ユニコーンドリル…出走!!
突如として放たれた強烈なまでのプレッシャー。
それは一瞬にして会場全体へと広がった。
「な…なんだよこれ…!?」
「え? えぇっ!?」
いきなり過ぎる重圧に観客達は驚きを隠せず、それは当然のように会場へと来ていたウマ娘達にも伝達する。
誰もが顔に冷や汗を掻き、中には体を震わせる者もいる。
そんな中でもいつもと同じように振る舞っているのは極少数のウマ娘達だけ。
アウセンザイターにフウウンサイキ、ダブルアールと言った猛者に加え、いつの間にか会場入りしていたシンボリルドルフも腕組みしている手を力強く握りしめてはいるが、辛うじてなんとか耐えていた。
「ふ…ふふふ…!」
「か…会長…?」
ルドルフと一緒に来ていたエアグルーヴは彼女が笑っているのを見て怪訝な顔を浮かべる。
エアグルーヴもまた例外なくプレッシャーを感じていているのだが、こんな状況で笑える彼女の事が理解出来ないでいた。
「ここまでなのか…これ程までなのか…! ユニコーンドリル…まさか…ここまで強大に成長しているとは…!」
「では、このプレッシャーは彼女が放っていると…?」
「あぁ…間違いない。アウセンザイター…お前のチームメイトはどいつもこいつも化け物揃いか…!」
フウウンサイキが三冠を取った時点でなんとなく感じていた予感。
彼女だけが『限界の先』へと至れるとは限らない。
同じトレーナーに師事している以上、同じ領域へと至る者が他にもいてもおかしくは無い。おかしくは無いと思っていたが……。
「個人的にはパスチャーキング辺りが覚醒すると予想していたが…よもや彼女とはな…! 眠れる獅子…いや、眠れる一角獣が野生に目覚めたか…!」
ルドルフには既にこのレースの結果が見えていた。
確かに、今回のレースには錚々たるメンツが揃っているが、それでも今の彼女に勝てるかと言われれば微妙だった。
「今回のレース…見に来て大正解だったようだな…!」
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ルドルフがユニコーンの成長に戦慄している中、彼女以上に戦慄しているウマ娘が一人いた。
「お…おい? いきなりどうした? 大丈夫か?」
「ハ…ハハハ……! なんだよコレ…!」
ビワハヤヒデとナリタブライアンの姉妹。
彼女達も他の子達の例に漏れず今回のレースを見に来たのだが、実はブライアンの方は余り乗り気じゃなかった。
レースを見ている暇があれば、ダブルアールへのリベンジに備えて少しでも鍛えておきたかったからだ。
だが、今はそんな事は微塵も思っていない。
逆に、ここに来て本当に良かったとさえ思っている。
(てっきり、アウセンザイターやダブルアール…覚醒したフウウンサイキ辺りじゃないと私の中にあるこの『渇き』を満たせないと思っていたが…その認識は間違っていたのかもしれないな…!)
獰猛な顔を浮かべながら、ブライアンはゲートに入って精神集中をしているユニコーンを見つめる。
その両隣にいるウマ娘達はどちらも泣きそうな顔になっているが。
「ユニコーンドリル…まさか、中等部にこんな化け物が隠れていたとはな…!」
「そうだな…。この圧倒的なまでのプレッシャー…並のウマ娘には決して出せない。一体どれほどの特訓をすれば、こんな領域に至れるのか…」
震える体を両腕で押さえながら、ブライアンはその照準を完全に捉えている。
(ユニコーンドリル…いつの日か必ず、私ともレースをして貰うぞ! もしかしたら、お前こそが私の渇きを本当の意味で充たす存在になり得るかもしれないからな…!)
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ゲート内。
本来ならばそこはレース前のウマ娘達が最後の精神集中を行う場。
だが、今だけは完全に違っていた。
(ユ…ユニコーンさん…! さっきまでとは完全に別人じゃないですか…!)
(ユニちゃん…カレン…絶対に負けないから!)
(あらら…これは、お姉さんも本気中の本気を見せないとヤバいかもしれないわね…!)
(なんというプレッシャー…! こんなの初めてデス…!)
(あ…足が竦んじゃう…! でも!)
