ユニコーンドリル…出撃です。
スプリンターズ・ステークス当日。
ユニコーンドリルは控え室にてチームメンバーにレース前最後の激励を受けていた。
「遂にこの日がやって来たな」
「はい。この時の為にやるべき事は全てやってきたつもりです」
「All right。今のアナタなら、必ず勝てるワ」
「パスチャーさんの仰る通りです! 同じチームメイトとして、今日はユニコーンさんの事を全力で応援させて貰います!」
いつ呼び出されてもいいように、既にユニコーンは勝負服へと着替えている。
彼女の勝負服は全体的に青が基調となっていて、まるで格闘服と制服の中間のようなデザインで動き易そうな感じになっていた。
袖は半袖になっていて、その腕にはタービンを彷彿とさせるような真っ黒で渦を巻いている腕袋がある。
それは両足も同じで、黒く螺旋を描いた靴下を履いていた。
背中には赤い線が描かれていて、それは肩にまで及んでいる。
青いスカートの下には黒いスパッツを履き、彼女の性格を表現しているかのよう。
勿論、頭にいつも身に着けているドリルの角飾りが付いたカチューシャも忘れない。
「ユニちゃん! 絶対に勝ってね!」
「うん。任せておいてよウララちゃん」
「なぁに。テメェなら絶対にやれる! 今のお前の実力はバクシンオーやマルゼンたちにも全く引けをとっちゃいねぇ!」
次々と掛けられる仲間達から応援の言葉。
最後にフウウンサイキがユニコーンの肩をポンと叩き、力強く言い放った。
「ユニコーン。自覚は無いかもしれないが、今のお前は確実に他のウマ娘達よりも一段上のステージに立っている。それ程の実力を身につける事にお前は成功したんだ」
「フウウンサイキさん……」
「だが、それを生かすも殺すもお前次第だ。力に溺れてしまっては意味が無いからな」
「……はい」
「まぁ…お前に限って、その心配は無いと思っているがな」
三冠を取り、一足先に『限界の先』へと到達したフウウンサイキだからこそ言える言葉。
その一言一言が深く胸に刻まれていく。
「ここまで来た以上、もう何も躊躇う事はない。これまでに培ってきたお前の全てをこのレースでぶちかまして来い! ここに来ている観客達は、バクシンオーやタイキシャトル達に目を奪われているようだが…だがらこそいい。お前の事を侮っている連中の目を思い切り覚まして来るんだ!!」
「任せてください!!」
ニカっと笑い合ってから、互いの拳をコツンとぶつけ合う。
これで、心の準備も整った。
後は…走るだけだ。
「そうそう。寺田さんは先に沖野トレーナーや東条トレーナー達と一緒に特別観戦席に向かった。なんでも『僕がいたら変に緊張させちゃうかもしれないから』だそうだ」
「あはは……」
「相変わらず、気の使い方が妙に斜め上を行ってるオッサンだな……」
本当は寺田からも色々と言って欲しかったが、これが彼なりに優しさならば何も文句は言わない。
今日のレースを見てくれているだけで本当に嬉しいから。
「では、我々もそろそろ行こう。ユニコーン、君の勝利を待っているぞ」
最後にアウセンザイターが締め、即席の激励会は終了。
メンバーたちはぞろぞろと控え室を後にし、残されたのはユニコーン唯一人。
「そういえば…今日のレースはデータウェポンの皆も見に来てるって言ってたっけ……」
いつもならば無理矢理にでも控え室に押しかけてきそうだが、今回はチームメンバーの皆にその役を譲ってくれたのかもしれない。
「ふぅ~……」
大きく息を吐いてから頭を空っぽにする。
余計な雑念はもういらない。
走れ。誰よりも早く。
今の自分に必要なのはそれだけだ。
「ユニコーンドリルさん! お願いしまーす!」
「はーい!」
スタッフが彼女の事を呼びに来た。
さぁ……勝ちに行くぞ。
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・・・
・・
・
トレセン学園所属トレーナー御用達の観戦席。
いつもならばチームメンバーと一緒に観戦するところなのだが、今回は各チームのトレーナーが揃って集まりここでレースを見ることにした。
「今日のレースはいつも以上に盛り上がってやがるな……」
「無理も無いですよ。名立たるスプリンター達が一堂に会してるんですから」
「おハナさんの所からはタイキシャトルとマルゼンスキーが出てるんだよな」
「えぇ。今日に備えて、二人ともかなり鍛えてきてるわ。正直、どっちが勝ってもおかしくないとは思ってる」
「同じチーム内のメンバーでレースをするのってしんどいよなぁ……」
