その
成程他の小鬼とは一線を画す巨体を持ち、幾度となく戦いを潜り抜けたその小鬼 ――― もはや「小」の大きさではないが ――― は、他と一緒にしてはならぬ存在だろう。
あの忌々しい冒険者という生物を返り討ちにしたことだって一度や二度ではない。
その時奪った
彼自身はそう信じて疑わなかったが、もしある冒険者 ――― 彼ら小鬼の天敵とでも言うべき存在が彼の考えを知ったら、こう切り捨てていただろう。
『お前なぞ
『いずれにせよ馬鹿馬鹿しい』
『お前は
そんな彼 ―――
今は自らが住処とするその部屋に二人の冒険者が姿を現しても、全く焦りはしなかった。
使えない部下達は皆殺しにあったらしい。だが構わない。使えないのだから。
むしろあんな能無しどもは死んでいいのだ。折角攫ってきた女をすぐに使い潰してしまうような連中なのだから。
自分こそが一番酷い扱いをしたということは考えもせず、彼はそう考える。
それに、やってきた冒険者のうちの一人は肉付きのいい雌だ。この雌に優秀な自分の子供を産ませれば、もっといい群れが出来る。
男の方は変な剣を持っているが、これには興味が無い。それより鎧だ。
こちらも少し変な形な上に少々小さいが、立派なものだ。英雄である自分にこそ相応しい。
相応しいから殺して奪うのは当然の事だ。あんな奴が持っているのが間違っているのだ。
それに、この冒険者達は仲間を殺した。ひどい奴らだ。だから男の方は殺して当然だし、女の方は孕み袋にするのが当然だ。
自分は仲間を殺された被害者なのだから。
結局のところどのような存在になろうとも小鬼とはそういう生物で、彼もまた例外ではなかった。
違うのは彼が戦い慣れていて、これまで倒してきた冒険者の動きから武術の真似事が出来るようになっていたことぐらいだろう。
柄を持ち、振りかぶり、大きく足を踏み出しながら袈裟掛けに切り下ろす。
武器の重量と彼の膂力はこれまでどんな敵もそれで倒してきた。
盾で防ごうとした只人は、盾ごとグシャリと潰してやった。
彼は本気でそう信じていたし、これまではそうだった。これからもそのはず。だった。
変な形の剣を構えたその只人は、彼が戦斧を振りかぶる動きに合わせ踏み込んできた。彼にはその意味が理解できなかったが、コイツは馬鹿だからそうするのだと思った。
馬鹿だから戦斧の間合いが分からず、馬鹿だから剣で受けようともしないのだろうと。
気にせず彼はそのまま刃を振り下ろし ―――
「GOROGOBOGORO!?」
いったい何が起こったと言うのか。一瞬何が起きたか彼には理解できず、痛みさえも一拍遅れてやって来た。
何が起きたかを理解したのは、斧を持ったままの右手が床に落ち音を立てた時だった。
自分の手首は、切り落とされたのだ。この悪辣な冒険者が何かをしたのだ。
どうやって切り落とされたのか、など彼は考えなかった。考えても仕方のない事であったし、痛みと冒険者への怒りでそれどころでなかった。
それに考えたとしても、踏み込んだ冒険者が
そのまま下へ払うように刃を滑らせ、手首を切り落としたなどとは到底理解できるものではなかった。
そして彼が我が身に起きたことを自覚し、猛烈な痛みに襲われる頃には冒険者はもう動いていた。
自分の右脇を擦り抜け、剣を前に突き出した奇妙な構えのまま数歩先へ。
残った左手で頭を握り潰してやる。そんな事を考えながら冒険者を追いかけ、振り返ろうとして小鬼戦士は大きく姿勢を崩した。
「GOOBRRGGG!?」
そして次の瞬間、右足から生じた恐ろしい熱さに大声を上げた。違う、これは痛みだ。
気付けば右の太腿がザックリと斬り裂かれていて、そこから血が噴き出している。血管を深く斬られたのか、血は止まる気配が無い。
擦れ違った時に斬ったのか。だから剣を振った後の構えになっていたのか。
自分が痛みに苦しんでいる間に、なんて酷い奴だ。
