四方世界四方山話   作:猩猩

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僕もつよつよ新人冒険者やりたいです!!!という思いと
格好良く戦う名人達人系の侍書きたいです!!!という欲望と
藤沢周平小説の影響受けた結果生まれたやつです。


ある冒険者の発端

「つまり、旦那はその叔父上にまんまと騙されたってことやな」

「そういうことだろうな」

 

 辺境の街から半日ほど歩いた広野 ――― そう、草と藪ばかりの広野だ。それ以上の何物でもない。

 そろそろ冬も終わりに近付き、春の足音が聞こえて来ている。だがまだ草木が生い茂るには些か早い。

 そんな時期だというのにこの生えようは、人手が全く入っていないからこそだろう。

 愛用の湾刀(イースタンサーベル)を腰から外してその場に座り込みながら、東方風の衣装を纏った彼は連れ合いの言葉に頷いた。

 別に体力の問題で座ったわけではない。幼少の頃より剣術で鍛えた身体は、半日歩いた程度では根をあげる事はない。

 ただ、どうしようもなく気力が萎えていた。

 立っていようが座っていようが、見えるのは草と藪ばかり。それ以外は何度見ても何もない。

 強いて言うならば遠方に池のようなものが見えたが、それだけだ。

 

「まあその叔父上も、全く根も葉もない法螺話を持ってきたわけではなかったみたいやけど……」

「ここに訓練場が立つ、という話自体は嘘ではなかったからな。ギルドで裏は取れた」

「問題は立つ目途どころか、着手すらしてないってことやね」

「ああ」

 

 連れ合いの女 ――― 旅装に身を包んだ大層美しい半森人(ハーフエルフ)の女が言う通り、叔父から聞いた訓練所の話そのものは実在した。

 だが、訓練所そのものは影も形も無い。どころか、建設に着手した様子すらない。

 もし着手しているのなら、何かしらの形跡があるはずだ。建物なり、縄張なり、人の痕跡なり。

 だがそんなものは一切見られない。それもそのはず、冒険者ギルドで確認できたのはそういう「予定」があるという話だけ。

 自分が聞いていた「完成は夏頃だが、もう動き始めている」などという姿は何処にもない。

 つまるところ、だ。

 

「旦那、もう一遍言うで。アンタ、叔父上に騙されたんや」

「そうみたいだな」

 

 深い深い溜め息を吐きながら、彼 ――― 湾刀武者はとうとうその場に寝転んだ。

 

 

 ―――――

 

 

