【完結】さあ、振り切るぜ   作:兼六園

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「何処までも行ける」と貴女が言うんだ

 ──アクセルトライアルこと俺の朝は早い。

 

『人肌の温もりが古傷の痛みの緩和を云々』と言って、勝手に人の部屋にキングベッドを宅配して俺を抱き枕にして寝ているタキオンを引き剥がし、洗面台で顔を洗って眠気を飛ばす。

 

 それからジャージに着替えて朝練を……と考えた辺りで、そういえばと思い出す。

 

「……トレーナーからトレーニングを休めと言われていたんだったな」

 

 トレーナーとの契約によってより質の高いトレーニング設備を使えるようになってから、俺の訓練は以前より厳しくなっている。

 それに加えて、タキオンの実験と投薬にも付き合っている。今日くらいはレースから離れて体を休めろと、先日言われていたのだ。

 

 俺に関して放任することを決めているにしては、珍しく適当な指示だと感心する。

 ジャージを着ようとした動きを止めて、私服の黒いシャツを着込んでから上にエプロンを纏いキッチンに向かう。二人分の朝食と、タキオンの弁当を作らないといけないからだ。

 

 本人に自炊を任せるとヘドロのような粘質のスムージーが出てくるため、必然的に俺が作らなければならないのであった。タキオンの栄養バランスは、俺の手に懸かっている。

 

 

 

 

「──よし」

 

 朝食と平行して作った弁当をキッチンの机に置いてタキオンを起こしに寝室に向かうが、扉を開けようとした瞬間、部屋の奥から弱々しく俺を呼ぶ彼女の声が聞こえてきた。

 

「まったく……」

 

 それはまるで、親を探す迷子のよう。

 寝室に行けば、座り込むタキオンが寝惚け眼でこちらを見て、ずりずりとベッドの縁まで片足と腕で這ってきた。耳と尻尾が垂れている。

 

「あくせるぅ……私が起きるまでベッドから出るなって言ってるだろぉ……!」

「お前が起きるのを待ってたら朝飯も弁当も用意できないんだから仕方ないだろう」

 

 タキオンのこの腑抜けた態度は寝起きの朝だけだが──逆に言えば、最も心が無防備になるこの瞬間の態度こそが本音なのだろう。

 普段は気丈に振る舞っているくせに、やはり左足が動かせない……厳密には体重を乗せる、つまり歩こうとすると激痛が走る事への恐怖心があるのだ。元々爆弾を抱えていた以上、その恐怖と不安は常人より大きいことがわかる。

 

「どうせ明日の朝も同じような文句を言うんだ、さっさとトイレと洗顔を済ませてこい。車椅子はあとで近くに置いておくから」

「…………わかった」

 

 渋々といった様子で、タキオンは松葉杖で床を突いて、バリアフリー化させて凹凸をなるべく無くしている廊下を歩いていった。俺とタキオンが寮の一階で相部屋となってから暫く、これが、俺たちの朝のルーティンである。

 

 

 

 

 ──ホットサンドメーカーで焼いたシンプルなハムとチーズのサンドをザクザクと食べ進めるタキオンは、先ほどのふにゃふにゃとした腑抜け面はどこへやらといった顔で、耳と尻尾をパタパタと小躍りさせている。現金な奴だ。

 

「……んぐ。今日のアクセルはトレーニングも実験も無しか。退屈になるよ」

「俺以外にもお前に構う珍しい奴は居るだろう。ダイワスカーレットかマンハッタンカフェでも誘えばいいじゃないか」

「ああ……仕方ない、そっちで妥協しよう」

 

 サンドの欠片を口に放り込み、砂糖多めの紅茶を飲み干して、タキオンは退屈そうに長いため息を吐いていた。俺は休みでもタキオンは学園の方で研究をするため、とりあえずチーム・ファーゼストの拠点に送っておくか。

 

「そろそろ制服に着替えるぞ。白衣もアイロンを掛けたから、昨日脱いだ奴は着回すなよ」

 

 タキオンに腕を上げ(ばんざい)させて、寝間着のワンピースを脱がせると、俺の言葉に彼女はすっとぼけた様子で反論してくる。

 

「流石にそんなことはしないさ」

「前に俺が指摘するまで3日は着回しただろ」

「…………そうだったかな?」

 

