【完結】さあ、振り切るぜ   作:兼六園

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笑う門にはフクキタル

『──お嬢ちゃん、そっちに行くのはやめとけ』

 

『……そっちに、お前の捜し物は無いぞ』

 

『ほら、おいで。お父さんとお母さんの所に、連れていってやるから』

 

『あ? シラ……なんだって?』

 

『はぁ、お導きねぇ。胡散くせーなぁ』

 

『──なら、いつか、私を探してみろよ』

 

『必ず……トレセン学園で待ってるから』

 

 

 

 

 

「────んがっ」

 

 ピピピピ、というアラーム音で目が覚めた女性──柏崎は、まだ僅かに痛む肋骨からの信号に顔をしかめながらも上体を起こす。

 ベッドの上で数分ボーッとしてから柏崎はのそのそと着替え始め、ポツリと一言。

 

「……なんの夢見てたんだっけ」

 

 

 簡単に作った朝食を取りながら朧気な夢を思い出そうとするも、何も浮かばない。

 

「ガキの頃の記憶はなぁ……アサルトのせいで碌な想い出が無いからなぁ」

 

 無意識に左腕の手術痕をさすり、重いため息をついて、それから席を立ち着替え始める。

 

「……近所の裏山がホラースポットだったんだよな。霊感のせいで嫌だったもんだ」

 

 そう呟いて、柏崎はふと灰色のウマ娘(ストライクアサルト)とは違う、幼い少女の顔を思い浮かべる。

 眉をひそめ、ぼやけた輪郭と顔を脳裏に過らせ、柏崎は──襟を整えながら独りごちた。

 

「──アイツ、誰だったか」

 

 

 

 

 

 レース場を見下ろせる坂の上、舗装された道に立つ柏崎は、気だるげに他トレーナーの担当ウマ娘のレースを観察していた。

 

「マックイーンとライスシャワーとゴールドシップは長距離レースの模擬戦、アクセルはタキオンと一緒に研究室……暇ですねぇ」

 

 自分がいなくともトレーニングをこなしてくれる担当ウマ娘たちには、頭が上がらない。君臨すれども統治せずとはこの事だろうか。

 

「……もしや、私トレーナー向いてない?」

 

 凡人である自覚はあったが、担当ウマ娘の天才足る部分を見せられては、無い自信が失われるのを覚える。そうしてレース場を走る名も知らぬウマ娘たちを眺める柏崎の耳に、濁点の混じった妙な叫び声が迫ってくるのを察した。

 

「──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! ようやく見つけましたよぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」

「うおっ……な、なにか用ですか」

 

 横を見ると、栗毛のウマ娘が目を輝かせて迫ってきていた。

 眼前で急ブレーキを掛けた少女は、足から顔へと柏崎を見上げて興奮気味に声を荒らげる。

 

「や・は・りっ、アナタは間違いなく! 探し求めた私の運命の人です!」

「……あー、すみません。マルチの勧誘は基本お断りしているんですよ」

「まるち……? いえ! トレーナーの勧誘です! 是非とも私のトレーナーになって欲しいんですよぉ! お願いします!」

 

「ちょっと待ってください、情報量が」

 

 片手で鼻根の辺りを押さえつつ、柏崎は少女の言葉を反芻して理解する。とどのつまり、彼女は自分(トレーナー)と契約をしたがっているのだ。

 

「契約はさておき……その、運命の人……というのは私を指しているんですよね?」

「はいっ! あれは今日の朝、シラオキ様からお告げを与えられた時のことです」

「シラタキ?」

「シラオキ様です!」

 

 訂正する少女は怒りつつも咳払いを一つに、柏崎へと回想するように語る。

 

「……私が悩むとき、何時だって正しい道を教えてくれるシラオキ様が告げたのです。『レースを見ながら黄昏れているトレーナーこそが、お前の探していた人物である』と! ですので探しに来たのですが、やはり、間違いなくアナタは、シラオキ様が遣わした運命の人なのですよぅ!」

 

「へぇ~~~~~…………」

 

 雑な相づちをしながらも、柏崎の頭は少女の『ヤバさ』に対して危険信号を発していた。なんとかこの場をやりすごして逃げられないかと思案していると、がしりと手を握られる。

