やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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白銀御行は見せつけたい

 フランス高との交流会からしばらく月日が経ち、衣替えの季節となり始めた。最近ジトジトし始めているし、学ランを脱ぐだけでもだいぶ快適と言える。

 それとは何の関係もなく、俺達は体育館にいる。理由は、白銀がバレーボールの練習がしたいと言って、俺はそれの付き添い。体育館で、白銀の練習を見ていたのだが。

 

「何故上手くいかない!?」

 

「…俺もう帰っていい?」

 

 この男、絶望的な運動音痴なのだ。さっきからサーブ練習を行なっているのだが、ボールに一切当たらず空振り連発。当たったと思えば、それはボールでなく自分の頭か顔面である。サーブで自分の頭か顔面に当てる方が難しい。

 

「会長、大丈夫ですか?」

 

「あぁ。何の問題も……藤原書記!?」

 

 野生の藤原が現れた。

 

「もうとっくに下校時刻は過ぎているではないか!何をしてる!?」

 

「忘れ物しちゃって取りに戻ってきたんですけど…」

 

 その瞬間、白銀は絶望的な表情を見せる。こいつはどうしても他者に見栄を張りたがるところがある。バレーボールの練習をしているのも、四宮にいいところを見せたいのだろう。

 陰では文武両道とか言われている白銀が、こんな無様な姿を俺以外に見せてしまったら。それはもう素敵な噂をされるだろう。

 

 ただまぁ、白銀のそんな姿を見て藤原はそんなことを思うのだろうか。そこでボール遊びしているやつに、何か思うことがあるのだろうか。

 

「ボール楽しい〜」

 

 俺からすれば、こんなやつに何思われても痛くも痒くもない気がする。

 

「…今度バレーの授業があるだろう。夜間だけ体育館を借りられたから練習してるんだ。どうもサーブが苦手でな」

 

「苦手?あれを苦手と言うかお前。むしろやらない方が正解だぞ」

 

「え、そこまでなんですか?」

 

「バカを言うな。そこまで壊滅的ではないだろう。少し改善すれば良い話ではないか」

 

「…お前その言葉絶対忘れんなよ。藤原、バレー出来るか?」

 

「あ、はい!サーブくらいなら」

 

 藤原は手に持っているボールを上にトスし、落下してきたボールを掌で叩く。ボールは山なりに飛んでいき、相手陣地に入る。

 

「すげええええぇぇぇ!!なんて洗練されたサーブなんだ!!」

 

 なんだろ。白銀のサーブ練習を見た後に藤原のサーブを見ると、別に普通なのにめっちゃ上手く見えてしまうのは気のせいか。錯覚だろうか。

 

「どやさぁ」

 

「お、お前にこんな特技があったとは…!」

 

 あれが特技ならバレー部みんなプロレベルだ。

 

「私に教わったらきっとすぐに上手くなっちゃいますよ〜?」

 

「グっ…」

 

「会長、人に教えを請うときはどんな態度が適切ですかね〜?」

 

 あーこいつ今調子乗ってるな。白銀にマウント取れたことに嬉しがっている。あの屈託のない笑みよ。

 

「…お…教えてください…」

 

「はーい、いいですよ〜」

 

「藤原。調子乗るのもいいけどやめとけ。後悔するぞ」

 

「比企谷はそこまで俺が下手と言いたいか!?」

 

「大丈夫ですよ。下手って言っても限度がありますし、余程のことがない限り大丈夫です。では会長、何本かサーブを打ってみてください。問題点を洗い出してみましょう!」

 

 藤原の言われるがまま、白銀はサーブを打つ体勢になる。

 さぁ藤原、絶望するがいい。自分が安易に教えると意気込んでしまったことを。

 

「ふっ!」

 

「え?」

 

「たぁっ!」

 

「ん?」

 

「へぶっ!」

 

「んんんんん!!?」

 

 白銀は3本くらいサーブ練習を行うが、全て空振り。最後に至っては自分で自分の顔面を引っ叩いた。

 

「…どうして、そうなるんですか」

 

 藤原の目が死んでいる。やっと自分が置かれている状況を理解したか。

 

「俺にも分からん。何度やっても自分の頭や顔に手がぶつかるんだよな。頭に気をつけると、今度はタイミングが合わない。完全なデッドロック状態だ」

 

「え?あ、はい」

 

 もうさっきまでの勢いがないぞ藤原。

 

「なぁ白銀。お前、サーブ打つ瞬間に目を開けることが当たり前なのは分かってるよな」

 

「何を当然なことを…」

 

「藤原。白銀のサーブのフォームを動画で撮ってくれ。出来れば顔を映してな」

 

「わ、分かりました」

 

「白銀、もう一本打ってみろ。目を開けることを意識してな」

 

