「あっつ……」
もうそろそろ春の暖かさは過ぎ、暖かいというかむしろ暑いのではないかと思われる今の日本の温度。冷えた缶コーヒーを片手に、俺は生徒会室へと向かった。
生徒会室に到着し部屋の扉を開けると、四宮、石上、そして
「あ、八にぃ!」
「おう、圭か」
彼女の名前は
「ひ、比企谷くん。白銀さんとお知り合い…?」
「ん、まぁな。近所付き合いみたいなもんだ」
俺が借りているアパートの一部屋。その隣の部屋には、白銀一家が住んでいる。生徒会に入って白銀と出会って以降、白銀家の人間との交流が増えた。圭とてそれは例外じゃない。
最初は白銀と話していたが、後々圭と話すことも多くなって、少し懐かれてしまったのだ。
「またその甘ったるいコーヒー飲んでる。身体壊しちゃうよ」
「それこそ俺の本望だ」
「ふふ、何それ」
圭は小町より一つ年下であるが、小町に幾度となく関わって来たからか、彼女と接することに何の戸惑いもなかった。普段であれば、見知らぬ女子に声をかけられただけでキョドる俺が。
白銀の妹ということなのか、変な親近感があるのは否めない。
「にしても、高等部に来るなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「あ、うん。生徒総会の配布書類のチェックをお願いしようと思って来たの」
「そういや、圭は生徒会だったな。仕事熱心なことで」
「八にぃだって、なんだかんだちゃんと仕事してるっておにぃ……さんから聞いてるよ」
こいつ今家にいる感覚でおにぃって言いかけたな。外じゃおにぃ呼びが恥ずかしいって思ってるあたり、なんだか可愛らしいな。
「まぁあれだ。そういうことなら石上にッ…!?」
俺は恐怖のあまり、そこから先は言えなかった。四宮の俺を捉える眼がヤバい。久しぶりに暗殺者の眼を開眼してる。そんな絶望的な恐怖を目の当たりにしている最中、彼女がやって来た。
「こんにち……あぁー!圭ちゃん!こんにち殺法!」
「あ!こんにち殺法返し!」
なんだこれ。
生徒会室に藤原が入ってくるなり、妙なポーズと妙な掛け声で圭に挨拶する。そして圭も、妙なポーズと妙な掛け声で挨拶を返す。そのどこかの部族の挨拶を交わすのは何。
「どうしたのー!?遊びに来てくれたのー!?」
「ううん、今日はお仕事だよ」
なんかきゃっきゃしてる。
「何?お前ら知り合い?」
「そうなんですよ〜!圭ちゃん、私の妹の萌葉と同じ学年で、たまにウチにお泊まりに来てくれるんです!年は3つ離れてるけど、普通に友達みたいな感じなんですよ〜!」
「ねー!」
萌葉、という人物は知らないが、要するにその萌葉という人物と圭が遊ぶような仲で、藤原家に泊まりに行った際にダークマターと知り合ったと。
いいんか白銀。お前の知らんところでダークマターに毒されてるぞ。こんにち殺法とかわっけ分かんねぇ挨拶まで習得してるぞ。
「今度比企谷くんも萌葉に会いに来ます〜?」
「いや別にッ…!?」
やっべぇ。四宮の眼がさっきより凄いことになってる。藤原を人間として見てねぇ。本当に余命2ヶ月じゃねぇのか。
「ねぇ千花姉ぇ。今度萌葉と原宿に服買いに行くんだけど、千花姉ぇも一緒に行かない?」
「行きます行きますっ〜!」
ヤバい。四宮の藤原を見る眼が更にヤバくなった。語彙力が無くなるレベルで、四宮の眼がヤバい。多分ここに包丁があるものなら、今すぐ藤原をグサッと一突きだろう。
「良いですね〜!原宿でウィンドウショッピング!楽しみです〜!」
「あ、八にぃも一緒に行かない?」
待て待て待て。俺を誘う前に四宮を誘ったれ。
