実際の気温も暑くなってきましたね。
熱中症には十分に気を付けましょう。
夏合宿が終わり、トレセン学園に戻ってきたウマ娘達は、今日もそれぞれのチームやトレーナーの元で最速を目指してトレーニングに励んでいる。
それは、現在の学園内で最も注目を浴びているチームSRWも変わらない。
「ウォーミングアップはこれぐらいでいいか。よっし! ウララ、まずはオレと並走でもすっか!」
「うん! 私もアールちゃんと一緒に走りたい!」
「そーかそーか! んじゃ、行くぞ!」
「はーい!」
ダートコースを最も得意とするウララと並走できる数少ない存在であるダブルアールは、彼女の頭を撫でてから、一緒にコースへと入って行く。
そんな二人を見つめながら、フウウンサイキは座禅を終えてからパーンサロイドと一緒に準備運動を始めていた。
「次は屈伸だ。いち…に…さん…し…」
「ごー…ろく…しち…はち!」
憧れの存在であるフウウンサイキと一緒に準備運動が出来る。
本当ならば、この場で大きく跳び上がりたい程の感動と興奮に包まれているところだが、そこは流石は元プロレーサー。
このような時の感情制御はお手の物だった。
「…あれ?」
「どうした?」
「いえ……パスチャーキングさんの姿が見えない上に、どうしてユニコーンさんは準備運動だけを終えてから端の方でジッとしているのかなって……」
「それはだな……」
フウウンサイキがパーンの疑問に答えようとすると、そこに毎度の如く非常にいいタイミングでアウセンザイターが登場して説明をする。
「パスチャーには、ユニコーンの特訓の成果を試す為の模擬レース相手を迎えに行って貰っているのさ」
「ユニコーンさんの模擬レース相手…?」
現在のユニコーンは徹底的に短距離用の調整を繰り返している。
となると、必然的に模擬レースの相手は短距離特化型のスプリンターになるのだが、パーンが知っている実力あるスプリンターは全員が今度のステークスに出走する事になっている。
どれだけ仲が良くても、流石に対戦相手となるユニコーンの強化を手伝うような真似をするだろうか?
そんな当然の事を考えながら準備運動を続けていると、向こうからパスチャーがジャージを着た誰かと一緒にこちらにやって来ているのが見えた。
「ハーイ! お待たせしましたネー!」
大きく手を振りながら歩いてくる彼女の隣には、ある意味で物凄く見覚えのあるウマ娘の姿があった。
「まったく…どうして、一流のウマ娘であるこの私が、他のチームの為に一肌脱がないといけないのかしら……」
「Sorry…キング。近い内、必ず埋め合わせはするカラ」
「……っ!? ま…まぁ? 可愛い後輩の為に助力をしてあげるのも、一流のウマ娘として当然の責務ですし? この程度、私に掛かればなんてことは…」
キングヘイロー。
嘗ては、エルコンドルパサーやパスチャーキングと一緒に激戦を繰り広げたウマ娘。
正真正銘の超一流の血筋の持ち主であり、半ば口癖となっている『一流』の名に恥じない実力と才能を秘めたウマ娘だ。
幾度となく敗北を経験しても、決して下を向かずに何度も立ち上がり、今ではその開花した実力を多種多様なレースで遺憾なく発揮し続けている。
同じ『キング』の名を持つウマ娘として、パスチャーキングには友情ともライバル心とも取れる複雑な感情を抱いているが、本人は気が付いてはいない。
そんなキングは実はウララと同室であり、彼女の数多い友人の一人でもある。
「キ…キングヘイローさんっ!? 『不屈の女王』の異名を持つ、あのキングヘイローさんですかッ!?」
「不屈の女王……その通り! 私こそが、一流のウマ娘であるキングヘイローよ! 貴女が例の転入生ね? 噂は聞いてるわ」
「ウソ…あのキングヘイローさんに覚えられてる…? 普通に感動……」
フウウンサイキから背中を押されながら前屈をしつつ軽い説明と感動をしているパーンサロイド。
それに気を良くしたキングは、急にご機嫌になって胸を張る。
因みに、パーンサロイドの体は非常に柔らかい。
「あれ? けど、キングヘイローさんって短距離適性有りましたっけ? なんか私の中じゃ中距離やマイルを走っているイメージの方が強いんですけど…」
「確かにそうかもしれないな。だが、それは彼女が目指すべき場所に至る為に必要な事だから、敢えてその道を歩んでいるに過ぎない。そうだろう?」
「…アウセンザイター先輩の仰る通りですわ。私がいつの日か辿り着くべき場所に行くためには、どうしても茨の道を歩いて行かなくてはいけないの」
「カッコイイ……」
「そ…そう…?」
久し振りに後輩からの真っ直ぐで純粋な尊敬の眼差しに押され、髪の毛をくるくるとさせながら照れるキングヘイロー。
ウララが見たら大喜びそうな光景だ。
