第十五話・ヒーローとしての名
「おはよう」
休み明けの登校日、教室の入ってきた相澤先生の顔や腕からはUSJでの負傷による包帯が綺麗さっぱり無くなっていた。しかし右目の下には傷跡が残っており、あの戦いで相澤先生が負った怪我は決して軽くはないことを表していた。
「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」
「婆さんの処置が大げさなんだよ。んなもんより今日の"ヒーロー情報学"ちょっと特別だぞ」
相澤先生のその言葉で一気に教室の空気が凍り付く。抜き打ちテストでもするのかと皆の背筋も自然に固まった。誰から鳴ったのか、ゴクリと生唾を飲み込む音がやけに鮮明に聞こえた。
そんな空気の中、相澤先生が再び口を開いた。
「"コードネーム"……ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」
さっきまでの空気が一変、大盛り上がりになった俺達を相澤先生は一睨みで黙らせた。
「というのも、先日話した"プロからのドラフト指名"に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から……。つまり今回来た"指名"は将来性に対する"興味"に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「大人は勝手だ!」
つまりはここでいくら興味を集めても来年の体育祭で将来性が感じられなかったら全部パーになる可能性も高いってことか。
そんな非情な現実に峰田が悪態をついた。
「ってことは、頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
「そ。でその指名の集計結果がこうだ」
そう言って相澤先生が黒板を指すと、黒板に集計結果が表示される。
……毎度思うけどこの教室どんだけハイテクなんだよ。
気になる集計結果を見てみると、一位が轟、二位が俺、三位が爆豪で三人とも3000件を越える指名数。そしてその後に常闇、飯田、上鳴、八百万、切島、麗日、耳郎、瀬呂と続いていた。
「三位と一位逆転してんじゃん」
「麗日との試合でブーイングしてるヒーロー結構多かったからなあ……」
「インネンつけてんじゃねえよプロが!!」
切島と瀬呂がそう話していると爆豪が食ってかかった。そういう内面が透けて見えてたんじゃないのかなあ……言動とか。
「さて、これを踏まえ……指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
職場体験。それはヒーロー志望の生徒が一週間ほど、プロヒーローの事務所でヒーロー活動の見学や補佐といったサイドキック見習いのような体験期間のこと。もちろん生徒にとってはプロの活動を間近で見ることでより実りのある訓練を行うことが出来る非常に有意義なモノだ。
最も、俺達ヒーロー科1年A組は一足先にヴィランと対峙してしまったが。
「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになってきたァ!」
「まァ仮ではあるが適当なもんは……」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」
途端に色めき立つ俺達に相澤先生がなにやら忠告をしようとした矢先に、教室のドアが開いた。
そこにいたのは先日、雄英体育祭1年ステージ主審として大きなお友達の興奮を誘った18禁ヒーロー≪ミッドナイト≫だった。
「この時の名が! 世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」
「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん。将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まりそこに近づいてく、それが"名は体を表す"ってことだ。"オールマイト"とかな」
そう言ってゴソゴソと教卓から寝袋を取り出す相澤先生。
……良いこと言ってるけど寝る気満々ですね先生。いやまあお疲れだろうしいいんですけども。
*
そして15分が経過した頃。
「じゃそろそろ、出来た人から発表してね!」
ミッドナイトの言葉に皆が、発表形式なの!!?これは結構度胸が……などと考えている間に青山が躊躇う素振りもなく前に出た。彼、普段はよくわからない人だけど結構度胸あるんだな。
「行くよ」
そう言った青山が勢いよくヒーロー名を記入したフリップを掲げた。
「輝きヒーロー≪
「「「短文!!!」」」
名前じゃないだろソレ!あと普段フランス語多用するくせして何で英語なの!?
クラスの心が一つになった瞬間である。こんなところで一つになっても困るけど。
「そこはIを取ってCan'tに省略したほうが呼びやすい」
「それねマドモアゼル☆」
えぇ……いいのかよ……。
ミッドナイトのアドバイスに俺達は思わず困惑していると次アタシね!と芦戸が前に出る。
「リドリーヒーロー≪エイリアンクイーン≫!!」
「
まさかのネーミングに流石のミッドナイトもNGを出した。
ちぇーじゃないんだよ芦戸、その名前はマズイから。
というか。
最初に変なの来たせいで大喜利っぽい空気になったじゃん!!