通常ならばプレッシャーに飲まれてしまうところを、ライバルたちは見事にそれを自らの力へを変える。
相対する相手が強ければ強い程、彼女達もまた同じように強くなるのだ。
「「「「「「…………」」」」」」
いつでも走り出せる状態で構えたまま、彼女達はピクリとも動かない。
心臓の鼓動がいつもよりも激しく聞こえ、早く走らせろと大きく叫ぶ。
それを遠くから見つけている解説席の四人も、唾を飲んでスタートの瞬間を見守っている。
『二人とも…感じたか? 先程のプレッシャーを』
『あぁ…スゲェじゃねぇか…! この俺様が冷や汗を掻くとはな…!』
『今回のレース…文字通り一瞬たりとも目が離せないぞ…!』
先程までマスクで目元を隠していたフロンタルだったが、徐にそれを外して手元に置く。
『フ…フロンタルさんがマスクを外すとは…久し振りに見るような気がします』
『このレースだけは肉眼で見ておきたくてね。では……』
フロンタルの鋭い目がゲート内へと注がれ、彼がマイクに向かって静かに、だが誰よりも力強く言葉を放つ。
『見せて貰おうか。君達…スプリンターウマ娘の実力とやらを!』
ファンファーレが鳴り響き、最速の決戦が始まる。
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・
ファンファーレを聞き流しながら、ユニコーンはじっと前だけを見据える。
力強く拳を握りしめ、滴る汗を拭う事もしない。
そして……。
「「「「「「!!!!!」」」」」」
バンッ!! という音と共にゲートが開き、ウマ娘達が一斉に駆け出す!
奇跡的に誰一人として出遅れた者はいなかった。
『遂に始まりました! 運命のスプリンターズ・ステークス!! まず最初に先頭に躍り出たのは5番サクラバクシンオー!! 得意の逃げ戦法で今日も先頭を独占するのかッ!?』
バクシンオーのスタートダッシュは過去最高と言っても過言ではなく、一気に二番手から三馬身以上の差を付けていた。
このままリードを許してしまえば、その時点で勝負は決してしまうが、そうは問屋を降ろさせないのが彼女達である。
『だが、後方も追い縋っていく!! 13番カレンチャンと8番マルゼンスキーが並ぶように駆け抜け、更にその後ろには2番ニシノフラワーと11番タイキシャトル、9番グリークダンスが続いていくー!!』
バクシンオーその独走なんて絶対に許さない。
そう言わんばかりに後ろから追い駆けるが、そう簡単に前を許すような彼女ではななかった。
チラッと後方を確認したと思ったら、僅かではあるが速度を上げていく。
『おぉ~っと! サクラバクシンオー更にスピードが上がる!!』
『ここらで一気に集団が二つに分かれるな…! 短距離では珍しい光景だ』
『ユニコーン!! ユニコーンドリルはどこだっ!?』
『カミナさん注目のユニコーンドリルは現在7番手! どうやら前をブロックされて上手く進めないでいるようです! これは短距離において致命的ではッ!?』
解説が言った通り、ユニコーンは他のウマ娘達に前を塞がれるような形になっていて、思うような走りを出来ないでいた。
普通ならば、ここで焦って掛かってしまったりするものだが、ユニコーンの表情はどこまでも冷静沈着そのもので、全く焦燥している様子は見られない。
それどころか、どこか余裕さえ感じている。
(前を塞がれる…この程度の事は想定済みだよ。けど…悪いね。ボクが勝負を仕掛けるのは
短距離レースでは、ほんの少しのミスが命取りになりかねない。
そういった意味では、長距離よりも緻密かつ素早いレース展開が求められるのかもしれない。
『早くも大欅に突入して最終コーナーに! このままサクラバクシンオーが先頭のまま終わってしまうのかーっ!?』
『いや…まだだ! まだ終わらんよ!!』
『えっ!?』
フロンタルが叫んだと思った瞬間、急激にレースが動き始める。
『こ…これはっ!?』
それは別カメラに捉えられた映像。
解説席からは大欅に隠れてみせない光景。
カーブに差し掛かったと思った瞬間、突如としてタイキシャトル、マルゼンスキー、ニシノフラワー、カレンチャンの四人が物凄い追い上げを見せた。
その勢いは先頭にいたバクシンオーのすぐ後ろにまで迫り、その差はもう一馬身も無い。
『な…なんという事でしょうかッ!? この短い間にこれ程までの白熱したレースが見られるとは誰が予想した事かっ! 最後の一瞬まで誰が勝利するか分からなくなってきたーっ!!』
そう…分からない。誰が勝つかなんて最後の最後まで神にすら分からないのだ。
例えば、
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チャンスは一瞬。それを逃せば負けは確実。
だからこそ絶対に見逃さない。
前に出れない? だからどうした。
もうすぐゴール? それがどうした。
先頭は遥か先? そんなの知るか。
そんなの、ここにいる全員を全て追い抜いて自分が一番先にゴールすればいいだけの話だ。
ユニコーンは可能性の化身。
ドリルは全てを穿つ存在。
では、自分は何だ?
