やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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 国家試験だのなんだので超忙しかったのです。
 とか言いつつも、未だ藤原姉妹エンドの内容が思いつかないので、IFルート的な感じで四宮かぐやルートを。この1話限りのルートです。


番外編 四宮かぐやルート
比企谷八幡と四宮かぐや


 

 入学して数ヶ月が経つ。俺こと比企谷八幡は、入学式当日事故を起こした。故に誰よりも遅く入学を果たした結果、ぼっち確定となった。

 事故が無くても、おそらく秀知院に入った段階でぼっちが確定していた。ここでは小学校からエスカレーター式で上がって来る人間を純院と言い、俺のように外部から入学する者は混院と区別される。

 区別されると言う事は、そこで既に壁があると言う事。ただでさえ事故って遅れた入学なのに、混院という理由だけで関わる術が無い。つまり、俺がぼっちであるのは必然だという事。

 

 まぁそこに関して全く何も思わない。今更人間関係に過度な期待なんて持っていない。この間助けた女の子だって、そのうち関わる事無く自然消滅する。人と関われない事に、何も思う事は無い。

 

「君が比企谷八幡くん、だね?」

 

 1人で昼食を取っていると、俺の目の前に1人の男子生徒が現れた。雰囲気的には先輩に見えるが、誰だこの人。

 

「…どちら様で?」

 

「これは失礼。僕は秀知院の生徒会長。君に話があって来たんだ」

 

 俺に話?俺まだ何もしてないぞ。生徒会に目を付けられるほどの事をしでかした記憶が無い。

 

「ここじゃなんだから、生徒会室に行こう。お茶も出そう」

 

「は、はぁ…」

 

 俺は生徒会長と名乗る者に生徒会室に連れて行かれ、そこで丁寧にもてなされる。

 

「…それで、俺に何か用ですか?」

 

「単刀直入に言おう。君に、秀知院の生徒会に入って欲しいのさ」

 

「は?」

 

 この男は何を言っている。俺が生徒会に?この人生徒会を潰す気なのか。

 

「生徒会の役員は会長の指名制でね。毎年4月は他の部と奪い合う青田刈りのシーズンなのさ。けれど今年は人数不足でね。後1人欲しい時に、君が遅れて入学して来た」

 

「はぁ……。いやでも、なんで俺なんですか?生徒会長直々に抜擢される要素が無い」

 

「そんな事は無いさ。1つは君が外部生だと言う事。我々はこの秀知院と言う箱庭の中で過ごして来た者ばかり。箱庭の外を直に感じている外部生の1人ぐらいは、必要だと思ってね。そして2つは今の1つ目に繋がるのだけど、この作文」

 

 生徒会長が取り出したのは、見覚えのある字が羅列した作文用紙。ちょっと待てそれ俺の作文じゃねぇか。

 

「現代文の先生が教えてくれてね。この"中学生活を振り返って"というテーマ。こういう斜めに物事を捉えれる人物こそ、物事の本質を見抜ける観察眼を持ち合わせているのでは無いかと思ってね。君の見識を活用させて欲しくて勧誘したのさ」

 

 嘘だろ。最後なんて「砕け散れ」って書いたのに。この人中々頭がクレイジーな様で。

 

「つっても、俺別に生徒会に興味無いんですけど…」

 

「まあまあ。今日は活動の見学だけでも構わないからさ。放課後、ちょっと付き合ってくれないかい?」

 

「えぇ……」

 

 正直、面倒である。放課後にわざわざ入りもしない生徒会の見学を見るなんて。ホームルームが終われば即帰ろうそうしよう。

 

 だがしかし。

 

「お疲れ様」

 

 何故教室の前に居るこの男。俺が帰るだろうと見越して先回りしていたのなら鋭過ぎる。クソっ、流石に生徒会長を前にしてすたこらさっさって帰る事は出来ない。

 

「…どうも。今から生徒会室に行こうかと思ってまして…」

 