またしてもクラスの思いが一つになった気がする。
「じゃあ次私いいかしら。小学生の時から決めてたの。梅雨入りヒーロー
「カワイイ!! 親しみやすくて良いわ!! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」
ミッドナイトも絶賛のそのネーミングで大喜利の空気感が消え去り、思わずクラス全員がフロッピーコール。
すると前に出やすくなったのか切島が前に出た。
「んじゃ俺!! 剛健ヒーロー≪
漢気ヒーロー≪
……というかいい加減俺も考えないと。やっぱ個性が連想できる名前の方が良いよなぁ……。
「うあー。考えてねんだよなまだ俺」
そう唸ったのは上鳴。そんな彼の肩を耳郎がプラグでつついた。
「つけたげよっか。≪ジャミングウェイ≫」
「ぶっふぉ!」
ジャミングウェイに隠された意味にいち早く気付いた俺が思わず噴き出すと、上鳴は一瞬怪訝そうな顔をしたがすぐに普段の顔に戻って耳郎のセンスを褒め称える。
「"武器よさらば"とかのヘミングウェイもじりか! インテリっぽい! カッケェ!!」
「いや、せっかく強いのにブフッ! すぐ……ウェイってなるじゃん……!?」
「うくく……やばいツボに入った……」
やっぱりそういう意味だよね。ジャミングしてウェイ……やばい、笑いが止まらない。耳郎のせいでお腹痛いんだけどどうしてくれんのさ。
ふざけんなよ!と叫ぶ上鳴に可愛らしく舌を出した耳郎はそのまま教卓にフリップを立て、自身のヒーロー名を発表した。
「ヒアヒーロー≪イヤホン=ジャック≫」
個性が連想できる良い名前だとミッドナイトが褒める。
やっぱ何かしら個性に絡めた名前が良いよなあ……うーむ。
俺がああでもないこうでもないと考えているうちに発表はどんどん進んでいき。
「触手ヒーロー≪テンタコル≫」
障子の
「テ―ピンヒーロー≪セロファン≫。まんまだけどな」
瀬呂がお手本のようなわかりやすい名前を発表したり。
「武闘ヒーロー≪テイルマン≫」
「甘味ヒーロー≪シュガーマン≫。ちょっと尾白と被っちまった……」
尾白と名前のベクトルが被った砂藤が気まずそうに苦笑い。
「≪
「スタンガンヒーロー、チャージとイナズマで≪チャージズマ≫!!」
再考の芦戸が勢いよく叫び、
「ステルスヒーロー≪インビジブルガール≫!!」
「良いじゃん良いよ! さァどんどん行きましょー!!」
勢いが乗ってきたおかげかミッドナイトが心底楽しそうだ。
「この名に恥じぬ行いを。万物ヒーロー≪クリエティ≫」
「クリエイティヴ!」
八百万の名前にノリノリで合いの手を入れるミッドナイト。なんかゆるい感じになってきたな……。
その次は轟。その名前を見たミッドナイトは驚きの声を上げる。
「≪ショート≫」
「名前!? いいの!?」
「ああ」
良いらしい。まあ轟こういうのあんまり気にしてなさそうだからね。焦凍ってかっこいい名前だし案外良いかもしれない。
「漆黒ヒーロー≪ツクヨミ≫」
「夜の神様!」
……うん。常闇があの病に罹ってるのはなんとなく気づいていたけど、まあかっこいいしいいか。それにあの病は男女関係なく皆が患う不治の病だからね……。ははっ……。
「モギタテヒーロー≪
「ポップ&キッチュ!!」
峰田が必死に背伸びして掲げたフリップにはそのヒーロー名が凝った構図で書かれていた。峰田って普段の行動のせいであんまりそんなイメージ無いけど意外とそういうセンスあるんだね。
「……」
「うん、わかった!」
次に発表した口田は緊張しているのか、"ふれあいヒーロー≪アニマ≫"と書かれたフリップを出してその名を読み上げなかった。
そう言えばまだ口田の声聞いたことないな。いつか聞ける機会があればいいけど。
すると鬼のような形相をした爆豪がヒーロー名を発表しに前に出て来た。
「≪爆殺王≫」
「そういうのはやめた方が良いわね」
「なんでだよ!!」
今までノリノリで合いの手を入れていたミッドナイトにすぐさま却下され、怒りが爆発した爆豪に爆発さん太郎にしろよとヤジを飛ばす切島。
いやでもダメだろ、爆殺王は。ヒーロー名ってよりどっちかというとヴィラン名じゃないか。