 目線を斜めに逸らして、タキオンは俺の手から制服をひったくり、膝に乗せて制服とブレザーを順に着込む。そしてストッキングとスカートを穿いて、ふうと満足気に息を吐く。

 

「手慣れたものだな。以前までは俺が手伝っていたというのに……感慨深い」

「ふふん、そうだろうとも」

 

 タキオンはドヤ顔を披露しつつ、それからパリッとした白衣を羽織り、車椅子の電源を入れた。俺もまた、シャツの上に赤い革ジャンを着込んでから玄関を開ける。

 

「……相変わらず君の私服は派手だな」

「そうか? 親父のお古なんだが……」

「人は趣味やセンスも遺伝するのかねぇ」

 

 失礼なやつめ。

 そんな会話を挟みつつ、寮の出入口でタキオンに靴を履かせると、突貫工事で付け足されたスロープを伝ってタキオンと俺は寮を出る。

 

 暫く車椅子と並んで歩き、拠点に到着後。今日が休日だった事もあってか、中には先客──メジロマックイーンが居た。

 

「あら……アクセルさん、タキオンさん。おはようございます」

「ああ、おはようマックイーン。おや、トレーナーくんとゴールドシップは?」

「わたくしが来たときには既におりませんでしたわ。トレーニングをしているのかと」

 

 ウイ──ンと駆動音を奏でてマックイーンに近づくタキオンを置いて、俺は拠点から出て行く。最後に一度振り返り、彼女に言う。

 

「弁当は昼に食べるんだぞ。早弁しても俺は知らないからな」

「なあ、君は私を自分の子供かなにかだと思っていないかい?」

「ふっ……違うのか?」

「…………そんなんじゃないさ」

 

 むくれた顔をして、ジトッとした目を向けるタキオン。以前より表情が豊かになっている気がして、小さく笑ってから、俺は部屋を出た。

 

「……ふふ」

「なにかな、マックイーン」

「! ……い、いえ……」

「そうかい。ところで話は変わるんだけどね、こんなところに脚力が3倍になる薬があるんだが……さあ、ぐいっと一杯」

「話は変わっておりませんわよね!?」

「なあに副作用で腕力が5分の1になるだけだ」

「『だけ』の定義とは!?」

 

 

 

 

 

 ──休日だというのに、ウマ娘という生き物はやはり走ることが好きらしく、あちらを見ればトレーニング、こちらを見れば模擬レース。なんともまあ盛んであった。

 

「休日くらいは休んでもいいと思うが……」

 

 まあ、オーバーワークにならない限りはやらせるべきだろう。そういえば、明日にはまだ契約できていないウマ娘の次の選抜レースが始まるのだったか。確かマックイーンが足りない一枠に参加してレースに出るとか言っていたな。

 

 チームに所属しているウマ娘が参加するということは要するに、評価の基準として使われるということだ。チーム所属のウマ娘、それもあのマックイーンに追い付けるウマ娘は居るのか、或いは追い抜けるウマ娘は居るのか。

 

 そんなアピールの為に選ばれたのだ。どう転んでも残りのウマ娘も契約に漕ぎ着けるだろう、そう考えてその辺をぶらついていると。

 

「──何をやってるんだ」

「ん? ああ、おはようアクセル」

 

 グラウンドの一角で、柏崎トレーナーが、ゴールドシップと……あとは……確かサクラバクシンオーとハルウララだったか。その三人を連れて何かをしていた。なにか──というか、巨大なペットボトルを切ったり貼り付けたりしている。

 

 あのペットボトル、業務用のウマ娘用スポーツドリンクが5L入ってるやつじゃないか。

 

「おうアクセル! お前もやるか? イカ釣り用タイタニック号制作!」

「いえ、ペットボトルロケットです」

 

 ……見ればわかる。

 

「なぜこんなものを作っているんだ」

「…………なぜ……?」

 

 トレーナーとゴルシは顔を見合わせ、真剣に考え始めた。真剣に考えるような事か? 