「それは良かった。もしかしたら無断で帰ってしまわれるかと思って心配したんだ」

 

 やっぱバレてた。生徒会長から逃げる事が出来ず、大人しく後を付いて行く事になってしまった。

 

「君から見て秀知院はどう見える?」

 

「良い学校じゃないんですか?外観が綺麗だし」

 

「中身の話だよ」

 

「…俺は人と関わらないからそこまで何も思いませんけど、正直混院の人間は肩身が狭いと思いますよ」

 

「その心は?」

 

「この学校は純院が半分以上占めてる。言ってしまえば、純院ありきの学校。部外者に近い混院はこれほど過ごしにくい事はないでしょうよ。なんせ、純院と混院で区別されてるんだから。友達なんてまともに作れやしない。面倒くさい学校です」

 

 この学校は純院と混院で両立なんて出来ていない。無意識のうちに、純院が上で混院が下だと優劣を付けている。学力におけるクラス分けとはまるで違う。

 

「ははっ、確かに面倒だね。君の言う通りさ。…でもね、この学校だからこそ関わる事が出来る人物だって居る。君達1年は特に粒揃いさ。四条家のご令嬢に天才ピアニスト、指定暴力団組長の愛娘。そして言わずと知れた四宮財閥総裁の長女、四宮かぐや。ここの外でお目にかかれる事は無いだろう」

 

 名前は聞いた事ある。というか、その人と同じクラスだし。その有名人が同じクラスなら、嫌でも名前を覚えてしまう。他クラスなら分からんかっただろうけど。

 

「今挙げた人らに声は掛けないんですか?それこそ生徒会長に推薦されてもおかしくないと思いますけど」

 

「望み薄だよ。自分を持っている人はそう動かないから。君の様にね」

 

 自分を持ってる、か。確固たる意志とかそんな高尚な物は、俺は持ち合わせていない。俺が生徒会長の誘いを断るのは、そもそも向いていないから。学校の為に尽力する活動なんて興味も無い。

 

 ていうか、そもそも働きたくない。これが1番の理由である。

 

「さて、今日の活動はこの沼の清掃だ」

 

 連れて来られたのは、汚い沼。秀知院にこんな沼あったんだな。ていうか学校に沼があるってなんだよ。

 

「配水管が長年詰まっててね。ボランティアで何人か手伝ってくれているが、僕らも少しは働いているポーズを見せないと見栄えが悪いからね」

 

 そう言って、生徒会長は俺にゴミを拾う網を渡して来た。見学と言いつつ、これ俺も参加しなきゃならないやつですかそうですか。

 

「はぁ…」

 

 俺は溜め息を吐いて、沼の掃除を始める。何やってんだ俺。わざわざ放課後に残ってボランティアみたいな事して。居残りってやっぱ面倒事しか無いんだな。

 

「きゃあっ!コウモリの死骸がいる!」

 

 何やら悲鳴が聞こえる。まぁこれだけ汚いからな。何かしらの死骸が居ても不思議じゃない。

 

 悲鳴だけならまだ良かった。

 その悲鳴の次の瞬間、何かが沼に落ちた音がした。視線を向けると、足を踏み外したのか、さっきの悲鳴を出した女子がぶつかったせいで落ちたのか、沼に溺れかけている女子が。

 

「これ掴まって!」

 

 と、網を差し向けるも届かない。

 

「入った方が良い…?」

 

「でもこの沼入って平気なの?病気とかなったりしたら…」

 

 なんの問答をしてるんだあいつら。病気になったらって、じゃあ今溺れてる奴は病気になって良いのかって話だ。

 

 やっぱ居残りするもんじゃない。

 

「クソッタレ…!」

 

 皮肉げに呟いて、俺は溺れている彼女に向かって走った。その最中、ご都合主義なのかは分からないが、運良くロープが捨てられてあった。おそらく沼の中に沈んでたやつだろう。

