やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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 なんだか思いの外、好評だったので続けようかなと思います。今回は少し短めとなっています。


かぐや様は遊びたい

 

「はぁ……」

 

 なんで休日返上で映画なんて見に行かなきゃならんのだろう。俺はラブ・リフレインと言うチケットを恨めしく眺めながら、事の元凶である四宮を待っていた。

 

 ペアで観に行くと男女が結ばれるとか藤原が言っていたが、俺はそんなものを信じない。頭の緩い男女が都合よく付けたジンクスのようなものだろう。仮にこれで、「俺この人と付き合える可能性あるんじゃね?」とか思おうものなら、それは3流の考え。単なる偶然やただの事象に意味を見出してしまうのは、モテない悪い癖だ。

 

 偶然も運命も宿命も、俺は信じない。

 

「お、お待たせしました……」

 

「おう」

 

 四宮が到着したようだ。普段から制服を見慣れているせいか、彼女の私服姿に少し戸惑いを隠せない。今更なんだが、そういえば四宮ってどこぞのお嬢様だったな。道理でなんか値段が高そうな服装が似合うわけだ。

 

「とりあえず行くか。さっさと行かんと席取れねぇし」

 

「そうですね」

 

 そう言って、彼女はチケットを持って映画館の入り口へと向かおうとした。

 

「お前どこ行くの?」

 

「どこって…中にですけど…」

 

「や、チケット持って入場は出来んぞ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 えっ嘘だろ。このお嬢様まさか映画を観た事どころか、映画館にすら入った事が無い?こんな事本当にあんのね。

 

「その前売り券をカウンターで換えて貰わないと入れないぞ」

 

 映画行く事分かってんなら早坂教えてあげろよと思う俺でした。まぁ換えるだけなら1人でも大丈夫だろ。俺は先に前売り券を換えて貰う為に、列に並んだ。

 

「前売り券を入場券に、前売り券を入場券に…」

 

 うわダメそう。映画館に来た事無いとは言え、まさか入場券に換えて貰う事すら出来ないと言うのか。ここまで来るとお嬢様と言うより、子どもみたいに見える。あの様子じゃ、座席指定の事も知らなさそうだ。

 

「四宮。ちょっとそれ貸せ」

 

「は、はい」

 

 四宮の分の前売り券を取り上げ、自分の分と四宮の分の前売り券を受付に提出する。

 

「場所はどこでも良いだろ」

 

 席を離す理由も無いし、適当に席を決めて入場券に換えて貰った。

 たかが前売り券を換えて貰うだけだろ。映画館来た事無いとは言え、四宮の代わりにする必要性なんぞ無いってのに、何やってんだ俺は。馬鹿げてやがる。

 

「ほれ、入場券」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「俺ポップコーンとジュース買うけど。何か飲み物とか要るか?」

 

「では比企谷会長と同じ物で…」

 

 ポップコーンに関しては2人で分ければ良い。四宮が食べなければ俺が完食するまで。ポップコーンのお供と言えば、やっぱコーラに限る。…が、もしあいつが炭酸苦手とかなら金の無駄になるし。無難にオレンジジュースにでもしておこう。

 

 ポップコーンとジュースを購入し、俺はジュースを四宮に渡す。これにて映画の準備が整った。なんで映画見る前からちょっと疲れなきゃならないの?早坂さん、もうちょっと四宮に世間の事を教えておいてあげて?

 

 中へ入ると、休日だからかそこそこ人が多い。しかもカップルが。クソっ、なんでこんなカップルだらけの空間に俺のような陰気な奴が来てるんだ。

 

「そこな、席」

 

 映画館に来た事の無い四宮は挙動不審。あちらこちらに視線を向けて、不審者が今から逃げる準備をしているかのような様子である。俺より怪しくなる人物とか居るのかよ。

 俺が席を座って、隣に四宮が座る。2人の間にポップコーンを置いて、映画が始まるのを待つ。

 

「食いたきゃ勝手に食っとけ」

 

「あ、ありがとうございます。では、いただきます」

 

 にしても、今日の四宮本当そわそわしてるな。普段はもっと堂々としたものだが。慣れない映画館に来て緊張でもしてるのだろうか。

 

「比企谷会長は映画館には何度も来た事があるのですか?」

 

「まぁな。つっても大体は1人だけど。誰かと一緒に映画館行くのとか、多分これが初めてだろうよ」

 

 親と一緒に行った記憶も無いし、小町を誘っても無理と断られるのは分かり切ってる。しかし1人映画は良い。誰かに気を遣わず、ポップコーンとコーラを手にして大きいスクリーンで映像を観れるのだから。

 

「私が、初めてですか…」

 

 かと言って、別に誰かが隣に居ても1人と大して変わらない気がする。映画を見始めたら、周りなんて見えなくなるし。隣に四宮が居たところで、1人で観るのとなんら変わらない気がする。

 映画が始まるまでボーっとしていると、館内の照明が暗くなる。本編の前の注意や予告が始まる合図である。

 

 もし面白そうな映画があれば、また今度1人で観に来よう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 人生初めての映画。