 湾刀武者はこれまでの人生において、概ね幸運に恵まれてきた。

 まずはなんといっても、生まれに恵まれた。

 湾刀武者は貴族の生まれである。それも金銭で地位を売り買いしただとか、土地を持たない貧乏貴族といった家の生まれではない。

 少なくとも馬鹿にされる事などない程度には歴史を持ち、肩書きに見合った領土と財産を持った名門の生まれだ。

 故に、飢餓だの貧困だのという言葉からは生まれながらにして遠ざけられていたと言っていい。

 もっとも家を継ぐ立場にある嫡男だとか正室の子ではない。妾の子であり、立場も五男坊という低いものだ。

 それでも兄が揃って病弱だとか、致命的に暗愚というならば何か起きていただろう。

 しかしそんな事は一切なかった。嫡男は至って健康で、家を継がせるのに何の問題も無い能力と人間性の持ち主だった。

 そうなると精々万一の時に備えて次男が残れる程度で、後は家を出て行かざるを得ない。

 しかし何の技能(スキル)も知識も装備も持たず出て行けば、野垂れ死ぬか野盗に身をやつすかが関の山。

 どこぞの家に婿入りという手も無くはないが、そうするのであれば余計に何か一芸を求められる。

 それゆえ彼は成人するまでの間に、生きて行くための何かを見に付ける必要があった。

 運のいい ――― 本当に幸運な事に、彼の周りにはそういった事を包み隠さず教えてくれる大人がいた。そして彼の家には全てが揃っていた。

 貴族として当然の嗜みとして知識や礼儀作法は身に付けさせられたし、技能を身に付けたければ教えを乞う相手は家臣の中に幾らでも居た。

 どうしても必要ならば外から人を雇う。その程度の金と伝手が家にはあった。

 また、当主たる父はその程度の出費を惜しむ人ではなかった。これは我が子に対しての愛もあったが、家の恥となるような人間を出さないためでもあったろう。

 ごく近い身内にそういう人間がいただけに、父は余計そのような事態を避けたかったのだろうと今は思う。

 厄介な親族を抱え込むぐらいなら、真っ当に生きていくための教育を施す方がずっと安上がりだし安全なのは明白なのだ。

 いずれにせよ、彼は必要なモノを学ぶ機会だけは存分に与えられた。

 そして、湾刀武者は立場と幸運を理解できる程度には賢かった。故に幼少の頃から生きるためと割り切って、努力は怠らなかった。

 さらに母は彼を健康そのものに生んでくれた。そのため五体満足で健康体である彼には、およそあらゆる選択肢が存在した。

 その中で彼が選んだのは、剣で身を立てる道だった。それもかなり早い ――― 年齢が両手の指の数より増える前には、そう志していた。

 領地に住み着いていた、東方からやって来た異邦人。その門を叩き、他の習いはそこそこに一心不乱に湾刀(イースタンサーベル)の術理を修めることに打ち込んだ。

 まことに運の良い事に、かの異邦人は名人達人と呼ばれるに相応しい腕前の持ち主であった。

 その異邦人を師と仰ぎ、倦まず弛まず鍛練に励み剣を磨いた。生計の術とするためもあったが、それ以上に剣術が楽しかったのだ。

 健やかな肉体、そして決して己惚れではない才能を持っていた湾刀武者は順調に腕を上げていった。そして、若くして師から目録を授かった。

 それと同時に、自分がとうに成人を迎えていることに。そしてもうまもなく二十歳になろうとしている事に彼は気付いた。

 気付かないほどに剣に夢中だった、と言うべきか。

 これまでは剣の修行という大義名分と、家の経済的余裕がその生活を許していた。

 しかし湾刀武者へ目録を授けると同時に師は何処かへと旅立ち、ひとまず修行は終わりを告げた。

 家は傾くどころか栄えているが、この年齢にもなって甘えるわけにもいかない。

 いくらか家の「仕事」をやりもしたが、それは湾刀武者の性に合うものではなかった。

 傭兵、あるいは冒険者にでもなるか。湾刀武者がそう考え出した頃、叔父から声がかかった。

 

「西の辺境の街で冒険者向けの訓練所を作るという話がある。私も一枚噛んでいるのだが、どうにも教える人手が足らん。どうだ、やってみんか」

 

