やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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そして比企谷八幡は思い出す

「…それでですね、私その人間に言ってやったんです!"秀知院の生徒として恥を知りなさい!"って!」

 

 放課後。学校も終わり、生徒会室に向かう前に缶コーヒーを買うために自動販売機に寄ると、近くに伊井野がいた。

 伊井野が叱っている場面を遠目で見ながら、缶コーヒーを購入した。彼女の説教が終えると、俺を認識したのか、素早くこちらに迫ってきたのだ。

 

 そして今。ベンチで彼女の話を聞いていた。

 

「風紀委員の鑑だな、お前」

 

「そ、そうですか…?…ふふっ」

 

 伊井野は風紀委員として相当なやり手だ。風紀を乱すものを見逃さず、片っ端から取り締まっていく。確かにルールに厳しいし、頭ごなしに取り締まるやつではあるが、伊井野がしていることは決して間違っちゃいないものだとは思う。

 

「ただ、知っての通りお前の周りには敵が多い。変なことに巻き込まれないように注意しとくんだな。お前より1年早く人生の苦さを知った先輩からのアドバイスだ」

 

「…大丈夫です。それに、こうして私が頑張れているのは、先輩のおかげでもありますから。…あの時、先輩が私に掛けてくれた言葉を支えに頑張ってるんです」

 

「…あの時ってことは、俺が入院してる頃の話か?」

 

 俺は入学式当日、交通事故に遭った。横断歩道を渡っていた少女に向かって、車が暴走して向かって行きそうなのを、俺が彼女を突き飛ばしてなんとかなったのだ。

 

 それで、その少女とやらが、俺の隣にいる伊井野ミコなのである。伊井野と出会ったのは、1年前の春。事故に遭って、俺が入院している頃。

 

『…暇だな』

 

 しばらくは入院する羽目になった。ただ、何もないと流石に暇過ぎるため、ラノベやゲームなど、必要なものを小町や親に持って来てもらった。そんな感じで、俺は結構入院生活を満足していた最中。誰かがドアをノックする。

 

『…どうぞ』

 

 俺が許可を出すと、病室に入ってきたのは全く知らない人物であった。小町と背丈が同じくらいの茶髪の少女。しかし、よくよく見てみると。

 

『あ。あんたこの間の…』

 

『は、はい…伊井野ミコといいます。…あの、助けていただき、ありがとうございます!』

 

 伊井野と名乗る少女は、きちんと礼を告げて頭を下げる。

 

『これ!見舞いの品として果物持って来たんですけど…』

 

『ど、どうも。そこに置いといてくれ』

 

 伊井野は見舞いの品を棚の上に置いて、椅子に掛ける。しかし、互いに何も話さず、ただ静かな空気が出来上がっていた。

 

 気まずっ。

 

『…伊井野?って言ったっけ。学校はどこなんだ?』

 

『秀知院学園の中等部です』

 

『秀知院?ってことは、来年には高等部に来るのか?』

 

『はい。そのつもりです』

 

 …会話が終わっちまった。流石、カス同然のコミュニケーション能力。我ながら恐ろしい。

 ここにいても気遣ってもらってしまうわけだし、早々に帰ってもらおう。

 

『…もう見舞いの品やら治療費やら貰ってるし、伊井野はもう来なくていいんだぞ』

 

『いえ、私にも一端の責任があります。退院するまでは、毎日通うつもりです』

 

 と、伊井野は強く言った。こいつは被害者だというのに、えらく義理堅かった。俺がオブラートに包んで止めても、伊井野は毎日毎日通うようになった。

 毎日通って来た結果なのか、初めて出会った頃を比較すれば、それなりに話せる関係に発展したのだ。時には彼女に、文系限定だが、勉強を教えたりもした。途中で大仏も連れてきて、気がつけば3人で話すことが多くなった。

 

 しかし、ある日から伊井野の顔からは笑顔が消えた。普段であれば、もっと騒がしいというか、絶え間なく話しかけてくるというのに、それがなかった。

 

『…なんかあったのか』

 

 俺の問いに、伊井野は黙ったまま。代わりに答えたのが、大仏であった。

 

『…ミコちゃん、実は最近孤立気味で…』

 

『孤立?』

 

『ミコちゃんが風紀委員に入ってるのは知ってますよね。ミコちゃん、正義感が強いから、校則を破る人や風紀を乱す人達を片っ端から取り締まってるんです。でも……』

 

『逆に取り締まられてるやつらはいい気分じゃなかったってこと、か…』

 

『それに、去年の生徒会。ミコちゃん、生徒会長になりたくて生徒会選挙に出たんです。でも、ミコちゃんあがり症で喋れなくて……』

 

