A.俺に質問をするな
Q.仮面ライダーアクセルですよね?
A.俺に質問をするな
Q.バクシンバクシンバクシーン!!
A.………………。
──日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。試験を経てやって来た新米トレーナー・柏崎は、まだ見ぬウマ娘との出会いを求めて敷地内を歩いていた。
が、しかし、待っていたのは殆どが他トレーナーとの契約を済ませてしまっているという事実。同期の桐生院トレーナーですら、隣にはハッピーミークなるウマ娘が立っている。完全に出遅れた。そう悟るのに時間は掛からなかった。
とはいっても、未契約のウマ娘は居るには居る。だが広い土地でそんなウマ娘と出会えるかという運からも見放されたと、そう柏崎が独りごつその時、ベンチに座る彼女の体に影が差した。
「…………ぁえ?」
「いよぉーう、なにしてんだぁ?」
「──どぉわっ!? 誰!?」
「っおいおいおぉ~い! このアタシを知らねぇたあおめーさんどこ中だあぁん!?」
「ひぇえ」
ベンチの背もたれに仰け反るように高身長のウマ娘から逃れようとする柏崎は、自然と眼前の少女を見上げる。芦毛の銀髪を腰まで伸ばし、愉快そうに口角を吊り上げるその少女は──
「アタシぁゴールドシップ様だ。あ、たこ焼き食う? たこ入ってねーけど」
「ただの焼きじゃん……」
「へっへっへ」
──そう言って、快活そうに笑った。
「──なぁるほど、会うウマ娘全員が契約済みだったと。脳を破壊されちまったな」
「いや元から寝取られてないし」
「ん~アタシとしても新米トレーナーを助けるべく契約してやらんこともないんだが」
「……えっ、ちょっ……なんですか?」
ずいっ、と顔を近づけるゴールドシップが、柏崎の顔を覗き込む。
「噂を知ってっか?」
「う、噂?」
「そー。このトレセン学園にはな、怪物が居るんだよ。てなわけで」
片方の眉を吊り上げてふぅんと鼻を鳴らし、それからよしっと意気込んで立ち上がった。
「これからおもしれーとこに連れてってやる」
「えっ──うぉおおっ!?」
「おいおい女の子がなんて声出してやがる……まあ落ち着いてたこ焼き食えよ」
「だからそれ焼きじゃん!」
「へっ、アタシのギャグもキレが落ちたな。焼きが回っちまったよ、たこだけに」
──このウマ娘はなんなんだ。柏崎は、小脇に抱えられながらそんな事を考えていた。
暫くして柏崎が下ろされたのは、食堂に入ってからだった。ウマ娘たちが利用する食堂には多種多様、様々なウマ娘が出入りしている。
「……ここで何を?」
「あん? まあ待て、とりあえず座んな」
「はあ……」
「んで、適当に聞き耳立てとけ。あとはしぜぇんと行きたい場所が見えてくっからよ」
──そいじゃ、アバヨぅ! と言って、ゴールドシップは柏崎の方を向いたまま滑らかな動きでバックステップして出ていった。
「なんだったんだアイツまじで……」
ちらちらと辺りから向けられる目線に羞恥を覚えつつ、やることも無いため柏崎は言われた通りに聞き耳を立てる。
それから暫くして、彼女は、聞こえてきた言葉に目を見開いた。
曰く、最速のウマ娘が居る。
曰く、何度もトレーナーと解約している
曰く、トレーナーを必要としていない
曰く、曰く、曰く。
「────!!」
言葉が聞こえてくる度に、興味がそそられる。トレーナーを必要としていない。それはつまり、誰とも契約していないということ。
自分もまた必要とされないのではないか? そんな疑問が脳裏を過るよりも早く、噂の真偽を確かめようと柏崎の足は動いていた。
ちょうどレースが始まるトラックに到着した柏崎は、観客席から出走ウマ娘を見渡す。
「あっ、柏崎トレーナーっ」
「……桐生院トレーナー」
不意に聞こえる声に顔を向けると、パタパタと小走りするくだんの同期、桐生院葵が、ウマ娘──ハッピーミークを連れて駆け寄ってきた。
「ハッピーミーク……ということは、このレースには出ていないんですね」
「はい」
「柏崎トレーナーはどうされたんですか? もしかしてウマ娘と契約して早速レースに?」
……嫌味か貴様。等とは思っても言わないようにしつつ、柏崎は素直に理由を話す。
「噂の『最速のウマ娘』とやらを見に来たんですよ。桐生院トレーナーはご存じで?」
「ええ! そのウマ娘はあの子ですよ」
──ほら、あの子。そう言って桐生院が指差した先に目線をやると、そこには紺色の髪を伸ばし、一房だけ白いメッシュという不思議な色合いのウマ娘がゲート付近に立っていた。
「──『アクセルトライアル』、『逃げ』を得意とするポピュラーなスピード特化のウマ娘ですね。私もレースを見るのは初めてです」
「そりゃ私と同期なんだから今回が初めてでしょうよ……言っちゃなんだが普通ですね。最速と言うからには速いのでしょうが」
噂の一人歩きか? などと考えていると、ふとアクセルトライアルの横に立っているウマ娘と目が合う。うげっ、とは柏崎の声だ。
「おん? ──おー、さっきのトレーナーじゃねえかー! おぉーい! ぴすぴーす!」
ゲートに入ろうとする寸前で柏崎を見つけたゴールドシップが、観客席を見ながら両手で交互にピースサインを作って笑う。当然だが、これからレースというときにそんなことをされては困ると、スタッフが慌てて駆け付けた。
「あっ、おいこらっ離せちくしょー! アタシが何をしたってんだーっ!!」
──ゲートに入らないからですよ!