 

「自転車とかに使う空気を入れる手押しのポンプあるじゃないですか」

「ああ」

「あれ結構体力使うでしょう?」

「そうだな」

「なら筋トレになるんじゃないかなーと思ったんで、どうせならペットボトルロケット作りたいなあなどと思ったんですよ」

「……そうか」

 

 ドヤ顔での力説に傍らで制作を観察していたらしいバクシンオーとハルウララが「なるほどー!」と言っていたが、参考にしない方がいいと思う。手押しなんだから鍛えられるのは腕だ。

 

 ……このトレーナーが妙にゴルシと相性がいい理由がわかった気がする。彼女は言ってしまえばバ鹿……アホ寄りのゴルシなのだ。

 

「ところで柏崎のトレーナーさん!! このロケット? はどうやって飛ばすのですか!?」

「声でけぇな……水を詰めて空気を送って、圧力を加えて飛ばすんですよ。分かります?」

「はい!!」

「それは分かってない人の『はい』ですね。仕方ない……ゴールドシップ!」

「ウェイ」

「サクラバクシンオーに説明しておやり」

「ウェイ」

 

 トレーナーがパチンと指を弾くと、ゴルシが制服の中から、明らかにサイズが服の横幅を上回っているホワイトボードを取り出して専用のペンでペットボトルロケットの構造を描き始めた。

 

「……で、これをウェイしてここをウェイするとロケットがウェイするって寸法よ」

「なるほどーっ!!」

「というか誰か手伝ってくれませんかね」

 

 さっきから見ている限り、言われてみれば確かにロケットの制作はずっとトレーナーがやっている。会話しながらの片手間での制作は普通に凄いし、ずっとウェイウェイ言ってるだけのゴルシの持つホワイトボードの解説は傍目から見ていても分かりやすい。もしかしてこの二人は、レースより教師の方が向いているのかもしれない。

 

 ……いや、駄目か。思考回路が教育に悪い。

 

 

 そろそろ変な噂が立つ前にお暇しようかと考えていたら、不意に俺の革ジャンを引っ張る手が横から伸びる。それは、さっきから黙っていたハルウララの手だった。

 

「どうした、ハルウララ」

「ねーねー、アクセルさんも明日のせんばつレースに出るの? ウララも出るんだよっ!」

「いいや、俺は出ない。うちのチームからは訳あってマックイーンが出るが」

「そーなんだあ、あっそうだ! あのね! このあいだの……もぎ? レースでね、すごい速いウマ娘が居たんだよ! 明日も出るのかな?」

「……そうなのか。それなら、明日のレースではマックイーンも危ういかもな」

 

 ──じゃあハルウララは何着だったんだ? とは、口が裂けても聞けなかった。

 一瞬だけ脳の思考速度を加速させてハルウララの体格や筋肉量を軽く視認するだけでも、レースで上位を取るに足らない地力と分かる。

 

 全戦全敗、出たレースの全てで負けた馬だった彼女もまた、()()なのだろう。

 

「……では、俺はそろそろお暇させてもらう。俺のトレーナーとそこの芦毛が問題を起こしたら、遠慮無く責任を負わせて良いからな」

「うん? ……うん! じゃーねー!」

「ああ。ハルウララも…………いや、なんでもない。気を付けるんだぞ」

 

 仮に馬ではない、ウマ娘という別の存在だとしても、応援するとして……俺の言う「頑張れ」の何処かに、慰めと同情が混じっている気がして──最後には何も言えず、その場を去るときに彼女の頭を撫でることしか出来なかった。

 

「おや? どうされましたか!! 柏崎のトレーナーさん!!」

「……なぁんか、アクセルって我々じゃない我々を見てるような気がするんですよねぇ……あー、うんにゃ、なんでもないです」

「ねーねー柏崎さん、なんでこーいうのの作り方とか知ってるの?」

 

 残された四人のうち、ハルウララが柏崎にそんなことを問い掛ける。うーん……と口ごもる柏崎は、まあいいかと呟いて返答した。

 

「幼馴染のウマ娘が居ましてねぇ。ガキの頃からそいつと遊んでたんで、自然とね」

「ほぇーん、トレーナーの幼馴染ね。そいつも中央(ここ)で走ってたのか?」

「そうだったかな。今はとっくに引退して、地元でチビウマ娘どもに勉強教えてるけど」

「教師ですかっ!! それは素晴らしい!!」

「うおっ……声の圧が……」

 

 

 

 

 

