「なんだこれ」
下駄箱に見覚えの無い封筒が投函されていた。隣の人物と間違えているのだろうと宛先を見ると、会長様へ、と書かれていた。この学校で会長と呼ばれるのは俺だ。つまり、これは俺宛の便箋。
中身を取り出すと、便箋には可愛らしい文字で文章が綴られていた。その内容を確認すると。
「…ラブレター……」
思わず呟いてしまい、誰も聞いていないかと周囲を見渡した。しかし生徒達の話し声が雑音となり、俺の呟きは誰にも届かなかった。
どうしたものか。そもそも、俺宛というだけでも良い印象が無いのに、その上ラブレター。過去の経験則から鑑みて、悪戯の類では無いか。そう疑ってしまう。
しかしこれが本気なのであれば、即捨てるわけにもいかない。
「あれ、どうしました〜?」
そこに、藤原が話しかけて来た。この手の類なら、もしかしたら藤原に頼るのが正解か。
いやしかし。
『比企谷くんがラブレター!?誰ですか誰がほの字ですか誰が惚れた腫れたなんですか〜!?』
あかん。こいつに言ったら嬉々として揶揄ってくる。
例えば、他の人間が藤原に相談したなら、多少なりとも真面目に乗ってくれるだろう。
だがラブレター貰ったのが俺の場合、真面目もクソも無いだろう。真面目に不真面目だ。何それゾロリかよ。
「…なんでもねぇよ」
藤原は論外。生徒会で頼るとするなら、残るは石上か四宮か。
『えっ比企谷先輩は僕に嫌味言いに来たんですか?俺はモテ期来たからお前と一緒にすんなよと言う遠回しな嫌味ですか。そうですかちょっと死にたくなったので席外します』
あいつのネガティブスイッチはどのタイミングで入るか未だに読めない。死に急ぐか、あるいは俺に殺意を抱くか。石上はそのどちらかになるだろう。石上もパスだ。
となると、残るは四宮。
『ラブレター?比企谷会長、いくら現実でおモテにならないからと言って妄想をするのは少しいかがなものかと。そもそも、そのラブレターを渡す役の人間が可哀想ではないですか』
うわきっつ。あいつ時々俺を見下げ果てた目で見る時あるしな。石上同様、俺の寿命も長くない気がする。しかも妄想の中のラブレター渡す人間が憐れまれるってなんなんだよ。俺に渡す=罰ゲームって遠回しな嫌味かクソが。
生徒会の人間はダメ。となると、俺の数少ない知り合いで話せる生徒会以外の人間なら、伊井野、大仏、早坂、そんで龍珠辺りか。
『ら、ラブレター!?それはあまりに不純です!比企谷先輩に不純異性交遊を求めるなんて!今すぐそのラブレターの送り主を風紀委員のブラックリストにします!』
伊井野もダメだ。正義感が強い奴はこの状況じゃ1番タチ悪い。伊井野の保護者の大仏は、2人で話す事があまり無い。だからこの話を持ち込みにくい。
『お前にラブレター?なんだそれ、何かのギャルゲーと現実をごっちゃにしてねぇか?』
龍珠も四宮と似たようなもので、おそらく罵倒される。加えて、俺と同じでコミュニケーション能力がお世辞にも長けているわけではないと来た。
となれば、残るは早坂。学校ではギャルギャルしてるが、四宮の近侍でもある。スペックは高い。それにあのナリなら、男子から告白されたっておかしくはない。四宮に伝わる可能性はあるだろうが、四宮から直接罵倒される可能性は低い。
早坂、君に決めた!ってなわけで、彼女のラインに「昼休みちょっと相談に乗ってくれ」と送信したのだが。
「比企谷かいちょーが私に話ってなーに?」
何故休み時間に割と大きめな声で聞いてくるかな。ほらもう周りがめっちゃ注目してんじゃん。四宮なんて今にも殺しそうな目してるし。怖ぇよあの人マジで。
「…まぁ、なんだ。ちょっとな。内容は後で話すから、昼休み付き合ってくれ」
「えぇー」
相談相手の選択をミスったか。いや、考えてみれば突然他人から相談に乗ってくれって言われたら気になるのが普通か。早坂の疑問は当然の事。早坂は悪くない。
…けどせめて、もう少し小さい声でお尋ねして欲しかったです。
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昼休み。突如、比企谷くんからの連絡で相談に乗る事に。
彼の言うベストプレイスとやらに案内されて、私と彼は共に昼食を摂っていた。
『早坂……終わったら報告しなさい。何があったのか、何を話したのか。一字一句間違う事無く、ね』
