鴉を思わせる黒い髪。紫水晶のような瞳。それらをより引き立て、それらがより引き立てる整った顔立ち。
神官射手の派手さとも、女闘士の凛々しさとも違う穏やかで楚々とした美貌。
――― それらよりまず目に入って来る、というか目が行くのはその格好。
首から下げた白磁の認識票。肩当てに手甲、脚絆に胸当て。そして下腹部を覆う鎧。
いわゆる
冒険者にしても戦女神の信徒が身に付けている場合もあるし、別の理由から装備している者もいる。
つまり装備自体は珍しくはない。手に持っている短槍と合わせて、彼女が戦女神の信徒であると推測もできる。
白磁の冒険者が買うには下着鎧は些か高額ではあるが、金の工面は割合どうとでもなるものだ。つまりそこも流していい。
珍しいのは彼女の胸の豊かさと、それを胸当てだけ着けて晒す事にまるで羞恥心を覚えていないような態度だ。
神官射手や女闘士も人並み以上だが、目の前の彼女はそれをさらに凌ぐ。
時折見かける牧場の娘や、槍使いと組んでいる魔女と比較しても劣らない ――― いや、勝っているかもしれない。
見目の麗しさと合わさって当然周囲の目を ――― 主に男性の ――― 引いているが、気にしている様子はない。
本当に気にしていないのか表面に出していないだけなのかは分からないが、いずれにせよ大したものだと湾刀武者は思う。
もっとも湾刀武者にはそれ以上に気になる事があったのだが。
――― 鍛えられてないな。
いかにも女性らしい肢体からは、力強さは一切感じられない。
どころか多少なりとも武芸の鍛練を積んでいれば感じられる鍛えた痕跡さえ見受けられない。
立ち姿からして戦士のそれではなく、戦う ――― 少なくとも己が武器を取って敵と切り結ぶための訓練は一切受けてないと知れる。
無論戦女神の信徒だからと言って戦士である義務はない。
艱難辛苦を乗り越え、名を遂げる。例え力及ばず倒れたとしても、天上の神々はきっと見ていてくれる。
そういう考え方こそが戦女神を信仰するということであり、何も武器を持って戦わねばならないということではない。
なら何故下着鎧を着ているのか、という所に湾刀武者は引っ掛かっていた。
無論単に「気に入っている」という理由で着ているのだとしても文句を言うつもりも筋合もないが。
悪臭を漂わせているだとか全裸でうろついているだとかでない限り、何を着ようが自由というものだろう。
ただ、純粋に理由が気になるだけだ。
下着鎧は鎧そのものの出来は大変いいものだが、とにかく面積が狭い。
その危険性によって観客を楽しませる剣闘士や鍛練を積んだ戦士ならともかく、彼女のように鍛えていない者が着るにはかなり頼りない。
その辺りを考えていないのか、あるいはなんとかなると舐めているのか。
もしくは自分などが思うよりずっと速く彼女は動くことが出来て、攻撃など当たらないのか。
そんな事を頭の中で考えつつ、一瞬だけ彼女の身体に傾いた視線を湾刀武者は引き上げ神官射手を見る。
剣士としての習性が先に来たが、これ以上見たら間違いなく男の本能の方が顔を出す。
初対面の女性をそんな風に見るのは勿論のこと、仲間に誘ったばかりの女性の前でそんな姿を見せるのも大変よろしくない。
あとそれをやったら後で神官射手に死ぬほどからかわれるのが確実だ。それは勘弁願いたい。
「こン人、ウチらの
「よろしくお願いいたしますわ」
そう言って頭を下げる彼女につられ、湾刀武者も頭を下げる。横に並んでいた女闘士もまた、兜を小脇に抱えたままそれに倣った。
成程伝手を頼ったのか新人を見つけたのかは定かでないが、神官射手は仲間候補を連れてきたらしい。
それはありがたい。ありがたいのだが。
