Game/stay summer   作:耳民美

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#01「プロローグ/混線」

Game/stay summer 1

 

 

 

「——これより、ゲームを始める」

 7月31日。夏休み真っ盛りの夏海(なつみ)市はしかし、突如として魔術儀式を基盤とした戦いの場と化した。

 

 ――〈玉手箱〉。

膨大な量の〈ゆらぎの量子(クォンタム・ピース)〉を内包したそれは夏海市の至る所にばらまかれ、そして、それにより誕生したまがい物の魔術師たちによる熾烈なバトルロイヤルが勃発したのだ。

 

 全ては――

 

「最後に残った参加者が勝者となり、そして全てを得るだろう」

 

 最終的な勝利者を生み出すために――

 

 

 

序章「匣を巡る闘争」

 

 茫、と揺らめく陽炎を見つめていると――ふと思う。

 自分という存在は、何者なのか――と。

 自分を構成するものは肉体と記憶と、そして魂。

 あるいは、周りの環境と人々……そういった外堀や外殻とも形容出来得る概念。

 自分という世界を構成し得る概念は、外と内の双方にあるのだろう。

 

 ……などと羅列してみたところで、その根拠は自分の中では曖昧なものであるし、なによりその考察に飽き始めている自分に気が付く。

 

「あほらし……」

 蝉時雨降り注ぐ真夏の〈夏海市〉にて。俺こと樋上(ひがみ)レイジは一人、丘の上の教会――その手前の坂を登りきったところから町を見下ろしていた。高校生活最後の夏休みだというのにやることのない、暇人の戯れである。別段、高所に立つことによる優越感に浸りたいということでもない。

 

 ……とはいえ。高校生活もじき終わる。周囲からは卒業後の進路についても色々と聞かれることが多い。俺としては、両親から提案――というかほぼ強制だが――されている“海外留学”で決まりと言ってもいいのだが……アレはアレで、その後の境遇を考えると何とも憂鬱な気分にならないでもない。要は、少々特殊な海外留学なのだ。

 

「どうしたものかね、ホント」

 などと、声に出したところで助け船が出るとも思えない。というか思わない。何故ならここには今、俺しかいないのだから。教会の中ならいざ知らず、わざわざ今日の様なクソ暑い日に直射日光の照りつける坂の頂に立っている者など俺の他にはいないという話で——

 

「おやおや、独り言ですか。ひょっとしてそれは……他人の目を気にする内容でしょうか?」

 

「――――――」

 突然、教会の門から声が聞こえた。

 正直、衝撃だった。まさか門の影に人がいようとは思ってもいなかったのだ。

 

 絶句したまま振り返る。すると、ちょうど門の開く音がして、その男が姿を現した。

「……なんだ、アンタか」

 男は〈聖堂教会〉と呼ばれる組織に所属する神父だった。言峰と言う名で、ここ〈夏海教会〉を任されている。年若く見えるが、既に三十路は越えているらしい。

 

「アンタはないだろう、アンタは。そこそこ見知った仲なんだから、もう少し言葉の棘は仕舞っておいて欲しいもんだな」

 俺の言葉から態度の悪さを感じたのか、神父の方から先に砕けた物言いをしてきた。

 

「………………」

 それに対して、俺は沈黙を以て返答とした。

 ……正直なところ、俺はこの男が苦手だった。――どうしてだか、どうにも慣れないのだ。それゆえに、この男に対しては棘を隠せないでいた。もしかしたら、見透かされているのかもしれない――そういう不安もあった。

 

「……ああ、そうだ。樋上君、暇だったらでいいんだが、一つ頼まれてくれないか」

 しばらく続いた沈黙を破ったのは言峰だった。……どうも、俺が既に言峰に対して話すことが無いということ、それすら見透かされているようだ。……そう考えてみると、単にこういう積み重ねが慣れなさの原因なのかもしれない、とも感じられた。なんというか、慣れないというよりこの男と馴染みの関係になりたくない、というべきか。

 