かぐや様は暗殺者のような目で私を捉え、事後報告を求めた。何の相談にしろ、かぐや様より私を優先させたのでは、かぐや様的に面白くはない。とはいえ、ちょっと派手に聞いちゃったかな。
「…それで、相談って?」
「これを見て欲しい」
比企谷くんはとある封筒を私に差し出す。宛先は比企谷くん宛。中身から便箋を取り出すと、可愛らしい文字が羅列していたのがすぐに分かった。その文面を確認すると。
「え、これ、ラブレター…?」
恐る恐る尋ねた。こんなのがかぐや様に認知されようものなら、この差出人は無傷では済まないだろう。最悪、秀知院から飛ばされる可能性だってある。
「その判断を早坂にして欲しい。こういうのは悪戯でしか貰った事が無いんだ。本物か否かの区別が付かん」
何故そう息をするように自身の苦い記憶を言っちゃうのだろうか。
「でも、なんで私に?」
「藤原の場合は騒ぎが大きくなる。石上はネガティブスイッチが入るか俺に殺意を抱くかで相談どころじゃなくなる。四宮に至っては妄想扱いされそう。生徒会以外にも多少知り合いは居るが、相談以前の問題だ」
「あー……」
秀知院のどの生徒も、良くも悪くも個性の塊。比企谷くんからしてみれば、真面目に取り合ってくれる人に頼りたかったのだろう。
「早坂なら、多分ちゃんと乗ってくれそうな気がしたから。俺の勝手な期待だけどな」
…比企谷くんはかぐや様の想い人。私はそれを応援する脇役だ。
それでも、彼に頼られる事が嬉しく思ってしまう。生徒会の誰よりも、かぐや様よりも、私を頼ってくれた事が。
本当の私を見てくれる彼に、頼られた事が。
「…とりあえず。文面見た感じだと、これは本気のラブレター。悪戯じゃないと思う」
少し見えにくいが、消しゴムで消した跡があるし、筆圧がやたら濃い。その証拠に、震えて文字を書いたのが分かる。
「…そうか」
彼は頬を赤くする。
彼は人からの好意に慣れていない。中学に苦い記憶があるから、他人の好意には裏があると思い込んでいる。そんな彼が、本当の好意をぶつけられている。
頼られたのは素直に嬉しいと思った。…けど。
少し気に入らない。
「この告白、どうするの?」
「……断りはする。好きになる以前に、その子の事を知らない。付き合ったとして、互いの嫌な部分が見えて離れるのがオチだ。その子が一体どういう視点で俺を評価したのか知らんけど、おそらく生徒会長としての俺を評価したんだろ。生徒会長という肩書きを除けば、俺なんぞ雑草程度の価値しかない」
何もそこまで卑下しなくても、と思うけど、彼が生徒会長になって間もない時、彼を不満に思う生徒も一部居た。勿論、そんな生徒はかぐや様が一蹴したが。
「…でも本気の好意、なんだろ。流石にお前の勘違いだーって一蹴するわけにもいかん。だからしっかりと言葉にして、誠心誠意に返さねぇと、この送り主に申し訳が立たん」
これだ。この比企谷くんの義理堅さ。普通に断ればそれで良い筈なのに、こういう時に限って相手の事を思いやる。そんなの余計に相手の好意を助長させるだけ。ポイント稼いでどうすんの。
「とりあえずありがとな。助かった。今度マッカンを布教してやろう」
と、そう礼を告げて彼は立ち去った。
断る事に変わりはない。彼の人格上、間違いなく知らない女にすぐ靡く様な真似はしない。だからかぐや様に言っても言わなくても、どの道変わらない。
けれど。
『しっかりと言葉にして、誠心誠意に返さねぇと、この送り主に申し訳が立たん』
いっそ酷く振った方が、相手も諦められるのに。断ってる時点で希望が絶たれている事に違いはない。でも自身の告白を、断られるとはいえ真摯に受けて返されたら、向こうはどう思う。
見ず知らずの自分の告白を真正面から受けてくれた人。
絶対ポイントが上がる。いくら断られるとはいえ、ポイントが上がっちゃうでしょこんなの。何こういう時だけイケメンみたいな真似してるの。そんなキャラ似合わないでしょ。
かぐや様になんて報告すれば良いのか……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「明日の放課後、ね…」
どうやら昼間の件は、比企谷会長へのラブレターの相談だったそうです。というか、何故私ではなく早坂に!普通副会長の私に相談するでしょう!?
