※一部キャラに独自設定を加えております。お読みの際はご注意下さい
何人かのウマ娘に話を聞き、麻袋を担いだ銀髪のウマ娘──ゴルシを探して数分。
校舎から外れたところにポツンと置かれたプレハブ小屋を見付けると、俺の隣で電動の駆動音を奏でて動いているツレが口を開いた。
「それにしても、アクセルがまたトレーナーと契約したと聞いたときは驚いたものだが、まさか君の方が乗り気になっているとはいやまったく更に驚きだ。明日は槍でも降るのかな?」
「そんなに驚くことか」
「ああ驚くとも。元より酔狂なウマ娘だとは思っていたが、前回で6回目の解約だったのだぞ? 模擬レースで実力を示しているから私のように退学させられそうになることは無くとも、遂には人が寄り付かなくなっていたじゃないか」
ウイ────ンと音を出して、俺の前に躍り出てバック走行をするツレ。
「酔狂に関してはお前が言うな。俺としても乗り気では無かったが……あのトレーナーは自分から『契約だけしてやるから勝手に走れ』と宣ったんだ、良くも悪くも他とは違う」
「ふっ、どうだか」
「──それに、大会に出走すれば模擬レースとは段違いの実力のウマ娘と走ることが出来るんだ。お前のデータ収集の効率も上がるだろう」
「……まあ、そうだけどもね」
そう言って、俺と並走するツレ。或いは友人、或いは──共犯者。
そんな彼女の代わりにプレハブ小屋の扉のノブを掴み捻ると、呆気なく開いた。
「おい、ゴールドシップ。人のトレーナーを何処にやっ……た……」
「──おやおやおや」
中に入って辺りを見回すも、ゴールドシップは居なかった。その代わりに、床には──大量の縄で全身をぐるぐる巻きにされ、腕のある筈の位置から右足が伸び、背中から腕が生え、窮屈さにぐったりとしているトレーナーが落ちていた。
……いや、その……なにこれ。
「トレーナーの形をした知恵の輪……」
「…………いえ……知恵の輪みたいなトレーナーです……た、助けて……」
「これが例のトレーナーくんかい? なんというかまぁ、愉快そうな形をしてるじゃないか」
愉快で済むかなぁ。
ウマ娘特有の腕力にものを言わせて縄を引きちぎり、子供が遊んだあとのポテトヘッドのようになっていたトレーナーを救出する。
おおよそ人体の構造の限界とは何かを考えさせられるような方向に関節が曲がっていたような気がするが、トレーナーは首の骨をボキボキと鳴らすだけだった。頑丈だなこの人……。
「何があったんだ」
「……ゴールドシップにここに押し込められて、逃げようとしたら縄でぐるぐる巻きに。
「おやおや、それはまた。災難だったようだねぇトレーナー7号くん」
「……えーっと、貴女はいったい? というか7号ってなんですか」
トレーナーは、扉の横で
「私かい? ああなんてことはない。私はアクセルの共犯者、或いは友人、或いはツレさ。共に限界の先の最果ての向こう側を目指す、ね」
パタパタと、袖を余らせた白衣の手元を揺らして、
「……あの、アクセルトライアル。7号ってなんの意味で言ってるんですか?」
「俺と契約したトレーナーがお前で7人目という意味だ。タキオンは今頃脳内で『お前がいつ契約を破棄するか』で賭けをしている頃だな」
「ネタバラしなんて酷いじゃないか」
「はあ……ちなみに最高オッズは?」
「当日」
さらりと言い放つタキオンの顔を見て、トレーナーは恐らく察したのだろう。『過去に、当日に辞めたトレーナーが居た』のだと。
「まあ、その賭けは失敗に終わるのでいいとして、あー……タキオン? もウマ娘ですよね、その車椅子は、足に不調が?」
「それについては──全員揃ってからにするというのはどうかな?」
──へっ、と間抜けな声を漏らしたトレーナーだが、俺とタキオンの耳は外から何者かが走ってくる騒がしい音を聞き付けた。
「────ゴォォォォォル! 蟹──! 油──! 醤油──! 歯ブラシご──しご──しゴォォォォォシ!!」
バァン! と扉を蹴破って、芦毛の少女が、見覚えのある麻袋を肩に担いで入ってきた。
あらかじめ扉横に居たタキオンに当たることは無かったが……また誰か連れてきたなコイツ。