 

「シラオキ様のお告げは絶対。なにより私自身、約束を果たしに来たのですからっ!」

「はあ……あ? 約束?」

「顔はわかりません。けれども声は覚えています、アナタは間違いなく、あのとき私を助けてくれたお方。そして約束しましたでしょう? 『トレセン学園で待ってるから、探してみろ』と」

 

「────」

 

 どこか熱に浮かされた、キラキラと輝く瞳。自分を見上げるそれは、柏崎にとって、いつぞやに見覚えのある輝きであった。

 

「10年前、山で迷子になり途方に暮れていた私を助けてくれた包帯のお方がそう約束してくれたんです。そして今日、ようやく巡り会えたっ。間違いなく、アナタがあのときのお方! これを運命と言わずなんと呼ぶのでしょう!」

 

「10年……包帯…………あ」

 

 二つのキーワードが、柏崎の古い記憶をこじ開ける。そういえばと、徐々に掠れていた思い出が鮮明になってゆく。

 

「──ああ、君はあの時の迷子でしたか。昔のこと過ぎて忘れていました」

「!! ──では、私のことを……このマチカネフクキタルを思い出したのですね!」

「……はい。お久しぶり、ですねぇ」

 

 パっと表情を明るくする少女──マチカネフクキタルに、柏崎は微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「ということで、新メンバーのマチカネフクキタルです。はい拍手~」

「よろしくお願いします!」

 

「トレーナー、色々と質問はあるが……唐突に結論から話を始めるのはやめろ」

 

 タキオンを研究室に預けて暫く、チームの拠点に戻ると、何故かメンバーが増えていた。

 ゴルシたちが居ないのは長距離レースの模擬戦をしているからだったか。

 

 ともあれ、俺の目の前でトレーナーに懐いているマチカネフクキタルがチームに入ること自体は別段反対ではない。ないのだが。

 しかし……フクキタルか。『アレ』が『こう』なるのはなんとも不思議なものである。

 

「しかし、その包帯怪人とトレーナーが同一人物というのは事実なのか?」

 

「誰が怪人ですか。そうですねぇ、あれは10年前、幼馴染の躾の際に蓄積されたダメージが疲労骨折となり階段を転げ落ちて全身打撲と診断され、その後二週間ほど経過した辺りの話です」

 

「疑問を解消したかったのに更に謎を増やすのはやめてくれないか」

 

 いや、まあ、トレーナーの幼馴染のウマ娘が俺とタキオンの帰省中にここに来たという話は聞き及んでいるし、その幼馴染のせいで度々骨折とヒビを負わされていたのも既に聞いたのだが。

 

「別に自慢する話でもないので黙っていたのですけど、私は多少の霊感がありましてね。しかも、よりにもよって近所の裏山がホラースポットなのも相まって昔は最悪だったのですが……」

 

 言葉に間を開けて、トレーナーはちらりとフクキタルを見ると続ける。

 

「当時遊びに来ていたらしいご夫婦が『子供が居なくなった』と騒いでおりまして、嫌な予感がして山に向かったら案の定……この子がまあ、()()()()()()()()になっていたんですよ」

 

「連れていかれそう……とは、誰に?」

 

「それ聞きたいんですか?」

 

「……いや、やめておこう」

 

 霊感と言われれば普通ならバ鹿にされそうなものだが、俺もまた平行世界に転生している以上、トレーナーのそれも事実なのだろう。

 

「とまあ、それでこの子を保護し、無事送り返せたというわけです。途中、分かれ道で悩んだ時は肝を冷やしましたがね……」

 

 ちゃんちゃん。と締めくくり、トレーナーは隣でぼんやりと話を聞いていたフクキタルの頭を優しく撫でる。まぶたを細めてされるがままの彼女はどことなく妹のような雰囲気を出していた。

 

 ──いや、事実として妹なのか。馬のフクキタルは確か、兄を亡くしていた。

 もしやこちらでもフクキタルは……と邪推するが、それ以上に、部屋の奥に鎮座している巨大な風呂敷を見つけて困惑する。

 

「……トレーナー、その風呂敷はなんだ」

 