「一応、彼は断るそうです」
「当然ですね。知りもしない人間に靡かれるほど、彼は甘くありません」
「しかし、その……」
「何?歯切れが悪いわね、早坂。言いたい事でもあるのかしら?」
「断るには断るそうなんですけど。その、あまりにも真摯的で…。なんて断るのかは分かりませんけど、彼、本気で告白を受けた上で断るつもりらしくて。その……人によれば、好意を助長する可能性が…」
「ダメじゃない!!」
えっ、何?なんでそんな真正面からちゃんと断ろうとしてるの?いや、人間として当然ではありますよ?けれど彼の人格上、人からの好意を勘違いだとかで済ませそうな捻くれ人間ですよ!?
確かに断るのであればなんの不安も無い。しかし!
『比企谷会長の事……まだ好きなままで良いですか!?』
『…勝手にしろ。お前の好意はお前の事だ。俺はどうもしないし、出来ない。…ていうかあんまり好き好き言わないでくれる?言われ慣れなさすぎて恥ずかしいんだけど』
『だって、比企谷会長の事が好きですもん!』
『あのなぁ……』
絶対ダメ!比企谷会長の事だから、断ったとしても相手の好意を拒絶する事はしない!そのまま何ヶ月か交流を重ねて、いずれ……。
『…その、なんだ。振っておいてなんだが、お前の事が好きだ。…から、お、俺と付き合ってください』
『…はいっ!喜んで!』
だからダメだってばぁ!!
こんな展開絶対許せない!比企谷会長が私以外の女に靡かれるなど、あってはならない!今からでもその女子生徒の素性を調べ、ある事ない事比企谷会長に言うべきかしら!?
「早坂も黙ってないで考えなさい!どうすればその女の告白を妨害出来るか…」
「流石にそれはやめた方が良いです。比企谷くん多分そういうの絶対嫌うタイプですし」
「やめましょう。人の告白を妨害するだなんて、人間以下のやり方よ」
「今自分で人間以下って…」
人の告白の邪魔をするなんて、人の所業じゃないわ。それに比企谷会長に嫌われたら一巻の終わりよ。
「そんなに嫌なら、さっさと言っておけば良かったじゃないですか。好きですって。そしたらそもそも告白されなかったでしょうし、されてもかぐや様を理由に断れたんですし」
「それが出来れば苦労しないわよ!」
「ですよね」
あの人に好きと言わせる事が容易に出来たのなら、こんなに悩む事も無かった。
おそらく、彼は鈍感では無い。むしろ人の感情に敏感。けれど、彼の過去の経験から人の好意には必ず裏があると捉えてしまっている。だから人の好意が伝わらない。伝わりづらい。
私だってそう。無償の好意や優しさなんて、何かあるに決まってる。何かを求める為に、そうしているんだって疑ってしまう。
でも、彼を初めて見た時。本当に無償の優しさがある事を知った。
『そもそもあの人が新聞社の娘だったかなんて知らんし。別に恩を売りたくて助けたとかでも無い』
『なら何故?まさか、見返りも無く飛び込んだとでも?』
『少なくとも俺は彼女に見返りも恩も求めないし、必要としていない。それで変に気を遣われたりして恩を返そうもんなら、鬱陶しいまである。…まぁ、アレだ。身体が勝手に動いたってやつだ。よく聞く名台詞だろ』
無償の優しさを差し出す人間が、無償の優しさを疑ってしまう。自分から優しさを出す事に躊躇いは無いのに、他人からの優しさに怖がってしまう。
「まぁ本人は断るって言ってるんですし、そこまで悲観する事も無いんじゃないですか?」
比企谷会長は断るつもりでいる。早坂の言う通り、そこまで考える必要も無いのかも知れない。…けれどもし、この先比企谷会長がその女と交流を重ねて、深い関係になってしまったら。