「自分で行けばいいじゃないですか。どうせ使いっぱしりなんでしょ?」

「そう言われると耳に痛いな。次は上手く誘うとするよ」

「まだ頼む気でいるのか、アンタは……」

 

 図々しいというかなんというか。この男のややニヒルな物言いは、それはそれは長い積み重ねの上で構成されたものなのだろう。妙に経験豊富というか、いろんな人と関わって来たらしいというか……。

 

 ともかく、健全といえば健全な在り方であった。変な意味ではなく、ただ、どこか歪な印象を受けるこの言峰という男にしては、今繰り広げられた純粋なコミュニケーションは、ただひたすらに真っすぐな側面であるように感じられたのだ。

 それは今までも何度か目にすることがあって、そういったあれこれが、却って俺の中で言峰を苦手な対象として認識させていた。

 

 ……というか、改めて分析するとこれこそが苦手さの正体なのかもしれない。いやはや、俺も案外ビビりのようだ。

 

「まあ、嫌だっていうのなら無理には頼まないさ。ただ、会う相手が君ぐらいの年齢でね、友人に頼むと場合によっては事案と誤解されかねない」

「……は? どういう話なんです、これ」

 流石に気になってしまい、つい聞き返してしまう。それを僥倖と見たのか、言峰は即座にこう言った。

 

「娘なんだよ、俺の」

 

 

   ◇

 

 ――娘ならば尚更自分で行くべきではないか? 当然の帰結として俺は言峰にそう問うたのだが、ヤツは突如として急務ができたとのことで、慌てて俺の様な暇人を探していたという経緯だったようだ。

 

 名前は聞いたし写真も借りた。とりあえず、他人と間違えるという事態は避けられそうだ。……まあなんというか、言峰に貸しを作っておくのも悪くない、そう思ったのだ。

 ……それにしても。

 

「……似てるな」

 それぞれ別々に見たら、親子だとは思わない程度には雰囲気は異なっている。だが、一緒に並んでいる姿を想像してみると、なるほど確かに二人は親子だ――そう確信できる程には髪色を除いた外見的特徴は似通っている。

 

「でも何て声をかけるべきなのかね」

 それはそれとして、初対面の少女に対して気軽なコミュニケーションが出来るほど、俺という人間は対人慣れしているわけではなかった。全般的に懐疑的、とでも形容すればわかりやすいだろうか。……もっとも、わざわざ理解されることを望んでいるわけでもないあたり、俺のこじらせっぷりは筋金入りなのだろうが。

 

 などと思案している間に坂を降りきったので、待ち合わせ場所である〈夏海駅〉に向かうべくバス停の列に並ぼうとした。だが――

 

「……?」

 午前10時。夏海市の基準で言えば普段なら待機者がまばらな時刻のバス停はしかし、十数人の待機列を形成していた。……ひょっとすると、俺が坂を登る前から待っている人すらいるのではないか?

 

 少々人間観察を行ってみると、苛立ち交じりに時刻を確認する者や列から離脱する者の姿が散見された。やはり、かなりの時間待たされているようだ。

 

 夏海市は、公共交通機関の利便性はそれなりに良い方である。このような事態は滅多に――いや、このような事態、そもそも初めて見た。ゆえに、何か異常が発生しているのだと容易に推測できた。

 ……そういう状況ならば、万が一に備えるのが俺という人間だ。

 

「――――――」

 意識を集中し、物事を深く凝視する。

 目立たない程度に、家系の(わざ)を行使する。

 視神経ではない異質なナニカを神経に偽装し、見えざるものを視ようとする。

 

「――視界、変動(スライド・テクスチャ)

 トリガーとなるワードを紡ぎ、神秘の領域に己を浸す。

 ――苦痛はあるが、もう慣れた。それは、何度も繰り返してきたことだから。

 

 今更ではあるが、俺は魔術師なのだ。

 

 ——視界にノイズが走り、次の瞬間には世界が一変する。……正確には何も変わってなどいない、俺の目が、世界の認識方法を一時的に変更したのだ。

 