沖野も嘗てはトウカイテイオーとメジロマックイーンが激戦を繰り広げた事があるから、今回の東条の気持ちは痛い程に理解していた。
「けど、そう簡単には勝ちは譲ってくれないでしょうね…」
「そんなのはよく分かってるわ。新進気鋭の天才児ニシノフラワーに、完全な伏兵であるカレンチャン。そして……」
「短距離の絶対王者であるサクラバクシンオーだな。今回のレース、大半の奴等がバクシンオーの勝ちを確信してやがる。その証拠に、今回も見事な一番人気だ」
多少、性格に難ありのバクシンオーだが、短距離レースの舞台においては文字通りの負け知らずだった。一部界隈では『短距離界のシンボリルドルフ』と呼ばれているとか。
「けど、今回のレース…俺達トレーナーが最も注目すべきウマ娘は他にいる」
「彼女…ね」
三人が視線を降ろすと、そこには静かにやって来た一人のウマ娘の姿が。
「ユニコーンドリル……今までの戦績は中々のものだけど……」
「いずれもがマイルや中距離レースでの結果だ。こうしてユニコーンが短距離に出るのは約一年振りぐらいになる」
「ネット上では、密かに彼女にも注目が浴びているようですよ。ユニコーンさんの短距離復帰に対して『トウカイテイオーの奇跡再びか!?』って」
「はぁ…全く。テイオーとユニコーンとじゃ状況が全然違うだろうがよ…」
レースを盛り上げるための売り文句かも知れないが、それでも彼女達と誰よりも密接な関係にあるトレーナーとしては余り喜べない。
「大丈夫。彼女ならば、そんな評価も真正面から吹き飛ばして…いや、貫いてくれるよ」
「「「寺田さん」」」
今日のレースについて話をしていた三人の所に、トイレから帰ってきた寺田が戻ってきた。
ハンカチで手を拭きながら、ゆっくりと椅子に座った。
「一人のトレーナーとして、僕がやれる事は全てやった。後は全てユニコーン次第だ」
「それで少し思い出したんスけど、夏合宿が終わってからユニコーンがキングヘイローと短距離の模擬レースをして勝ったって聞いたんですけど…」
「その噂は間違っていないよ。なんせ、キングヘイローに模擬レースのお願いをしたのは僕だからね」
「「「だと思った……」」」
寺田は基本的にウマ娘第一主義な所があり、彼女達の為ならば自分のプライドなんて簡単に溝に捨てられる。
それはここにいる三人も同じだが、寺田の場合は完全に度が過ぎていた。
「けど、他の距離ならばいざ知らず、短距離でキングヘイローに勝つだなんて…」
「あのお嬢さんの短距離での実力は間違いなく最上級クラスだ。今日レースに出ているメンバーでさえもそう簡単に勝てはしない程に」
「だからこそ、キングヘイローは最高の模擬レース相手になり得たんだよ。結果として、彼女とのレースを切っ掛けにしてユニコーンは完全に覚醒した」
眼下では、ユニコーンは笑顔を出しながらバクシンオーやタイキシャトル達と話しているが、その裏側には想像も絶するような努力が隠されている。
だからこそ、今回のレースは本当に結果が予想出来ない。
「寺田さんは…ユニコーンをどんな風に鍛え上げたんですか…?」
「それは、このレースを見ていれば自ずと分かるよ。『螺旋を宿す可能性の獣』…その真の実力をね」
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・・・
・・
・
観客席には沢山の観客が集まっていたが、それと同じぐらいにトレセン学園に通っているウマ娘達も集まっていた。
特に、チームスピカとチームSRWのメンバーは。
「あ…あの、フウウンサイキ先輩」
「ん? どうしたウオッカ」
「あいつ…ユニコーンはマジで大丈夫なんスか? 今回の対戦相手って、オレらでもマジでビビっちまうような人等ばかりっスよ?」
不安そうな顔を浮かべるウオッカの横では、スカーレットが今回の優勝候補たちを一人一人眺めていた。
「マルゼンスキー先輩にタイキシャトル先輩。この二人が並び立つだけでも凄いのに、そこに更にニシノフラワーにカレンチャンもいるし……」
「トドメはなんつってもバクシンオー先輩だよな…。まるでスプリンターの見本市みたいなレースになってるしな…」
「ユニコーンも決して劣ってるとは言わないけど…でも…」
「今回のレースはどう考えても分が悪すぎる。あいつが短距離を走るのは一年振りになる上に、その復帰レースの初戦がこの面子とか……」
普段から二人揃ってユニコーンの世話になったりと、何気に仲がいいウオッカとスカーレットとしては心配で仕方がないのだろう。
このレースで彼女の心が折れてしまわないかと。
