【完結】さあ、振り切るぜ   作:兼六園

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「ねぇねぇキングちゃん」

「なにかしら」

「私、有マ記念に出たい」

「…………なんですって?」

 

 それは自室での会話。

 ベッドで枕を抱えながらあっけらかんとそんなことを口にしたハルウララに、相部屋の住人・キングヘイローはすっとんきょうな声を上げた。

 

「それは、その、っ」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 という、純然たる善意からの思考に、キングヘイローの理性がストップを掛ける。なぜ、自分は、()()()()()()()()()()? と。

 

「────、ふぅーっ」

 

 眉間を指で揉みながら、重いため息をついて、キングヘイローは改めて向き直る。

 

「……本気、なのね」

「うんっ」

 

 今までのハルウララであれば、その挑戦の言葉を『楽しそうだから』という理由で口にしただろう。だが、その顔に()()()()はなかった。

 

「どうして……そんな決意をしたの」

「……んーとね、トレーナーはたぶん、走らせたがらないから」

「???」

 

 小首を傾げるキングヘイローを見て、ハルウララは伝わっていないことを理解する。わたわたと両手を儀式でもするかのように上下左右に振り回して、必死に感情の言語化をしようとした。

 

「えーっと、んーと、トレーナーは……私に走ってほしくないんだと思うの。食堂とかで、私がみんなに有マ記念に出たら? って言われたって言うと、すごい顔するから」

 

 こんな顔! と言って彼女は眉間にシワを寄せていわゆる渋い顔を作る。キングヘイローとしても、その顔と感情には理解が出来た。

 

 

 ──例えばの話だが、運動会の100m走で一位になれたからといって、なら陸上競技の100m走で一位になれるのか? と言われたら、首を横に振るに決まっている。出来るわけがない。

 

 これは得意・不得意、得手・不得手の話ではない。そもそもの土俵が違うのだ。ダートのマイル戦を得意とするハルウララにとっての芝の長距離とは、()()()()()()を指している。

 

「私もね、自分が芝が苦手なのはちゃんとわかってるの。でも『じゃあ走らない』って、なんか違うな~って思う。キングちゃんは私がそう言ったら、がん……ぎん……げんめつ? するかな」

「──しないわ。するわけがない」

「……えへ」

 

 キングヘイローの断言に、ハルウララはふにゃっと笑う。つまるところ結局は、『自分が自分のその決断を誇れるのか?』ということだ。

 

「……だからね、私は、自分でトレーナーに『有マ記念に出たい』って伝えたい。ので…………」

 

「ので?」

 

「──早速トレーナーに伝えてくる!」

 

「えっ」

 

 ぐっ、と握り拳を作って、ハルウララは意気揚々とベッドの上で立ち上がりガッツポーズをする。そして、そのままの勢いで外へと跳ねるように飛び出していった。

 

「…………ただ応援するのが正しいとは限らない。けれどねウララさん、誰だって、みんな──勝ってほしいから応援するのよ」

 

 ハルウララのベッドがある壁を見ながらそう言って、キングヘイローは視線を上げる。

 そこには壁に取り付けられたフックに提げられている、麦わら帽子があった。

 

 

 

 

 

 ──寮の外に出たハルウララは、すぐそこまで駆けてきていた自身のトレーナー・柏崎を視界に納めた。珍しくも額に汗を浮かべて、相当急いでいたのだろう、しかしてすぐに呼吸を整えると、ハルウララと顔を突き合わせて声を上げる。

 

「ウララ、有マ記念に出ましょう」

「トレーナー、有マ記念に出たい」

 

「……ん?」「──え?」

 

 二人の声が被り、そして同時に疑問符を浮かべた。それから柏崎が、小さく笑う。

 

「……くくっ。ああ、そうですか。貴女が、他でもない貴女が、そうしたいと決めたのですね」

「うん」

「ならばよし。『誰かに言われたからやる』とか言うようなら強めに締め上げるつもりでした」

「えっ……」

 

 冗談ですよ。柏崎はそう言うが、ハルウララの目に映る彼女の瞳は全く笑っていない。

 それはそれして、と柏崎が咳払いを一つに、改まってハルウララを見下ろして言う。

 

「……私は貴女の実力をきちんと把握している上で、確実に勝てないと信頼しています」

 

「うん」

 

「走れれば楽しい、勝てなくても楽しい、そんなラインはとっくに超えています」

 

「……うん」

 

「──辛いですよ」

 

 

 ──()()()()()()()? 

