早いところで、俺のレースはもうじき一区切りつくというところまで来ていた。
これからもまだまだ続いて行くとしても──URAファイナルズの決勝戦で勝てるかどうかは、俺の今後に大きく響くだろう。
──ふと、校内のベンチで黄昏れる俺の隣にすとんと座る人影が声をかけてきた。
「──アクセル」
「トレーナーか」
「……もしかして、緊張してます?」
「そんなところだ」
へぇ、と呟いて、トレーナーはくつくつと喉を鳴らして微笑を浮かべる。
「……なんだ?」
「いえ、いつも余裕のある顔をしているから、緊張とは縁がないのかと思っていました」
「まさか。俺はただ──少しばかり、人より心の成熟が早かっただけだ」
前世の記憶と経験があるというアドバンテージは、思春期の少女が抱えるだろう将来への漠然とした悩みや恐怖を消していてくれた。
だからこそ、心と体のズレが少しずつ無くなってきている今、俺は──そう、まさにそんな思春期の子供のような不安感に襲われている。
「俺は……トレーナーにURAファイナルズに誘われるまで、恐らく漠然と走っていたのだろう。タキオンの代わりに、タキオンのために、最速でいようとしていた」
「はい」
「今ならよく分かる。俺が勝つということは、誰かを負かすということだ。天皇賞に出て、菊花賞に出て、有馬記念に出て──何度も何度もあらゆる感情をぶつけられてきた」
「……はい」
さわさわと風が吹き、紺色の髪が揺れる。トレーナーはただただ、淡々と相槌を打つ。
「URAの前の、最後の目標で有馬記念に出たとき……1着を取ったあとにすれ違うウマ娘一人一人が、言葉にせずとも顔が語っていた。『うらやましい』『妬ましい』『どうしてお前ばかり』……同じ立場なら、俺でもそう思うだろう」
ウマ娘の競争はスポーツであり、戦いなのだ。己の全てを懸けて勝たなければならない。負ければそこで終わりだ。
負けても得るものはあると、わかったような言葉を向けられることもあるだろうが、そんなものは綺麗事だ。俺は────俺は、何人ものウマ娘から夢を奪い走っている。
「俺が負かしてきたウマ娘たちの思いを踏みにじってきた以上は、なにがなんでも勝たなければならないが、このレースはもはや俺とタキオンだけの戦いでは無くなった」
「そうですね」
「だが、この力……10秒加速だけで勝てるほどURAの参加者は弱くない。勿論、俺が今まで競ってきた相手も強敵揃いだった」
カチリと頭のなかでスイッチを切り替えれば、辺りの景色がスローになる。
タキオンとの研究で開発した10秒加速──のための、脳のブレーキを外す自己暗示。
この加速を最後の直線で使うというのは、とどのつまり通常よりも速い末脚だ。それならばもっと、手前から速さを確保したい。
しかし、そうすると『どうやって10秒以上足に力を入れるか』という問題が発生する。だが──そういえばと、不意に思考が逸れる。
──10秒しか走れないのは、あくまでも
そこまで考えて、カチリともう一度意識を切り替え思考速度を元に戻す。
「──セル、アクセル?」
「……ああ、いや、大丈夫だ」
──限界を超えた先に、速さの果てがあるのだろう。俺はベンチから立ち上がり、トレーナーを見下ろして拳を突き出す。
「トレーナー、俺は勝つ。必ず勝つ。タキオンのために、チームのために、そして────俺を誘ってくれた貴女のために勝つ」
「──私は契約したあの時からずっと、アクセルトライアルの勝利を信じていましたよ」
目尻を緩めて出来る限りの笑みを作った俺に、トレーナーは拳を突き出して返す。
セミロングの髪を風に揺らして微笑む彼女は、そのまま手のひらを広げた俺の手を掴んで立ち上がると、ああそうだと質問を飛ばした。
「ところでURAのウイニングライブの練習はしてるんですか? 何でしたっけ、なんとか伝説」
「その話はよせ」
次回、URAファイナルズ決勝戦