URAファイナルズ優勝から暫く、ようやく注目の的にされなくなってきた頃の休日、ふと校内のベンチに座る二人のウマ娘を発見した。
一人は制服のシンボリルドルフだが、もう一人の私服姿は……初めて見るな。誰だ?
携帯を片手に唸っているルドルフに何か指摘しているウマ娘はどこか壮年の雰囲気を感じさせるが、纏う雰囲気は強者のそれである。
「会長、どうかしたのか」
「──ん、ああ。アクセルか……いやなに、少しばかりネットの洗礼を受けていてね」
「……アクセル? ああ、貴女が例の!」
「なに?」
ルドルフの隣に座っていた鹿毛のウマ娘は、俺を見るや否や好奇心旺盛な表情をした。
「URA優勝おめでとう! 生配信のレース見てたわよ~。あっ、私は
「マルゼンスキー……
「──そう呼ばれてるのも知ってるって方に、私こそ驚いてるのだけど……」
感心したような声色で、マルゼンスキーはポカンと口を開ける。寧ろ驚いたのは俺の方だ。マルゼンスキー、スーパーカー。
『速すぎて脚質がわからない』とされた──本人も周りもレースで不幸になった馬。
確か、ライスシャワー含め
「会長は何をしているんだ」
「……君はウマスタを知っているかな」
「そうだな……嗜む程度には」
ウマスタ──と言うのは、前世で言うところのインスタとそう変わらない。
ベンチの横に立ち、ルドルフの携帯を覗き込むと、彼女のアカウントが映っている。
しかしそこにあるのは……堅苦しい文章とレースやトレーニングの予定表のみ。
「ううむ……メモ帳か何かか?」
「そうなのよっ! ルドルフったらウマスタに投稿しても業務連絡ばっかりなの!」
「しかし……私にはこう言ったアプリは向いていないよ。寧ろ今の今まで投稿が続いているだけマシだと思わないかい?」
「自分で言うな」
本人の経歴と実力で盲目になっていたが……こいつもしかしてわりとポンコツなのか。でもまあ確かに、機械は苦手そうだものな……
「私としてはもっとナウなヤングにバカウケな投稿を増やすべきだと思うのよ」
「もうその時点で分からないよマルゼン」
唐突なマルゼンスキーの古い言語に脳が一瞬理解を拒んだが、そういえばそうだな。彼女は70年代──
前世の俺はそれより後の世代だから翻訳に苦戦したが、今のは──
「──『今時の若者』という意味だな」
「どうして分かるんだ?」
「気にするな」
俺としてはマルゼンスキーの言語センスの古さこそ気になるが……なんだ、もしや前世の年代でその辺の感性も変わるのか。
「フォロワーは沢山いるのに、投稿はたまにやる併走かトレーニングの予定表か行事の告知だけ。こんなのチョベリバだわ!」
「アクセル、今のは」
「『とても悪い』だ」
こいつ……早速と俺を翻訳機扱いしているな。自分の言葉を理解している俺に対して、マルゼンスキーもどこか楽し気にしている。
「ねっねっ、アクセルはウマスタやってるの? まさかルドルフみたいに業務連絡しかしてなかったり?」
「いや。俺はウマスタはしていない。ウマッターならやっている。まあ、アカウントを作っただけでそもそも何も投稿していないが」
自分の携帯を紅い革ジャンのポケットから取り出して、ウマッター──前世でいうツイッター──を起動して見せる。
画面に映っているのは初期アイコン、初期ヘッダー、プロフィールには『アクセルトライアル(本人)』とだけ書かれていた。
詐欺アカウントなら何らかの投稿をしていると思われているのか、フォロワーは……何故か6桁ほど居た。嫌な信頼のされ方だ。
「……貴女ももっとこう、何かしら呟いた方が良いんじゃないかしら」
「興味が無くてな」
「なんでもいいのよ。『お昼は何を食べた』とか、『今日はどのコースで走ったか』とか」
「そうか」
そういうものか。この手のSNSは俺より向いている奴が居るだろうが……ファンにとっては数少ない交流の機会だ、URA優勝者としてのサービスも必要なのだろう。
「昼食か。なら、マルゼンスキーは何を食べたんだ。少し古い喫茶店でスパゲティか?」
「あら、よく分かったわね」
「よりによってアタリか……」
「やはり詳しいな、まるでマルゼン博士だ」
「冗談はよしてくれ」
ルドルフにそう言われ、咄嗟に言い返す。なんとなくバブル世代っぽい食事のイメージそのままの昼食を取っていたマルゼンスキーにも完全に友好的に見られている。
「……それより、会長のウマスタに華がないという話だろう。携帯を少し貸せ」
「うん? ああ、壊さないでくれよ」
「握っただけで壊れるわけないだろう」
からかうような言葉に眉をひそめながらも、俺はカメラモードを起動して、横向きにしてマルゼンスキーとルドルフのツーショットを撮影する。突然のシャッター音に驚くルドルフとさらっと彼女の肩に手を置いてウィンクするマルゼンスキーの写真を、ウマスタのアカウントに投稿してから本人に返す。
