『さーて第五試合だ! ジト目のロッキンガール! ヒーロー科、耳郎響香!!
ステージ上で相対する耳郎と芦戸。二人の表情は緊張しながらもそれを押し殺すような笑顔。
正直、芦戸の『酸』相手だと耳郎の『イヤホンジャック』はすこぶる相性が悪い。自分の体の一部を使って攻撃せざるを得ないのだから、酸で防御されればそれがダメージになる。あくまでも"クソな試合"はNGの体育祭なので芦戸も流石に溶解度マックスの酸は使わないだろうが、それでいてなおお釣りがくるほどの相性の悪さだ。ぶっちゃけ耳郎が勝てるビジョンが見えないといっても過言ではない。
『レディィィ、START!!』
プレゼント・マイクの合図で試合が始まった。
まずは芦戸が牽制がてら粘度も溶解度も弱い酸をぶちまけ、耳郎がそれを躱す。
耳郎は反撃に転じる様子もなく、ただひたすらに襲い掛かる酸を避け続けていく。
防戦一方の状態がしばらく続くも、躱しきれなくなったのか酸が少量ジャージにかかってしまい、袖口に穴が開いた。
「いいぞ芦戸! もっと服溶かせ!!」
などとゲスなことをのたまっている峰田をチョークスリーパーで黙らせながら、俺は緑谷に話を振った。
「緑谷はこの試合どう見てる?」
「そうだね。やっぱり耳郎さんの個性じゃ芦戸さんの酸を打開するのは難しいだろうし……、芦戸さんはA組女子の中じゃ運動神経もトップだから正直耳郎さんの勝ち目はだいぶ薄いと思う」
だよねぇ。俺は再びステージへと目を向けながら、峰田の頸動脈を締め意識を刈り取った。
ステージではいまだ攻防が続いている。芦戸が酸を掛け、耳郎が辛うじて避ける。おそらく今の芦戸は牽制目的という事もあってかなり弱い酸しか撒いていないだろうから、本気を出せばあっという間に勝負がつく可能性だってある。芦戸が絶え間なく攻撃しているのもあってここからでも耳郎が疲弊しているのがわかる。
すると芦戸が何かを言い、傍目から見ても先程までとは明らかに粘度も溶解度も増している酸を手のひらに構え、耳郎の元へと滑走した。
*
Side.耳郎響香
ウチは芦戸の牽制代わりの酸を体を無理やり捻って避けた。あんなのモロに受けたらあっという間にジャージは溶かされ、ウチの肌着姿が全国生放送されてしまうだろう。
もちろん芦戸もそれはわかっているので牽制を当てる気はないようだ。回避したところに接近して場外勝ちか、ウチが降参するかのどちらかを狙っているんだろう。
「耳郎! 早く降参しないとジャージ溶けちゃうよ!」
「そんなことする気ないでしょ……ってあぶな!?」
間一髪避けた酸はウチのジャージの裾を溶かした。段々疲労で体も動きにくくなってきた。……そろそろ芦戸も仕掛けてくるころかな?
「ああもうじれったい! 溶解度あげちゃうよ!!」
来た!
芦戸が靴から酸を噴出させ、コンクリートを溶かして滑走してくる。その手には明らかにさっきまでとは粘度も溶解度も桁違いの酸。あんなのを食らったらヒリヒリどころじゃ済まない。
狙うは……ここ!!
ウチは芦戸が滑走してくるタイミングを見計らってコンクリの地面にプラグを挿し、増幅した心音でコンクリを砕いた。
「うわっちょ!?」
突如地面に開いた大穴を見て、芦戸は慌てて踏みとどまろうとするも滑りやすい酸の上で踏みとどまれるはずもなく派手にズッコケる。
ウチはそこを狙ってプラグを芦戸に挿そうとして――。
芦戸はすぐさま立ち上がり、軽快なバックステップでウチのプラグを避けた。
慌てて追撃しようとするも芦戸が手のひらから酸を撒いた。咄嗟に回避するが、酸で滑りやすくなっていたため転んでしまう。
恐らくこの試合、ウチが何かできるのはさっきの一回きりだろう。芦戸は運動神経が良いから、一度見た攻撃ならその身体能力で難なく突破してくるだろうし、プラグ直挿しは酸でカウンターを決められる。もうウチに出来る事はない。
でも負けたくない。
ここまで連れてきてもらったからには、勝ってあいつと戦いたい。
そんな思いで起き上がろうとした体は――動かなかった。
「なん……どうして」
元々ウチはそこまで体力があるほうじゃない。身体能力だって運動神経だって下から数えたほうが早いし、スタミナも無い。
そんなウチが絶え間なく浴びせられる酸を避けるために限界まで集中して動き続けたらどうなるかなんて考えなくてもわかることだった。
『耳郎さん行動不能! 芦戸さん二回戦進出!』
身体がゆっくりと倒れていくのを感じながら、ウチは意識を手放した。
*
Side.緑谷出久
ミッドナイトの指示でハンソーロボが耳郎さんを載せてリカバリーガールの元へ運んでいった。
……正直、始めはここまで試合が長引くとも思っていなかった。耳郎さんがまさかあんな奇策を用意していただなんて。