「……おっ、なんだよアクセルもう来てたのかよー。折角クリスマスプレゼント持ってきたのに、サプライズになんねーじゃーん」
「まだクリスマスではないが」
「ゴールドシップ! 人のこと縄で縛るとか何を考えてるんだお前は!」
「あーん? そりゃあ逃げようとする方が悪いってジュネーブ条約にも記されてるだろ」
「記されとらんわ!」
あーよっこいせっ、と言いながら、ゴルシは麻袋を雑に床に置く。
中から「きゃんっ!」と可愛い声が聞こえてきて、もぞもぞと声の正体が這い出てきた。
「……ぅ、うぅ……なんなんですの……」
「じゃーん、ドエレーウマ娘のマックちゃんだぞぉ。その辺うろついてたから捕まえた」
「散歩はうろつくとは言いませんのよ……!」
ゴルシの芦毛に少し似ている紫の髪を垂らして、少女は恨めしそうにゴルシを睨む。この子は確か──メジロマックイーン。前世では、ゴールドシップの祖父に当たるウマ娘だ。
「ところでここは何処なんですの?」
「アタシとー、マックイーンとー、アクセルのー、チーム部屋?」
「アクセル……トライアルさん!?」
「メジロマックイーンだな。俺もお前のことは知っている」
俺を見て驚いた様子のマックイーンに手を貸して立たせると、辺りを見渡して、トレーナーと……車椅子のタキオンに目線を向ける。
「では、貴女がアクセルトライアルさんとゴールドシップさんの……トレーナーさんでよろしいのですか?」
「私はアクセルトライアルと契約しようとしたんですがね、ゴールドシップにね、メジロマックイーンと同じ方法で拐われたんですよ」
「へへっ、よせやぁい」
「褒めてないが……?」
自慢気に指で鼻先をこするゴルシだが、誘拐は犯罪である。そしてマックイーンは、タキオンに顔を向けて、一拍置いて話しかけた。
「貴女はアグネスタキオンさんですわね。レース場で練習中に足を壊したと聞きましたが」
「その認識で間違いないよ。まあ、元々爆弾を抱えていたんだ、いつかのどこかでこうなる危険性はあったのさ」
はっはっは、と笑って左足を自分の手で小突くタキオンだが、その瞳は燃えている。燃え盛っている。狂気は衰えず、俺は、それが自分に伝播している自覚をしていた。
「──俺とタキオンは目標が同じだ。
ウマ娘の可能性の果てに至る。そのために、俺は最速のウマ娘で居なければならない」
「何を隠そう、アクセルがラストに見せる10秒間の超加速は、私が開発したのだからね」
「……あの速さを、貴女が……?」
マックイーンがタキオンの顔を見て、タキオンはドヤ顔で返す。
「そうとも。といっても、アレの原理は簡単だ。
「ノーミソってそんなポンポンリミッター外せるもんなのけ?」
「投薬やとても合法的な肉体改造で体を鍛えて、アクセルには意図的にオンオフを切り換えられるようにしてもらっている」
「そんな事をして、アクセルトライアルの体は耐えられるんですか?」
ゴルシとトレーナーの疑問に、タキオンはさぞかしいい笑顔で答える。
自分の研究と、俺という研究結果を自慢する、学校の発表会とでも思っているのか。
「ああ。耐えられるさ、10秒間までね」
「……やけに具体的ですのね、どうして10秒間までなら平気……と────っ!!」
マックイーンが、何かに気づいた様子で口角をひきつらせて目を見開いた。
その目線がタキオンの足に向いていて、トレーナーも全てを察し、あのゴルシですら表情を強張らせて呟くように答える。
「あんた、
「──ふふっ……そうとも。私と共に果てを目指すと言った酔狂なウマ娘に、私の
あっはっはっはっ! と笑いながら、その場でぐるぐると車椅子をドリフトさせるタキオン。それは、間違いなく、狂ったフリ。
俺に非難が飛ばないようにとする、不器用な彼女なりの気遣い。
──俺は体内時計が正確で、0.1秒単位で精密に測ることが出来る。だからこそ、俺は……タキオンの足から11秒目で嫌な音が響き、12秒目で彼女の左足がぐちゃぐちゃになっていく光景を、最後まで見届けていた。
──故にこそ。故にこそ……トレーナーが現れないなら仕方がないと、データを集めるだけで満足していた過去の俺を殴りたい!!