 渡りに船、と飛び付いた訳ではない。腕に自信はあるが、冒険者ですらない自分が冒険者向けの剣術など教えられるはずもない。

 教わる側も無名の人間に教わったところでありがたみが無く、喜んで馳せ参じるはずもない。

 つまり大いに怪しい話だと思ったのだ。少なくとも最初は。

 しかし叔父は大いに口が上手かった。顔と口先と身分でこれまで生きてきたような人物だった。

 そして家の人間からは ――― 内心ではメイドや庭師の様な者達にすら ――― 軽んじられ疎まれてさえいる叔父だったが、何かと自分には優しかった。

 結局その二つの要素が合わさり、湾刀武者はこの辺境の街へと赴く事を決めた。

 その際に父から少なくない額の支度金 ――― あるいは手切れ金 ――― をいただいたのだが、その大半は叔父に預けてしまった。

 常駐で教える人間の宿舎を建てるのにもう少し資金がいるとか、金を出す事で窮屈な立場にならずに済むとか、そんなことを言われて「そういうものか」と思ってしまった。

 叔父がまさか甥である自分を騙すはずもないだろう、と考えていたのもある。だが、一番は自分が馬鹿だったのだと今は思う。

 ――― 貴族にとって身内とは第一の敵だろうに。

 結果は言うまでも無い。話そのものはあったが、訓練所を立てる予定があるだけ。人が足りないどころかまず建物すらない。

 その建設に叔父が関わっているはずも無く、世間知らずの甥から金を巻き上げた厄介者は何処かに姿を消した。

 剣の修行に熱中するあまり、貴族としての基本中の基本すら忘れていた阿呆は見事金を騙し取られた。笑い話としても出来が悪い。

 そもそも余計な争いに巻き込まれぬよう、剣しか能の無い馬鹿を演じようとしたのに本当に馬鹿になってどうするのだ。

 子供の頃の方がよっぽど賢く強かだった。あの頃なら実物を見てから金を出す程度はしていただろうに。

 ――― その点、叔父上は賢かったな。

 世間知らずの馬鹿な甥に狙いを絞り、金を巻き上げる。

 家の恥を晒したくない ――― 湾刀武者ですらそういう感覚がある ――― 貴族としては、叔父を訴えるわけにもいかない。

 騙し取られた額は少なくはないが、それなりの立場にある貴族からすれば騒ぐほどの額でもないのだ。

 だが、個人として見たら大金だ。つまり叔父にとっては大層な儲けとなっているはずだ。少なくとも何処か遠くへ逃げ出すには充分過ぎる額だった。

 後悔ばかりが湧いて来て、溜息ばかりついてしまう。同時に叔父への怒りが湧かぬほどに、心が萎えてしまう。

 あるいは、生まれてこの方幸運に恵まれてきた反動と言うやつだろうか。骰子の出目が良すぎた揺り戻しが来たとしてもおかしくはない。

 もしそうだとすると、今後自分は転げ落ちるだけなのだろうか。それは流石に嫌だ。

 

「旦那の話が万一本当なら商売になるかと思ったけど、こらアカンわ。ま、話があるって事だけはホンマみたいやけど」

 

 半森人(ハーフエルフ)の女が美しい顔をキュッとしかめる。辺境の街への旅路で連れ合いとなったこの女は、湾刀武者の言葉を最初から疑っていた。

 彼女に話すうちに湾刀武者自身の中にも疑いが生まれ、同時に子供の頃の賢明さが甦って来たのだがそれは別の話だ。

 兎に角、彼女は大いに疑いながらも金になるかもしれないとついてきた。

 首から下げた金の車輪の聖印 ――― 交易神の信徒の証 ――― が示す通り、眉唾であっても商売の機会を逃すつもりはない。それが彼女の弁だった。

 

「で、旦那はこれからどうするんや?」

「どうするかな……」

 

 まさか「叔父に騙されました」と間抜け面を引っ提げて家に帰るわけにはいかない。追い出されはしないだろうが、湾刀武者にも面子はある。

 騙されたことそのものは報告する義務があるが、それはそれとして自分の力で生きていかねばならない。つまり、職を見つけねばならぬ。

 しかし自分にすぐ勤まりそうなものは何か。剣の腕には覚えがあり、山野の行動に心得があり、読み書き礼法も身に付けている。

 何でも出来そうではあるが、その実大したことは出来ない。なにせたった今詐欺にあったばかりの間抜けだ。

 貴族という生まれと育ち、そして剣術ばかりやって来た代償として自分が些か以上に世間慣れしていない事ぐらい自覚している。

 となると腕っ節がモノをいう職業に就くしかない。傭兵か剣闘士か、どちらかだろう。

 冒険者という手もある。その職業の持つ魅力に惹かれもする。だが、騙されて金を失ったという負い目がその道を塞ぐ。

 怪物を殺して稼ぐ(ハックアンドスラッシュ)だけの商売ならいい。が、実際にはその過程で色々世間との折り合いが必要になるだろう。

 それをしっかりこなせる自信が、湾刀武者にはまるでなかった。

 

「ウチが護衛として雇ったろか?食うのがやっとの給金やけど」

「ありがたい……いやあまりありがたくないか。とにかく遠慮しておく。あまり腕を安売りする気は……まだ、ない」

 

 行商人をやっているというこの女は、自分に対して遠慮というものが無い。それで全く不快な気を起こさせないのは、やはり見た目が大いに関わっていると思う。

 人は見た目が全てではない。ないが、外見というものはとても重要だ。なにせ見ただけで色々な情報を伝えるのだから。

 美しければそれだけで人を愉快な気持ちにさせる。人それぞれの思考はあれど、醜悪よりは秀麗を好むのが人情だ。

 そして森人の血を引いているとは思えぬほどに彼女は豊満な肢体を持っている。湾刀武者は慎みこそあるが、そこは男だ。惹かれないと嘘をつくつもりはない。

 それに加えて、彼女は人の懐に入るのが上手い。物怖じせず踏み込み、かと言って警戒される寸前で踏み止まる。

 その辺は商人として身に付けた技術なのだろう。

 