 初めてが故に、知らない事ばかりだった。前売り券を入場券に換えて貰う事や、座席を指定しなければならない事。

 

 でも、比企谷会長は見かねて私に手を差し伸べた。しかも隣同士に指定した。

 やはり、比企谷会長も男性。普段より少し優しい気がする。これはつまり、私の事を意識している。藤原さんのあの噂とやらを聞いて、意識しているに違いない。だからこそ、普段より少し私に優しくしている。

 

「ふふふ…」

 

「そんな楽しみなのね、お前…」

 

 しかも、彼は今まで映画館に1人でしか来た事が無いと言う。ナチュラルに悲しい情報を得たのはさておき、妹さんとも来ていないそう。つまり、彼の初めての映画デートはこの私、四宮かぐやという事。

 わざわざそういう情報を言い出す辺り、「俺は四宮以外の女と映画に来てないぞ」アピールをしていると捉える事が出来る。

 

 普段見せないちょっとした優しさ、座席を隣同士にして、尚且つ私に対して「お前以外の女と映画に来ていない」とわざわざ教える。この策はほぼ成功している。藤原さんの噂の件で効果は上乗せされ、比企谷会長は私を少し意識しつつある。

 

『…お前と2人で出掛けて分かった。…その、四宮と2人で居る時が1番落ち着くんだ。だから、俺と付き合ってくれ』

 

 こうなるのも時間の問題です!ふふふ、全く比企谷会長は面倒くさいんですから。私が後押ししなければ、比企谷会長は一生女と結ばれない人生でしたよ。

 

「まだ予告始まったばっかなんだけど。そんな何か観たい映画あったの?」

 

「ふふふ…」

 

「助けて早坂…このお嬢様怖い…」

 

 そうこうしている内に、ラブ・リフレインが始まった。

 2人で1つのポップコーンを分け合い、同じ恋愛映画を観る。これを映画デートと言わずに何と言いますか。

 私との初めての映画デート。その上、男女が観に行けば結ばれるというジンクス。これだけのお膳立てがあれば、映画よりも私に集中する筈。

 

「ほー…」

 

 全然こっちに視線を向けない!?それどころか、普通に映画に集中してる!貴方、誰かと映画行くの初めてって言ったでしょう!?なら少しくらい意識するでしょう!なのに私の方を見向きもしないなんて!

 

 い、いえ、落ち着きなさい、四宮かぐや。映画は始まったばかりよ。まだ彼に仕掛ける策が尽きたわけではない。例えば、ポップコーンを同時に取ろうとして手をわざと触れるとか。そういう策はまだあります。

 映画が終わるまで1時間以上ある。この時間内に、いかに私に釘付けにするか。女としての見せ所です。

 

 …そう思ったのですが。

 

「割と面白かったなあれ」

 

「…そうですね…」

 

 全然こっちに集中しなかった!なんで私じゃなく、映画に集中するのよ!私なんてずっと比企谷会長にどうすれば意識を向けさせるかばかり考えて映画の内容なんて半分も覚えてないのに!

 

「帰るか」

 

 …もう終わってしまう。比企谷会長との時間が。

 楽しくなかった。いや、一緒に居る事が出来て良かったのは良かったのですが、私が想像してたのとは違う結果に終えた。

 まだ貴方と何もしていないのに、このまま終わるなんて嫌。もう少し、もう少しだけ一緒に居たい。映画じゃなくても良い。公園で話すだけでも良い。

 

 まだ、貴方と一緒に居たい。

 

「…お前、どうした。あんま面白く無かったのか?」

 

「い、いえ、そういうわけでは無いのですが……」

 

「まぁ予告と本編じゃ面白さが変わるからな。予告で面白そうとか思っても、実際観たらそんなだなって思う事もあるし」

 

 そういう事じゃない。内容は半分も覚えてないから違いが分からない。そういう事じゃなく。

 

 折角、比企谷会長と2人で過ごせる休日。比企谷会長から誘って来る事なんて全く無いのに。これを逃せば、次いつ比企谷会長と出掛ける事が出来るか分からないのに。

 

「…比企谷会長は、そんなに帰りたいんですか?」

 

「え?」

 

「そんなに、私と過ごすのは嫌なのですか?」

 

 本当は分かっていた。比企谷会長は仕方なく来たという事に。

 彼は面倒くさがりな人間。必要性の無い事に首を突っ込む主義では無い。今回だって、私が無理強いをして、この映画に引き連れて来たに等しい。

 

 私を意識しないのだって、本当は私の事なんて…。

 

「誰もお前と居るのが嫌とか言ってないだろ。嫌なら嫌で即断るし」

 

「え…?」

 

「お前がどう思ってんのかは知らんが、少なくとも俺はお前と居て嫌な気分にはならないし、なる理由も無い。生徒会で一緒に居たら今更そんな感情出ないだろ」

 

 彼は呆れた物言いでそう返す。

 

「休日に四宮と一緒ってのは新鮮だったけどな」

 

 私のような面倒な女と一緒に過ごす事に、彼は嫌な顔1つせずそう答えた。取り繕いもせず、かと言って拒絶もしない。彼独自の言葉が、私の胸を温かくしてくれる。

 