 

 俺はそのロープを身体に巻き付けて、沼に勢いよく飛び込む。

 

 うわ気持ち悪い。臭いも凄いしマジで生理的無理要素しかない。入ってからすげぇ後悔してる。なんなら見捨てたい。……が、流石にそれは気が引ける。このまま放置するのは。

 

 俺は彼女の元に向かい、身体を手繰り寄せて確保する。

 

「引き上げるんだ!」

 

 生徒会長の指示の下、地上の人間達がロープを引っ張る事で俺と女子生徒は溺れる事無く地上に上がる事が出来た。

 

「はぁー……」

 

 幸いなのは口の中に入らなかった事。あんなんちょっとでも飲んだらマジ死ぬ。とはいえ、あんな汚い沼にほぼ全身浸かったんだ。俺もこの女子も、なんらかの病気を貰っていても不思議じゃない。

 

「大丈夫かい!?」

 

「…帰ります。見学、ありがとうございました」

 

「待ってくれ!君も一緒に病院に…」

 

「1人で行けるんで大丈夫です」

 

 俺はそう言って、1人去った。

 去ったには良いが、とりあえずシャワーが浴びたい。そんでこの汚い学ランもクリーニングに出したい。しばらくはジャージ登校確定かしら。

 

「待ちなさい」

 

 俺が桟橋から去ったその道中、待ったを掛ける女子の声が。その人物は秀知院なら誰しもが知っている四宮財閥の人間、四宮かぐや。隣に居る金髪の人は知らんけど、おそらく関係者か何かだろう。

 

「…なんだよ」

 

「何故、彼女を助けたの?」

 

 尋ねた四宮はこちらを確かめるかの様な表情をしていた。が、今の俺からしたら「そんなん今どうでもいい」と言ってあげたい。

 

「…知らん」

 

「知らんって…」

 

「今そんな話してる暇無いし、そこまで重要じゃないだろ。さっさとシャワー浴びたいし、病院にも行きたいんでな。休み時間にでも聞いてくれ」

 

 俺はそれだけ言い残して去って行った。

 その後日談だが、病院に行ったがどこも異常は無いらしい。ただ何か違和感や変化があれば、すぐに診察に来る事。毒にやられて小町残して死ぬのは悔やんでも悔やみ切れないし、そこだけはホッとした。

 

 救出したその翌日。理由を話してクリーニングが終わるまで体操服のジャージでの登校を許可して貰い、教室へと向かった。

 俺は普段、遅く登校するタイプだ。だからなのかは知らないが、俺の席近くには四宮が立っていた。

 

「…今度は何?」

 

「昨日の話の続きよ。貴方にまだちゃんとした返事をしてもらっていないわ」

 

 まだ聞いて来るのこの人。そんな重要な事じゃないだろうに。

 

「俺が誰助けようが、お前にそんな関係無いだろ」

 

「貴方が誰を助けたかには私も興味は無いわ。気になっているのは、貴方のその動機よ。彼女と関わりがあったわけでも無いでしょう?」

 

「要するに助けた理由が聞きたかったのか」

 

 助けた理由、か。そう言われると、どう言葉に言い表して良いか分からない。

 

「関わりがあったわけでも無い。となれば、貴方が助けた理由は彼女に恩を売る為」

 

「恩?」

 

「彼女は新聞社の娘。恩を売れば、貴方にとって後々得になる」

 

 なるほど。つまり四宮が言いたいのはこういう事か。

 俺が助けたのは、彼女が新聞社の娘だと知っていて、その恩をいつか返してもらう為に身を投じて助けたと。

 

「全然違うんだけど」

 

「はっ?」

 

「そもそもあの人が新聞社の娘だったかなんて知らんし。別に恩を売りたくて助けたとかでも無い」

 

「なら何故?まさか、見返りも無く飛び込んだとでも?」

 