 ──模擬レースの会場近くでベンチに座る俺の機嫌は、恐らく誰が見ても不機嫌だと悟れるだろう。珍しく……それこそ俺がシンボリルドルフとレースをした時の観客のタキオンに対する態度を耳にしたときと同等かもしれない。

 

 原因はシンプル。ちょうど視線の先で終えたレースの、そこから出てきた観客の声だ。

 ウマ娘(なにがし)の連勝記録が遮られてガッカリだと。言うに事欠いて、勝者への称賛も無しに、ガッカリだと、空気を読んでくれと。

 

「…………ふぅ~~~っ」

 

 とはいえ、そう感情を荒らげるモノではあるまい。俺には関係のない預かり知らぬ話であり、入れ込んでいる相手の連勝記録が遮られれば、感情のままに憤るのも分かる。

 

 それ以上の問題として────

 

 

「っ、すん……うぅっ……ぐすっ」

 

 俺が座るベンチの背後にある木の裏から聞こえてくる泣き声が、かれこれ数分続いているのだ。ウマ娘としての聴覚が捉えるか細い声だが……聞こえてしまったからには無視するのも憚られる。

 

 うじうじと泣きじゃくられるのも少々好ましくないため、ベンチから降りて、俺は声の主の居るだろう茂みに手を突っ込み引っ張り出す。

 

「──ひゃああああああっ!!?」

 

 首根っこを掴まれた猫のように宙ぶらりんとする少女は、レースの着の身着のままだったのか赤いジャージを着込み、頭には青薔薇の装飾が付いた帽子を被っていた。

 

「ごごごっごめんなさい! お願いだから、らら、ライスをたべっ、食べないで……!」

「誰が食うか。……ん、ライス?」

 

 黒髪を揺らして動揺している少女の名前だろう一人称に、前世の記憶がチリチリと反応する。ライス、ライス……ライス────

 

「ライス、シャワー……か?」

「っ……は、はい……」

 

 ────こんなところで出会ったのは、淀に咲き、淀に散った馬の名を冠するウマ娘だった。

 

 

 

「……それで、出るレース出るレースの全ての悉くで、毎度のごとく他の連勝記録を止めてしまったのか。それはまあ、間が悪かったな」

「……はい」

「だがそれで不幸だとは言うべきじゃないな。ライスシャワーが強かった、それだけの話だ」

 

 そう、連勝記録を止めるほど強いというだけの話なのだ。だのに今の今まで誰とも契約してないという件に関しては、まあ……本人の性格も原因の一端なのだろう。

 俺がトレーナーだったら、こうもメンタルの弱いウマ娘とやっていくのは難しいと言える。

 

 加えて──印象が悪い。観客・トレーナー問わず、ライスシャワーへ向ける感情はお気に入り或いは狙っていたウマ娘を負かす者だ。

 

 あのときシンボリルドルフに勝った俺も向けられた恐怖や畏怖の感情が、そこから強いウマ娘への憧れに変わらなかったのが今のライスシャワーだ。つまり──善くも悪くもライスシャワーは気弱……いや、この子は優しすぎる。

 

「っ……みんな……ライスが勝っても、喜んでくれなくて……『なんであいつが勝つんだよ』って……『悪役は空気読め』って……!」

 

「そうか」

 

「ライス、もう……レースなんか出たくないよ……もう、やだぁ……っ!」

 

 ボロボロと涙を流すライスシャワーに、俺は──前世で見たあの姿を重ねている。レース中に骨折してそのまま生涯を終えた馬を、そして……今目の前で悲しんでいるウマ娘を。

 

 俺は……何を言ってやれる。どんな言葉が正しい。どうすれば──この子を救える。

 

「なら、学園なんて辞めてしまうか」

「…………えっ……?」

「憎まれ口を叩かれてまで続けるレースに、なにか意味があるのか?」

「…………それ、は」

 

 俺の言葉に、ライスシャワーは言い返せない。だが俺の言葉は、走ることが本能でもあるウマ娘に走るなと言っているに等しい。

 

 嫌だろう。苛つくだろう。『どうして自分がそこまで言われないといけないんだ』と思うだろう。だからこそ──子供心に本音が出る。

 

「っ──それは、いや、です」

「ふっ……嫌なんだろう、レースに出たくないんじゃなかったのか?」

「……確かに、あんなことばっかり言われて……そうまでして走る意味はあるのかって、何度も思ってきましたけど……」

 