「心配してくれているのだな。だが、それならば無用だ」
「「え?」」
「今のユニコーンは、お前達の…いや、私達の想像以上の成長を遂げている。それこそ、バクシンオーやマルゼンたちにばかり注目している連中の度肝を抜かせるほどにな……」
あのフウウンサイキが自信満々に言い放つ。
境地に立ち三冠に至った彼女だからこそ、その言葉に秘められた説得力は絶大であった。
「そう言われてみれば確かに…今のユニコーンさんからはどこかで感じた事のあるような気配がしますわね……」
「マックイーン…?」
顎に手を当てて考え込むマックイーンの顔を覗き込むテイオー。
彼女の考えは強ち間違ってはいない。
「おい…ダブルアール」
「どしたゴルシ?」
「あれ…本当にユニコーンか?」
「ふーん…お前には分かっちまうか」
普段は掴み所が無いお茶らけた部分しか見せないゴルシではあるが、ダブルアールは知っている。
彼女の中に秘められた凄まじいまでの才能と実力を。
だからこそ、今のユニコーンの変化も一瞬で看破してしまうのだ。
「目覚めた…いや、違うな。至ったんだよ…あいつは」
「それはつまり、フウウンサイキ君と同じ『限界の先』ってことかい?」
「…いきなり出てくるんじゃねぇよ、タキオン」
またもや突然登場のタキオンに驚きはしないが、割と素で引いたダブルアール。
彼女もまた他の例に漏れずタキオンが苦手だった。
「残念だが、至ったのは『限界の先』じゃねぇよ。ユニコーンは『自分』の事を本当の意味で理解しやがったのさ」
「自分を理解…か。もしもそれが本当ならば、今のユニコーンドリルくんは……」
「あいつは『扉』を開ける気は無い。『扉』に向かって全力でぶつかっていくんだよ。その結果として『扉』をぶっ壊したら…そん時はマジで凄い事になるかもな」
「…………」
『越える』ではなく『ぶつかる』。
その発想は無かったタキオンは鋭い目をしながらも内心は驚いていた。
「うわ~…やっぱり物凄い盛り上がりだね~」
「そりゃ、あれだけのメンバーが揃えば誰だって注目するでしょ」
「そうですね。今からレースが楽しみです」
「強者のレースを見て勉強する事も、また世界最強への道…! って、さっきからなんだか大人しいデスね? どうかしたんデスか? キング」
「……………」
スペシャルウィークにセイウンスカイ、グラスワンダーにエルコンドルパサー、そしてキングヘイロー。
同世代であり現在絶賛活躍中の『黄金の世代』と呼ばれているウマ娘達が集まっている錚々たる光景なのだが、キングヘイローだけはずっと渋い顔のまま黙っていた。
「そういや、キングって模擬レースでユニコーンに負けたんだっけ? だったら素直に応援しにくい感じ?」
「…………」
「え…マジ?」
冗談のつもりだったのに未だに真剣な顔で黙っているキングに、流石のスカイも気まずくなってしまう。
「そんな呑気な事、言えないですわよ」
「どういうことですか?」
「確かに、私は模擬レースでユニコーンさんに惨敗した。けど、だからこそ分かる事もあるのよ」
「分かること?」
組んでいた腕を解き自由にし、静かに他の四人の方を振り向く。
その目はどこまでも鋭く、同時に別の場所を見ているかのようでもあった。
「今のユニコーンさんには、私達が束になっても絶対に勝てない。あの子は、それ程の領域に至ってしまった。生半可な覚悟で彼女に挑めば…返り討ちに遭うのは間違いなく私達」
「キング…それは世界最強を目指す私に対する挑戦状デスか?」
「違うわ。これは『警告』よ。貴女達が相手を侮ったりしないのは知っているけど、今回のレースは変な先入観を捨てて見る事をお勧めするわ。じゃないと……」
「じゃないと?」
「あなた達は知る事になる。フウウンサイキさんとは別の意味での『ウマ娘の極致』を。心を強く保ちなさい。折れても知らないわよ」
「「「…………」」」
常日頃から自分に対する自信に満ち溢れているキングが、ここまで誰かを褒め称えるのは本当に珍しい。
それだけ、今のユニコーンがとてつもない事になっているという事を示唆していた。
(ユニコーンさん…この私に勝ってみせたのだから、このレースでも見事に勝ってみせなさい! そして、この会場にいる全ての者達に見せつけてあげなさい! 貴女の持つ『可能性の光』を!!)
まだまだ書きたい人物が沢山いるので、次回もレース前のやり取りの続きになるかもです。
展開が遅くて本当に申し訳ない……。
けど、それだけ今回のレースは濃密にしたいということだと御理解頂けると嬉しいです。