【完結】さあ、振り切るぜ   作:兼六園

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「『ダートに咲いた桜、ハルウララはマイルの女王となれるのか!?』ねぇ。

 

 月並みだな、五点」

 

「それ百点満点中の五点やろ」

 

 バサッ、と机に雑誌を放り投げて、柏崎は辛辣な採点を下す。された張本人──山城は、眉をひそめながら、投げられたそれを回収した。

 

「しっかしウララちゃんも頑張っとるのぉ。もうURA出場の条件満たしたんやろ?」

「ああ。……あとはURAまで訓練を重ねるだけ──で終われば良いんだが」

 

 ちらり、と外を見る柏崎の視界には、年末のレースに向けた調整をしているウマ娘と、指示を出しているトレーナーの姿が映っている。

 

「──ふん、有マ記念か」

「あー、殆どはそっちを目指すんやったか。ウララちゃんは出ぇへんの?」

「今度はパワーボム食らいたいのか」

「……パイルドライバーで死にかけたのが半年前やぞ、勘弁してくれぇ」

 

 禁句やったか──と続けて呟いて、額に青筋を浮かべる柏崎からそっと目を離す。

 調()()()()()()()山城が柏崎に()()()()のも今は昔。通りすがりのマスクを付けたウマ娘が『ブエノ!』と称賛するようなパイルドライバーを食らい、彼は上下関係を叩き込まれている。

 

「まさか今日日逆らったら殺されるんじゃないかって攻撃をなんの躊躇いもなくしてくる人間がおるとは思わんかったわ」

「されるような奴が悪い。ったく、ちょっと外の空気吸ってくるから留守番してろ」

「へーへー、任されました」

 

 カメラを磨きながらそう言って、山城は柏崎の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 ──ガコンと音を立てて、自販機の下から缶コーヒーを取り出す柏崎は、一口呷ると重いため息をついて自虐気味に口を開く。

 

「──ガキみたいにごねるなよ、私」

 

 ブラックコーヒーの苦味が、柏崎の思考を冷まさせる。周りが有マ記念1着を夢見るなか、頑なにハルウララに挑戦させようとしないのは、なにも彼女に適性が無いから──だけではない。

 

 内心でそうして纏めていると、不意に柏崎は自身の耳で電動の駆動音を拾う。

 自販機の横でコーヒー片手に佇んでいた彼女は、音の方向へと首を向け──

 

「おやぁ? どこかで見たことのある顔だ」

「タキオン、ふらふらと動くな──、ん」

「……あなた方は」

 

 そこに居たのは、車椅子に乗っている茶髪のウマ娘と、その隣に駆け寄ってきた長い黒髪に白いメッシュのウマ娘だった。

 その二人──特に片方は悪名高いため会う機会は無くとも知っている。それに、もう一人は、恐らく今世代最強と言っても過言ではない。

 

「……アグネスタキオンと、アクセルトライアル……ですよね。私になにか」

「──ふぅン。ほう、いい肉体だ。鍛えられている。君、私の実験に付き合わないかい」

「は?」

「こいつの言葉は無視してくれ。ああ……と、柏崎トレーナー、で良かったか」

 

 黒髪のウマ娘──アクセルトライアルが、傍らのアグネスタキオンの頭を軽く小突きながら言う。柏崎の欺瞞に満ちた顔を見て、彼女は咳払いを一つに話題を切り替えた。

 

「先に言っておくと、俺たちは敵情視察に来たわけでない。ただ、少しの好奇心はある」

「──私があのハルウララのトレーナーだから、ですよね。誤魔化さなくて結構」

 

 そうか、と言ってアクセルトライアルは少し歩いた先にあるベンチを指差して、向こうに行こうとジェスチャーしながら続ける。

 

「あの全戦全敗だったハルウララをデビューさせURAに出場させる……まるでシンデレラストーリーだと、学園内では言われているな」

 

「大層なお話ですね。ただウララの脚に合うレースに出させただけでしょうに」

 

「その『脚に合うレースに出させただけ』でここまで来られたのなら、それを才能と言うのではないのかねぇ。トレーナーくぅん?」

 

 車椅子に乗りながら、視線は低いのに妙な威圧感のあるアグネスタキオンからのそんな指摘に、柏崎は眉をピクリと反応させる。

 

「──そんなトレーナー君も、陰でこう言われているのは知っているだろう? 『有マ記念にハルウララを出走させるのか?』ってねぇ」

「────、はて」

 

 すっとぼけたように首を傾げる柏崎だが、アグネスタキオンを見下ろすその目は、一切笑っていなかった。

 

「なるほど、確かに、有マ記念はURA出場までの3年間を締め括るに相応しいタイミングのGⅠレースですね。──()()()?」

 

「おやおや、まるで、ハルウララ君に有マ記念優勝は無理だとでも言いたげじゃないか」

 

「ええ、はい。ウララは優勝出来ません。

 今までのデータを統合して冷静に考えれば、誰だってそう断じられます。根本的に、芝で走るのが苦手でおおよそ長距離を走りきれるだけの脚を持たない彼女は、確実に勝つことは出来ない」

 

 ベンチに到着して、アクセルトライアル共々そこに座る柏崎は、車椅子のアグネスタキオンと目線が合うようにしてから淡々と語る。

 