 帽子に隠れた片目が、風に揺れてふと見える。その両目からは、尚も涙が溢れていて。

 

「……だからってここで辞めたら、走ることそのものまで嫌いになっちゃう、から……っ」

「────」

 

 そう言って、ライスシャワーは嗚咽を漏らす。──そうだったな。ウマ娘とは()()だった。

 

 走ることが本能的に好きな生き物、それがウマ娘だ。馬ではない。彼女はライスシャワーだが、ライスシャワー()()()()ではない。

 

「──ライスシャワー、お前はどうして走るんだ? ウマ娘の本能だからではない、お前なりの理由があるんだろう?」

「……えっと……やっぱり、走ると気持ちよくて、楽しいから……」

「なら、お前のするべきことは一つしかないんじゃないか?」

 

 面を上げてきょとんとした顔をするライスシャワーの、涙で濡れた顔をハンカチで拭い、俺は彼女と顔を合わせて更に続ける。

 

「──走るのが好きなら、それだけを求めて走ればいい。周りの声なんて聞こえないくらいに早く、速く、レースを駆け抜けてしまえ」

 

「……それで良いんでしょうか」

 

「いいさ。走るのはウマ娘の特権だ。大丈夫、お前の脚なら──何処までも行ける」

 

「──何処までも……」

 

 ベンチに座って空を見上げる俺に釣られて、ライスシャワーも上を見る。その顔には、もう、涙は溢れていなかった。

 

 

 

 ベンチを前に、暫く話し込んでいた俺たちはお別れの会話を交わす。

 

「……ありがとうございました。えっと……」

「アクセルトライアルだ。アクセルでいい」

「はいっ、私のこともライスでいいですよ」

 

 憑き物が晴れたような顔で、ライスは俺を見上げてふわりと笑う。そして、一拍置いて困ったような声色で疑問をぶつけてきた。

 

「アクセルさん、どうしてこんなにも、初対面のライスを気にかけてくれたんですか?」

「……ううむ、そうだな……」

 

 ……困ったな。

 何て言えばいいんだ、まさか『馬のライスシャワーがレースで骨折する様を中継で見ていたから応援したいだけ』とは言えるわけがない。

 

「────運命を感じたから、だな」

「………………ふぇっ」

 

 俺の人生という視点からしても、こうやって名馬と同じ名前の少女たちと共に陸上選手になっているのは運命、或いは奇跡と呼ぶ他無い。

 

「ぁ、ぁの、アクセルさん。それはつまり」

「──うん?」

 

 ライスの消え入りそうな声に反応した耳が、上から落下してくる何かに反応する。

 そして、見上げる前に、俺の頭に大きな物体が落ちてきてハデな音を立てた。

 

「あだっ」

「アクセルさ──ん!?」

 

 ゴンッと俺の頭に落下したそれは、まるでロケットのような形状のペットボトル。

 …………よりにもよって、ピンポイントに俺の頭に落ちてくるとは、()()()()

 

「あっ、アクセルさん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ……犯人はわかってる……」

 

 地面を転がるそれを拾い上げ、俺はそう言って片手をライスの頭に置く。

 

「……明日の選抜レース、応援してるぞ」

「はいっ……あれ、どうしてライスが出るって知ってるんですか?」

「ふっ、俺に質問するな。俺以外にもお前のことを見ている奴はちゃんと居るということだ」

 

 ペットボトルを片手に、俺は踵を返す。背中でライスからのさよならを受け止めて、トレーナーたちが居た筈の場所に向かうのだった。

 

 

 

 グラウンドに戻った俺は、ゴールドシップに似た芦毛のウマ娘……平成の怪物・オグリキャップと鉢合わせていた。

 

「む……アクセルか」

「オグリキャップ、俺のトレーナーを見なかったか? 他にゴールドシップとサクラバクシンオー、ハルウララが居たはずだが」

 

 どこか天然気味のオグリキャップは、数拍置いて手元の紙を見せながら言う。

 

「アクセルのトレーナーかは分かりかねるが、私に焼肉食べ放題のチケットを渡して、『アクセルが来たら家に帰ったと伝えてほしい』と言いながら何人かと一緒に食堂に向かったぞ」

 