──このやり取り何回目だよ!!
そんなスタッフの声がゲートの近くから聞こえてくる。どうやら頻繁に起きているらしいゴールドシップが羽交い締めにされてゲートに押し込まれる光景を前にした柏崎だが──
「……っ!!」
「────」
バチリと、アクセルトライアルと目が合った。ゴールドシップの隣のゲートなのだから、騒ぎの元に目線を向けるのは当然である。
黄色とオレンジの中間のような、暖色系の瞳が柏崎を見る。しかしレースが始まるからと、顔を逸らして前に向き直った。
それから一拍間を置いて、ゲートが開放される。先頭に躍り出たアクセルトライアルの動きは、ごく一般的な、良く鍛えられている速いウマ娘のお手本のようなフォームで──
「……やはり、普通のウマ娘ですね」
「しかし、それなら何故『最速のウマ娘』などと呼ばれているのでしょう?」
「さあ」
見栄を張りたい年頃なのでしょう。そう言って嘆息をもらす柏崎は、カッコつけたがるウマ娘はごまんと居ると思案する。
そろそろフリーのウマ娘を探さなければ、そんなことを小声で呟いて踵を返そうとしたとき、ふと──疑問が湧いた。
「……逃げているにしては、ずっと先頭に居ますね、アクセルトライアル」
──そう、アクセルトライアルは常に先頭を走っている。いくら『逃げ』の作戦がずっと前を走り続けるものとはいえ、生き物は走れば疲れる。そしてレースの途中で誰かと並走したり、抜かれたりするものだ。なのに、アクセルトライアルは最終コーナーに差し掛かってもまだ前に居る。
だが最後の直線、遂に『追込』のゴールドシップが、同じく『逃げ』のサクラバクシンオーが、『先行』のトウカイテイオーが追い縋る。
徐々にアクセルトライアルに並ばんとするウマ娘達を観客席で見守っている客・トレーナー達は──ぞわりと、肌が粟立つのを感じた。ラスト、ゴール直前。時間にしてあと約20秒。
とうとう追い抜かれるかと思われたアクセルトライアルの纏う空気が切り替わる。
柏崎は、彼女が次の一歩を深く踏み込むのをなんとか視認し──ドンッ!!! という爆発かと勘違いするほどの音を耳にした。
「なっ……!?」
「……そんな馬鹿な」
桐生院が、そして柏崎が驚愕する。
アクセルトライアルは全力を出している。余力を残しているようには見えない。なのに、彼女は、
後方から追い付かんとしていたウマ娘全員を引き離し、まるで一条の線のような残像を残してゴールする。ザザザッとブレーキを掛け、立ち止まったアクセルトライアルは、数秒の間を置いてゴールしてきたウマ娘に振り返り淡々と告げる。
「9.8秒、それがお前達の絶望までのタイムだ」
おおよそ健闘を称えているとは思えないセリフに、しかして2着3着とゴールしてきたゴールドシップたちは苛立つ様子を見せない。
何か会話をしているように見える動きを確認した柏崎は、アクセルトライアルが控え室に戻る通路に向かって走っていった。
「……あれっ? 柏崎トレーナー?」
「あの人なら走っていきましたよ」
「──そうですか」
──通路を歩くアクセルトライアルに追い付いた柏崎は、息を整える間もなく声を荒らげる。
「あ、アクセルトライアルっ!!」
「……なんだ」
元々そういう喋り方なのだろうが、不思議と不機嫌に聞こえる声色。
アクセルトライアルの声に一瞬怯みながらも、それでも柏崎が続ける。
「さっきのレース、見ましたっ……」
深呼吸で息を整えて、更に話す。
「──私と、契約しませんか」
「……お前も俺の噂を耳にした輩か」
「『最速のウマ娘』、あの意味を、あのレースで理解しました」
「ならば『何度もトレーナーと解約した』という噂だって聞いているだろう」
一歩近づき、アクセルトライアルは柏崎の顔をじっと見る。暖色系の瞳が、僅かに揺れた。
「俺は俺の足を理解している。どう訓練すればいいのかもわかる。俺と組めば一躍人気者に、などと考える浅い連中は、自分が必要とされていないとわかると勝手に失望して消えた」
「……それが解約の理由」
そこでようやく、柏崎はアクセルトライアルの瞳が揺れた理由を察した。自分の足の速さしか見ない連中に勝手に期待され、勝手に自分は不必要だと察して失望される。辛くないわけがない。