「向いていない、勝てない、走らせるべきではない。だというのに、誰も彼もが口々にウララの有マ記念出走を期待する」

 

 ──それで、苛つかないとでも? そう言って破裂しそうな程に青筋を立てる柏崎の、衝いて出た次の言葉にアクセルトライアルが反応した。

 

 

「生徒会長ですら()()なんですから、流石にそろそろ、文句の一つでも言いましょうかね」

 

「ん……? 待て、会長──シンボリルドルフも、ハルウララを有マ記念に出せと言ったのか?」

 

「……出さないのか、とは聞かれましたが、意味はほぼ同じでしょう。別に誰も、ウララに期待なんてしていませんよ。『有マ記念に出走したハルウララ』という話題が見たいだけ──」

 

 そこまで言って、柏崎は訝しむように思考に耽るアクセルトライアルを視界に納める。

 

「……アクセルトライアル、なにか」

「柏崎トレーナー、会長についてだが、恐らく貴女は勘違いをしている。会長は間違っても、レースを強要するような奴では無い筈だ」

「──勘違い…………、あ」

 

 柏崎はアクセルトライアルに言われて、そういえばと当時の会話を思い出す。

 あのとき、確かにシンボリルドルフは何かを言おうとして──そこに山城が割り込んできたのだ。顔を片手で覆って、唸るように息を吐く。

 

あいつやっぱり締めるか……ああ、はい。その件に関してはこちらの確認不足でした。ですが、まあ──やはりウララを走らせるつもりは「トレーナー君は、何に怯えているんだい」

 

 おもむろに口を開いて、アグネスタキオンがそんなことを柏崎に問い掛ける。

 

 アグネスタキオンの、爛々とした──妖しくもどこか惹き寄せられる瞳が柏崎を射抜く。まるで全てを見通されているかのような発言に、柏崎は閉じかけた口角をひくつかせた。

 

「──なに、を、言って」

 

「さっきから君の表情筋の変化を観察していたのだがねぇ、トレーナー君の表情から察せる感情は、『怒り』というよりは『怯え』だ。今までの会話から推測するに、トレーナー君は、ハルウララ君の出走を違う意味で恐れている」

 

「……それは、当然、ウララに向いていないレースを走らせることを、でしょう」

 

「いいや、もっと噛み砕いた意見を出せる筈だ。もっとシンプルに考えてみたまえ」

 

 アグネスタキオンは、ずいっと柏崎の心に踏み込む。妙な威圧感にさしもの柏崎でも気圧され、頬に汗を垂らしながら──ゆっくりと、噛み締めるように呟いた。

 

「私は……ウララに……」

 

 数秒の間を置いて、それから──胸の内を、柏崎はポロリと吐露する。

 

 

「──悲しんで、ほしくない」

「ふぅン、言えたじゃないか」

 

 すとん、と隙間が埋まったように、柏崎は自身の行動に合点がいった。

 つまりは、簡単な理由だった。自分の担当に、負けてほしくない。負けたことで、悲しんでほしくない。ただ、それだけだったのだ。

 

「柏崎トレーナー、貴女の杞憂はごもっともだ。誰が自分の担当の悲しむ姿なんて見たいと思う。しかしな……一つ、間違っている」

 

「────」

 

 アクセルトライアルは、アグネスタキオンから引き継いで口を開き、静かに──それでいて力強い口調で柏崎へと語る。

 

「──ハルウララがもし、次のレースのたった一回の敗けで走ることが嫌になるようなウマ娘だったら、最初からこの学園にハルウララの姿なんて無かっただろう」

 

「……っ!」

 

「何事も挑戦だ、あいつが出たがるようなら走らせてあげればいい。貴女が出させるべきと思ったなら、キチンと伝えればいい」

 

 アクセルトライアルがそう締めくくり、柏崎は、ベンチから立ち上がると言う。

 

「──敵に塩を送りましたね」

「はて、どうだかな?」

「……用事が出来たので、今回はこれで」

「ああ、早く行った方がいい」

 

 二人に頭を下げた柏崎は、踵を返してその場から走り去る。残った二人のうち、アグネスタキオンは『ふぅン……』とため息と声を混ぜて吐き出すと、アクセルトライアルに声をかけた。

 

「随分とまあ、気に入ってるようだね」

「俺からすれば、お前の方こそあのトレーナーに興味津々だったようだが」

 

 車椅子のレバーを動かして、柏崎の向かった方向とは反対に車輪を回して、アグネスタキオンは小さく笑いながら返す。

 

「あのポテンシャルは人間にしては素晴らしい。無所属なら実験台に欲し──じゃなくて、ぜひトレーナーに欲しかっただけさ」

 

「そこまで言ったなら言い切れ。

 ……しかし、俺たちのトレーナーに、か。──タキオンが俺のトレーナーになると言ったときは驚いたものだが、案外、柏崎トレーナーも悪くなかったかもしれんな」

 

「おやおやおやおや、私では不満かい?」

 

 ──まさか、と言って、アクセルトライアルはベンチから立ち上がって、黒髪を風に揺らして、頬を緩めて楽しそうに声を出した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()が、あったのかもしれないと思ってな」

 

 アクセルトライアルは、獰猛に笑っていた。

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