次はどこに行くのやら?
トレーニングルームで(本人的には)軽い運動をした後に、ダブルアールが向かったのは購買部。
喉でも乾いたのだろうか? だが、それならば普通に自販機で飲み物を購入すればいいだけの話。
トレセン学園にも、ちゃんと自販機は何台も設置してある。
まるで一貫性の無いダブルアールの行動に疑問を抱きながらも、スペ達は後ろから静かに着いていくことに。
「おばちゃーん!」
「あらぁ! どこかで聞いたことのある声だと思ったら、ダブルちゃんじゃないの!」
「久し振りッス。元気だったか?」
「当ったり前よ! 家の用事ってのは終わったのかい?」
「まぁな。今日からまた世話になるぜ」
購買部にいるおばちゃんと仲良さげに話すダブルアール。
一体、彼女のコミュ力はどれ程まであるのだろうか?
誰とでも仲良くなれるというのは、まるでウララのようでもあった。
「で、アンタの事だから、顔見せに来ただけってんじゃないんだろ?」
「おう。いつものくれよ」
「あいよ。一つでいいね」
「いや…今日はオレが飲むんじゃないんだ。だから…そうだな。15本ぐらいくれや」
「15? それってもしかして……あの子達の分かい?」
「まぁ…そーゆーこった」
「分かったよ。すぐに持って来てやるから待ってな」
いつもの? あの子達の分?
一体、彼女は何を購入し、誰に持っていこうとしているのか?
肝心な部分が全部ぼかされているので、何一つとして分からなかった。
「あいよ。持ってきたよ」
「サンキュー。ほらよ、代金な」
「…相変わらず、ちゃっかりとしてるね。きちんとお釣りが出ないようにしてくれて」
「その方が良いだろ?」
「確かにね。こっちの方が助かるよ。ありがとね」
「あぁ。んじゃ、もう行くわ。またな」
「いつでも来なよ。毎度あり」
何か長い物が大量に入っているビニール袋を片手に、ダブルアールは何処かへと向かって歩き出す。
急いでそれを追うスペ達三人を、購買部のおばちゃんはハテナマークを浮かべながら眺めていた。
「あれは…スペちゃん? あんな所で何をやってんだい…?」
それは本人達に聞いてください。
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・・
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やって来たのは中庭。
今日も今日とて、フウウンサイキ先輩の流派東方不敗教室が開催されていた。
「よし! ここで小休止だ! 汗を拭いたり、水分補給をしておけよ!」
「「「「はい!」」」」
全員がいい返事をしてから、各々に好きな場所で休み始める。
フウウンサイキも一息いれる為に、どこかに座ろうと辺りを見渡していると、そこにいきなり背後から誰かがやって来た。
「フウウンサイキ」
「ん? この声…は?」
声に反応して振り向こうとしたら、頬の部分に程よく冷たい感触が。
よく見たら、ニッコリ笑顔のダブルアールがペットボトルのスポーツドリンクをフウウンサイキの頬に当てていた。
「やっぱり、お前か。どうした?」
「お前が後輩共相手に格闘技を教えてるって聞いたんでな、差し入れでもしてやろうと思ったんだ。どうやら、ナイスタイミングだったみたいだな」
「お前って奴は……」
微笑を浮かべながら、ダブルアールからスポーツドリンクを受け取る。
ある意味で似た者同士な二人は、昔からチームメイトとしても、ライバルとしても仲が良かった。
そして、意外なゲストの登場に門下生たちは一気にざわめき始める。
「ダブルアール先輩っ!? 来るって分かってれば、色々と用意してたのに…」
「ね…ねぇ、ウオッカ。あたし、髪型とか変じゃないかな?」
尊敬する先輩の一人がやって来たことで、ウオッカとスカーレットもまた急いで身嗜みを整える。
どこに隠し持っていたのか、手鏡を使って髪型だけでも何とかしようと頑張っていた。
「相変わらずの人気っぷりだな」
「いや…それ、お前が言うか?」
人気者は二人ともである。
本人達は全く知らないが、トレセン学園には密かに『三冠五人衆ファンクラブ』なるものが存在していて、ゴルシとマックイーン以外のメンバーが会員だったりする。
それとは別に『ダブルアールファンクラブ』もあったりする。
スカーレットとウオッカは、そっちにも入っている。
(そう言えば、さっきから視界にチラチラと入っている、ダブルの後ろにいるスペ達は何をしているんだ…?)
草陰に隠れて、ずっとこちらを…というか、ダブルアールの事を見つめている三人。
ただ強いだけでなく、ちゃんと空気も読める良い子なフウウンサイキは、即座に彼女達について黙っていることを決めた。
(まぁ…ダブルアールの事だから、とっくの昔に彼女達が背後から自分の事を見つめていることに気が付いているだろう。それを知って、敢えて黙っているに違いない。ならば、ここは私も黙認することが優しさというものだ。うん!)