 ――〈直()の魔眼〉と、両親は呼称していた。世界の本質を直視する、解明の魔眼であるらしい。同音の魔眼が別に存在するが、本質的には似通っているとか。魔術世界の総本山である魔術協会〈時計塔〉としては、封印指定の烙印を押し保存しておきたいらしいのだが……樋上の家系はこと遺伝において優秀な一族であるため一旦保留ということになったようである。要は遺伝すらしない()()()()のみを指定している制度なのだ。

 

 ……一変した視界で周囲を確認すると、そこかしこで魔力の放出が見られた。現状、それらは新都エリア周辺のみで見られる現象だったので、こちら側では異常らしい異常は見られない。それはそれとして、バスが来ないのはこれが原因か。

 

「歩きで行くのはそれなりに酷だな……」

 今ならまだ言峰がいるかもしれない。そう思い俺は教会へ踵を返そうとした。

 その時であった。

 

 幾つもの流星めいた力のイメージが、教会よりさらに山側の森で巻き起こった。魔眼発動中、あらゆる物事を距離にかかわらずイメージとして視認できる俺だが、逆に言えば捉える事が出来るのは本質的なものであるため実像を把握することはむしろ不得手となる。

 

 だが、いくつもの事象の中で一際大きな力の奔流が、ほぼ同じタイミングで複数放たれたという事実はそれだけで脅威である。一応隠蔽の効く森林地帯での発生だったため、神秘の秘匿を考慮する魔術師の行動であると分析するも、それを俺は俄かには信じられなかった。

 

 立て続けに巻き起こる爆撃めいた線条のイメージ。力の正体は、流星めいた移動をするレーザービームの様なものであった。

 それが何度も何度も巻き起こる。間隔が短すぎる。魔術師の放つスペルにしては、必要とされる詠唱工程の間隔と破壊の規模——その甚大さとが釣り合わない。神秘の薄れた現代において、魔術師にこのレベルの高速詠唱は実行できないはずだ。いやそもそも――

 

「魔力をリソースにしてはいるようだが、攻撃手段自体は別のアプローチじゃないか……!?」

 それは現代兵器でもなければ魔術でもなかった。さらに言えばそれは、強力な魔力を宿してはいるものの、もっと根本的な武器に近かった。

 ――これは、想像以上にシンプルな、それこそ弓矢か何かなのではないか……!?

 

「……いや、それだけじゃない」

 攻撃側も攻撃側だが、迎撃側も迎撃側だった。流星の如く乱射される矢の雨と思しき驚異の連続射撃。それを迎え撃つ力の奔流、それすら魔力を帯びた古の武具の様であった。

 

「――これは、槍、なのか……」

 最早絶句以外の選択肢を失いそうになる。驚異的な古き連撃を迎え撃つ者もまた、古き大いなる魔槍の連続投躑を以て、破滅的攻撃を防ぐことに成功していたのだ。

 

「なんだ、なんなんだ――これは」

 神秘なる魔術世界に身を浸している俺だが、これほどの神秘を見たことなど今まで一度たりともない。これは最早、人の業を超越している。人が人のままでは成し得ないほどの偉業としか形容できない――俺は、今度こそ絶句しそうになった。

 

 その直前、その男は現れた。突如として、俺の背後に。

 

「少年、森に行くことは推奨できない。それならばまだ、新都に向かうべきだ」

「な――」

 

 男――声色から性別を推定――の声に向かって振り返るが、この時既に、俺の魔眼は警鐘を鳴らしていた。

 そこにあったのは、森林エリアで巻き起こる暴威の戦慄と同質の存在だった。

 

「う、うわぁぁぁ――――――…………っっっ!!」

 堪らず絶叫する。もう少しで失禁すらしてしまいそうだった。力の開放こそしていないものの、目の前に立つ男もまた――人の形をした超越体なのだ。

 