「少なくとも俺は彼女に見返りも恩も求めないし、必要としていない。それで変に気を遣われたりして恩を返そうもんなら、鬱陶しいまである。…まぁ、アレだ。身体が勝手に動いたってやつだ。よく聞く名台詞だろ」

 

 俺がそう答えると、四宮は目を鋭くして睨む。やっぱ納得しないですよねー。だって身体が勝手に動いたとか、どこのヒーローだよって話になるし。

 

「ふざけているの?」

 

「じゃなんて答えたら納得すんだよ。俺そろそろこの問答面倒になって来たんだけど」

 

 するとそこで、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。

 

「チャイム、鳴ったぞ」

 

「ッ…」

 

 四宮は渋々、自分の席に戻った。

 あーびっくりした。朝からなんで疲れなきゃならないんだ。まだ新聞社の娘が助けた理由を尋ねるのなら分かるが、部外者の四宮があそこまでこだわって尋ねて来るとは思わなんだ。

 

 しかし、ここから。この四宮かぐやとの会話から、俺の日常が少しずつ狂い始めたのだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「早坂。彼の素性を調べなさい」

 

「彼……とは、比企谷八幡の事ですか?」

 

「ええ。彼がどのような人物なのか、どういった家柄なのか。ミリ単位まで調べて」

 

「かしこまりました。…しかし、何故?」

 

 早坂の疑問は当然の事だった。

 おそらく比企谷家は一般的な家柄。私や四条家の様な、大きいバックを持っているわけでは無い、ただの一般家庭。言ってしまえば、その辺の雑草と同じ価値程度しかない。

 

 けれど。

 

『身体が勝手に動いたってやつだ。よく聞く名台詞だろ』

 

 本当に、この人間は下心無しで人を助けたのか。それが知りたかった。

 

 今まで私に寄って来た人物は、四宮家という家柄に肖りたいという下心を持っていた。四宮家とは、それほどの組織だから。混院であるなら、尚更媚びるものだとばかり思っていた。媚びるだけ媚びて、そして私を拒絶する。これが私にとっての日常なのだ。

 

 けれど、彼は違った。私にも、新聞社の娘である彼女にも一切興味を示さなかった。媚びもしなければ、明確な拒絶もしない。ただ、1人の人間と関わるだけかのような。

 

 だから知りたかった。彼がどのような人物なのか。

 四宮家の力を持ってすれば、彼が育った環境を知る事など造作もない。どう生きて、どう過ごして、どう考えているのか。

 

 私が関わって来た人間とは、本当に違うのか。

 

「…気まぐれよ。ただの、気まぐれ」

 

 これは気まぐれ。珍しい人間を目にしたから、知りたいだけ。私の返答に早坂はそれ以上何も追求せず、ただ命令に従った。

 

 そして日が経ち、早坂による経過報告を聞く。

 

「比企谷八幡。8月8日生まれのA型。ご両親は会社員で共働き。妹が1人居るみたいです。実家は千葉県千葉市。秀知院に来るまでは千葉で過ごしていました。今は秀知院からそう遠くないアパートの部屋を借りて、一人暮らししているようです」

 

 秀知院に来るほどの学力があるのだから、わざわざ秀知院じゃなくても千葉の高校で良かった筈。という事は、千葉じゃない方が都合が良い、あるいは秀知院に入学する事によって彼にメリットがあるという事になる。

 

 そうだ、入学と言えば。

 

「彼、確か遅れて入学して来たわね。その理由も分かっているの?」

 

「はい。…入学式当日、中等部の女子生徒を交通事故から庇ったそうです。それが原因で入院し、遅れて入学して来たみたいです」

 

「交通事故から……」

 

 交通事故から身を挺して守るなんて、中々出来るものじゃない。誰だって自分の命は惜しい。痛い思いをしたくない筈。それ相応の覚悟が要る。なのに彼は、躊躇なく自身を犠牲にして、他を助けると言うの?そんな人間が、本当に居るというの?