「この試合は耳郎さんと芦戸さんどっちが勝ってもおかしくはなかった芦戸さんの判断が少しでも違っていればこうはならなかったはずやっぱりあの体勢から咄嗟に回避に移れる芦戸さんの身体能力はかなり脅威になるだろうなあそもそも芦戸さんが牽制せずに最初から突撃をしていたらそれはそれでどんな結果になっていたのかわからないしあーでももしこの勝負がサポートアイテムもありの勝負だったとすれば個性の相性さもあるいは……ブツブツ……」
「緑谷……フルスロットルだな……」
「あっえっと……あはは」
どうやらまた暴走していたらしい僕は、いつの間にか復活していた峰田くんの若干引き気味の言葉で我に返った。
ふと響崎くんの方を見ると、なにやら真剣な顔をして考え込んでいるようだ。
「響崎くん、どうかしたの?」
僕が問いかけると、響崎くんはこっちを向いて笑いながらなんでもないと言った。
なんか前々から思ってたけど響崎くんが笑うと絵になるなあ……。本人は気にしてるみたいだけど響崎くんはとても男には見えない。これはプロになった後アイドル的人気がでそうだなあなんて考えていると、響崎くんが突然立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ、うん。行ってらっしゃい。常闇くんと八百万さんの試合もうすぐ始まるから急いだ方が良いかも」
僕がそう言うと響崎くんはわかったとだけ言ってスタスタと歩いて行ってしまった。
*
Side.響崎結弦
ドアを
「どうぞ」
俺はその言葉に従って、ドアを開けて中に入った。
見ると所々に絆創膏を貼った耳郎が椅子に座っていた。
「お疲れ」
俺がそう声を掛けると耳郎は負けちゃったと笑って返した。
「やっぱり芦戸強かったよ。ウチの個性じゃ相性悪すぎて敵わなかった。ごめんね? せっかくここまで連れてきてもらったのにさ」
そう言う耳郎の目から、頬に一筋の跡を残しながら水滴が滴り落ちた。心なしか声も震えている。
「耳郎はよくやったよ。あんな状況で打開策を必死に考えて、通じなくても諦めず立ち向かおうとして」
耳郎が俯く。ジャージの上にポタポタと落ちる雫を見ながら、俺は必死に言葉を紡ごうとする。ああクソ、こんな時に限って月並みの表現しか出てこない自分の頭が恨めしい。
「ありきたりな考えだけどさ。悔しいのは当たり前だよ。俺だって負けたらきっと悔しい。けど、大事なのはその悔しさをどう繋げるか……なんじゃないかな」
そう言うと俯いている耳郎の頭をなでる。
「いっぱい悔し泣きした後は笑って、今度は悔しい思いをしないように頑張ろうよ。俺に出来る事なら全力で協力するし、もちろん他の皆だってきっと協力してくれる」
そのまま耳郎はしばらくの間悔し涙を流し続け、俺は耳郎が泣き止むまで頭をなで続けた。
数分経った頃には耳郎の涙は止まり、顔をあげてこちらをみるその目は赤く腫れてしまっている。
「その……ありがと。慰めてくれて」
クラスメイトの前で泣いたことが恥ずかしかったのか、頬を赤く染めた耳郎が目を逸らしながらそう言った。
俺はどういたしましてと笑って返しながら立ち上がる。
「そろそろ行こうか。立てる?」
そう言って俺が差し出した手を取って立ち上がった耳郎の表情はとても晴れやかな笑顔だった。
*
「ただいまー。これ今どういう状況?」
耳郎を連れ、席に戻った俺は上鳴に今の状況を質問した。
「おー、帰ったか響崎。ちょっと前に常闇と八百万の戦いが終わって、今は切島とB組の鉄哲が戦ってるところだよ。似た個性ってだけあってだいぶ膠着してるみてーだ」
なるほどそういう。
ステージに目をやると丁度切島と鉄哲の拳が互いの顔にクリーンヒットし、両者がダウンしたところだった。
『個性ダダ被り組!! 鉄哲
「両者ダウン!! 引き分け!!」
ミッドナイトがそう告げた瞬間に沸き立つ会場。
「引き分けの場合は回復後簡単な勝負……腕相撲などで勝敗を決めてもらいます!」
「マジかよ……あいつら強さまでほぼ同じってどんだけだよ……」
上鳴がそう呟く。
……というか、腕相撲で勝負決めるのかよ。
そんなことを考えていると、一回戦最後の組の入場を求めるアナウンスがされた。
「あ、響崎くんと耳郎さん帰ってきてたんだ」
声のする方を見ると、そういえば帰ってきてからいなかった緑谷と飯田の姿。
「うん、緑谷達はどこ行ってたの?」
「ちょっと麗日くんのところにな……」
耳郎の問いかけにそう答える飯田。そうか、次の試合は――。
そんな俺の思考を遮るかのようにプレゼント・マイクの声が会場中に響いた。
『さあさあ一回戦最後の第八試合! 中学からちょっとした有名人!! 堅気の顔じゃねえ、ヒーロー科爆豪勝己!!』
俺達から聞いてもあんまりな選手紹介を受け、いつも通りどこか苛立ったような表情で対戦相手を睨みつける爆豪。
彼と相対するのは――。
『
ステージ上に立つ麗日はいつものほんわかした表情ではなく、意を決したような表情で
「うへぇ……ウチちょっと見るの怖いかも……」