「その言い方やと、いずれは安売りするんやな?」

「食っていけなければそうなるな」

「よっしゃ!ほなそうなる事を祈っとこか!」

「やめろ馬鹿。武運を祈れ武運を」

 

 湾刀武者としても彼女に対してはなんら遠慮をする気はなく、ともすれば怒りを招きかねない軽口でさえ平気で叩く。

 これで自分はいいが相手にそういう対応をされるのが嫌だ、と言うような人間なら付き合いを辞めているところだ。だが、幸いにして彼女はその手合いではない。

 もう少しばかり給金を出してくれるなら、喜んで護衛として雇われるのだが。残念ながら彼女の財布にそのゆとりはなさそうだ。

 

「まあ、すぐに餓えて死ぬわけじゃない。少し考えるさ」

 

 支度金の大半は失ったが、全て失ったわけではない。懐にはまだ多少の金貨が残されている。

 今の心境では先を考える事など出来はしない。2,3日休んでそれから考えればいいだろう。

 

「そか。ま、ウチは何日かこの街で商売するつもりやから。気が変わったんなら何時でも声かけてくれてええで」

「考えておくよ」

 

 むっくりと身体を起こして立ち上がると、背中と尻についた土を払う。とりあえず街に帰り、自棄酒でも飲むとしよう。

 そんなことを考えながら辺りをもう一度見渡す。何処も彼処も草と藪だらけ。その景色は先程と変わらない。

 だが、その中に存在する幾らかの変化を湾刀武者はしっかり見て取っていた。

 

「盗賊でないなら警戒しなくていいぞ。こっちはただの旅人だ。もし盗賊なら出てこい。いるのは分かっているぞ」

「……ウチの耳は誤魔化せんで。隠れてる場所当てたろか?」

 

 湾刀武者は草の倒れ方や藪の不自然な揺れ動きから見当をつけたのだが、彼女はその尖った耳で周囲の音を拾ったらしい。

 油断なく腰の刀に手をかけ、何時でも動けるよう軽く膝を落とす。警告も何もなく石や矢、最悪魔術が飛んでくる事も覚悟する。

 女はと言うと腰から投矢銃(ダートガン)を抜き、何時でも撃てるよう狙いをつけている。

 その堂に入った構えを見るに、商人であり神官であり一端の射手でもあるようだ。

 

「!? お、おい、バレたぜ!?」

「慌てるなバカ!」

「や、やっぱやべえよ!やめようぜ!?」

「うるせえ!今さらビビってんじゃねえ!」

 

 湾刀武者達から少し離れた藪から声がして、一人の男が立ち上がる。それに続いて、二人の男がその近くから姿を見せた。

 真っ先に立ち上がった男の手には戦斧(バトルアックス)、残りの二人の手にはそれぞれ長剣(ロングソード)薙刀(グレイブ)が握られている。

 錆の浮かんだ古臭い胸甲(ブレストアーマー)や粗末な革鎧(レザーアーマー)を着た彼らの目には怯えと敵意、そして好色な色が宿っておりどう考えても好意的な存在ではないだろう。

 

「知り合いか?武器を抜いて会いに来るとは中々過激だな」

「知らん知らん。旦那の友達ちゃうん?武芸者は挨拶代わりに手合わせするんやろ?」

「無手の達人はそうするらしいが、俺が学んだものは違うな。そして知り合いでもない。いくら俺でも友達ぐらい選ぶ」

「ウチもちゃうで。ウチかて友達は選ぶわ」

 

 念の為に確認したが、やはり彼女 ――― 神官射手の知己ではないらしい。当然自分の知己でもない。なら答えはただ一つ。

 

「おう、お前。金と荷物……あと、その女置いていきな!そうすればお前だけは逃がしてやるぜ!」

 