小鬼戦士がそんな事を考えている間にも、血はとめどなく流れ落ちていく。
右の手首からも大量の血が溢れ出している。その意味を理解できる程度の経験は彼にはあった。
死ぬ。死にたくない。なんで自分がこんな目に。せめてあの冒険者も。
冒険者なら、冒険者だから。トドメを刺しに来るはずだ。その時左拳で殴ってやれば、相手も死ぬはずだ。
彼はそう考えたが、相手の冒険者はその時既に刀を振って血を払い落していた。
トドメなど刺す気はなかった。手を斬って武器を奪い、脚を斬って動きを奪い、充分な出血を伴う傷を与えた。
後は放っておいても死ぬのだから、放っておけばいい。危険を冒す必要はない。距離にさえ気を付ければいい。
床に落ちた、右手がついたままの戦斧。それを拾って投げたとしても、この傷なら問題なく避けることができる。
だからもう、危険を冒す必要はない。
敵がそんな風に考えていると気付いたのは。もう脚を斬られた時点で戦いは終わっていたのだと気付いたのは。
彼が自らの出した血溜まりの中に斃れ伏す、その瞬間だった。
―――――
「もう少し人数がいる」
「せやな」
冒険者ギルドに併設された酒場は、宵の口を迎えれば依頼を終えた冒険者達でごった返す。
その賑わいの中の人数に加わって食事を取りながら、湾刀武者と神官射手は今後について話し合っていた。
湾刀武者の腕前は、確かに言うだけの ――― 少なくとも他の駆け出しとは一線を画すものだった。
初依頼にてマンティコアをただ一太刀で斬り伏せた剣術の腕前は言うに及ばず。
山に籠っていた時期もあったことから、野外での活動もなんら苦としない。
そして当人曰く「そういう修行」もあったらしく、小鬼や獣相手も手慣れたものだった。
神官射手は投矢銃の腕前に長け、半分とは言え
行商人をやっていた経験から他者との折衝も手慣れたもので、依頼主が多少排他的な村であろうとも滞りなく対処してみせた。
さらには交易神の信徒として、奇跡を二回も使えるというのは大層頼もしかった。
そして二人ともある程度旅慣れており、遠出をするのに経験や知識が欠けているなどという事もなかった。
二人が冒険者になって早一ヵ月、幾つかの依頼をこなしたが多少の危地はあれど進退窮まるような事態などなく。
三つも依頼をこなす頃には、最初の人頭獅子退治の功績と合わせて二人同時に黒曜等級へと昇級し。
彼らは一向に問題なく、順調に冒険者としての経験を積んで行った。
ならばこれで
『何もかも足りない』と。
罠を見抜く事は出来ても、それを解除する技能が二人にはなかった。
広く多くの知識を蓄えた頭脳もなく、魔術を使いこなす者もいない。
必要ならば湾刀武者は盾役にもなれたが、そうすると敵を刈り取る攻め手が足りなくなった。
完璧で不足の無い一党など紙の上にしかいないとはよく言ったもので、二人はむしろこの一カ月で足りないものが多すぎることを痛感していた。
「
「
「そもそも開けてないからな」
「せやね。あれは開けとらんわ。世間一般ではあれは『壊した』言うわ」
どんな罠が仕掛けられているか分からない。罠が無くとも鍵があり、解錠が出来ない。
ならどうするか。簡単だ。遠くから何かを投げ付け、宝箱そのものを壊せばいい。
罠が作動したとしても距離を取っておけば届かない、あるいは対処は充分に可能だ。
宝箱という入れ物を壊せば、中身は取り出せる。これは至って当然の事だ。
なんとも頭が悪く、強引で、無茶な手段だ。しかし二人はそうして宝箱の中身を手に入れてきた。
先日の小鬼退治の際も見つけた宝箱を、小鬼の長が持っていた
幸い中身は古銭だったので大過はなかったが、万一割れ物の類であったら中身が台無しになる。そういう開け方だった。
それでも取り逃すよりはまだいい、というのが二人の考えだったが、やはりもっと確実な手段で中身が取りたい。
それが二人の、と言うよりも普通の考えであった。