「じゃ私も……。考えてありました。≪ウラビティ≫」
「シャレてる!」
麗日が自分の名前と重力を意味するグラビティを掛け合わせた名前を披露する。
確かにシャレてる。呼びやすいしいい名前だと思う。
「思ったよりずっとスムーズ! 残ってるのは再考の爆豪くんと……飯田くん、響崎くん。そして緑谷くんね」
すると飯田が前に出てきて、≪天哉≫とだけ書いたフリップを見せる。
「あなたも名前ね」
ミッドナイトの怪訝そうな言葉に、飯田は何も言わなかった。
そんな中、俺は飯田の様子を気にしてる暇などなく必死にヒーロー名を考えていた。
……よし、これで行こう。
思いついたヒーロー名をフリップにササッと書き、飯田が席に戻ったのを確認して前に出る。
緊張しているのか、やけにざわつく鼓動を聞きながら俺は意を決してフリップを教卓に立てた。
「俺のヒーロー名は、サウンドヒーロー≪レコード≫」
「ふむふむ。蓄音機からレコード盤を連想したのね! わかりやすくて良いじゃない!!」
良かった、ミッドナイトからの評価も良い。これで却下されたらどうしようかと思ってた。
まあぶっちゃけそんなに凝ったネーミングじゃないけど、これでも一時間ずっと考えたのだ。再考って言われたらショックで固まってたかもしれない。
俺がホッとしつつ席に戻ると入れ替わりになるように緑谷が前に出た。
緑谷がスッと教卓の上に立てたフリップを見た俺は驚きを隠せなかった。
「緑谷!?」
「良いのか? それで」
「一生呼ばれ続けるかもしんねえんだぜ?」
峰田や上鳴、切島にそう言われた緑谷は真剣な顔をして言った。
「うん。この呼び名、正直今まで好きじゃなかった。けどある人に"意味"を変えられて……僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ」
緑谷のその言葉で入学初日の帰り道を思い出したのは、きっと俺だけじゃないだろう。
「これが僕のヒーロー名です」
そう言った緑谷が持っているフリップには、≪デク≫という名が書かれていた。
*
ヒーロー情報学の授業後、俺は耳郎と緑谷、そして麗日の四人で話していた。
「え? バトルヒーロー≪ガンヘッド≫の事務所!? ゴリッゴリの武闘派じゃん!! 麗日さんがそこに!?」
「うん、指名来てた!」
どうやら麗日は早くも武闘派ヒーローの事務所に行くことに決めたようだ。
「意外だ、麗日はもっと13号みたいな救助メインのヒーローを目指してると思ってた」
「最終的にはね!」
どうやら麗日はやりたいほうだけ向いててもダメだと体育祭を通して思ったらしい。強くなれば可能性広がるじゃん?とのこと。
まあ確かに一理ある。……うーん俺は事務所どうしようかなあ。
「耳郎はもう決めたの? 指名来てたみたいだけど」
「うん、ウチは指名くれた≪デステゴロ≫のトコに行こうと思ってる」
「ええデステゴロ!? また武闘派なヒーローだね……」
耳郎の言葉に緑谷はまたしても驚いた様子で返した。
すると耳郎はプラグ同士を突き合わせながら。
「ウチももっと強くならなきゃなって思ってさ」
それを聞いた麗日はおんなじや!と嬉しそうに顔をほころばせた。
というか耳郎、そんなこと考えてたのか。負けたの、相当悔しがってたからなあ……。
「そういう響崎はどこか決めたの?」
「いや俺はまだ。都市部の凶悪犯罪の対処をしてる事務所もいいかなって思ってたんだけど、まだ決めかねてる。緑谷は?」
「僕もまだだよ。僕は指名が来てなかったから。それにまず受け入れ可の40名のヒーローらの得意な活動条件を調べて系統別に分けた後事件・事故解決件数をデビューから現在までの期間でピックアップして僕が今必要な要素を割り出さないといけないしそもそもこんな貴重な経験そうそうないし慎重に決めなきゃああそうだ事件がないときの過ごし方なども参考にしないといけないなああ忙しくなるぞうひょー」
もはや芸かよ。
いつも通りな緑谷を尻目に、俺はもう一度最初のページから見返そうと指名リストのページをめくった。
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