ボクっ娘薬師は勇者に媚薬を渡した【完結】 作:ボクッコスキー
ここからはアメリカンサイズのジャンクフードをお求めの方だけどうぞ。
やあ、ボクだよ。もうそろそろボクには飽きてきたかな?そんなことない?うれしいこと言ってくれるね。
旅は順調そのものだった。まあたまに襲撃じみたものがあったが、ボクらの脅威となりえるほどの敵はいなかった。まあ、伊達に勇者とその仲間たちを名乗るものではないということだ。
ああ、夜の話かい?何もなかったよ、本当にね。さすがに旅の途中に相手をしている余裕はないし、それを彼も理解してるよ。まあ、求められすぎても困るがね。勇者の子なんて大層なものを腹に抱えたまま生きるのは遠慮しておきたい。研究にも支障をきたしかねないからね。
ところ変わって王都まであと少し、最後に泊まる街へと到着した。ボクらを出迎えたのは、騒音に感じかねないほどの声だった。まあ、英雄の帰還ともなればこの歓迎のしようは理解できなくもないが。
凱旋による祭り状態となった中心街から離れ、ボクは森の方へと歩く。森の中に少し入れば、そこには何種類もの薬草が所狭しと植え付けられた畑が出迎える。ああもう、雑草ばかりだな……。
畑の中にポツンと立つ小屋こそが、ボクの家だ。街からほどほどに近く、王都へもそう遠くはない。そして畑を持てるほどの土地があるのがこの物件のいいところである。悪い点?まあ研究道具によって小屋の中は寝床くらいしか足の踏み場がないところかな。
「ただいま」
帰ってくる言葉はない。当たり前である。ボクは一人暮らしだからね。親は……たぶん街の方でまだ元気にしているんじゃないかな。今更顔を見せるつもりもないけれどね。
それより、パーティーの誘いを断ってまで帰ってきたのは理由がある。
鞄の奥底の板を外し、隠されたスペースに保管された薬草を取り出す。これこそが、研究狂いであると自他ともに認めるボクが勇者たちとともに旅立った理由である。魔族の住んでいる地域にしかなく、しかも魔族領からの持ち出しを固く禁じられている薬草だ。これを持ち帰ってきたことは、勇者たちも含め誰にも知られていない。
この薬草の効力として言い伝えられているのは、強力な毒だ。また毒と思われるかもしれないが、これはいままでのものとは格が違う。たとえ神の加護が何重にかかっていようと、奇跡の体現とも言われる魔法の力を持ってしても、この毒に対抗する手段はない。それほどまでに狂った性能をした薬草なのだ。
なに?勇者を殺すのかって?ボクに聞くのは間違っているよ。
この薬の依頼主は、この国の王様さ。使い方を考えるのはボクではない。
それじゃあこれ以降は話しかけないでくれるかい?ボクは今から研究に入るからね。なんていったってこの街を出るのは明日。それまでに間に合わせなければいけないんだ。それじゃあ、また会おう。
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徹夜のボクが担がれるようにして王都へと入ったのは、昼を過ぎた頃だった。毒薬のことかい?もちろん完成したよ。なにしろボクは天才だからね。
天才じゃなければ無理だったかもしれないという研究ペースだったというのは内緒だ。
「おお勇者よ、よくぞ帰られた」
「ありがとうございます、我が王よ」
旅の道中では一切着ないような儀礼服に身を包み、勇者は頭を垂れる。このワンシーンのみを切り取れば、忠義に厚い騎士と王の姿だ。まあ実際は、儀礼など一切知らぬ田舎者と、田舎者にすら儀礼を求める王なのだが。
「今夜はパーティーを開こう。宰相、準備を」
「かしこまりました、我が王」
側に仕えていた宰相が何人かに指示を飛ばす。きっと今夜は、それはそれは盛大なパーティーになるだろう。
「ではそれまで体を休められよ。ああ、そこの薬師だけ、個人的に話がある」
「レニに……ですか……?」
「何だ勇者よ、朕の発言に不満か?」
「いえ……ただ何か粗相でもしてしまったのかと」
まったく心配性なやつだ。ここはボクが言うべきだろうか。
「まあ待ちたまえよウィル。薬師であるボクをお求めとあらばだいたいの内容はわかるだろう?詳しくは聞かないのがマナーというものだよ」
「あ、ああ。確かにそうだな」
薬師という肩書は、案外便利なものだ。
「我らが王の言う通りにしたまえ。今夜は長いだろうからね」
勇者はもう一度ボクを見てから、間に合せの礼で退出していく。他国の王女である格闘娘はもちろん、なぜか幼馴染っ娘も、そして魔法使いも堂に入った礼をしていくものだから、余計に勇者が浮いて見えた。
「それで……我が王よ、ボクに何用で?」
あくまでも知らぬ体で尋ねる。宰相はおそらく事情がわかっていると思うが、周りを取り囲むように立っている騎士たちはそうではあるまい。
「うむ、朕について来い」
通されたのは、控室のような小部屋だ。小部屋といえど、家具や調度品によって綺麗に整えられた部屋だ。
「朕の言いたいことがわかるかね、薬師」