「で、そっちの人は誰や?」
「紹介は後だ。とりあえずギルドに行こう。彼女の登録をしないといけないからな」
「よろしく」
女闘士を不思議そうに見た神官射手にそう言って、湾刀武者は顎をしゃくってギルドの方角を示す。
仲間 ――― 仲間一人と仲間候補二名は揃いも揃って大変に見目が良い。その上三者三様の美しさがある。
その三人が集まっている中に十人並みの自分がいるとなると、当然視線の種類が気になって来る。
有り体に言ってしまえば、うっすら嫉妬混じりの視線が向けられてきているのを感じている。
流石に後ろから刺されるような心配はないだろうが、無用の問題に巻き込まれることは避けたい。
「えー、名前だけでも紹介してくれへん?」
「飲み物奢ってやるから」
「よっしゃ早よ行くで!」
――― 扱いやすくて助かる。
神々ではなく神官射手自身の人柄に感謝を捧げると、湾刀武者は ――― そこそこ早足で ――― ギルドへと脚を向けた。
―――――
「半分は信仰のため。もう半分は男を手玉に取るためですわ」
何故
ギルドに併設された酒場は昼間でもそれなりに人がいるため、声を落とした彼女の言葉は同じ丸卓にいてもやや聞こえにくいだろう。
だがそれでいい。他の誰かに ――― 特に何やら人に呼ばれて席を立っている湾刀武者に聞かれては少々都合が悪い。
流石に利用する気だと言われていい顔をする人間はそういないだろうから。
なので「秘密ですわよ?」と唇に人差指を当て、片目をつむって見せながら二人に言う。
二人は特に表情を変えることなく、無言で頷いた。
「つまり君は、自分が「女」であることを武器にしていると」
「ええ、そうですわ。これも一つの戦い方ですもの。ご不満ですかしら?」
「いいや。非難する気もないし不満もないよ」
容姿に恵まれていることで受ける利益もあれば、受ける不利益もある。胸や尻の豊さもまた同様に。
有り体に言ってしまえば男からは欲望を向けられ、女からは嫉妬を向けられる。何もしていなくても、だ。
それならいっそ積極的にそれを利用してやろう。戦神官の巫女はそう考えている。
大半の男はこの格好の自分を見ただけで劣情を抱く。
そこに付け込んでやれば交渉などは大変有利に働くし、戦闘でも冷静さを欠くためまた有利だ。
女は女で自分への嫉妬から敵対心を抱いてくれれば、そこに乗じる隙が生まれる。
いずれにせよ相手の平常心を崩す事で有利な状況を作り出せる。そのためなら身体を晒す程度なんでもない。
それに信仰という意味合いからも、戦女神の巫女は下着鎧を着けるのが正しいと本気で思っている。
戦女神はこれを着て剣奴から神に至るほどの冒険を遂げたのだ。それにあやかるのは信徒として当然だろう。
この格好が他者からどう見えるかも知っている以上、流石に他人へ強制する気はないが。
「ま、使えるモンは親でも使えっちゅうからな」
「己の身体ならなおさらですわね」
「まー、触らせるわけやないしな」
「触ってくるなら《
「おっかな。金取るぐらいですませたれや」
「いや、私なら腕を折り曲げるね」
「こっちもおっかないわー。こら旦那がついうっかり触れてもうたら地獄やね」
神官射手の言葉に頷きつつ、戦女神の巫女は指を曲げ宙に真言を書く素振りを見せる。
戦女神に仕える神官でもあり魔術の心得もある。そして
容貌以上にその実力こそが彼女にとっての支えであり、自信の源だった。同時に男に対する侮りもまたそこから生じているのだが。
そのまま彼女達は女三人寄れば姦しい、との言葉通りに話に花を咲かせる。
他愛の無い雑談に暫く興じていると、席を外していた湾刀武者が人を伴って戻って来た。
その人物は ―――