全ての挑戦を終え、ハルウララがURAファイナルズのダート・マイル部門で優勝を果たしてから数ヶ月。
「まあ、つまりだな。私は……あなたとハルウララに期待していたんだ」
「はあ……さいですか」
──シンボリルドルフ生徒会長との会話を話し半分で聞き流していた。
舗装された道からコースを見下ろすようにして並び立つ二人は、風で揺れる髪を分けながら、視界の端で舞う桜をよそに会話を続ける。
「元々ハルウララは面接枠なんだ」
「………………あー、はい」
仮に実力テストや知識を図るテストなんかを出されていたら、確実にハルウララは学園に来ていないだろうという信頼感が柏崎にはあった。
「なぜトレセン学園に入りたいのか、入って何をしたいのか、何を目標に走るのか。
そんな事を、私が直接聞くというのが面接枠の内容だった。他のウマ娘が私に気圧され当たり障りのない答えをしていったなか、ハルウララは私の問いに対してただ一言こう言った」
『──色んな人といっぱい走りたいから!』
「──私は
「────」
「『全てのウマ娘が幸福な世界』。
諦めては捨てきれず、いつかと願っていた『私』じゃない幸せ。その理想……私の夢に一番近い場所に、ハルウララは立っていたんだ」
見下ろした先の、ターフを駆けるハルウララを、シンボリルドルフは眩しいものを見るようにまぶたを細めて一瞥する。
その隣で柏崎が
「会長殿、今だけタメ口よろしいですか」
「──? 構わないよ」
わざわざそんな事を聞いてきた柏崎。シンボリルドルフは、重苦しくため息をついた彼女の続けざまに放たれた言葉に目を丸くした。
「────お前やっぱりバカだろ」
「………………、うん?」
「あのとき生徒会室で何を言うつもりだったのかと思ったら……なんだ、
頭に疑問符を浮かべ、柏崎からの唐突な罵倒に困惑するシンボリルドルフにさらに続ける。
「勝手に自分と重ねて勝手に期待すんのは別にいいけどな、
そもそも、あんなアホにそんな崇高な目的なんぞ似合わんわ」
「あ、アホ……」
自分の担当にそこまで言うか──と返そうとしたシンボリルドルフだったが、小さくため息をついた柏崎が雰囲気を和らげて言う。
「ただ、まあ、会長の言わんとしていることはわからなくはないですよ。
トレセン学園は才能ある者を拒まず、かといって挫折した者は追わない。そして走る意志の無い者を追い出す権利があり、逆に才能が無くとも諦めない者には何も言えない」
「────」
「だから、全戦全敗で、才能の開花を見込めない、誰からも笑われているウララに『いっそ辞めた方が良い』等とは言えなかった。
貴女もさぞや苦しかったでしょう、ただ楽しいからここにいるだけのウララは、自分の理想に最も近い存在なのに、日の目を浴びる事が無いままいつか潰れるかもしれないと思った筈です」
図星を突かれたのか、シンボリルドルフは目線を逸らす。その視線の先に長距離を想定したコースを走るハルウララが映り、隣の柏崎の声がすっと耳に届いてくる。
「……それでも、ウララが挫けることはなかった。そして私と契約できた。結果的にURAで優勝出来た。ただ、それだけで良いんですよ」
「それだけで……?」
「貴女は言いましたね、全てのウマ娘が幸福な世界が理想だと。それで、貴女の夢見る幸福な世界とは何を以て幸福と呼ぶんですか?