 限界だ、これ以上は俺の精神が、処理能力が保たない。ゆえに、即座に魔眼を解除した。

 ――当然と言えば当然なのだろうが、眼前には黒衣の男が立っていた。顔には、これまでの苦悶を物語るかのような皺が幾つも刻まれていた。

 

「――貴様、私が何であるか理解しているな?」

 ほんの少しの驚嘆を言葉に込めたかのような声色で男が言った。

 

「理解が追いつかない、なんだ……なんなんだお前ら」

「お前()――そうか、他の〈サーヴァント〉も感知したか」

「…………!」

 

 つい、森林エリアの件についても口にしてしまった。この男――今、使い魔(サーヴァント)と言ったのか?――に、余計な情報を与えてしまった可能性がある。

 ……だが、男は俺に何をするでもなく、木陰に配置されていたクロスバイクを指差した。

 

「用意したアレを使うがいい。私は貴様を襲撃する理由を持ち合わせていないが、それでもここに居残るより、幾らかマシだろう」

「……新都に行けってのか?」

「そうだ。君の感知能力を持ってすれば、あの二輪車に罠が無いことなど瞬時に理解できよう? ゆえにアレに乗り、ここから逃げるがいい」

 そう付け加えて、男は再度、俺にクロスバイクへの搭乗を促した。

 

「……目的が分からない。アンタは俺の味方なのか?」

 恐怖の感情は未だ完全には拭いきれてはいないが、それでも俺は確固たる意志を維持して訊ねた。

 

「……そうだな、敵とは言えないな。少なくとも今は――としか保証は出来ないが」

 ハッキリとした確証は得られなかったが、少なくとも現在は攻撃意志を感じなかったため提案を受け入れることにした。

 

「じゃあそれでいい、とりあえずはアンタを信じることにする」

 そう言って、俺はクロスバイクまで走り出した。

 有名なメーカーの名が刻まれている。あの男の所有物なのだろうか。

「……いや、今はそんな場合じゃないだろ馬鹿」

 自虐めいた独り言によって、何とか己を奮い立たせる。とにかく今は、気持ちを紛らわせることが必要だと感じたのだ。

 

 鍵のかかっていないクロスバイクに乗り込み、俺は走りだした。

 

「或いは貴様が、残る一人なのかもしれんな」

 

 背後で、男がよくわからないことを口にしていた。

 

   ◇

 

 ――新都エリアに到着する寸前、奇妙な振動が起こった。実際に振動したわけではない。それはどちらかというと、鳴動のイメージとでも言うべきものだった。

 俺はその感覚をよく知っていた。

 

「今のは――」

 それは、俺の持つ〈直視の魔眼〉に近い感覚だったのだ。

 夏海市のどこかで、俺と似たタイプの魔術を行使した者がいるというのか?

 

 ――いや。それも重大な懸念点だが……俺はまず、目下の窮地を潜り抜けねばならなかった。

 ほんの数秒前、俺は数人の若者から襲撃を受けた。()()ところ、後付けの礼装らしき物体で魔術行使が可能となった者たちのようだが――この、『ゆらぎ』は何だ? 量子……なのだろうか。魔術的なリソースではあるようだが、ゆらぎであること以外よくわからない。

 

 クォンタムピースという名のリソースについて聞いたことがあったが、これがそれなのだろうか? 確か、あらゆる可能性を許容するゆらぎ——だったか。

 

「――チッ」

 とにもかくにも、力を手にした――というより力を受け入れたと言うべきだろう――俺とタメぐらいのコイツらは、俺を取り囲み、そしてリーダー格の男がこう言った。

 

「お前、〈玉手箱〉持ってるゥ?」

「……何?」

 玉手箱……まさかおとぎ話に出てくるアレそのものだとは思えないので、恐らくは礼装の類なのだろう。何が起こったのか釈然としないが、少なくとも新都エリアにて何者かが妙なことを始めたことだけは確かなようだ。

 