「そうか、教えてくれて助かった」

 

 トレーナー、お前は賄賂を送る相手を間違えたな。オグリキャップはそもそも、トレーナーからの賄賂を賄賂だと思っていない。

 

 焼肉っ、焼肉っと言いながら尻尾を振り回し小走りして行くオグリキャップを見送って、俺もまた食堂に向かう。食堂の方角から女性の叫び声が聞こえてくるまで、残り1分。

 

 

 

 

 

 ──後日、選抜レースから帰って来たマックイーンを迎えた拠点の中で、大袈裟に頭に包帯を巻いているトレーナーが彼女を労う。

 

「いやーあのレースも凄かったなあ。あのマックイーンが2バ身差で敗北とは」

「お恥ずかしい限りですわ……より一層の努力をせねばなりません」

「あのウマ娘、なんつったっけ。カレーライス? パエリア?」

「ライスシャワーですよ」

 

 ……そう、例の選抜レースで、ライスは圧勝した。清々しいまでの走りっぷりで見ているこちらも気持ち良かったほどだが…………

 

「あれが頑張ったウマ娘への態度かねぇ。なんだか既視感を覚えるよ、ねぇアクセル?」

「あれに関しては原因の何割かはタキオンにもあるがな……だが確かに、1着を取った者へ向ける空気ではなかった」

「あーいうの、なんつーんだったかな。……ああそうだ、ドン引き」

 

 ゴルシの言葉に、その場の全員が納得する。あれではきっと、トレーナーも契約したがらないだろう。周りに引かれるウマ娘を欲しがる者は居ない。結局のところ、人間は感情の生き物だ。

 

「──お、アクセル、来客みたいなので出てくれますか。ほら、私昨日ロメロスペシャル食らって全身バッキバキなので」

「ゴルシちゃんなんてパロスペシャルだぜ? ありゃあ世界を狙えるぞ」

「自業自得だろうが……」

 

 ペットボトルロケットの件は、俺以外だったら怪我していたかもしれないのだから甘んじて受け入れてほしい。加減したのだから骨は折れていないだろう。まったく。

 

 二人を一瞥してから、俺は来客に対応する。ガチャリと扉を開けた先に居たのは──

 

 

「……おおい、アクセル? どうしたんですか、どちら様だったんですかー?」

「……そうだな。ほら、入っていいぞ」

「──お、お邪魔します……」

 

 俺の後ろを着いてくる少女は、件のウマ娘──ライスシャワーだった。ライスは後ろから顔を覗かせて、トレーナーたちを見る。

 

「あら、ライスシャワーさん」

「おやおや、選抜レース1着の君がこんなところになんの用かな?」

「う、っ、その、えっと……」

「──ライスシャワー」

 

 トレーナーが近づいてきて、膝を曲げて目線を合わせると、ライスに問い掛ける。

 

「ゆっくりでいいですよ、話してみて」

「──その、トレーナーさん……ライスを、私、を……っ」

 

 詰まらせたように言葉を途切れさせ、そして、慣れないのだろう高くなった声で言った。

 

「ライスを、このチームに入れてください!」

「…………おやまあ、それは想定外」

 

 トレーナーはそう言って立ち上がり、うーんと言いながら顎に指を置いて思考する。

 

「おいおいライスよぉ、そりゃどういう風の吹き回しだ? このゴルシちゃんの目を以てしてもこの展開は読めなかったずぇ」

 

「っ、あの……私、昨日アクセルさんと話をしたんです。誰からも勝利を喜ばれなくて、走るのも嫌いになりそうになってて──でもアクセルさんと話して、走る楽しさを思い出したんです」

 

「……アクセルぅ、私は何も聞いていないぞぉ。そういうのは私に報告するべきだろう?」

 

「一々タキオンに誰と話したかなんて報告する義務は無いだろう。何を言ってるんだ」

 

 うぃ──んと車椅子を動かして、タキオンがムスっとした顔を隠そうともせず、そのまま座高故に目線が合っているライスと話し始めた。

 

「つまり君はアクセルに恩を感じたからこのチームに入りたいと言うのかい」

「……はい……」

「ふうん、そうかい。ふうん」

「タキオン、なんで怒ってるんだ」

「別に。それにアクセルと会話をしたって? そりゃあ元気にもなるさ、彼女の言葉にはどこか不思議な力がある。さぞや勇気が湧いたことだろうさ。ふーん」

 