思わずそう漏らした耳郎。おそらくこの場にいる皆が同じ思いだろう。
爆豪は相手が誰であろうと全力で潰しに来る。決して油断せず、"獅子は兎を狩るにも全力を尽くす"を体現するかのように戦う。それをA組全員がわかっているからこその緊張感。
「そういえば緑谷くん、先ほど言っていた爆豪くん対策とは何だったんだい?」
「ん! 本当たいしたことじゃないけど……」
緑谷が言うには、麗日が爆豪に勝つためには速攻で爆豪に触れ、浮かして主導権を握ってしまうことが最善策らしい。その作戦を麗日に伝えようと思ったら自分の力で勝ちたいと断られてしまったらしいけど。
『START!』
開始直後、麗日は爆豪に突撃した。緑谷と同じ考えにたどり着いていたのか、速攻仕掛ける作戦のようだ。
だが、それでも爆豪は強かった。
爆豪は突撃してくる麗日を右の大振りで迎撃。麗日は一瞬回避しようと動いたが間に合わず爆撃をモロに受けてしまう。
「麗日さん!」
「モロかよ……!」
爆豪の容赦のない攻撃に思わず声を上げてしまう緑谷。さっきまでゲスなヤジばかり飛ばしていた峰田も顔が青ざめる。
ステージ上にはまだ土煙が残っていて、麗日の様子は視認できない。すると突然土煙の中から影が飛び出した。
それを視認した爆豪が咄嗟にそれを捕まえるも、そこにあったのは麗日の個性で浮かされたジャージの上着。
『おおー! 上着を浮かせて這わせたのかぁ、よー咄嗟にできたな!』
呆気にとられている爆豪の背後から襲い掛かった麗日の手が爆豪に触れる瞬間、爆豪が恐ろしい速さで振り返り、麗日に爆風を浴びせる。
「見てから動いてる!?」
「あの反応速度なら煙幕はもう関係ねぇな」
「触れなきゃ発動できない麗日の個性、あの反射神経にはちょっと分が悪いぞ……」
『おおっと麗日間髪入れず再突進!!』
だがしかし再び爆豪の迎撃で吹き飛ばされる麗日。
何度も吹き飛ばされるが負けじと何度も突進する麗日の痛々しい姿と、それを軽くあしらい続ける爆豪の姿に、次第にブーイングが起こる。
「おい!! それでもヒーロー志望かよ! そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!! 女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」
「そーだそーだ!!」
『一部から……ブーイングが! しかし正直俺もそう思……わあ肘っ』
プレゼント・マイクの言葉が中断された。肘と言っていたあたり相澤先生に肘鉄でも食らったんだろう。
『今遊んでるっつった奴プロか? 何年目だ?』
唐突に実況に割り込んできた
『素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』
「相澤先生……!?」
相当苛立っている相澤先生の声にA組の皆も固まった。相澤先生が珍しく語気を荒げた喋り方だったからだ。
『爆豪はここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろうが』
「勝あアアァつ!!」
麗日は観客席にまで届く雄叫びを放ち両手の指を合わせた。それは『
『流星群ー!!!』
それを合図にステージ上空から無数の瓦礫が降り注ぐ。
麗日は無意味な突進を繰り返すふりをして、爆豪の爆破で砕けた瓦礫を蓄えて反撃の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
「そんな捨て身の策を……麗日さん!!」
落下する瓦礫の雨を掻い潜りながら、麗日は自身を浮かせる"超必"の動作を取る。
だがしかし。
BOOOM!!
上空から降り注ぐ数多の瓦礫を、爆豪は手を上に向けて放った一度の爆破で全て吹き飛ばした。
「火力高すぎるでしょ……」
思わずそう呟いてしまうほどに強力な爆風。麗日が必死に積み上げた秘策を爆豪は文字通り一撃で粉砕して見せた。
『会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々――正面突破!!』
秘策すら突破された状況でも尚、麗日は立ち上がり突撃を仕掛けようとするも――
その場で崩れ落ちてしまった。
すぐさまミッドナイトが駆け寄り、麗日の状態を確認する。倒れてもまだ這いずって立ち向かおうとする麗日だが、もう戦える体力が残っているとも思えず。
「麗日さん……行動不能。二回戦進出爆豪くん――!」
そのままミッドナイトの指示で担架に乗せられる麗日。
「……控室、行ってくる」
それを見届けた緑谷は悲痛な面持ちで席を立ち、控室へと向かっていった。
春休みが終わってしまったのでこれから投稿頻度は落ちると思いますが、元から不定期更新なので気長に待ってて頂けると幸いです。
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