「それと前衛だな。最低でもあと一人は欲しい」
「旦那がウチ守ると手ぇ足らんしな。せやけど人数増やし過ぎるとお
「そこだな……」
当たり前の話だが、人数が増えれば増えるほど一人当たりの取り分は減る。
この西方辺境の街を拠点とする、かの
だが人数を増やし、五人六人の一党となればゴブリン退治の報酬だけでは食うのがやっと。
もし装備を買うために蓄えようと思ったら、馬小屋に泊まり最低限の食事だけで暮らして行く必要が出てくる。
そんなのはご免蒙る。耐えられないわけではないが、やりたくないのが人情だ。
さらに湾刀武者に限って言うならば、そんな生活をしていれば筋肉が落ちる。栄養が足りず疲労が溜まれば鍛え上げた身体は萎む。
それすなわち力が落ちるという事であり、力が落ちれば技も活きて来なくなる。つまり稼ぐための腕が失われて行ってしまう。
技と力は相反するもので、力を付ければ技が失われ技を得るためには力を捨てねばならない。
そんな素人考えが世には蔓延っているらしいが、実際にはそんな事はない。
技とは力の中にあるものであり、技を身に付けるためにはまず身体を作り技を使う力を養う必要がある。
そして身体を作り維持するためには、食と休息は絶対に必要なのだ。
となると人数を増やすのであれば受ける依頼も考えねばならない。が、駆け出し冒険者では受けることのできる依頼は限られてくる。
そう考えると人数を増やし過ぎるのも考えもので、頭を悩ますところだった。
そもそも理想の人材がいたとして、自分達の一党に入ってくれるとは限らないのだ。
こちらに選ぶ権利があるなら、向こうも選ぶ権利は当然ある。むしろこちらが欲しがる立場であるから、向こうの方が強いと言える。
その強い立場の人間が、駆け出しの一党を選んでくれるかどうかと言えばこれはもう運だろう。
一党を組むという事は命を預け、預かるという事だ。命が一つしかない以上、少しでも気に入らなければ組まないのは当然だ。
仲間とは一緒に成功を分かち合うのみならず、一緒に死ぬかもしれない相手なのだから。
「ま、なんとかなるやろ」
「随分楽観的だな」
「ウチの神様忘れたんか?交易神様は出会いと別れを司るありがたーい神様なんやで」
「いい出会いをもたらしてくれるわけか」
「せや。だけど信心が足らんもんには加護はない。ちゅうわけで ―――」
「奢らんぞ?神殿に寄付するならともかく、お前に寄進はしないからな?」
そんな風に神官射手とじゃれあう湾刀武者の心中も、なんとかなるだろうという楽観に満たされていた。
これまでなんとかなってきたのだ。今回もなんとかなるだろう。
根拠も無く、神の加護を信じるでもなく。生まれつき持っていた幸運としか言えないもの。
それに基づいて楽観視する呑気でいい加減なところが、彼にはあった。
―――――
「そこの君」
「うん?」
牧場の防備を眺めていた湾刀武者がその女性に声をかけられたのは、それから数日経ってのことだった。
声をかけられて振り向いた先にいた彼女を見て驚いたことは三つ。
まず目を見張るほどに美しく、凛々しい顔立ちの女性だということ。
次に自分より少しだけ背が低い ――― つまり、ほとんど
そして三つめ。外套越しでも分かるほどに、見事な体躯をしていること。
単なる力比べなら自分より上かもしれない。そんな事を思いつつ、ほんの少しだけ胸中で警戒しつつ彼女の話を聞く。
「君は牧場の人間かい?」
「いや、無関係だが」
「ならちょっとものを訊ねたいんだが、構わないかな」
「ああ、構わんよ。どうせ暇だ」
命あるものは疲労し、疲労するからには休まねばならない。
その点において湾刀武者と神官射手の意見は完全に一致しており、依頼の後には必ず休日を。
疲労の具合によってはより長い休暇を設けるようにしていた。
今日はその休日であり、やることもないため彼は暇潰しに牧場の防備を眺めていたのだ。