 

 ハルウララは反射的に問いそうになった言葉を、ぐっと呑み込んで、そのうえで柏崎を見た。

 

「……出来うる限りのメニューをこなしつつ、芝を走る特訓もします。いいですね」

「──うんっ!」

 

 ここまで来れば、もはや、ただひたすらに特訓を重ねて来るべき日に備えるしかない。

 

 故にこそ、二人は、嫌でも無情さを味わうことになる。当然だろう、頑張ればどうにかなるのか? 努力は裏切らないのか? 

 もし、本当にその通りなら、きっとこの学園から去るウマ娘など一人として居ない。

 

 ──勝利の女神は、微笑むだけである。

 

 その微笑が誰に向けられているかは、文字通り、神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──レース場とを繋ぐ地下場道を、スニーカーで踏み締める人影が一つ。柏崎は、内心に激情を渦巻かせながら歩いていた。

 

「────」

「…………あ、トレーナー……」

 

 ざり、と足の裏を擦らせるようにして歩みが止まる。俯き気味の視界を僅かに上げると、そこには、全身から玉のような汗を流している、勝負服姿のハルウララが立っていた。

 

 その両足には、酷使した結果として、葉脈のように太い血管が幾つも浮き出ている。

 

「ウララ、4()()、おめでとうございます」

「……ふへ、ありがとぉ」

 

 ふらりと寄りかかるように、ハルウララはそう言いながら頭を柏崎の胸に預け顔をうずめる。

 ぐりぐりと甘えるように顔を擦り寄せて、たった一言呟いた。

 

「ごめんね、負けちゃった」

「────っ」

 

 柏崎の脳裏に、観客席で見ていた光景が浮かぶ。余裕そうな顔色で、そこに居るのが当たり前であるかのように毅然と立つアクセルトライアルと、その後ろでぜえぜえと呼吸を整える2着と3着のウマ娘。そして、更に後ろで、呆然と電光掲示板を見上げるハルウララの姿。

 

 ハルウララの割り振られた数字である『7』という番号が、掲示板の『4』の部分で輝いている。()()()()()()()()()()()、とは、観客席の誰の言葉だったのか。

 

 応援されても、頑張っても、負けてしまったら、じゃあ全ては無駄な努力だったのか? そんなことはない。ハルウララが負けたのは、ハルウララよりも更に努力したウマ娘が上に三人居たからだ。これは、誰が悪いという話ではない。

 

 ────()()()()()()()()()()()、という事実を突きつけられただけである。

 

 

「……たくさん、走っても、追い付けなくて……。ねえ、トレーナー」

 

 ハルウララは、柏崎の背中に腕を回して、堰を切ったようにボロボロと涙をこぼして。

 

「負けるって、すごく、胸の奥(こころ)が苦しいね」

「────」

「……ごめんね、トレーナー……っ、勝てなくてごめんね……」

 

 地下場道に、ハルウララの泣き声が響く。ミシリと左手が軋む程に力を入れて握り拳を作り、爪が食い込んで血が滴ってもなお力を入れ続けて、柏崎は──自分の胸元に顔をうずめるハルウララの後頭部を見下ろすように俯いて呟いた。

 

「──貴女に、こんな思いをしてほしくはなかった。けれどもその思いは、勝負事において、必ず必要になるんですよ」

 

 勝てたら嬉しい、負けたら悔しい。

 2着以下は全員が敗者となる世界で、ハルウララが覚えたその感情は、いつかのどこかで必ず味わうモノだろう。そして、ハルウララの()()()はここではない。

 

「……ウララ、URAでもうひと勝負と行きましょう。貴女の終着点はここではありません」

 

 

 それはきっと、有マ記念で大敗を経た二人の延長戦。例えばの話。例えば、例えば──感動のフィナーレは目前で、その上で時間を巻き戻せたら、柏崎はきっと、何度でも用意するだろう。

 

 ──完璧なハッピーエンドを。

 

 けれどもそうはならなかった。ならなかったのだ。果たしてハルウララは、試合(URA)に勝って勝負(有マ記念)に負けた。しかして冬は終わり、雪は溶け──季節は巡る。

 

 

 

 

 

 ──ハルウララの元に、四年目の春が訪れた。




次回、ウララ編最終回
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