「依頼のものだろう?」
コトリとボクは瓶を置く。
「勇者をも殺す毒、で間違いなかったかな」
「朕が勇者を殺すとでも?」
カマをかけてみただけである。しかし、その疑惑は確信へと変わった。
「いやまさか。英雄を殺したとなれば加害者に正義はないだろうからね」
「理解しているならばよい。それで、どう使う?」
「他の毒薬と変わらないさ。飲み物に混ぜるなりなんなりすれば、あとはコテッとね」
「なるほど」
王が瓶へと手をのばす。ボクは手に取られる前に瓶を取り上げる。
「おっと、王が触るようなものでもあるまい」
「ふむ、それもそうだ」
不敬など存在しないかのような空間。そこには、何者をも殺す毒を作り出せるボクという存在がいる。
「ならば、だ」
驚くべきことに、王は簡素に述べる。あまりにも軽くて、ボクは自分の耳を疑った。
「お主がそれを勇者に飲ませ、毒の効果を朕に示してみせよ」
「……ボクが?」
「仲間であったお主からであればたやすく飲ませられるだろう?」
王だけでなく、宰相や唯一同席している騎士の目までもボクに突き刺さる。不敬は問われずとも、拒否権を与える気はなさそうである。
「なるほど、理解したよ。ではボクの言う状況を今夜作り出せるように、セッティングを任せても良いかな?」
ボクは、勇者を殺すことになった。
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夜の帳がすっかり落ちた頃。まだ街は騒がしい。勇者がパーティー会場から抜けても喧騒が続いているのだから、きっとそういったお年頃の連中が多いのだろう。
「……あれ、部屋はここだって聞いたんだけどな。すまない間違えた」
「君は間違ってないさ、ここは英雄の今夜の宿で間違いないよ」
疲弊しきった勇者をボクは出迎える。
「なにか飲むかい?」
「み、水をくれ。飲みすぎて辛いんだ」
「だろうね。そういえば君は酒精は好まないんだったか」
「強引に飲まされたよ」
苦い顔をしている勇者に、ボクは瓶からグラスへと飲み物を注いで渡す。
勇者は、疑うこともなく、一気にグラスの中身を飲み干した。
「……なにか入れたか?」
「レモンの果汁を少しね。ただの水よりかは飲みやすいだろう?」
「確かに、もう一杯くれ」
ボクは献身的に、水瓶から水をすくいグラスに注ぐ。
「あれ、今度はレモンの味がしないや……」
「随分と薄くいれたからね。人間の味覚というものはすぐ慣れるもので……」
「難しい話はやめてくれ、頭が痛くなりそうだ」
勇者は着の身着のまま、ベッドへと倒れ込む。ボクもベッドに座って、勇者に寄り添う。
「なあ、レニはこれからどうするんだ?」
「さあね。また研究ばかりする日々に戻るかもしれないし、薬草探しの旅に出ているかもしれないね」
「そうか……」
勇者が目を瞑ったのを確認する。
「それなら俺と……」
「……何だい、言葉を途中で切って」
口が開いたまま、動かなくなっている。先程まで穏やかだった表情は強張り、閉じていた瞳が大きく開かれこちらを向いている。
「ああ、もう時間か」
想定より少し早かったかもしれないが、許容範囲内だ。
「君との旅はとても楽しかったよ。ボクにとってもかけがえのない思い出になることだろう。だけど、君とはさよならだ」
体中がしびれているだろうに、勇者はボクに手をのばす。
「どうしてとでも言いたそうだね。でも、早く眠ってくれないかい?ボクが発見者となればそれはそれで困るんだ。まだ捕まりたくないからね」
勇者の体から力が抜ける。そして、完全に動かなくなった。ボクは彼の脈と心音をとり、毒薬の効果を確かめる。ふむ、どうやらちゃんと効いたようだ。
「さようなら、勇者。心身ともに大変だった旅だけれど、楽しかったよ」
ボクは窓を開け街へと消える。きっと明日の朝には、大変なことになっているだろう。
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『勇者記 最終巻より抜粋』
旅の仲間に裏切られし勇者は、他の仲間の介護も虚しく永遠の眠りへとついた。
彼の葬儀は国をあげた盛大なものとなり、王ですら脱帽し祈る姿は、英雄が消えた悲しみを体現していた。この姿が描かれた絵が名画として残っているのは、読者の皆も既知だろう。
勇者を殺した元仲間の薬師は数日後に王都騎士団に捕縛されかけたものの、手を封じる直前に勇者に用いたであろう毒の残りを飲みきり、そのまま死亡した。こうして国賊は、その報いを受ける前にその生命を終えてしまった。
残された仲間たちは、ショックからか元の生活に戻れるわけもなく、今までの生活を捨てて旅へと出る。彼女らは、現在まで続く魔族との国交において重要な役割を担う使節団として、番も子も残さずその生涯を終えた。
こうして後味の悪いまま終わるのが、この国を救い人間族を救った勇者の人生譚である。
ボクっ娘薬師は勇者に毒薬を飲ませた
おそらく来るかもしれない次回、勇者視点