「……」
ていうかちょっと待って。なんか俺まで四宮にロックオンされたんだけど。なんかもうゴミみたいな眼で見られてる。
「じゃあかぐやさんも一緒に行きませんか?」
「行くぅ!」
うわこいつ誘われた瞬間さっきまでの殺意が一瞬で消えたんだけど。さっきまで藤原をゴミみたいな眼で見てたのが一瞬で大切な友人を見る眼になったよ。なんなんあいつ。危うく生徒会室を殺害現場にしそうだったくせに。
「八にぃは?」
「いや、俺は行かないから。女子達だけで遊んで来いよ」
「そっか…」
ていうか、普通に考えて俺を誘うなよ。女子4人の中に俺を巻き込まないで?四宮がいたら常時殺意の眼を向けられることになるから。
そんなこんなで、彼女達4人が遊びに行くことが決定した。
そして一旦、仕事の話に戻り、圭の仕事を石上と共にチェックする。特に大きく改善しなきゃならないところはなく、圭の仕事ぶりの良さが分かった時であった。
「…ま、こんなもんでいいだろ」
「そうですね。特に変えるところは無さそうです」
「あ、ありがとうございます」
圭はぺこりと頭を下げて感謝を告げる。
しかし、兄妹揃って仕事熱心なことだ。性格は結構反対のように見えたりするが、やはり兄妹。繋がっているところはあったりするんだな。
俺と小町の場合、通じてるところはアホ毛ぐらいだ。それ以外何も通じてない。目が腐っているわけでもないし、性格がひねくれているわけでもない。
いやぁ、俺に似なくて良かったと思うわ。
その後、圭は中等部へと戻り、白銀が会議から戻ってきて普段通りの生徒会が始まった。
その生徒会が終わり、帰る前にもう一度缶コーヒーを買っていると。
「あっ、八にぃ!」
「ん、圭か。また会ったな」
今日はよく圭に会う。まぁ同じ秀知院だから、会わないことは無いけども。
「八にぃは今から帰るの?」
「おう。生徒会も終わったし、さっさと帰って寝る」
「じ、じゃあ、一緒に帰らない?どうせ同じアパートなんだし」
圭からお帰りの誘いが入る。圭の言う通り、同じアパートだから別に一緒に帰ってもいい。だが聞いた話、圭は中等部でめちゃくちゃモテるらしい。中等部では圭が、高等部では白銀がモテる。何このモテモテ兄妹。
話を戻すが、そんなモテまくりの圭とパンピーの俺が一緒に帰ってるところを中等部の連中とかに見られたら。
多分俺は周りを警戒しながら学校生活を送らなきゃならない。それに圭にも何か言われるかもしれない。ここは断って…。
「ダメ、なの?」
最近の女子ってなんで上目遣いばっかしてくんの。これ断って泣かしたらシスコンの白銀に何か言われるに決まってる。それはそれで面倒だ。
「…後から文句言ったりすんなよ」
「?文句なんて言わないよ。大体、私から誘ってるんだよ?」
「あぁそう。…じゃまぁとりあえず、帰るか」
「うんっ!」
俺と圭はアパートへの帰路を辿って歩いていく。主に話題は圭から振ってくるのだが、時々白銀の愚痴やらを聞かされる羽目になる。とはいえ、なんだかんだ白銀のことを大切に思っている辺り、ブラコン説は否めない。
そうして話していると、アパートに到着。着いた時には、空一面は夕暮れと化していた。
「じゃ、またな」
「じ、じゃあね。また」
圭は家に入り、それを確認した俺も家に入る。俺はその場で寝転び、スマホをしばらく操作していると。
「うっさい死ね!」
隣から、圭の荒げた声が聞こえた。時々、圭のそんな声が聞こえてくるのだ。おそらく、白銀に対して吐き捨てた言葉なんだろうが。
「…仲いいな本当」
隣の兄妹はなんだかんだ仲良しな件について。