「で、でしたら……」

 

「うん?」

 

 今から言う事は、きっと比企谷会長からすれば告白だと捉えられるかも知れない。比企谷会長を告らせる為に画策していたというのに、彼の捻くれによって無効化されてしまう。

 

 故に、彼の前では私が動かざるを得なくなってしまう。

 

「も、もしですけれど…その、まだ時間が空いているようでしたら…どこかに行きませんか…?」

 

「え」

 

 私の言葉に、比企谷会長は呆気に取られた。その表情を見た瞬間、私は。

 

「は、早坂が!早坂がゲームセンターという所が楽しいと言うので、外に出たついでに行ってみようかなと!しかし、私1人では勝手が分からないものですから、その……」

 

 早坂を引っ張り出して嘘の理由を吐いてしまう。

 ゲームセンターという所の話は少ししか聞いた事が無く、実際楽しいかどうかなど知らない。けれど、こうでもしないと比企谷会長を誘う事が出来ない。

 

 もっと一緒に居たいから、だなんて言える筈がないから。

 

「お、おう…。まぁ別に何の用も無いから良いけど。丁度近くにゲーセンあるし」

 

 比企谷会長は嫌がる素振りも見せず、私の誘いを受けてくれた。

 「じゃ行くか」と言って、彼は近くにあるゲームセンターに向けて歩き始めた。その曲がった背中を、私は小走りで追いかけた。

 

 これでまだ、比企谷会長と居られる。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 比企谷とかぐやの休日が終わりを迎え、自室にて2人は今日の事を振り返っていた。

 

「…疲れた」

 

 ほとんど休日に外に出ない比企谷は疲弊の表情を見せる。だが、その疲れはただ単に外に出たからという理由だけで無く。

 

「あいつ今日なんか変じゃね…?」

 

 かぐやからすれば、全く意識していないのだと見えてしまう。

 だが比企谷は、かぐやのアプローチに大なり小なり意識してしまっていた。その証拠に、今日を振り返った比企谷は少し頬を赤くしていたのだ。

 

「…ちょっと可愛いとか思っちゃったぞ」

 

 かぐやのアプローチは成功していた。しっかりと意識していたのだ。

 一方、そんな比企谷の心情を露知らず、かぐやは自室のベッドにて。

 

「見て早坂!比企谷会長が取ってくれたのよ、これ!」

 

「そうですか。それは良かったですね」

 

 帰って来たかぐやのテンションがずっとこの調子である。近侍の早坂は映画に行っただけでこうなるのかと思い尋ねると、どうやらその後にゲームセンターに行ったと聞かされる。

 あのかぐやが誘ったのか、と素直に感心する。だが話の内容は徐々におかしな方向に向かっている事に気付く。

 

「これはもう、私の事が好きって事よね!好きな相手じゃなかったら取ってくれないし、そもそもゲームセンターに行ったりしないものね!」

 

「…そうですね」

 

 ここまで酷い勘違いは初めて見たと戦慄する早坂。

 ただゲームセンターに行っただけで、かぐやは比企谷が自分の事を好いていると捉えてしまっている。加えて、かぐやが持っている小さなマスコット。

 

 早坂はこう予想していた。

 比企谷会長が好きで渡したわけでは無いと。かぐやがUFOキャッチャーなるものを知るわけが無い。となれば、比企谷会長に代わりに取らせたか、あるいは気を遣って代わりに取ったのか。善意ではあるが、好意では無い。そんなところだろうと予想している。

 

 だが、今のかぐやにそんな理屈は通用しない。

 比企谷会長が自分へ渡すプレゼント。これは即ち、かぐやへの好意の表しだと思い込んでいる。去年の誕生日プレゼントが良い例である。

 

「やっぱり、比企谷会長は素直じゃないんですよ。私に構って欲しくて、好かれたくて、わざと捻くれた様子を見せてるんです。全く、とっても面倒くさいんですからっ」

 

 捻くれてるのは多分素だと思う、と今のかぐやに言っても仕方が無いと思った早坂は、適当に相槌をしていた。

 それにしても、本当に嬉しそうな表情をする。去年のかぐやではありえない表情を見せている。主人の幸福に対して嬉しく思う反面、少し恐れも抱いた。

 

 かぐやは否定しているが、かぐやは比企谷にベッタリ。捻くれで少し突き放したかと思えば、素直にデレる時もある。緩急を付ける彼に、かぐやは完全にほの字である。

 しかし、その反面かぐやはとても嫉妬深い。かぐやの過去が遠因になった故かも知れないが、例えば比企谷に他の女の影がチラつこうものなら、その相手の素性を徹底的に調べ尽くし、可能であれば関わらせない距離へと離す。

 

 とんでもない人間に好かれたものだと、比企谷に同情する早坂。きっとこれから、彼と彼女が巻き起こす間違った青春が続くのだろう。その渦中に、近侍である早坂さえも巻き込まれる。

 

「はぁ……」

 

 早坂の苦労は、まだまだ続く。

 

 …続くったら続く。

 

 


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