「おいシンゴ、こいつ多分カンケーねえぜ」

 男――シンゴ――の取り巻き、その一人がそう言った。実際俺はここで言う玉手箱など知らない。無関係であることは明白であるはずだった。

 だが、シンゴはそれを否定した。

 

「いいや、毬場(まりば)から聞いたんだが、このゲームに無関係なヤツは吐きだされるらしい。だからコイツも参加者だ」

「あー、そーなの」

「お前らずっとスマホ弄ってたもんなァ。たまーにゃ話も聞いとくと色々得だぜ?」

「うーい」

 

 げらげらと下品な笑いを響かせるシンゴたち。……コイツらの言葉が真実なのだとしたら、どうやら俺は、コイツらの言うゲームとやらに巻き込まれたらしい。――さっきの〈サーヴァント〉と呼称するらしき存在とも、何か関係があるのだろうか。

 今度は俺の方から問いを投げかけることにした。

 

「……なあ、アンタたち」

「ンン?」

 シンゴが至極楽しげに応答した。機嫌の良いうちに訊いておくとしよう。

「〈サーヴァント〉……知ってるか?」

 瞬間、シンゴたちの表情が強張った。その表情は、分類するならば『畏怖』に近しいものだった。

 

「オイ、オイオイオイオイ……オイオイオイ! お前、お前ェ……なんで、なんで玉手箱は知らねェでサーヴァントは知ってんだよォ……!」

 ざわつくシンゴたち。俺からすれば、この狼狽ぶりの方が理解できなかった。……何なんだ? サーヴァントではなく玉手箱の方が基礎知識ということなのか、このゲームは?

 

「オイ、シンゴ……こいつひょっとして毬場の仲間なんじゃねーのか?」

 取り巻きの一人が震え声でそう話す。……その毬場とやらは知らないが、この状況は上手く利用すれば事を有利に運べそうだ。ひとまずは、毬場の仲間ということにしてこの場を切り抜け――

 

「いや、いいや、リラックスしろよオメーら……。それならそうだと、毬場が先に俺らに言うだろうがよ……アイツは確かにヤベェ野郎だが、それでもこのゲームに関しては間違いなくフェアだ……運営側のスタッフであろうと、敵として配置するのなら始めからそう説明してくるハズだぜ……!」

 

 シンゴの言葉に、取り巻きたちは冷静さを取り戻した。存外に頭の切れる男のようだ、油断ならない。

 

「理屈はわかんねェが、コイツは参加者だ……玉手箱を所持してなくてもなァ……」

 その言葉は合図と同義だったのか、シンゴたちはじりじりと距離を詰め始めた。

 俺は俺で、目に魔力を通す準備を始めた。

 而して、戦いは唐突に勃発した。

 

「ならコイツからもブン取れるってワケだぜ……クォンタムなんたらをよォーーーーーーッ!!」

視界、変動(スライド・テクスチャ)――――――ッ!」

 

 シンゴたちは首から紐でぶら下げた手のひらに収まるサイズの(はこ)より僅かな量子を放出、それをそれぞれの身に浴び始めた。それこそがゆらぎの量子なのだろう。直視の魔眼が捉えた玉手箱の中身は、間違いなくこれだった。逆説的に言えば、それを内包する匣が玉手箱ということになる。

 

 戦闘が開始された――視界のずらし方にも色々と種類がある。今回は微調整を加えて左目のみで魔眼を起動させた。顕微鏡を片目で覗いてスケッチをする状態が比喩対象として最適だ。このテクニック、慣れは必要だが、使いこなせば行動への支障は大幅に解消される。

 

 そして、直視の魔眼が戦闘時にもたらすアドバンテージはここからが本番である。

「――――」

 迫りくるシンゴたち、それらから放たれる殺気を観測する。――それはそのまま、攻撃軌道の計算に繋がる。思考から発展する攻撃意志の指向性は、放出される寸前で俺の魔眼にキャッチされる。

 ――結果として、彼らの攻撃は俺に筒抜けとなっていた。

 