比企谷会長は押しに弱い。そういう展開だって考えられないわけじゃない。
私は、醜い女。その女が比企谷会長に好意を寄せる事は、その女の自由なのに、それすら許したくない。こんな私を知ったら、比企谷会長だっていつか嫌ってしまう。
「…比企谷会長……」
結局、比企谷会長への告白を阻止する策が思いつかず、告白の時間になった。場所は屋上。人の告白を覗き見るのはいけない事と分かっているのに、私と早坂は気づかれない様に扉のすぐそばで聞き耳を立てようとした。しかし、屋上の入り口には思いもよらない先客が居た。
「貴女は……」
「あ?ってなんだ、かぐや姫かよ。何しに来たんだお前」
先に聞き耳を立てていたのは、指定暴力団の長の孫娘の龍珠桃。
「貴女こそ、ここで何をしているのですか?」
「屋上は普段から私がほとんど使ってるからな。その屋上で告白、しかも相手が比企谷ときた。どういう展開になるのか見ておきたかっただけだ」
「比企谷会長と貴女は、どういう…」
関係なのかと聞こうとすると、例の女が話を切り出し始めたのが聞こえた。
「比企谷会長!手紙、読んでくれてありがとうございます!」
「お、おう。まぁ内容が内容だし、無視するわけにもいかんだろ」
告白されるのに慣れていないのか、比企谷会長は少し挙動不審だ。
「それでその、なんだ。内容の事なんだけど…」
「は、はい……。その……」
例の女は勇気を振り絞り、そしてその想いを彼に伝えた。
「ひ、比企谷会長の事が好きですっ!私と付き合ってください!」
震えながらも大きな声で、その想いを彼にぶつけた。
正直、凄いと思った。自分の気持ちを、こんな風に真正面からぶつける事が出来るのだから。失敗したら、なんて事も考えたでしょうに。
それでも伝えた。彼女の想いは本物だ。
「……悪いな。付き合えない」
対して、比企谷会長は短く答えた。断った答えに対して、彼女は恐る恐る問うた。
「理由を、お聞きしても…?」
「俺はあんたの事を知らない。知らないまま付き合ったって、長続きしないのが目に見えてる。それを分かっているのに付き合うなんて事、俺には出来ない」
淡々と、比企谷会長は理由を述べていく。彼の述べる言葉に何一つ間違いは無い。むしろ相手を気遣ってこその言葉。いっその事、思い切り振れば良いのにそれをしない辺り、彼の人間性が窺える。
「こんなナリだから、あんま女子から好かれる事無くてな。内心、ちょっと舞い上がっちゃったまである。けど、それでも付き合えない。舞い上がったまま、勢いで付き合っても互いに不幸になるから。…だから、すまん」
彼の言葉はそこで終わった。
とても優しい振り方。彼女の好意を受け止めつつ、自分と相手の先の事を見据えて断る。これだけ真摯に向き合ってくれる人間が、一体この世に何人居るのだろうか。
捻くれてるくせに、人の好意を疑うくせに、それでも甘く対応する。
そんな彼独自の人間性に、私は。
「……そ、それじゃあ…」
「ん?」
「比企谷会長の事、まだ好きなままで良いですか!?」
「ん、ん?」
やっぱりー!私の想像した通りの展開になっちゃった!
ダメですよ比企谷会長!絶対に許さないでそんな事!もういっそ「俺に振られてんのに調子乗んなよ」ぐらい言ってください!!
「や、人の話聞いてた?俺付き合う気無いって。つかメンタル凄ぇな」
「比企谷会長は、やっぱり素敵な人です。少し捻くれてる様子を窺えましたけど、それでも他人に優しい。現に私の告白もきちんと受け止めてくれました。そんな殿方を、嫌いになんてなれません!」
えぇその通りですよ!貴女の見る目は腐っていない!