「あら? そういえば、ウララさんの姿が見えないけど…」
「ウララなら、ついさっきダブルアールと一緒にダートコースの並走に行ったよ」
「…性格的には完全に真逆なのに、妙に仲がいいわよね…あの二人」
同じ適性を持つ者同士からなのか、それともどこかで波長が合うのか。
何とも奇妙なデコボココンビであった。
「…で? パスチャーさんから聞いているけど、今日はユニコーンドリルさんの模擬レースの相手をすればいいのよね?」
「YES! ユニコーン!」
「はい!」
端の方で静かに座っていたユニコーンが、パスチャーに呼ばれてこちらへとやって来る。
いつも通りの足取り。まるで近所のコンビニでも行くかのような歩き方。
だが、その顔つき、体から出ている独特の雰囲気を瞬時に感じ取ったキングヘイローは、すぐにユニコーンがいつもの彼女とは違う事を理解した。
「ユ…ユニコーンさん……貴女……」
「どうしました?」
それは、まるで野生の獣。
これまでの彼女とは完全に一線を画す体付き。
一流を自称しているからこそ分かる。分かってしまう。
限りなく完璧に近い形で引き締まっている体に、どこまでも前しか見ていない真っ直ぐな瞳。
キングヘイローは、この『瞳』を知っている。
(この感じは…嘗て、ライスシャワーさんがメジロマックイーンさんに勝利した時と同じ……!?)
あの時、極限まで削ぎ落としたライスシャワーの身体に宿っていたのが『鬼』ならば、今のユニコーンドリルの体に宿っているのは『獣』。
どこまでも貪欲に。どこまでも前だけを見て。
最後の一瞬、最後の一滴まで己の全てを出し切る。
そんな気迫が、今のユニコーンの全身から漂っていた。
「今度出走するスプリンターズ・ステークスに備えて自分の身体を徹底的に苛め抜いているとは聞いてはいたけど……まさかここまでとは……」
「凄いだろう? どうやら、夏合宿でライバル達とひと時を過ごしたことでユニコーンの闘志に完全に火が…いや、業火が付いてしまったようでな。戻って来てからも凄かった」
「あぁ…。今のユニコーンからは、私の想い人の仲間である中国人の『彼』を彷彿とさせる何かがあるよ」
少林寺再興を目指しながらも、幾多の死闘の末に一人の格闘家としての高みを目指す事を覚え、己の体すらも傷つけながら習得した最終奥義。
その名に『龍』の名を冠していた者と同じ闘志をユニコーンに垣間見たフウウンサイキは、いずれ彼女も自分と同じ場所へと至れるのではないかと予想している。
「…キングヘイローさんが模擬レースの相手ですか……」
「あら? 私では御不満かしら?」
「まさか。寧ろ、特訓の成果を試すにはこれ以上ない最高の相手だと思っています」
ユニコーンの闘志を真っ向から受け、キングは怯むどころか逆に興奮してしまった。
一体、彼女はどれ程の実力を身に着けたのか?
彼女はこれから、どんな走りを見せてくれるのか?
恐怖や怯えなどよりも、ウマ娘の遺伝子に深々と刻まれている『闘争心』が全ての感情を上回った。
「ボクは知っています。これまでに色んな距離のレースに出てきているキングヘイローさんですけど、あなたが最も得意とし、同時にその身に秘められた潜在能力を極限まで発揮できるのは短距離なんだと」
「…知っていましたのね」
キングヘイローもまた、サクラバクシンオーやタイキシャトル、マルゼンスキーと同じスプリンターだった。
中距離。マイル。時には長距離。
様々なコースを走ってきたキングヘイローだが、その舞台が短距離となると彼女の足は凄まじい変貌を遂げる。
それこそ、歴戦のスプリンター達が本気で戦慄を覚えるほどに。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。言っておきますけど、私に勝てないようでは、バクシンオーさんやマルゼンさん達に勝つのは夢のまた夢だと思っていた方がいいですわよ」
「分かっています。ボクだって、生半可な覚悟であの人達にも…キングさんにも勝てるだなんて思ってませんから」
「フフ……本当に…なんて目をするようになったのかしら……」
キングから見たユニコーンドリルというウマ娘は、良くも悪くも『優等生』だった。
柔らかな物腰でありながらも、ウマ娘としての本能は隠さない。
それでありながら、色んな事をそつなくこなす。
そんなイメージが強かったが、今の彼女は完全に真逆だ。
「では、少し準備運動をしてからレースをしましょうか?」
「分かりました」
「それじゃあ、ミーがお手伝いをしマース!」
「いいですけど…ちゃんと力加減をして頂戴ね?」
「イエース! 勿論デース!」
そう発言した一分後。