嘗ては『電子の聖獣』と呼ばれていた自分は何だ?
そんなのは決まっている。
自分は『ユニコーンドリル』。
チームSRWに所属するウマ娘であり、チーム内における短距離代表。
『道』が無いなら自分で作れ。
『壁』があるなら叩いて壊せ。
それがドリル! それが可能性!!
今こそ、己の全てを出し切る時!!
正真正銘…最後の一撃を受けてみろ!!!
その時…『扉』が破壊される音が確かに聞こえた。
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・
それは本当に一瞬の出来事。
同時に、誰もが想像すらしていなかった事。
7~8番手に位置していたユニコーンが突如として爆発的な加速を見せ、自分の行く手を防いでいた者達を瞬きする間もなく抜き去ったのだ。
『こ…ここでユニコーンドリルが急加速!! だが、間に合うのかーっ!?』
『間に合うに決まってんだろうが!! そのまま行きやがれ!!!』
加速は止まらない。
前にいたウマ娘達を次々を追い抜き、あっという間にバクシンオー率いる先頭集団に追いついた。
『ほ…本当に並んだーっ!? ですが、ゴールまで残り200の時点でこれは厳しすぎるかッ!?』
万事休すか。
誰もがそう思った時……会場内にて誰かが叫んだ。
「ユニコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!』
叫びを受けた途端、ユニコーンの様子が激変する。
(な…なんですかこれはっ!?)
(ユニコーンさんの目が…!)
((光っているッ!?))
ユニコーンの目に『螺旋』が宿り、まるでドリルのようにパワー溢れる走りに変わった。
両足に、両腕に、全身にみなぎる力の全てを一滴も残らず大爆発させる!!
(ユニコーン…ドリル…!!)
FINAL ATTACK!!!!!
(……え?)
当事者であるマルゼンスキーですら一瞬、本気で呆けてしまうような光景。
本人が気づかぬままにいつの間にかユニコーンに追い抜かれていた。
確かに、少し前までマルゼンはユニコーンの僅か前方に位置していたが、それでも抜かれた事にすら気が付かないとは思わない。
(ユ…ユニコーンちゃんの体が…!)
(淡い光に包まれている…っ!?)
(まさか…これはっ!?)
その姿を見た時、誰もが同じことを思い浮かべた。
ユニコーンもまた、フウウンサイキのように『覚醒』したのかと。
だが、それは違う。ユニコーンは扉を開けてはいない。
彼女は『扉』を『壊した』にすぎないのだ。
「あああぁぁぁぁぁああぁぁあぁあぁああぁああぁぁあぁあぁぁっ!!!!!」
普段の彼女からは想像も出来ないような野獣の如き咆哮。
それがユニコーンがどれだけ本気なのかを表していた。
たった200mの筈なのに、まるで長距離にも匹敵するような感覚に陥る。
まるで時間の流れが遅くなったかのように感じながら、全ての観客の目が一点に集約された。
(そ…そんなっ!?)
(幾らなんでも速すぎマス!!)
続いて、ニシノフラワーとタイキシャトルも追い抜かれる。
この時点で残りの距離は100を切った。
現時点でユニコーンは三番手。
バクシンオーもカレンも、ほぼ並ぶようにして前方を走っている。
この時点で既に前の二人を完全に捉えていた。
(このままでは追いつかれる!! ですがっ!!)
(ユニちゃん…! カレンは…カレンはっ!!)
最後の最後に二人揃って更に速度が上がる。
意地でもユニコーンを抜かせない為に。
見事としか言いようがない走りだったが、『今』のユニコーンはその決死の二人すらも上回ってみせた。
これが『差』。二人とユニコーンを大きく隔てる大きな『差』。
『捨て身』とは、時には天才の全身全霊すらも上回るのだ。
「「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」」
そして、人々は目撃する。
青い髪のポニーテールのウマ娘が半馬身ほど前に出た体勢で走り抜けた瞬間を。
『ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォルッ!!!!!
一着はユニコーンドリル!!! 驚異的としか言いようがない末脚にて奇跡的な大逆転勝利を飾りましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!! 二着はカレンチャン!!! 三着はサクラバクシンオー!!! ユニコーンドリル、私達に最高のリベンジを見せてくれましたっ!!!!! 短距離界に今再び、螺旋を頂く聖なる一角獣が帰ってきたっ!!!!』
やっと…終わらせることが出来た…。
ここまで長引かせてしまって済みませんでした。
次回はレース後の様子をお届けします。