 

「この間、彼と話を交わしました。それで少し彼の事が分かりました」

 

「…話しなさい」

 

「彼は優しくしたいとか、誰かを助けたいとか、そんな高尚な考えを持っていません。自分の目の前で起きた事は全て自分の事の様に考え、動いている。つまり交通事故の事も血溜沼の時の事も、彼は善意で動いたわけじゃない」

 

「自己犠牲が善意じゃないと?」

 

「私もそう思ったんです。ですが、彼にそれを言うと…」

 

『別に犠牲とかそんなフロンティア精神溢れた思考なんてしてない。あの時誰も動いてなかったから、動ける奴が動いた。それが偶然俺だっただけ。なんで他人の為に、好き好んで犠牲にならなきゃならないんだよ』

 

 …早坂の情報に偽りは無い。となれば本当に彼は下心も、そして善意も無く、他を助けた。自分が犠牲になっても、効率性を求めて動く。最早、自身を犠牲にしたとすら思ってもいない。

 

「比企谷…八幡…」

 

 一体、どう過ごせばそんな破綻的な考えが出来るのだろう。親の教育の賜物なのか、それとも彼の環境に何かあったのか。

 

「かぐや様?」

 

 こんな感情は初めてだ。誰かを知りたいと思ったのは。人を傷つけ、拒絶する事に慣れた私が、人に歩み寄りたいと思ったのは。

 

 彼を知る為には、もっと多くの情報が必要になる。ではどうすれば良いのか。

 彼とコミュニケーションを取る必要がある。しかし、私と彼に接点は無い。私が突然、彼に話しかけるのは不自然過ぎる。

 

『比企谷さん、少しよろしいでしょうか?』

 

『え、何お前。どうしたの?』

 

 こうなるのが目に見えている。であれば、私と彼が会話する事が当たり前の空間を作る事が必須になる。教室では外野がうるさくてまともな会話が出来やしない。その外野が入って来れず、かつ私と比企谷くんが2人で話せる空間。

 

「…生徒会」

 

「え?」

 

「比企谷八幡を生徒会に立候補するように仕向けましょう」

 

「生徒会…ですか。確かに、そろそろ生徒会役員が切り替わる時期になりましたが……彼が自分から入るとは思えません」

 

「ならば、入らざるを得ない状況を作るのよ。それだけじゃない。すぐに辞めないように、彼には生徒会長になっていただきます」

 

 生徒会に入るだけでは、拘束力が無い。例えば彼が仮に入るとしても、庶務係で収まろうとするだろう。それではすぐ辞めてしまうのがオチだ。であるなら、早々辞める事の出来ない役職を与えてしまえば良い。

 

「正気ですか?尚更入るとは思えませんが…」

 

「現生徒会長に訴えれば良いのよ。私が副会長になると売り込めば、現生徒会長は喜んで手伝ってくれる筈。あの人だって、無作為に生徒会に勧誘しているわけでは無い。何か思う事があるから、比企谷くんを勧誘したのよ。つまり、私と現生徒会長のニーズは合致している」

 

「自分を売り込んで、現生徒会長の推薦で比企谷くんを次期生徒会長に……」

 

「そういう事」

 

 教室じゃどうあっても噂される上に、邪魔が入る可能性がある。だが生徒会という密室の、しかも極小数の空間であれば、自然に彼と話す事が出来る。

 

 今まであの様な人物は見た事が無かった。これは彼という人間を見極める為。その為に近づくだけ。

 

 それから月日が経って。

 

「帰りたい……」

 

「石上くんみたいな事言わないでくださいよ!仮にも生徒会長でしょ〜?」

 

「いや、俺別に自分からなりたくて入ったわけじゃ無いし…」

 

 私達は2年生になる。生徒会室には、文句を言いながら書類の整理をしている比企谷会長と、書記の藤原さん、そして副会長の私が居る。会計に、後輩の石上くんが居るが、彼は早々に帰ってしまった。