キングヘイローはパスチャーの怪力に悲鳴をあげるのだった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「う…嘘……でしょ……っ!?」
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
地面に座り込み、全身から汗を流すキングヘイロー。
その顔は驚愕の一色に染められていた。
彼女から少し離れた場所では、ユニコーンが芝生の上に大きく手と足を投げ出した状態で寝転がっていて、何度も大きな呼吸を繰り返している。
模擬レースはキングヘイローの敗北で幕を閉じ、今あるスタミナを使い果たした彼女は座って休んでいるが、負けた事以上にユニコーンの走りに驚きを感じていた。
「ユニコーンさん……今のが貴女の『必殺技』…なの…?」
「必殺技…か…。そうで…すね……はぁ…はぁ…」
ユニコーンとキングヘイローには幾つかの共通点がある。
二人ともが挫折を知り、敗北を知り、その泥沼から這い上がる気合と根性を持っている。
キングにはユニコーンの気持ちが、ユニコーンにはキングの気持ちが痛い程分かる。
だからこそ驚きを隠せない。
(あのユニコーンさんが…まさかここまでの『猛獣』と化しているだなんて…)
最初、ユニコーンがスプリンターズ・ステークスに出場すると聞き、同時に出走メンバーを知った時、ユニコーンには勝目が無いと思っていた。
どれもこれもが、超一流の駿足を持つウマ娘ばかり。
並のウマ娘ならば、名前を見ただけで戦意喪失をしてもおかしくない面々だったから。
(今度のステークス…もしかしたら、とんでもないジャイアントキリングがあるかもしれないわね……)
一流を自称するキングヘイローは、余り大袈裟な事は言わない。
常に優雅であれと自分に言い聞かせているからだ。
だが、今回ばかりは大袈裟としか言いようがない確信があった。
次のスプリンターズ・ステークス…短距離界の歴史が変わるかもしれない…と。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
模擬レースを見ていたチームSRWのメンバーは、遂にユニコーンの必殺技が完成する瞬間を目撃した。
「おいおい……あれが本当に、あのユニコーンなのかよ……」
「前々から、何か切っ掛けさえあれば化けるとは思っていたが……」
「正直、私の想像を遥かに超えている…」
「凄い…凄すぎる…! あれがユニコーンさんの『究極の末脚』…!」
「Unbelievable…。コレは……とてつもないワね……」
「ユニちゃん…カッコいい……」
全員が揃って冷や汗を掻いているが、特にダブルアールなどは驚きの余り顔が引きつって苦笑いをしている。
フウウンサイキは、ユニコーンの予想以上の成長っぷりに武者震いが押さえられずに、自分の身体を抱きしめるかのようにジャージの袖を握っている。
「いつもながら…我等がトレーナーの腕前には感服しかないな……」
「間違いなく、ユニコーンの潜在能力を極限まで引き出す事に成功している…」
「次のレース……こりゃ、とんでもねぇことになっちまうぞ…!」
螺旋を持つ一角獣……遂に覚醒。
だが、この光景を見ていたのはチームメンバーだけではなかった。
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・・・・
・・・
・・
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「あれが……ユニちゃん……!?」
それは本当に偶然だった。
トレーニングに行く途中のジャージを着たカレンチャンが観客席の付近を通り過ぎようとした時、ユニコーンとキングとの模擬レースを目撃してしまったのだ。
遠目からでは分かりにくいと思われるだろうが、ウマ娘の視力は常人のそれを遥かに上回っている。
更に言えば、同室であるユニコーンの姿をカレンが見間違う筈が無かった。
(今までのユニちゃんとは一味も二味も違う…! あれがユニちゃんの本当の実力…!)
今までが決して本気ではなかったとは流石に言わないが、それでも力の全てを出し切れてない感はあった。
だが、今までの彼女は全く違う。
「ハ…ハハ……凄いよユニちゃん…本当に凄いよ……」
ユニコーンの名前を呼ぶ度に、彼女への想いが強くなり、同じぐらいに『負けたくない』という気持ちも強くなる。
愛ゆえに戦い、愛ゆえに勝つ。
「これは…カレンも負けられないな…!」
普段はプライベートを優先しているカレンの闘争心に、久し振りに火が点いた。
ユニコーンとキングの模擬レースは、図らずも一番の友人でありライバルである少女を更に強くする切っ掛けとなったのだった。
次回、遂にレース開催。
ユニコーンはどんな走りを見せてくれるのか?