少なくとも用事があって声をかけてきた相手を無視するほど忙しくはない。
「この道は街に繋がっているのかい?」
「ああ。道なりに行けば街に着くぞ」
「ふむ……街に闘技場や剣闘士の養成所なんかはあるかな?」
「いや、俺の知る限りはなかったと思うが」
その言葉に湾刀武者は不躾にならぬ程度に、彼女の全身を見やる。
成程、剣闘士となるのに不足はない ――― 否、剣闘士ではないのが不思議なほどの体格だ。
凛として研ぎ澄まされた美貌。男に見劣りせぬ背丈。剣士として鍛えられた自分以上に逞しき肉体。
武器を扱う技術や体術、見切りといった物を含めた実力の程は分からないが、彼女が闘技場で戦う姿はさぞ見物だろう。
加えてその豊かな胸も大変人目を惹くことだろう。戦士の体躯にそこだけ女性的な膨らみがあるというのは、落差も相まってとても魅力的だ。
「そうかい。この国にはない、なんてことはないよね?」
「あるさ。少なくとも王都には立派な闘技場がある……他の国から来たのか?」
「ああ、そうだよ」
他国からの旅人。別にそれ自体は珍しくもなんともない。
そしてどこにでもいるのなら、どこにでも行くのもまた道理。
地の果てから異人がやって来ようとも、驚きはすれど拒絶はしない。
珍しいのは彼女の物腰だ。所作の一つ一つに、自分と近しいものを感じる。
これは武術を学んだ者としての感想ではない。貴人の端くれとしての感想だ。
とはいえ卑しからぬ身分の人間が旅人やら剣闘士やら傭兵やら ――― 冒険者やらになるのは珍しいことではない。
家の事情もあるし、本人が望む場合だって山ほどある。そもそも自分がまずそうだ。
彼女もそういう類なのだろう。あまり立ち入るまい。そう湾刀武者は結論付ける。
「よければ街まで案内しようか」
「いいのかい?」
「構わないさ。やる事もないしそろそろ戻ろうと思っていた所だ」
妙に防備のしっかりした牧場を眺めるのは中々興味深くはあったが、何時間も見ているようなものではない。
自分ならどう攻めるか、という脳内演習にも飽きたところだ。
それなら見目麗しい女性共に街へ戻るのが一番良い選択だろう。帰り道の退屈さも紛れるはずだ。
そうして街に戻る道を歩き出したところで、ふと湾刀武者の脳内に閃くものがあった。
この体格で彼女に戦士が務まらないわけがない。事実剣闘士になろうとしているのだから。
技量の程は分からないが、自ら戦いを生業としようとしているのだから度胸は文句なしにある。
他国からやって来るぐらいだから、それなりに旅慣れてもいるだろう。
つまり、彼女はうってつけの人材ということだ。
「剣闘士になる理由を聞いても?」
「構わないよ。単に生計を立てるためさ。私にはこの身体しかないからね」
「ふむ。なら剣闘士でなければならない、という理由はないわけだ」
「まあ、そうだね」
訝しむ彼女に対し、湾刀武者は一人頷く。
「なら是非とも紹介したい職があるんだが」
「ほほう……強制ではないよね?」
「ないない。茶でも飲みながら話だけ聞いて、気に入らなければ断ってくれて結構だ」
「それなら話を伺うとしようか」
少し警戒した ――― 当たり前だが ――― 様子を見せる彼女。だが、湾刀武者は特に気にせず街へと歩き出す。
――― ま、断られて元々。上手くいったら儲けものだ。
断られたなら彼女の人生が良いものになることを祈りつつ、他を当たればいい。
この街に冒険者はまだまだいるし、この街だけがこの国ではなく、この国だけが四方世界ではない。
何処かで誰かが見つかるだろう。あるいは、誰かがこちらを見つけるかもしれない。
幸い交易神の信徒が一党にいるのだから、出会いが訪れないことはないはずだと。
彼は良く言えば鷹揚な、悪く言えばいい加減な姿勢を取ることに決めた。
迷ったらアンケートがいいって近所の野良猫に教わったので、アンケートの結果次第にしようと思います(続きを書くとは言っていない)