった顔を見合わせている。

 

「マインクラフターくん、君もそれでいいかな」

 

 気がついたらゲトウたちのところへ行く流れになってしまった。しかしこのワールドの常識について教えてもらえるのなら否やはない。そう伝えるとゲトウは「もちろん」と微笑んだ。曰く、ゲトウが拠点とするコウセンはあなたたちのような子供を保護する環境も整えているのだとか。

 

 あなたはインベントリを整理した。

 希少鉱石と食料を優先的に確保した。

 それから武器を持った。

 最後に木材や石材、石炭や鉄を入れた。

 数日間すごした拠点とは早くもおさらばだ。中身の残ったチェスト、結局収穫がないままだった畑、無限水源。

 忘れ物がないかきちんと確認をして、あなたを待つゲトウたちのもとへと向かった。ムラの近くまではゲトウが持つジュレイに乗って向かい、それから仲間と合流するらしい。

 

「準備はできた?」

 

あなたに気がついたゲトウが振り向いて問う。問題ないと答えると、ゲトウは眉をさげた。

 

「その鎧脱がないの?」

 

暑いし……目立つし……とぼやくが、防御力を維持するための装備である。これがなければ心もとない。すると「周りに危険なジュレイはいないし、山を移動している間だけでも」と言うので、仕方なく鉄装備をはずしてやった。インベントリの空きが減ってしまうが、まあいいだろう。高所から落ちたときはどちらにしろデスポーンしてしまうのだから。

 

「じゃあ行こうか」

 

ゲトウの手のあたりから黒いモヤがシュルシュルと出てきて形をつくる。そのジュレイはふよふよと浮いていて、見るからに移動に向いている。エリトラを装備して滑空するように、地ではなく空を選ぶのはマインクラフターにとっても常套手段だ。しかしこのジュレイは、同じように空を飛ぶ新種ゾンビよりもはるかに強力な気配がする。もし相対したとして、今のあなたでは倒せないだろう。

 ジュレイを容易く操るその洗練された技術、やはりただのモブではない──あなたはゲトウの認識を改めた。

 

 

 

 

「呪物だね」

「ハアー」

 

高専敷地内、地下に位置する小部屋。床に突き刺さった杭から伸びる縄につながれているのは、人型の奇妙なモノ。

 

「しかも、極めて純度の高い呪力だけで構成されてる。」

 

それは呪力を抑止する経文の書かれた札をも貼り付けられ、身動きを封じられている。動こうとしても動けない。それでも顔色一つ変えることなく、ただ声を発するのみ。

 

「呪物は基本的に物理的な媒体があって、そこに呪いが宿ったものだけど、それすらない。文字通り呪力だけでできてる。構成は呪霊だけど、性質はどっちかっていうと呪物っぽい」

「……そうか」

「俺こんなの見るの初めてなんですけど。なんなんですか、先生?」

 

ろうそくが煌々とともる部屋のなか、五条は手に持っていたサングラスをかけ直して尋ねた。夜峨は己の生徒の言葉を受けて、深い皺を眉間に刻んでその呪物を注視した。

 

「ハアン」

「これはある術式によって変じた、元人間だ」

「っはぁ!? どこからどう見ても肉体なんて残ってないけど、マジで言ってんの?」

「大マジだ。実際の目撃証言もあるし、術式をかけた本人もそう言っている」

「ってことは、犯人は捕まえてるんですよね? なんでわざわざ俺に見せたワケ?」

「本人が自分の術式を理解できていないんだ。それに前例がないからな、無闇に扱って下手を打ちたくない」

「ふーん……」

「……午後から任務だったろう。手間をかけたな、戻っていいぞ」

「へーい」

「返事はちゃんとしろ」

「ハーイ!」

「…………」

 

夜峨は大きくため息をついた。

 

「あ、そうだ先生」

 

鋼鉄製の格子扉をくぐろうとするのを見届けようとしたところで、後ろ姿が振り返った。

 

「傑見てない? 昨日帰ってきたんでしょ?」

「……あぁ。今日は任務も入っていないから、寮にいるんじゃないか」

「……そっか」

「傑に会うなら、後で教官室に来るよう伝えてくれ」

 

うなずいた五条が今度こそ出ていくのを見送り、夜峨は先ほど面会してきたマインクラフターに思いを馳せた。

 昨夜、夏油は3人の子供を引き連れて戻ってきた。両腕には眠った姉妹を、隣には全身を鉄鎧でおおった男児を。常より非術師という弱者保護を行動の指針にしている夏油だが、その内側に踏み込んで誰かを守ることなどなかった。彼の中に何かしらの境界線はあったのだろう。「守る」とは文字通り呪いという脅威から、力を持たない者を守ることを意味していた。

 そんな夏油が、幼い子供たちを保護して帰ってきた。

 

「全員、見える側です……この子は特に、注意する必要が」

 

そう言って傍らの男児を示す。くたびれた様子で途方にくれた顔をして夜峨を見るものだから、先の任務でなにかあったのだと察するほかなかった。詳細は明日聞くことにして「今日はよく休め」と労り寮に帰したのだが、事はなかなかに厄介だった。

 3人の子供は高専の事務員に任せ、夏油と情報を共有していた補助監督から受けた簡易な報告。姉妹はいい。問題は、男児もといマインクラフターが旧■■村の住人2名を、その術式によって呪力を孕む何かに変貌させたという話だ。その「何か」は、五条の六眼によって限りなく呪霊に近い呪物だと判明したのだが──こめかみを襲う頭痛に眉をひそめる。

 マインクラフターは年相応の舌足らずさで、しかし年に見合わぬ理性的な口調で証言した。

 

──襲ってきたから反撃したら、邪悪なムラビトが村人に変わった。

 

彼の知る村人は力を持たない“中立モブ”で、攻撃してくることはないらしい。一方、集団で襲ってくる邪悪な村人もいるのだとか。旧■■村で呪霊の存在に言及したら住人が彼を捕らえようとしたため、“敵性モブ”だと判断したらしい。

 おそらくマインクラフターは独自の世界観をもとに行動している。それが術式に基づくのか、彼自身に由来するのかはいまだ判別がつかない。一般的に育っていれば知っているはずのことを知らず、到底思い至らないような価値観に従って行動し、その術式を行使する。ちぐはぐな子供だ。

 ただでさえ異常な術式。自覚したばかりであろう年でこの危険性だ。少なくとも今のままではまともに過ごしていけない──高専で保護したからには、聞いた話のように人々から迫害されることはないだろうが、その未来が平穏とは言い切れない。

 この後は夏油にも話を聞く予定が入っている。行き違いがないよう念の為メールを送り、ろうそくの灯る小部屋を後にした。

 

 

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