「丸見えだ……!」

 軌道予測を瞬時に完了し、日頃からそこそこ程度には鍛えていた肉体を以て迎撃行動を連続でこなす。急速な肉体の捻じりに対しては回復魔術を即座に発動し痛みを軽減する。その際、魔術という人体から見れば異質な概念に対する拒否反応めいた痛みも発生するが、それらはアドレナリンの分泌量を流動操作の魔術を用いて加速させ対処する。既に継承された樋上の魔術刻印をフル稼働させ、魔術を行使するためにショートカットサーキットを高速駆動させたがゆえの連続魔術発動だった。

 

「な……」

 一瞬で倒されていく取り巻きたちに対して気を向ける暇もなく、シンゴは防衛行動を取らざるを得なくなっていた。

 

あらゆるゆらぎを許容するクォンタムピース、それを疑似的な魔術発動のトリガーとする機能を持つのが玉手箱なのだろう。

 

 だが悲しいかな、シンゴたちはその真価を理解しきっていない。その内に功を焦って元からの魔術師である俺に襲撃を掛けてしまった。結果として、肉体強化の魔術程度の行使しか出来ていなかったため――俺にとってはいいカモだったのだ。

 

 これで上級魔術を使用されていたらどうなったかはわからない。もっとも、使用できたとして、魔術の起動までにかかる時間をどう稼ぐのかは見物ではあるのだが。

 

「ぉ……ごぼっ」

 シンゴの腹部に、拳による重い一撃を叩き込む。体の流動を利用した、魔術を使わない純粋な格闘。魔術を攻撃に直接使用しなかったのは、別に殺す気が無かったからだ。それはシンゴの取り巻きに対しても同様である。……まあ、それはそれとして。しっかり殴りつけたので、シンゴたちは全員倒れ伏したわけなのだが。

 

「訊きたいことが幾つかあるんだが、いいかな」

 呻くシンゴに対して、俺は彼の胸倉をつかみながらそう訊いてみた。

「ヒッ……ごほっごほ、げほ、ま、待ってくれ、ちょっとでいいから、よォ……」

 

 既にこの場から殺気は感じられない。……だが、範囲を広げればそこかしこで戦闘と思しき奔流が確認できた。――あまり考えたくはなかったが、このゲームとやらは夏海市の至る所で始まってしまったようだ。これでは言峰の娘さんを探し出すことすら難しい。

 

 ……余談だが、本質を観測する際、先に触れた通りすぐには実像の把握を行うことはできない。内面、或いは起源といった根源的な概念の認識に重点を置いてしまうがゆえに、外面の理解にむしろ時間を要してしまうのだ。

 

 そういう事情もあって、言峰の娘さんを探し出すことに関しても、結局のところ魔眼による視界ではなく普段の視界によって観測する方が結果的に早く済むというのが実際の話であった。

 

「そろそろいいかな」

 頃合いだろう、と。俺はシンゴに声をかけた。シンゴは怯えながらも口を開いた。

 

「ど、どれからだ? 言っとくが、俺だって何でもかんでも知ってるわけじゃねぇ……知らねぇこたぁ、とことん知らねぇからな……」

「それでいい。……じゃあとりあえず、その玉手箱について教えてくれ。――ああ、大まかなことは把握できたから、目的についてだ。さっきアンタは、俺からも何かをブン取ろうとしてたな。クォンタムピースとかいう、その匣の中身なんだろうが、それで一体どうするつもりだったんだ」

 

 俺からの問いに、シンゴは少しずつ思い出すように答え始めた。

「は、初め、俺たちの前に毬場とかいう野郎が来たんだ……そいつがよ、俺たちに玉手箱をチラつかせながらこう言ったんだ――『この匣にQP(クォンタムピース)を溜めろ。最終的な所持者には、大いなる栄光が与えられる』……ってよ」

 

 それがゲームの目的なのか。毬場という男については、シンゴもよく知らないようだ。訊くだけ無駄だろう。

 