 嫌味ったらしくネチネチと、まるで嫉妬でもしているかのようにライスに質問をする。大人げないぞ……と注意しようとしたその時、ライスが喜色満面で「はいっ」と元気よく返事して──

 

「アクセルさんには……『運命を感じた』って言われちゃいました……!」

「……は──っ!!? なん、はっ!?」

「うん、まあ、言ったな」

「なんだってぇ!?」

 

 俺の背中にしがみつくライスの言葉にタキオンは俺が弁当を作り忘れた時のような叫び声を出した。その後方では、何故かゴルシとマックイーンがニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「トレーナー君! 反対だ反対! 私はライスシャワーの配属なんて認めないぞ!」

「えーどうしよっかなー、許可を出す出さないは私の匙加減だからなー。そんな面白い反応されると許可したくなっちゃうな~」

「くっ……卑怯だぞ……っ!!」

 

 そう、結局はトレーナーが許可を出すか出さないか。タキオンがどうしてそう嫌がるのかはさっぱり分からないが、俺からすればタキオンとの出会いにも運命を感じているのだ。そこにいったいなんの違いがあるというのだろうか。

 

「タキオンパパー、認めてやれよ~」

「ウマ娘なら母ではなくて?」

「ええい私に味方は居ないのか!?」

 

 馬のタキオンは牡なのだからまあ、どちらかといえばパパではある。

 が、そんな光景を見て、トレーナーはにっこりと笑うとライスに言った。

 

「面白そうだからヨシ! ライスシャワー、ようこそチーム・ファーゼストへっ!」

「──ありがとうございます!」

 

 俺から離れて、ライスは行儀良くトレーナーに腰を曲げてお礼を言う。

 むがあああ!! といって白衣の袖で顔を覆うタキオンからは目を逸らしておくが。

 

「……あの、アクセルさん」

「どうした」

 

 ライスは俺を見て、手を伸ばして、改まってありがとうとお礼を言う。気にするなと言って──俺は差し出した彼女の手を力強く握った。

 

 

 

 

 

 

 ──周りの声も、評判も、何も怖いとは思わない。だって、私の脚なら何処までも行けると、貴女が言うんだから。




アクセルトライアル
・前世でライスシャワーのレース中の骨折を中継で見ており、ウマ娘である方のライスシャワーと出会ってからは特に気に掛けている。
『努力することも貶すことも誰であれ出来るが、努力を形に出来るのもまた才能あってこそ』と考えているため、タキオンの事もあってか文句ばかり言う相手は人間・ウマ娘問わず嫌っている。
当然だが『前世でお前の壮絶な最期を見た』とは言えず咄嗟にあんなことを言ったが、自分の発言が誤解を生んでいる事には気づいていない。
尚、大会で優勝したらライブで踊らないといけないが、その件については渋い顔をしている。


ライスシャワー
・淀に咲き、淀を愛し、淀に散った馬の生まれ変わりがごとき孤高のステイヤー。
他人の不幸は自分のせいと考える臆病かつ気弱な性格。ミホノブルボンなどの実力者に勝利する力はあるのだが、本作では模擬レースでの連勝記録を何度も阻止した事が原因でその勝利を喜ばれず、空気の読めない悪役とまで呼ばれてしまう。
もうレースに出たくないと草葉の陰に隠れていたが、偶然にもアクセルに発見されてしまい、ライスは胸の内を吐露するも、アクセルとの会話で走ることの楽しさを思いだし、実力を信じてもらい、思い直してマックイーン共々次のレースに出走する決意をする。そして、アクセルへの恩からチーム・ファーゼストに所属することを決めた。
ちなみにアクセルの『運命を感じた』という言葉は何時までも頭に残り続けている。子供には、些か刺激の強い発言だったのだろう。


アグネスタキオン
・タキオンは激怒した。必ず、かの親切善人の鈍感ウマ娘を問いたださなければならぬと決意した。タキオンにはアクセルが分からぬ。タキオンは、研究者である。計算し、検証を重ねて実験してきた。けれどもアクセルを中心とした人間関係の変化には、人一倍に敏感であった。


柏崎トレーナー
・賢さG

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