しかし、それとこれとは別!振られた分際でまだ好きですアピールをするなんて、なんて汚い女!あの女、比企谷会長が押しに弱い事を知った上であんな方法使うのだわ!
「私、比企谷会長の為ならなんでも出来ます!もし困った事があれば、私に相談してください!」
「えっいや、そんなそこまでせんでも。つかなんでも出来るって怖ぇよ」
あの女、比企谷会長の隣を諦めていないつもりね!表面上は綺麗な仮面で取り繕っていますが、内心では汚い策略で比企谷会長を手に入れようとしている!
「それじゃあ、今日はありがとうございました!」
そう言って、彼女は走りながら屋上から去って行った。扉のすぐ近くに居る私達に気付かず、そのまま階段を下った。
「何あの人、怖ぇよ…」
比企谷会長はそう恐れながら呟き、こちらに歩いて来た。扉を開けると、私達に気付き驚く。
「ってうぉっ!びっくりした…。何やってんのお前ら」
「お前、甘いよな。色々と」
「何がだよ」
「あの振り方じゃ"私にまだチャンスはあるんだ"って思わせてる様なもんだ。変な希望持たせてんなよ」
「別に、希望持たせてるとかそんなんじゃねぇよ。つかあの子のメンタルがイカついだけだ」
「…フン」
龍珠さんは鼻を鳴らして、寝袋を持って屋上へと進んだ。残った私と早坂、そして比企谷会長の間に沈黙が入り込む。そして、比企谷会長が口を開いた。
「…お前らも見てたんだよな、今の」
その言葉に、私は肩を震わせる。
私達の行為は、人によれば最低な行為。比企谷人の告白を覗き見るなんて行為は決してしてはならない事。
それでも、気になってしまった。告白した女ではなく、比企谷会長がどう応えるのか、知りたかった。
「ご、ごめんなさい……。揶揄う為じゃなくて、その……」
みっともない言い訳をしてしまう。これで比企谷会長に嫌われたら、私は……。
「揶揄う為に来てるって事じゃないくらい分かる。藤原じゃねぇんだから」
「え……」
「何の用事か知らんし、その用事にそこまで興味も無い。ただ、好き好んでそういう事をする奴じゃないって事ぐらいは分かる」
比企谷会長はそう告げて、その場を後にしようとした。
「わ、私の事!…軽蔑、しましたか……?」
「別に。人の告白を揶揄い目的で来たわけでも無い奴を嫌う理由も無いし。つか俺がそんな事言える立場じゃないし。なんならむしろ適当な理由をでっち上げられて俺が引かれるまである」
比企谷会長は普段と変わらない様子で、卑屈にそう返して去って行った。
「良かったですね、かぐや様」
「…えぇ」
彼は分かってくれていた。私が揶揄い目的では無いという事に。
私の事を理解してくれていた。これがどれだけ嬉しい事か。そこらの有象無象では無く、比企谷会長に理解してくれているその事実が、私にとって嬉しいもの。
私は比企谷会長に理解して欲しい。その上で、四宮かぐやという人間を受け入れて欲しい。
こんな願いは傲慢以外の何ものでもない。他人を理解するなんてそう簡単に出来るものではない。どれだけ近しい関係でも、100%理解なんて出来ない。たとえ理解出来たとしても、受け入れる事が出来るかも分からない。
それでも比企谷会長に理解して、受け入れて欲しい。四宮かぐやという人間を。
比企谷会長。私は貴方を理解し、受け入れる準備はしています。
今日の彼女の様に。いつか、貴方が私に想いを告げたなら。
貴方の全てを、私は受け入れてあげましょう。
「…さて。早坂」
「はい?」
「あの女の素性を調べなさい。特に彼女の弱点、欠点、短所を。彼女だけでなく、彼女を取り巻く環境も。比企谷会長にこれ以上、あの女と接近させるわけにはいかないわ」
「えぇ……」
今回、彼女は比企谷会長に振られたけれど、また告白する可能性だってある。これ以上、比企谷会長に意地汚い雌を近づける為にはいかない。
比企谷会長に纏わりつく虫は駆除しなければならないわ。