「それは私の荷物です! 中には半生掛けて集めたありがた厳かな開運グッズが入ってるんですよ! 寮の部屋から溢れそうだったのでこちらに持ってきたんです、飾ってもいいですか?」

 

「中身によるが……トレーナーはいいのか?」

 

「私は構いませんよ、この部屋も殺風景ですからねぇ。これを期に模様替えしましょうか」

 

 ぱん、と手を叩いてそう提案するトレーナーを横目に、フクキタルは早速と風呂敷を広げる。しかし中から出てきたのは、プリンのカップ。

 

「ゴミじゃないか」

「なにをおっしゃいますか! これは私が初めてぷっちんしたプリンのカップですよ!?」

「いやぁ、これはゴミですよ」

「トレーナーさんまで!?」

 

 いざ中身を拝見してみればその殆どは分別するべきゴミばかり。

 どうやら占いなども嗜むらしく、開運グッズと言い張って多種多様の残骸をかき集めていた。木屑を巣に持ち込むハムスターか何かか。

 

「……まずはゴミの分別からだな」

「ですねぇ」

「あ゛────っ!! 百点の答案用紙だけは勘弁してくださいよぉ゛──っ!!」

「ゴミ屋敷を生成する奴は往々にしてそう言うんだ、諦めろフクキタル」

「むぎゃお────!?」

 

 

 

 

 

 ──さめざめと泣きながら渋々持ち込んだグッズの処分をしているマチカネフクキタルの傍らで、柏崎は招き猫の置物を眺めておもむろに口を開くと、あっけらかんとした口調で問いかけた。

 

「フクキタルは、お姉さんとか()()()?」

「…………はい、()()()()よ?」

 

 それがなにか? そう言って小首を傾げるフクキタルは、トレーナーを見上げる。

 

「──ああ、いえ。なんとなく妹っぽい雰囲気をしていたものですから」

「え~、なんですかぁそれ~」

「……それより、早く分別を済ませないと、アクセルに持ってきたやつ全部捨てられますよ」

 

 つい、と指差した方を見ると、部屋の掃除のついでとばかりにどんどんゴミを袋に纏めて行くアクセルの後ろ姿が目に入る。

 

 慌てるフクキタルを見て口角を緩める柏崎だが──その脳裏には、ようやく鮮明となったかつての記憶が甦り、映像を再生するようにしてその思い出を想起していた。

 

 

 

 

 

 ──幼いウマ娘を探すべく、ちょっとした善意から怪我をしている体に鞭打って山中を歩く柏崎は、正しく運命の分かれ道に差し掛かる。

 

『クソ、どっちに居るんだ……?』

 

 嫌な雰囲気の山中、選択肢を間違えれば────そうして悩む彼女は、ふと分かれ道の中間にある木々の暗がりに人影をみる。

 まさか件の迷子かと目を凝らし、違う──否、そもそも人間ですらないと無意識に察した。

 

『……なあ、()()()だ?』

 

 栗毛の少女に柏崎は問い掛ける。

 杖を片手にズキズキと痛む全身からの危険信号をよそに、急かすように睨み付け──少女が向けた指の方角を見て、疑う余裕もなく駆け出す。そんな柏崎の横顔を見て、少女は笑う。

 

 その顔は、今にして思えば、どことなく──フクキタルに似ていた気がした。

 

 

 

「──置き土産のつもりかよ」

「どうしかましたか?」

「……いえ、なんでもないです。ほらほら手を動かして、アクセルにどんどん開運グッズが捨てられていきますよ」

「あ゛──!! そのアイスの当たり棒を捨てるのはおやめくださいぃいいい!!」




柏崎
・霊感があるのに近所の裏山がホラースポットという最悪の立地に実家がある。

マチカネフクキタル
・シラオキ様のお告げにより柏崎と再会したウマ娘。実力はあるが運ありきの結果と考えており、勝つも負けるも運次第と捉えている。柏崎に対しては恩人であり姉のような感覚がある。

アクセルトライアル
・実はコーヒー派で、マンハッタンカフェと仲が良い。掃除から料理まで一通りこなせるため、一部からはタキオンの母親扱いされている。
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