 頭目(リーダー)と思しき戦斧を持った男が、その刃をこちらに向けて近付きながらそう言い放つ。野盗で間違いなさそうだ。

 ――― それにしても弱そうな野盗だ。

 湾刀武者は内心呆れながら呟く。

 先頭の男はまだマシだが、後ろの二人は顔に怯えがありありと浮かんでいる。加えて、武器の重量を持て余しているのが一目瞭然だ。

 重心の偏り、持ち手の覚束なさ、足の運び……およそ全てが彼らの未熟さを物語っている。

 特に薙刀の男が持っているのは、棒の先端に包丁を括りつけただけの簡易なもの(インスタント)だ。無論それでも充分使えるが、しっかりしたものは買えなかったと見える。

 武器がバラバラで防具も同様。扱いには慣れておらず筋力もない。そして先の会話。

 総合して考えると、昨日今日盗賊に成り果てた傭兵崩れか冒険者崩れといったところか。

 ――― しかしまあ、哀れなものだ。

 盗賊をやるにも知識や技能はいるのだな、と湾刀武者は場違いな事を考える。

 目線が自分達以外の所へ動かないのを見るに、他に仲間がいて奇襲(アンブッシュ)を狙っているという事は無さそうだ。まあ、いたとしても半森人の耳に補足されているだろうが。

 そしてこちらへ全員揃って近付いて来ているのを見るに、飛び道具も一切持っていない。

 武器を見る限り、魔術を扱う様子も無い。奇跡は分からないが、この様子では信仰など持ち合わせてはいなさそうだ。

 つまり彼らはこちらを取り囲むでもなく、奇襲を狙うでもなく、飛び道具で優位に立つでもなく。

 間抜けな事に三人固まって、わざわざ正面からやって来たということになる。腕に覚えもないのに、だ。

 三人もいるから大丈夫だろう。一人は女だから大丈夫だろう。鎧も着ていない男だから大丈夫だろう。

 彼らの頭の中は、まあそんなところだろう。固まって来たのは、一人になると不安だからか。

 哀れなほどに弱く、考えも無い連中だ。そんな連中だから盗賊に身を落とすのか、盗賊に身を落としたからそんな風になったのかは定かではないが。

 

「俺は見逃してくれるらしいので、置いて逃げてもいいか?」

「アイツらがもっと顔が良くて、使い道に困るぐらい金貨持ってるんならそれでもよかったんやけどなー」

「顔はどうしようもないが、ひょっとすると実家が金持ちかもしれないぞ」

「家が金持ちでも自分が使えないんじゃ意味ないねん」

「違いない」

「おい、聞いてんのか!」

 

 相手の動きに注意は払いつつ女 ――― 神官射手と軽口を叩き合っていると、頭目の男が声を荒らげる。

 彼女の軽い様子から見るに、相手が恐れるほどの相手ではない事は見て取ったのだろう。男の声に「うるさいなー」と不満げな声を漏らす。

 

「アンタらどうせ冒険者崩れやろ?」

「なっ……!」

「図星かいな。カマかけただけでボロ出すとかどんだけやねん。アンタら盗賊向いてないで。止めとき。まだ農奴になった方が人生マシやで」

「う、うるせえ!ブッ殺すぞ!」

 

 頭目の男は顔を真っ赤にするが、湾刀武者としては神官射手の言葉に同感だった。

 知識も筋力も無く、冒険者から盗賊に堕落するような連中の未来など明るくはあるまい。

 ならまだ農奴の方がマシだ。生活は貧しく苦しいが、まだ盗賊よりはいい。

 よほど運に恵まれない限りこいつ等は盗賊をやっていてもすぐ死ぬだろうが、農奴の方は逆に運が悪くない限りすぐには死なないだろう。

 農奴の生活に未来があるのか、と言われれば首を横に振らざるを得ないのだが。

 そう考えるとますます哀れである。生まれと育ちと才に恵まれた故の余裕。そしてある種の傲慢さから来るものではあるが、湾刀武者は彼らのような人間を哀れんでやるだけの優しさがあった。

 

「おいお前ら」

「ああ!?」

「武器と金だけ置いて行け。命だけは助けてやる」

 