「もう少し具体性が欲しい。その毬場というヤツは、大いなる栄光については詳しく話さなかったのか?」

「……具体的って言うにはボンヤリしてるけどよ、アイツはこう言ったぜ――」

 言いかけた直後、シンゴとその取り巻きたちの姿が消え始めた。……段階的に粒子化が起こり始めたのだ。

 

 そしてその状況はシンゴたちにとっても恐ろしいものに相違なかった。

 その事実は、彼らの悲痛に満ちた絶叫から否が応でも理解出来てしまった。

 

「ヒィッ、ま、待ってくれよ……ホントに消えるなんて思わねぇだろオイ! 毬場ァ! 待ってくれ、待ってくれよ、なァ、頼むから、頼むからよォ……!」

 だが、絶叫空しくシンゴたちは消滅した。そこには、人数分の玉手箱だけが残留していた。

 

「……こっちはこっちで怖気がするな」

 先ほどのサーヴァントの方が脅威度としては格段に上だが、こちらの方が比較的身近な分、恐ろしさで言えばキツイものがあった。

「そして――」

 消滅の始まる間際、シンゴは確かにこう言った。

 

「――大いなる栄光とは、願望の成就――か」

 

 望んだ願いが何であろうと叶う。本当にそんなことが起こり得るのだろうか。それは最早、魔術の範疇を越えた――それこそ、現代科学ですら実現できない〈魔法〉の領域なのではないのか? 疑問は深まるばかり。ただただ――毬場とやらが起こした事態、それだけが休むことなく進行していた。俺には、そんな気がしていた。

 

「とりあえず匣自体に害はなさそうだが……」

 それはそれとして匣の所有者たるシンゴたちの消滅は気にかかる。魔術師ならばやってもおかしくはない非情さではあるからだ。ただ――

 

「神秘の漏洩……その点についての対策はできているのか?」

 ここまで派手なことをして時計塔が行動を起こさないとは考え難かった。

 彼らは神秘の漏洩を決して許さない。ましてやこんな大掛かりな騒動だ、魔術世界の秩序を守る〈執行者〉……この町に派遣される彼らの人数は一人や二人では済まないのではないか? そこまでのリスクを負ってまで、このゲームには毬場にとって魅力的な何かがあるというのか?

 

 ――奇妙である、だが同時に得心の行く理由も思い浮かぶ。

「さっきの鳴動、あれはやはり――」

 俺がものの見え方、その階層を変動させているのに対して、先ほどの鳴動……アレは恐らく、この町、夏海市自体に何かしらの変動を行ったことを発端とする異常であるように思われる。直視の魔眼発動時の感覚に近しいものを感じたため、その線は濃厚であると推測できる。

 

 ――俺の左手の甲に鈍痛が走ったのはそんな考察を行なっている最中だった。

「――――――!?」

 匣に触れたわけでもない。魔術的なトラップに接触したわけでもない。だが、俺の左手の甲には、既に謎の刻印が浮かび上がっていた。

 

 鈍い赤光を放つ、合計三画の刻印。ほのかに――いや、見当違いだ、この刻印は見た目から想像がつかないほど大量に魔力を内包している。最大貯蔵量では玉手箱に一歩譲るかもしれないが、それでもこの魔力量はあまりに膨大だ。見当違いをするわけだ。突然これほどの魔力量を持つ刻印が宿るなど想像すらしたことがなかった。

 

「なんだ……なんなんだ、一体この町で何が起こっているんだ……?」

 突然多くの出来事が起こったことにより、俺の精神は疲弊していた。魔眼の行使も集中力を欠き上手く扱えない、そんなタイミングで――

 

「――あれは」

 俺は、彼女――言峰の娘を見つけた。

「……助けないと」

 ここはあまりに危険だ。いや、夏海市は最早全てのエリアが危険だ。なんならこの新都エリアはまだマシな部類だろう。

 

――私は貴様を襲撃する理由を持ち合わせていないが、それでもここに居残るより、幾らかマシだろう――

 

 坂で聞いた、あの男の声を思い出す。……確かにヤツの言う通りだった。もしかすると、言峰は、この事態を事前に察知していたのではないか? その上で俺に、新都エリアに行くよう促したのではないか?