「…そんなんで変わるものか」

 

 白銀はもう一度、サーブを行う。だがしかし。

 

「せやぁー!」

 

 ボールは白銀の手には当たらず、体育館の床にバウンドするだけだった。

 

「…ほら、やっぱダメだろ?」

 

「開いてない!!」

 

「え」

 

「開いてないんです!なんでそんな"言う通りやったのに"感が出せてるんですか!ほら動画見てみてください!」

 

 藤原はさっき撮った動画を白銀に見せつける。見せられた白銀は、ようやく現実を理解したようだ。

 

「もしかしてこれ……イップスってやつか!」

 

「烏滸がましい!プロみたいなこと言わないでください!大体なんですか少し改善する程度って!少しどころの騒ぎじゃありませんよ!一旦人体改造でもしないとダメなくらいです!」

 

 流石の藤原も、絶望的運動音痴の白銀に手を焼くか。

 

「会長は自分のイメージと実際の動きが噛み合ってないんです!一つ一つの動作を丁寧に、確実にマスターしていきましょう!」

 

 やると言った以上、藤原は最後までやり切る気でいた。なんだかんだで、こいつも面倒見のいいやつではあるんだよな。

 

「まずはジャンプしたまま目を開ける練習から始めましょう」

 

「そんな水の中で目を開ける練習みたいに言われたの初めてだ」

 

「私も初めて言いました」

 

 藤原が白銀を見るのであれば、俺はもう用済みだろう。さて、さっさと帰ってゲームの続きでもしようかな。

 

「待ってください比企谷くん。どこに行かれるつもりですか?」

 

 俺は体育館から出て行こうとすると、藤原に力強く引き止められる。

 

「いや、藤原がいるなら俺はいいかなって…」

 

「ダメです。そもそも比企谷くんが放置した結果生まれた怪物(クリーチャー)ですよ?比企谷くんも男なら責任を取りましょう」

 

「ちょっと待て。俺は悪くない。あいつが…」

 

「さぁびしばし鍛えますからね!弱音は一切聞きません!」

 

「おい聞けよ」

 

 そしてそれから、朝と夕方の3日間、白銀の練習に付き合った。だが、その次の4日目の夕方。

 

「はぁッ……はぁッ……」

 

「会長、もういいんじゃないですか?普通の人までとはいかなくても、普通に下手な人位にはなれたじゃないですか。怪物(クリーチャー)だった頃から比べたらだいぶ進歩しましたよ」

 

 練習を積み重ねても、出来るとは限らない。絶望的運動音痴が運動音痴に格上げされた程度だ。

 しかし、彼はそれでも諦めないのだ。

 

「…まだだ……俺はまだ…やれる…!」

 

「…どうしてそんなに頑張るんですか…?」

 

「…カッコ悪いところは見せたくないからな……。見せるなら…やっぱカッコいいところだろう」

 

 彼は天才肌ではない。周りからは文武両道などと噂されているが、そんなことはない。見ての通り、小学生の方が上手いのではないかという錯覚すら起こさせる逸材だ。

 なのにこいつは、諦めることをせずに、ただひたすらに努力をし続ける。完璧なやつの隣に立つために、彼は辛い思いをしてまで努力している。

 

 こいつは天才じゃない。努力家なだけなのだ。

 本当、言葉だけはカッコいいな。

 

 白銀の思いは、藤原にも伝わって…。

 

「もしかしてそれ好きな人ですか!?誰!?誰なんですか!?」

 

 あっこいつそういや恋愛脳だったわ。

 

 そして、翌日の朝。

 白銀はボールを持って、サーブを打つ体勢になる。白銀はトスを上げ、走る。そして落下してきたボールを。

 

「ふっ!」

 

 完璧に掌に当て、ボールは向こうコートに勢いよく突き刺さる。

 

「…すっげ」

 

「や、やったー!やったやったぁー!」

 

「…あぁ。藤原書記、それに比企谷。お前達のおかげだ」

 

「大変でじだね!でもよぐやり遂げまじだぁ〜!」

 

「これでやっと休める…」

 

 しかし、俺達は知らなかった。

 今までのは、ほんの序の口だということを。本当の絶望を知るのは、これからだということを。

 

「では藤原書記、比企谷」

 

「ん?」

 

「次はトスとレシーブを教えてくれ」

 

 そんな、彼の晴れやかな笑顔が俺達を絶望へと(いざな)ったのである。

 そして、一週間後。

 

「どうしたの?めっちゃ傷だらけだけど」

 

「…早坂。いつか分かる。人はいずれ、絶望を味わってしまう時が来ることを」

 

「えっマジでどうしたの」

 

 そんな謎めいた予言を早坂に告げ、俺はバレーの授業をサボりました。もう二度とやりたくねぇや。

 


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