柏崎の頭の中にあった『あわよくば契約できればラッキー』と、先人トレーナーの浅はかな考えの、いったい何が違うというのか。
トレーナーがアクセルトライアルに失望するというのなら、アクセルトライアルだって、トレーナーに失望するだろう。
「お前と組んで何になる?」
「……そ、れは……」
「……他にもっと、俺よりマシなウマ娘は居る。そいつと組んで、大会に出してやれ」
「────それだ!!」
「なに……?」
僅かにアクセルトライアルを見上げる身長差の柏崎が、思い付いたように声を跳ねさせる。疑問符を浮かべた彼女に、柏崎は提案をした。
「アクセルトライアル、私と契約すれば、貴女は大会に出られる。練習レースで燻っている
「──ふっ、なるほど。そう来るか」
「訓練は勝手にやればいい。『トレーナーと契約したウマ娘』という事実があれば、自主トレーニングとは比にならない質の高いトレーニング設備を自由に使うことも出来る」
──それはつまり、完全な放任主義。
強いウマ娘を強くしたいなら、訓練方法を理解しているウマ娘本人に任せてしまえばいい。
その間に他のウマ娘と更に契約してそちらに専念すれば、結果的に複数の強いウマ娘を輩出したとしてトレーナーの評価も上がる。
まるで法の穴を突くような悪魔の契約。柏崎の提案に逡巡したアクセルトライアルは、愉快なものを見るような顔で頷いて見せた。
「良いだろう。
「今とんでもない呼び方しませんでした?」
「俺に質問をするな」
キッパリと断言するアクセルトライアルに困ったような笑みを浮かべ、柏崎と彼女は握手をしようと手を伸ばし────
「ぅおっしゃあ──! ゴルシちゃん、敵将討ち取ったりぃぃぃぃぃ!!」
「ぬわ────っ!?」
柏崎が背後から麻袋を被せられ、一人のウマ娘──ゴールドシップに担ぎ上げられる。
「およ、
「
「流石のゴルシちゃんも人は食わねえよ」
た、食べ!? と悶える麻袋に目線を向けるアクセルトライアルに、ゴールドシップは親指を立ててウインクすると言葉を返した。
「アタシたちでチーム組もうぜっ」
「……俺は今しがたその麻袋の中身と契約する寸前だったのだから構わんが、ゴールドシップ……お前は何がしたいんだ?」
「えっ……楽しそうだから?」
「────そうか」
あっけらかんと言い放ち、柏崎を担いだまま外へと駆けて行く。
ドップラー効果で遠退いて行く悲鳴に混じって、ゴールドシップの声が聞こえた。
「アタシの秘密基地で待ってるゼ──ット!」
残されたアクセルトライアルは、重苦しいため息をついて、汗を払うように後ろ髪をばさりと持ち上げて扇状に広げる。それからポツリと低い声でしみじみと呟いた。
「馬の時とそう変わらんな、あいつ」
──拝啓、前世の俺へ。『お前、来世で馬と同じ名前の陸上選手と一緒に走ることになるよ』って言われたときの反応が見たいです。敬具
ケモ耳っ子に生まれ変わったと思ったら陸上選手への道を強制されて十数年。
トレーナーと契約したり解約したり足を肉体改造したりトレーナーと契約したり解約したり。
そろそろ実家に帰ろうかなあなどと考えていた時、『契約だけするから勝手に走れ』とかいうクレイジーな発想に至るトレーナーをゴルシに取られまたしたとさ。
馬のゴルシもウマ娘のゴルシも頭が良いからこその馬鹿さ加減を見せてくれて嬉しいよ。それはそれとして人のトレーナーを取るな。
「……チーム、か。アイツも呼ぶべきだが、受け入れられるかどうか疑問だな……」
俺の『ラストに10秒だけ加速する足』を生み出したウマ娘も連れていった方が良いかと考えながら、俺はその場を後にした。
尚、麻袋を抱えた変なウマ娘の行き先は簡単に知ることが出来たことは余談である。
──これは、自分を含め、ウマ娘というキテレツな生命体がなんなのかいまいちよく分かっていない、最速のウマ娘の話。
(なんで動物の馬と同じ名前のケモ耳っ子と一緒に走っているのか一切合切分からないので頼むから)俺に質問をするな
『アクセルトライアル』
・長所:マイル~中距離なら無敗
・短所:長距離は苦手(10秒加速込みで4~6着)
・10秒加速はとあるウマ娘と開発した
・前世の自分の記憶はほとんど無いが、流石に馬と同じ名前のケモ耳っ子陸上選手が居た覚えはないので別世界と捉えている。
(続か)ないです