 

「てか今更だが、俺が生徒会長とか誰も不服無いの?」

 

「前生徒会長の推薦です。異論は出る筈もありません」

 

「そういうもんなの?」

 

 正確に言えば、居たには居た。「何故あんな奴が生徒会長に」という意見を持つ者が。そういう輩には、四宮の力で黙らせたけれど。

 

 それはさておき、彼と過ごして分かった事がある。

 

 彼は筋金入りの捻くれ者だ。人の好意を疑うし、全て悲観的に、卑屈的に捉える。石上くんの捻くれが可愛く見えてしまうほど。

 しかし、地頭は良い。文系、特に国語は私と並ぶほどの学力がある。ただし理系はお粗末であるが。それだけでなく、観察眼や物事を見抜く力も長けている。そこらの雑草と比べても、優れたスペックを持っているのは間違いない。

 

 そして彼は、酷く優しい。

 直球の優しさでは無い、見えにくい優しさ。捻くれた優しさ。他人に興味が無いとか、人が嫌いだとか言っておきながら、なんだかんだで人を助けてしまう。

 

『ほれ』

 

『なんですか、これは…?』

 

『お前、1月1日が誕生日っつってたろ。でもその時冬休みだったし。まぁ要らんかったら捨ててくれ』

 

 彼が渡したのは、目付きの悪いパンダのマグカップ。どうやら彼の地元にある遊園地のキャラクターだそう。そこでは無く、私が言いたいのは、私の誕生日を覚えていてくれた事。

 話の流れで誕生日を言ったかも知れない。でもあれは、祝って欲しいとかそのような意図は無く、ただの会話の流れだった。でも彼は覚えていたし、ちゃんと祝ってくれた。あれだけ人と関わらないとか言っておきながら、人の誕生日を祝うなんて。

 

『でも、貴方人の誕生日なんて興味無いとか言って…』

 

『関わりがあんま無い人間ならな。けど、少なくとも四宮との関わりは長い。それに、慣れない生徒会長の俺を支えてるのは間違いなくお前が居るからだ。まぁアレだ。日頃の感謝的な意味も含まれてる』

 

 「ていうか、なんで俺が生徒会長になったんだろうな」と呟いていたが、その呟きは私の耳に届かなかった。

 なんだか、胸が温かくなった。誕生日を覚えてくれたから?祝ってくれたから?感謝されたから?どの理由なのかは分からない。分からないけれど、とても良い気分だった。

 

 それ以降、彼から目を離せなくなった。気づけば、家に居る時ですら彼の事を考える時間が増えた。四宮家の人間が、たった1人の人間を想起し続けるなんて恥でしか無い。…のに、やめる事が出来ない。

 

 いつしか、捻れ捩れてこういう風に考えるようになった。

 

 どうすれば、比企谷会長が私に身も心も全てを捧げてくれるのか、と。

 

 彼がもし、仮に。「俺の身も心も、全て四宮かぐやに捧げる。だから俺と付き合ってくれ」と私に告白したのなら、仕方が無くですが、お受けするでしょう。

 しかし、告白する様子どころか、私を意識している様子が一切見えない。まさか、私に興味が無いとでも?

 

 いや、待ちなさい。興味が無ければ、私の誕生日など覚えていない筈。あんな話の流れで少し出た程度で覚えられるとでも?私に興味が無ければ、話にもそんなに集中しないでしょうし、誕生日を覚えられるわけも無い。

 やはり、比企谷会長は私に興味があるに違いない。でも、捻くれ者の彼はそれを言葉に、表情に出すのが恥ずかしいから、敢えて出さない。

 

 ふふ、お可愛い事。私の事が好きなのに、言えないのね。

 なら、私がそうさせてあげましょう。私が策を弄し、彼に告白させる。告白出来ない彼の背中を後押しすれば、私に告白する勇気ぐらいは出るでしょう。

 