 だから、その優しさと自分の実力。そして現在の状況を鑑みて、彼は本気でそんな事を言った。

 武器が無ければもう盗賊など出来まい。そして今回だけなら見逃してやってもいいと彼は思っている。

 金を置いて行かせるのは、単純に自分の懐に収めたいからだ。まさか自分が盗賊に成り下がる気はないが、盗賊からならば奪っても問題あるまい。

 彼の中では筋道が通った言葉だったのだが、当然周囲はそう受け取らない。

 頭目は嘲りを受けたと思い顔を赤くし、神官射手は呆れ顔になった。少し離れた所にいる二人の盗賊ですら、明確に不快の色を浮かべていた。

 

「本当に殺すぞ!」

「分かった」

 

 あと数歩のところまで近付いて来ていた頭目が戦斧をこちらに向かって突き出す。

 それと同時に、湾刀武者は重心を前に傾け踵に力を込める。脚を踏み出す時は爪先ではなく、踵から行く。こちらの方が速いのだ。

 脚の力と身体の重さを使って予備動作を伴う事なく前方へと跳び、一気に間合いを詰める。たった一息、一跳びで湾刀武者は頭目の眼前まで迫った。

 頭目は戦斧を振り上げるでも振るうでもなく、ただただ驚いているようだった。顔に動揺がありありと浮かんでいる。

 だが一切容赦することなく、湾刀武者は鞘ごと刀を腰から抜く。そしてそのまま下から刀を突き上げ、柄頭で以て頭目の顎を強かに打つ。

 バキリ、と鈍い音が辺りに響く。それと同時に硬い木の実を割ったような感触が、刀を通じて掌に伝わってくる。

 殺す気はない。だが死んでも構わない。そんな気持ちで放った一撃はどうやら頭目の顎を砕いたらしく、声も上げずに男は後ろへと倒れていく。

 頭目が昏倒するよりも早く後ろへ下がり、距離を取る。前に出て残りの男達へ襲い掛かってもよかったのだが、それには及ぶまい。

 その意気地もないだろうし、抵抗しないなら怪我はさせたくない。そう考えながら、湾刀武者は残った男達に意識を向ける。

 男達は何が起きたか分かっていなかったのか、頭目が大の字になって地面に伸びるまでそちらを見つめていた。

 そしてどさり、と音を立てて倒れた頭目が痙攣を繰り返しているのを見て、顔を青ざめさせる。

 この三人の中で一番腕が立つのは頭目の男だった。度胸があるのも、簡単な依頼 ――― ゴブリン退治に失敗して逃げ帰って来た時、盗賊になると決めたのも。

 この男と女を最初の獲物と決めて、女で欲望を満たそうと言い出したのも頭目だった。その強引さと剥き出しの欲に辟易しつつも、二人は従ってきた。

 その従ってきた頭目が一瞬で倒された今、彼らにはどうすればいいか分からなかった。分かるのはただ一つ、目の前の男にはどう足掻いても勝てないことだけだ。

 

「さて、もう一度聞くぞ」

 

 すっかり心が折れた様子の男達に対し、湾刀武者は声をかける。その声を聞きながら男達はこれまでの人生を反芻していた。

 冒険者になれば、人生が開けると思っていた。貧しい村で畑を耕すよりずっと華やかで豊かな生活を送れると思っていた。

 盗賊になれば、食っていけると思っていた。金や荷物を奪って、女を犯して。好き勝手やっていけると思っていた。

 だがその全ては間違いだった。二人はそれを今更思い知っていた。

 

「命は助けてやるから、身包み全部置いて行け」

 

 自分達の人生は終わった。引き返せる場所はとっくに過ぎ、間違いは積み重なりすぎた。

 それを実感しながら男達は大人しく湾刀武者の言葉に従った。もうどうにもならない人生ではあるが ―――

 それでも彼らは死にたくなかった。生きているのだから。

 

 

 ―――――

 

 

「旦那」

「うん?」

「ウチと冒険者やらへん?」

 