因みにではあるが、スペ達はフウウンサイキに見つかっている事に全く気が付いていない。
(あの二人がフウウンサイキさんの開催してる格闘技教室に参加してるってトレーナーさんに聞いてたけど…本当だったんだ…)
(うーわー! こんなにも近くでフウウンサイキ先輩を見たのって初めてかもしんない……)
(そういや、タンホイザも先輩のファンだったっけ……)
背後の草陰で小声でワーキャーしているが、そんな事になんて目もくれず、ダブルアールはタオルで顔の汗を拭いているタキオンと話していた。
「噂で聞いちゃいたけどよ…マジでお前も参加してるのな。めっちゃ意外だわ」
「君も大概、失敬だな。私だって格闘技ぐらいは嗜むさ」
「本心は?」
「(研究の為に)少しでもフウウンサイキ君の近くにいる為だよ」
「え?」
肝心な部分を敢えて言わなかったタキオン。
そんな事をすれば、ダブルアールは当然のように勘違いをする訳で。
「フウウンサイキ」
「なんだ?」
「…幸せにしてやれよ!」
「お前は何を言っている?」
何とも気持ちがいいサムズアップ。
彼女が勘違いをすると言う事は勿論、後ろの三人も勘違いをしてしまう。
(え…えぇぇっ!? フ…フウウンサイキさんとタキオンさんがっ~!?)
(これまた意外なカップリング……)
(トレセン学園に新たな百合の花が……)
三人の中で一番冷静だと思われるネイチャがこの様子な時点で、トレセン学園がどれだけの百合の花で充たされているのかは推して知るべし。
「そんでもって、どうしてフクキタルまで一緒なんだよ? お前に至っては、タキオン以上に理由が思い浮かばねぇぞ…」
「簡単です! 今日の私のラッキーパーソンがズバリ『格闘技』だからです! 学園内で格闘技を嗜んでいるウマ娘と言えばフウウンサイキさんが真っ先に思い浮かびますからね! どうせなら、皆さんと一緒に習った方が運気上昇に加えて、自分自身を鍛える事も出来て、まさに一石二鳥ではないか! という考えに至ったのです!」
「おい…こいつ、めっちゃ不純な理由でやってるぞ…いいのか?」
「最初の切っ掛けなんて何でもいいものさ。大切なのは、その後なんだからな」
「確かに、その通りだけどよ……」
どんな時も運頼りなフクキタルに、微妙な感情を浮かべてしまう。
本人が凄く真面目なのが余計に質が悪い。
(何をやってるのよ……フクキタル姉さん……)
(お姉さん?)
(いや、実際には姉妹とかじゃなくて、従姉妹らしいよ?)
(あ…そうだったんですね)
ここでマチカネ家の意外な繋がりが発覚。
一緒にいる二人以外には誰も聞いちゃいないが。
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それからも、ダブルアールは校舎内の色んな所に赴いて、友人達との久し振りの話に花を咲かせていた。
まるで、今までの時間を少しでも取り戻そうとするかのように。
そんな彼女が最後に訪れたのは食堂。
時間的にも夕食時なので、別に何も不思議な事ではない。
「……もうそろそろ出てきたらどうだ?」
「「「え?」」」
スカートのポケットに手を入れながら、前を向いたまま物陰に隠れていたスペ達に向かって声を掛ける。
自分達の尾行がバレているだなんて思わなかったスペは思わず声を上げて、それに釣られるようにしてネイチャとタンホイザも声を出してしまった。
「み…見つかった…?」
「多分だけど、とっくの昔にバレてたと思うよ?」
「ネイチャの言う通り、最初から気付いてたぞ~」
「そんなぁっ!?」
お粗末なんてレベルじゃない変装と、基礎すらもなっていない尾行技術でどうしてそこまで自信が持てるのか。
ネイチャとダブルアールは溜息しか出なかった。
「何が目的でオレなんかを付けてたのかは知らねぇけど、まずは腹ごしらえだ。お前らだって腹減ってるだろ?」
「それは……」
何かを言おうとした途端、スペの腹の虫が鳴いた。
これでは流石に言い訳は出来ない。
「ははははは! お前の腹は正直みたいだな! えっと……」
「スペシャルウィークです!」
「先輩が休学してる間に転入してきた子なんですよ」
「そうだったのか。道理で始めて見る顔だと思った。ほれ、行くぞ! 今日もアウセンザイターの姉御がキッチンに立ってるらしいからな。早く行かないと、座る席が無くなっちまうぞ?」
「「「是非とも、お供させて頂きます!!」」」
アウセンザイターの料理と聞かされれば、彼女達とて黙ってはいられない。
特に、学内有数の大食いなスペにとっては、絶対に聞き逃せないことだ。
「早く行きましょう! あぁ~…今日は何を食べようかな~♡」
皆を置いて、スペが一人でさっさと食堂の中へと入って行ってしまった。
余りの変貌ぶりに、ダブルアールでさえも黙ってしまった。
「…なんじゃありゃ?」
「行けばわかると思います…」
「うんうん」
「そ…そっか……」
何がどうなっているのか全く分からない状況のダブルアールであったが、一つだけ確定していることがある。
それは、スペと一緒に食事をすることで、彼女の想像以上の大食い体質に驚くであろうという事だ。
どれだけ体を鍛えていても、あれだけはそう簡単に真似は出来ない。
その点だけで言えば、スペは並み居る先輩たちをも上回っているのかもしれない。
同じ体質を持つ約一名のウマ娘を除いて…だが。
【フウウンサイキの日常の1コマ】
サイキ「ちょっと汗臭い…?」
オペラオー「そんな時こそ、ボクと一緒にバラ風呂に入るべきだよ!」
サイキ「お前は少し黙れ。風呂ぐらい一人で入らせろ」