「あぁ、そう言えば〜!聞いてください〜!」

 

「却下」

 

「まだ何も言ってないでしょ〜!なんか映画のペアチケットが当たったんですけど、家の方針でこういうものを見るのは禁止されてまして〜。お2人はこういうの興味がおありですか〜?」

 

 藤原さんは、ラブ・リフレインという題名の映画のチケット2枚を取り出した。この話題が出た時、私は密かにほくそ笑む。

 これは全て私の策。懸賞を偽造し、藤原さんの家に投函。藤原さんの家はこういったものが許されていないのも把握している。石上くんは早々に帰宅するから、そもそもこの話題を聞く事が無い。となれば、2枚も余った藤原さんは、確実に私と比企谷会長に勧める事に違いない。

 

「興味無い。つか休日にわざわざ外に出たくねぇよ」

 

 そう切り返してくるのは分かっていました。貴方は映画なんてものよりも、自身の家で過ごす方を優先すると。であるなら。

 

「すぐに却下されるのは早計だと思いますよ。藤原さんは私達2人に勧めて来たんです。検討の余地ぐらいはあってもよろしいのでは?」

 

「ペアチケットなんだろ?俺行く相手居ないんだけど」

 

 なんでそう悲しい事をさらりと言えるのでしょうかこの人。というより、行く相手なら居るでしょう。すぐ隣に。

 

「この映画を男女で見に行くと、結ばれるジンクスがあるとか〜。素敵!」

 

「なら尚更行く相手居ないわ。…いや待て、小町とならワンチャンありか?」

 

「無しです。ていうか比企谷くん妹ちゃん好き過ぎじゃありません?」

 

「馬鹿野郎。千葉の兄なら息をするように妹を愛する。それが千葉の兄だ」

 

 不味い。このままじゃ、比企谷会長は妹さんと映画デートに行ってしまう。折角、私が策を弄してここまでこじつけたのに、結果として兄妹デートを勧めてしまう。

 

「妹さんは千葉に居るのでしょう?休日にわざわざ映画の為に東京に来させるとでも?」

 

「いや、あいつ休日になると大概俺の家に来るぞ」

 

 比企谷会長も妹さんの事を好き過ぎだと思いましたが、どうやら妹さんもまた比企谷会長の事を溺愛しているようです。だって、毎度休日にわざわざ兄の家に行く為だけに他府県に行くなんて。これが千葉の兄妹だと言うの?このままじゃ本当に、比企谷兄妹で映画を見に行きかねない。

 

 こうなれば…。

 

「わ、私は……」

 

「ん?」

 

「実は、こういう映画を観た事が無くて……でも、私とて乙女なんです。こういった恋愛モノの作品に興味を持ってしまうんです」

 

 四宮家一子相伝の交渉術。比企谷会長は観察眼に長けている。私の演技を見抜くくらいは容易いでしょう。

 しかし、私には一緒に行く相手が居ない。早坂だと言おうものなら、藤原さんから追求されるのは目に見えている。そもそも私と早坂の関係は学校では内密にしている。それを承知している比企谷会長は、この場で早坂の名前を出すとは思えない。

 

 つまり。

 

「…はぁ…。今度の休み、行くか?」

 

「…はい」

 

 彼は折れ、私を映画に誘った。

 これでもう私と比企谷会長は結ばれたも同然。彼は仕方無しに了承していましたが、藤原さんの言っていた「男女で映画を観に行くと結ばれる」という言葉を聞いて、意識せざるを得なくなる。私に告白するのも時間の問題。

 

「…お前これそんな見たかったの?」

 

「はいっ。とても楽しみです」

 

 比企谷会長と映画デート。これはもう恋人の段階を踏みつつある。恋人になる前段階。

 

「ふふっ」

 

 休日が楽しみですね、比企谷会長。

 

 





 久しぶりに投稿したもんだから、キャラや内容に少し違和感があると思いますが、お気になさらず。

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