 盗賊を ――― 殊勝にも連中は頭目(リーダー)を見捨てなかった ――― 身包み剥いで放逐し、辺境の街へと戻って来た二人。

 盗賊から奪った武器防具を売り払い終えたところで、神官射手は湾刀武者にそう声をかけた。

 神官射手に武術の事はよく分からない。だが、湾刀武者の動きが只者ではなかった事ぐらいは理解出来た。

 なにせ突然跳ねたと思ったら、次の瞬間には相手が倒れていたのだ。そんじょそこいらの駆け出し冒険者や傭兵とはモノが違う。

 それに、彼女が培ってきた商人としての目利きと勘は彼を「掘り出し物」だと訴えていた。

 まだ世に出ていないだけで、値打ち物だと。自分は今、値が上がる前にそれを買う好機(チャンス)に恵まれているのだと。

 すなわち出会いと別れ、そして交易を司る我が交易神が信徒にご加護をくださっているのだと。

 であるならば、ここで買うべき……いや、買わねばならない。幾ら払ってでもだ。目の前のこの男は、今が最安値なのだ。

 腕は立つ。貴族の家の生まれで家族仲もそう悪くはないと聞いた。つまり人脈(コネ)を持っているということだ。

 そして育ちの良さが滲み出ているからか、自然体の中にもそこはかとない気品がある。

 背丈はやや高めで、容貌に派手さはないが無難に整っており見苦しさはない。人によっては美男子と取れるだろう。

 運さえ味方すれば、放っておいても値が上がる男だ。ましてや神官射手が価値を上げてやろうとすれば、間違いなく人が仰ぎ見る存在になる。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

「そりゃ勿論、交易神様のありがたーい風の吹き回しやで」

 

 訝しむ ――― 当然の事だ ――― 湾刀武者に、神官射手はまくしたてる。

 

「旦那の腕前は本物や。せやけど旦那、叔父上に騙されて弱気になっとるやろ。せやからさっきどうするか聞いた時、冒険者っちゅう手っ取り早く食ってく手段を言わへんかった。違うか?」

「全くもってその通りだ」

「騙された事で世間知らずの自分が折り合いをつけて行けるのかどうか不安なんやろ?」

 

 幾らギルドが依頼を周旋してくれるといっても、依頼人と全く関わらない訳にはいかない。

 そしてその中で交渉とまでは行かずとも、折り合いをつけねばならない時は出てくるだろう。そうでなくとも上手くやらねば色々不都合があるに違いない。

 いや、そもそも人の世の中で生きていくならば絶対にそれらは避けて通れないのだ。なにせ社会とは人が生き、人が回し、人が作っているのだ。

 人と関わらずに社会で生きていく術などない。出来るのは少なくすることぐらいのものだ。

 

「その辺はウチが受け持つ。旦那はその腕前を発揮してくれるだけでええ」

「ふむ」

 

 湾刀武者は顎に手を添えると、しばし考え込む。まあ当然だろう。

 騙されたばかりの人間にこんな話をしたところで、普通断られる。人間不信とまでは行かずとも相当に疑い深くなっているはずだ。

 だが、神官射手には自信があった。それは自分の見た目から来るものでもあったし、旅の道行で浅くとも繋がった縁から来るものでもあった。

 だが何より、彼女自身の目利きから自信……というよりも、もはや確信をしていた。彼はこの話に乗る。乗せることが出来る。

 湾刀武者はその実力に自信を、それ以上に誇りを持っている。だから安く売るつもりはないと言ったのだ。

 ならその辺りをくすぐってやればいい。なに、難しい事ではない。自分が買いたいと思っている事を、高値をつけようとしている事をそのまま教えてやればいい。

 

「お前の商売はどうするんだ?」

「旦那、知っとるか?商売っちゅうんは元手があればあるだけ儲かりやすいんやで?財貨は寂しがりやからな。ない所には()ぉへんけど、ある所には集まってくるねん」

「つまり、俺と組めば儲かると踏んでいるわけか」

「当然や。言うなら旦那の腕はまだ出回ってない銘酒みたいなもんや。世の中に出して売れへんかったら、売り手が能無しなだけ。そう言い切れるで」

「露骨に煽ててきたな」

 

 湾刀武者が苦笑する。その笑みを見て、神官射手は確信を抱いた。彼はその気になったと。

 

「よし、乗った」

「よっしゃ、乗られた!」

 

 変わった身なりの湾刀(イースタンサーベル)を持った只人(ヒューム)の男と、変わった訛りで話す半森人(ハーフエルフ)の女。

 些か奇妙な二人の新人冒険者が生まれた経緯とは、まあこういうものだった。

 




柄で相手を打つ、というのは現実の居合にもあるから多少はね?
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