「……それだけで良いのか?」
「通知は切っておけ」
「えっ──わ、わっ」
ブブブブブブッと、突如としてルドルフの携帯が何度も通知を知らせる振動を発する。驚いて落としそうになった携帯を掴んで、ルドルフはウマスタの通知が更新されて行く光景を見ていた。
予定表の投稿だけでも『シンボリルドルフの投稿だから』というだけでそこそこ評価があるのに、そこにマルゼンスキーとのツーショットを投稿したのだ。校内のウマ娘や当時からのファンにとってはさぞや
「……あらら、劇毒ねぇ。じゃあルドルフ、ここにいたら囲まれちゃいそうだからそろそろ帰るわねっ。アクセルも来てくれる?」
「構わんが」
「いや、待て、ここまでしておいて放置するというのはどうかと思うのだが!?」
安易に俺を信用したルドルフにも責任はある。オホホホホホ~と高笑いしながら走り去るマルゼンスキーの後を追って、俺は校則違反にならない程度に小走りしていった。
──ルドルフから離れて走るのをやめた俺に、マルゼンスキーがおもむろに声をかける。
「アクセルは、私のことを知っているの?」
「…………」
「ごめんなさいね、ただ──そう、貴女は今の世代の最速だから、きっと」
「──俺が孤独になるのではないか、と心配しているのか」
『……ええ』というマルゼンスキーの小さい声。マルゼンスキーは強い馬だったがゆえに、『マルゼンスキーが出るなら出ない』と出走を回避した馬が何頭も居たくらいだ。
もしウマ娘であるマルゼンスキーも似たような境遇だったなら、『強すぎること』は不幸を生むことを知っているのかもしれない。
「私は走るのが好きで、楽しくて……ただそうしていただけ。速く走るのが気持ちよくて、楽しくて、それだけでよかったのに──昔の規定でね、当時の私はダービーに出られなかったの」
「────」
悲しげに笑うマルゼンスキーを見て、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。そうか、ウマ娘はそこまで似てしまうのか。
馬のマルゼンスキーは外国で交配して日本で産まれたいわゆる
出られていれば、という
「もしもダービーに出られたら、なんてことを今でも考える。そして、私が楽しく走ることは、果たして孤独を生んだ。一瞬でも考えちゃったのよ、いつか貴女もこうなるんじゃないかって」
「マルゼンスキー……」
湿っぽくなっちゃったわね! と言って、マルゼンスキーはからからと笑う。
──知りすぎていることを気味悪がられるかもしれないが、彼女の一生を知っている今の俺には、何も言わないということが出来ない。
俺は、彼女の背に向けて口を開いた。
「──大外枠でもいい、賞金も要らない、誰の邪魔もしない。走らせてくれたら、誰が一番速いかがわかる……だったか」
「──!」
「ウマ娘が速く強くあることは孤独を生む。それはきっと間違いないだろう。だがな、マルゼンスキー。孤独であることがイコール不幸であるとは限らないんじゃないか」
校門を出て、少しして、恐らくマルゼンスキーの私物だろう赤いスポーツカーを見つける。彼女の顔を見て、俺は言った。
「強いことが孤独になる条件というのなら、どうしてシンボリルドルフは孤独ではないんだ。それは、ああしてお前が傍に居たからだ。だからお前も、結局は孤独なんかではないんだよ」
「…………アクセル」
「俺も同じだ。隣に大事な奴が居る。だから──大丈夫だ、きっと孤独になんてならない」
「──そっか」
そう言い終えて、俺は携帯を取り出してカメラを起動する。それに気づいたマルゼンスキーは、スポーツカーを背に──風に揺れる髪を押さえながら、憑き物が晴れたように笑っていた。
この写真にタイトルを付けるなら、そう──『スーパーカー』、だろうか。
──などと考えていたのも数日前。俺は朝のベッドの上で、ファンに向けた面白い呟きについて悩んでいた。とことんSNSには向かない性格だと自己判断して、ふと、俺の横で眠りこけているタキオンの寝顔に意識が向く。
「……これでいいか」
別にウマッターで呟けとは誰からも言われていないし、いちいち俺のアカウントなんて確認されないだろう。携帯のスピーカーから音が出ないように指で押さえながら、俺はフラッシュを焚かないようにしつつ、タキオンの寝顔を撮影した。
「あの、なんでアクセルのウマッターってタキオンの寝顔だけ投稿されてるんですか?」
「……アクセル? なんだいそれは? そんなの聞いてないぞ、アクセル? アクセル!?」
モブ「アクセルさんのウマッター、デジタルも見た?デジタル?デジ……し、死んでる……」
アクセル
・5%の確率でタキオンとの添い寝ツーショットを投稿するアカウントとして人気を博している。
柏崎
・定期的にゴルシとフクキタルをプロレス技で締めている動画が投稿されており、