 

 都合のいい考えが浮かぶ。だが、この状況で己を保つには、手段など選んでいられない。考えられるだけのあらゆる行動を以て、俺は俺で在り続けねばならない。

 

 ゆえに、俺は言峰からの頼まれごとを、自分を保つための寄り代とした。

 あの少女を助けよう――そう考えている内は、少なくとも自我を保てる。絶望的な状況に屈しないでいられる。目的のないからっぽの心になってはいけない。そうなれば最後、俺は自分を見失う。

 だから、俺は――

 

「――ほう、よく避けたな魔術師(メイガス)。存外筋がいいじゃないか」

 

 ――刹那、俺は最優先目的を己の生存に変更した。その結果として、俺はその場ですっ転ぶだけで済んだ。

 ――眼前には、黄金の剣、その切っ先が在った。

 

 やや装飾の多いその剣は、その見た目に反して恐ろしいまでに戦意の満ちた魔力を漂わせていた。それは、森林エリアで吹き荒れていた暴威が如き武具の数々を想起させる――いや、あれらと同じカテゴリーに属する凄まじき兵装に他ならないのだろう。

 

 俺はそれを、伝聞形式ではあるがそれを――宝具と呼ばれるそれらを、知っていた。

 儀式の触媒という観点においても大きな価値を持つそれらは、正しき担い手が振るったならば……その大いなる力を存分に解放するとされる。時計塔においても研究対象になり得るため、魔術師によっては宝具の蒐集に躍起になる者もいる。

 ――その宝具が、今、俺の眼前に突き立てられていた。

 

 この状況、この魔力の奔流、そして、やや時代錯誤な鎧装束を身に纏った剣の担い手たる銀髪の男。

 魔眼を上手く起動できない今でさえわかる。

 ――この銀髪の男もまた、サーヴァントと呼ばれる凄まじき者なのだろう。

 

 今度こそ絶体絶命。最早どうにもならない。そう感じる他なかった。

 そんな時、ふと――少女と目が合った。

 それでも、既に――俺にできることなどなかった。

 その後感じたことと言えば、何故あの少女はあんなにも冷静なのだろうということや、目の前に立つ赤い騎士に対して、何故だか既視感を抱いたことへの微かな疑問ぐらいだった。

 

「――では、今度こそさらばだ」

 掲げられ、そして振り下ろされつつある黄金の剣。

 俺は静かに目を閉じ――

 

 

「――――何!? まさか、その匣の貯蔵量子が補助をしたか……!」

 

 眩き閃光により、逆に覚醒を促された――――――。

 

 赤き騎士に襲いかかるは、広大なる深き大海が如き蒼に身を包んだ獣の群れ。

 対して、俺の前に立っていたのは――翼を広げ、桃色の美しき長髪をなびかせた――

 

「うへ〜〜、どんだけ乱暴な召喚なんだよ君ぃー! 大魔女たる私だから良かったものの、こんなの下手なヤツなら屋根でも突き破りかねないぞ???」

 

 魔力によって形成された、暴風めいた余波。

 それがサーヴァント召喚に因るものであると俺が気づくのは、もう少ししてからのこと。

 とにかく乱暴かつ偶然の召喚。けれど、けれどそれが――

 

「サーヴァント・キャスター。召喚に応じ参上した。――大丈夫、君を一人にはしないよ」

 

 俺と彼女との、運命の出会いだった。

 

序章、了。次章「ACT1 セイバー」に続く。

 

 

〈次回予告〉

 

 少女が思い出すのは十年前の赤い記憶。何故か父の面影を見出した〈彼〉との再会を胸に抱く彼女は、剣の英霊と契約を交わす。

 一方。夏海市の森林エリアでは、あるサーヴァントが既に地の利を得ていた。

 

 次回、Game/stay summer #02「セイバー」

 尋ね人は、身近なところに。

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