2着以下は全員が敗者の世界で、どうやって全てのウマ娘が幸福になるんですか。
まさか、みんなでお手々を繋いで一緒にゴールしましょうとでも?」
「──それ、は」
──具体案の無さ。
「果たして今のウララは幸福ではないとでも? そんなわけないでしょう。ああして次の目標を決めて努力する姿が不幸である筈がない」
「……そうだね」
「私との契約を経て、想像さえ超えて、負ける勝負が楽しいものではないと知ってしまってもなお、あんなにも眩しく我々を照らす姿が──不幸である筈がない。
シンボリルドルフ、貴女のそれはね、
「────」
──ぶわっ、と一際強い風が吹く。桜の花びらが風に煽られて散り、髪がひと房顔に貼り付いた柏崎が「んぶぇ」と間抜けな声を上げる。その隣で、バッサリと自身の理想を『余計なお世話』だと否定しきった彼女を見て、シンボリルドルフは──笑った。
「ふふ、はははは」
「……そんなに愉快でしたか」
「ああ、いや、違うよ。ただ……君は私の事が嫌いなんだな、と思っただけだ」
「──生意気なクソガキだなとは思っていますが、別に嫌いとまでは」
「ふっ、くくっ。そうか。クソガキか」
──あの
「余計なお世話、か。確かにそうだね、誰にも……ウマ娘たちの幸福を強制する権利は無い。私ごときが口出ししなくても、あの子達は、自分達の手できちんと幸せを掴み取れるだろう」
「まあ、それこそ、何がウマ娘にとっての幸福なのか? という疑問はありますがね。やはりGⅠレースで1着、とかですかねぇ」
「最終的にはそこに行き着くだろうけれど……そういえば、柏崎トレーナーとハルウララは、次は何を目標にしているのかな」
ふとした疑問を柏崎にぶつけるシンボリルドルフに、彼女はああ……と口を開いて、それからおもむろに坂の下で走っている筈のハルウララへと視線を向け──
「あーっ! トレーナーと会長さんだ~」
「ウララ。模擬レースは終わりましたか」
「うんっ。芝で走るのも慣れてきた!」
レースを終えたらしいハルウララが上がってきて、柏崎とシンボリルドルフに近づいてくる。柏崎が彼女の首に提げられているタオルの端を掴んで顔の汗を拭う姿をまぶたを細めて見るシンボリルドルフは、先程と同じ内容の話題をハルウララにも問い掛けた。
「ハルウララ」
「んぶぶ……んぇ、なぁに?」
「──君は、これからもレースに出るのだろう。いったい、何を目標に走るつもりなんだ?」
その問いに、ハルウララは。
「……勝つために、かな?」
「──そうか」
「うんっ。前はね、走るのが楽しくて、勝つとか負けるとかそういうのはあんまり気にしてなくて……トレーナーと会うまでは、ずっとそうやって呑気な考えだったな~って思うの」
「…………」
「でもね、有マ記念で負けたときはすっごい辛かった。本気で、全力で走っても届かなくて、脚が痛くて、胸の奥が苦しくて。
これが、『負けると悔しい』ってことなんだ~って、ようやくわかった」
たどたどしく、しかしてハルウララは自分の中の感情を相手にも伝わるように言語化する。
「みんなこの思いを抱えながら走ってたって、やっと気付けたから──私は、これからは、勝つために走りたいの」
「……よく、わかったよ。やはり君は…………、ああ。すごいな」
シンボリルドルフはまぶたを細める。それはハルウララを見るときの癖だったが、今なら自分の中でその理由を言葉に出来る。彼女は眩しいのだ。ハルウララにあった底抜けの明るさが、まるで磨かれた宝石のように更に魅力を持った輝きを放っている。
敗北を経て精神と身体が成長し、それがハルウララというウマ娘の力として昇華している。勝つために走ると決意した彼女は
──果たして四年目の挑戦となったハルウララのレース人生。柏崎が手に取った雑誌の記事に載せられている彼女の写真と共に、おもむろに視界に入ったフレーズが無意識に口から飛び出した。
「『春が来れば、始まり色』か。山城にしちゃあ、洒落たフレーズだな」
窓の外では、新入生が校門を通る姿が目に映る。新たな出会いが、新たなウマ娘が、新たなトレーナーが現れるそんな季節。されど、柏崎とハルウララの目標は、たった一つのみだった。
──目標:有マ記念で1着
『完』