『結果、落選したと…』

 

『その落選したことも重なって、ミコちゃんに対する風当たりが強くなったんです…』

 

 何か悪いことをしたわけじゃない。しかし、伊井野に取り締まられた人間は、それが鬱陶しく感じたんだろう。自分達がしたことを棚に上げて、伊井野に向かって責め立てる。それに、自分達を取り締まった伊井野が生徒会選挙で無様に落選したとなると、当然、揶揄う人間は出てくるだろう。

 

 これが人間の、醜い部分の一つである。

 

『……私はただ正したかった。秀知院がより良い学校になって欲しい……その一心で、今まで頑張って来たのに…。私の頑張りって、一体なんなのかな……』

 

 相当メンタルをやられているようだ。

 正直、伊井野の頑張りも苦しさも、俺は同情出来ないし、共感も出来ない。俺は伊井野じゃない。だからそういう態度は、彼女に対する失礼だと思うのだ。

 

『…努力は必ず報われる』

 

『…えっ?』

 

『よくアニメやラノベの熱血キャラが言うセリフだ。努力したって、必ずそれが達成出来るとは限らない。だからって、達成出来ないとも一概には言えない』

 

 俺の言葉に、若干イラつく伊井野が尋ねる。

 

『…何がいいたいんですか?』

 

『俺はお前の努力を知らねぇ。だからよく頑張ったね、なんて安易なことは言えない。けど、これだけは言える。…努力は人を裏切らない』

 

『あっ……』

 

『夢を裏切ることはあっても、人を裏切ることがないのが努力なんだ。いつ報われるか、って聞かれても俺には分からない。だがお前の努力はどんな形であれ、きっと報われる。だから……なんだ。あんまり自分の努力を自分で否定すんなよ』

 

 努力が無駄なんてことはない。もし努力が無駄なんていうやつは、満足に努力したことないくせに、同情だけを得たい鬱陶しいやつだけだ。本当に、自分が納得いくまでの努力をすれば、どんな形であれ、きっと報われる。もしかすれば、自分が気づかないところとかでも。

 

『もしお前の努力を否定するやつは、お前の努力を全く理解していないやつぐらいだ。かく言う俺も、お前の努力を知っているわけじゃないから、絶対に正しいなんて言えない。けど、お前がこんな風に泣いて、苦しんでるってことは、努力したこと自体は嘘じゃないってことくらい、見れば分かる』

 

『比企谷……先輩……』

 

『…まぁ、なんだ。話くらいは聞いてやらんこともない。見舞いの品、結構貰ったしな』

 

 これが、俺と伊井野、ついでに大仏と縁を持つようになったきっかけの話だ。あの相談以来、伊井野は普段にも増して自信に満ち溢れた表情となっていたのだ。

 

「…あの時の比企谷先輩の言葉が、私を救ってくれたんです。あの言葉が、私の支えになってるんです」

 

「んな大袈裟な…」

 

「大袈裟じゃありませんよ。今でも私、一字一句しっかり覚えているんですから」

 

 なんか怖いよそれ。別に覚えてなくていいよ。あの後結構恥ずいこと言ったなぁってベッドの中で羞恥心と戦ってたんだから。

 

「先輩と同じ学年だったら良かったのに。そしたら、勉強を教え合ったり、色々お話が出来たのにな」

 

「…そうかい」

 

 伊井野は微笑んでそう言った。

 

「でも私が事故に遭いかけてなかったら、比企谷先輩とも会ってなかったんだろうな。ある意味、あの事故には感謝です」

 

「事故に感謝とかするなよ…」

 

「比企谷先輩は私の恩人です。轢かれそうなところを助けてもらったり、私の悩みの相談にも乗ってくれたり……。ふふ……本当、どこかのロマンチックなドラマの出会いみたい」

 

「…アホか」

 

 俺はスマホを見て、時間を確認する。もう生徒会が始まっていることに気づき、ベンチから立ち上がる。

 

「どこに行くんですか?」

 

「生徒会だよ。もうそろそろ、行かねぇとな。んじゃ、また」

 

 俺は生徒会室へと向かって、歩き始める。

 

「比企谷先輩!」

 

 後ろから、伊井野が大きく俺の名前を呼ぶ。呼ばれた俺は、伊井野の方に振り向く。

 

「今日も電話、出てくださいね!既読スルーもダメですよ!」

 

「へいへい」

 

 今度こそ伊井野と別れ、俺は生徒会室へと向かって歩き始めた。

 

 別にラインするのはいいけど、絵文字だらけのラインはやめてね?実際の伊井野を知ってるから、あれ送られると下手なホラーより怖いんだよ。

 


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