「……俺は、
がしっと車椅子を掴んで止め、わしわしとタキオンの髪を掻き乱すように撫でる。
なにを不安そうな顔をしているんだ、お前はもっと、自信満々でいろ。
「──俺とタキオンが果てに至る手伝いをしろ。嫌なら帰ってもらって構わん」
「……おいおいアクセルちゃんよぉ、ちっと水くさいんじゃねーのー?」
「まったくですわ。
速さに貪欲なその姿勢、メジロ家のウマ娘として、見習わない理由がありませんもの」
芦毛色の二人が頷き──その奥でトレーナーが俺とタキオンを交互に見る。
「私にはトレーナーとしての才能は無いかもしれません。アクセルトライアルの訓練に関してはそちらに任せることになるかもしれません。それでも尚、私のわがままが許されるなら──」
こちらに踏み込み、ゴルシとマックイーンの背中を押して近づいてくると、トレーナーは自分の手のひらを下に向けて差し出して言った。
「貴女たちのトレーナーは、ファン1号は、誰がなんと言おうとこの私です」
「そーいうこったな」
「……ですわね」
ゴルシが、そしてマックイーンが、トレーナーの手に自身の手を重ねる。
つまりは、そういうことなのだろう。
「……アクセル……いいのかい?」
「ふっ──俺に質問をするな」
片手でタキオンの白衣から手を引っ張りだし、三人の手に重ねて、その上に俺の手を置いて全員の顔を順に見やる。トレーナーが、ゴルシが、マックイーンが──タキオンが、俺と目線を交わし、力強く頷いて……ぐっと下げた手を、勢いよく天へと上げた。
──っしゃあ! フォワードは任せろ! と言ってサッカーボール片手にプレハブ小屋から出ていったゴルシを嵐が過ぎ去る様子を見るかのように見送り、それからトレーナーの方を見ると、マックイーンと何か会話をしているようだった。
「チーム・ファーゼスト、結成。ということで……あの、マックイーン?」
「よい名前ですわね。……それで、なにかしら? トレーナーさん」
「いや、その……結局このチームに入るってことで良いんですよね?」
「………………ちょっと家の者と相談してきてもよろしいですか?」
「まあ……はい、あとで難癖付けられたらたまったもんじゃないので」
そういえば、彼女はゴルシに連れてこられた被害者だったな。なんか勢いでチームに混ざっていたが、メジロ家の者として、その場のノリでチームに入りましたーでは示しがつかない筈だ。
ペコペコと会釈して出ていったマックイーンに同情しつつ、残された俺とタキオンとトレーナーは、微妙な空気に包まれている。
「外に出ないかい? 息が詰まりそうだ」
「そうですね、気分転換にそこいらを歩きましょう、車椅子押しますか?」
「いや、結構。気持ちだけ受け取るよ」
俺が扉を開けて、すいーっと車椅子を走らせ外に出る。トレーナー共々この場をあとにすると、彼女は俺にあることを聞いてきた。
「アクセルトライアル」
「アクセルで構わん」
「ではアクセル、貴女はタキオンと共に果てに至ると言いましたが……一歩、いや一瞬間違えたら彼女と同じ道を辿る力を使うことが、恐ろしくないんですか」
タキオンに聞かれないように小声で話しているようだが、トレーナーは少しばかりウマ娘の聴覚を甘く見ている。聞こえているぞ。
「俺に質問を──いや、そうだな。確かに恐ろしい。何せ俺は……タキオンの足が自分の筋力に耐えられずに潰れた瞬間を見ている」
「だったら──」
トレーナーの言葉に被せるように、俺は、俺が一貫して想っている事を語る。
「……もっと才能を発揮できる機会があったにも関わらず、夢半ばで終わったう……マ娘を何人も見てきた。夢があって、やりたいことがあって、それでも──病気や怪我、運命のイタズラで全てが水の泡となった奴等を見てきた」
トレーナーの隣を歩きながら、前を車椅子の低速で走るタキオンの背中を見て俺は続ける。
「タキオンが俺に夢を託したから走る。タキオンの夢を叶えてやりたいから走る。
所詮力は力だ、10秒加速を命を奪う悪魔にするか俺のブースターとするかは俺次第。そして、俺は決して、判断を誤らない」
力強く、二人を安心させるように、はっきりと言いきる。面食らったようなトレーナーの顔が、徐々に緩み、そうですかと笑った。
「……それでは最初の課題だ、俺というウマ娘の弱点はなんだと思う?」
「うーん……脇腹?」
「次間違えたらその都度奥歯から順に引っこ抜くぞ、レースの話だ」
「あっそっち?」
「いいや、アクセルの弱点は脇であってるぞ」
チーム結成!俺達のレースはこれからだ!
くぅ~疲れました、これにて完結です!
アクセルトライアル
・体内時計が0.1秒レベルで正確。レース中に10秒加速が使えるのもこの正確さがあってこそ。
成り行きでアグネスタキオンの悲願を果たす約束を交わしており、彼女の覚悟もあって肉体改造を積極的に行っている。
自分の意思で脳のリミッターのオンオフを切り換えられ、10秒だけなら限界を超えられる。
10秒加速
・意図的に脳のリミッターを外すことで筋肉を100%酷使する、果てに至るための一手。
理論上はどのウマ娘でも使えるが、10秒以上の使用は足の筋肉への負担が致命的な為、レース終盤の極限状態でカウントしながら後続を気にしつつ走るという曲芸を実行出来る者は居ない。(その為、結果的にレース中でも正確に10秒数えられるアクセルトライアルの専用技となっている)
柏崎トレーナー
・たぶんもう一人の主人公。ゴルシにずけずけ言い返したりアクセルとルールの穴を突いた契約を交わしたりと、割りとクレバーな性格をしているが、内心では善意で接してくる桐生院を苦手としていたりと良くも悪くも人間臭い。