やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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伊井野ミコは恐ろしい

 夏休み。

 学校と生徒会が終わり、夏の長期休暇が始まった。勿論、面倒くさがりの俺はこんなクソ暑い日に外に出るなんて馬鹿げたことはしない。

 

 普段ならば。

 

「…暑い」

 

 俺は冷えた缶コーヒーを飲んで、彼女を待っている。夏休みだというのに、クソ真面目に勉強がしたいと申した彼女を待っているのだ。

 今の言葉で、俺が誰を待っているかは察することが出来るだろう。

 

 俺が待っているのは。

 

「比企谷先輩っ」

 

 俺の後輩、伊井野ミコである。彼女はこちらにトテトテ駆け出してくる。

 

「比企谷先輩、早いですね」

 

「まぁ、これくらい普通だろ。それで、どこで勉強すんの?」

 

「それが…どこにしようか決めてなくて……」

 

「…じゃあファミレスでいいだろ。丁度昼飯時だし、ファミレスで勉強ってのはお決まりの展開だしな」

 

「そうですね!そうしましょう!」

 

 俺達はまず、腹拵え兼勉強のために近くのサイゼへと向かった。東京に来ても、やっぱりサイゼは欠かせないよな。

 

 サイゼに到着すると、思いの外空いていたのですぐにテーブル席に案内してもらった。席に座るや否や、伊井野はメニューを開いて何にしようか迷っている。

 

「…ゆっくり考えていいぞ。俺は決まってるからな」

 

「え、もうですか!?まだメニューすら見てませんよね!?」

 

「千葉にいた頃はサイゼが庭ってレベルで通ってたしな。メニューは大方覚えてる」

 

「す、凄いです…」

 

 ドリアに辛味チキン、そんでドリンクバーで事足りる。サイゼは美味いし安い。学生の味方だと言っても過言じゃない。

 

「決めました!」

 

「そうか。じゃあ頼むぞ」

 

 店員さんを呼んで、俺達は決めた品を伝える。俺はドリアと辛味チキンとドリンクバー。ただ伊井野は、ドリアにハンバーグ、シーザーサラダ、辛味チキン、そしてドリンクバーと、料理を割と多めに頼んでいたのだ。

 

 見た目に反して、こいつ結構な大食いなのか?この小さな身体のどこにそんなに入るのだ。

 

「じゃ、飲み物淹れてくるわ」

 

「あ、私も行きます」

 

 伊井野はオレンジジュースを、俺は大量のガムシロを入れたコーヒーにした。飲み物を淹れた俺達は席に戻り、同時に伊井野から話を振られる。

 

「比企谷先輩は夏休み何して過ごすんですか?」

 

「ほとんど家にいる。まぁぐうたらしてるだろうけど、時々勉強するかもな。この時期から受験のことを考えてるやつだって少なくないだろうし」

 

「勉強なら、これを聞くと捗りますよ!私、いつも勉強してる時はこれ聴いてるんです!」

 

 伊井野はスマホを操作し、イヤホンの片方だけを渡してくる。耳に入れると、その瞬間イヤホンから環境音が聞こえてくる。

 

「…作業用BGMか。確かに、これならリラックスして勉強出来るな」

 

 音楽を聴きながら勉強する人間もいるが、歌が入ってきて煩わしい時がある。歌が入ってこなくなった時は、集中している証拠だと言うらしいが、どうしても歌に集中する者も少なくない。

 

「でしょう!?私のお気に入りなんです!次のも、結構オススメなんです!」

 

 こういうリラックス系なら、聴いてみてもいいかもな。そう思ったの次の瞬間。

 

『ンエエエヴアアアア!!ンンエエヴアアアァァアア!!』

 

「!?な、なんだこれ!」

 

 俺はいきなりの騒音に、思わずイヤホンを取り外した。何今のよく分からん音。怪獣の雄叫びでも聴いてるんかと思った。

 

「い、伊井野…。今のは…?」

 

「どうですか?落ち着くでしょう?ラクダの鳴き声

 

「ラクダの鳴き声!?」

 

 なんてもんを作業用BGMにしてんだよ。勉強に集中出来ねぇよこれ。

 

「こ、このこと他の人に喋っちゃダメですよ?こばちゃん以外には内緒ですっ」

 

「お、おう……」

 

 伊井野は恥ずかしがりながらそう言った。

 多分、言っても誰も信じてもらえねぇよ。風紀委員が勉強の際に視聴している作業用BGMがラクダの鳴き声とか、誰が信じるんだそんなこと。

 

「他にも、象の鳴き声とか、カバの鳴き声とかもありますよ?聴きますか?」

 

「い、いや、動物はいいや。とりあえず作業用BGMで使ってんのは環境音と騒……動物の鳴き声ってことなんだな」

 

「はいっ!」

 

 伊井野がチョイスする動物全部大きいやつばっかりなんだけど。多分ほとんど騒音だぞ。落ち着くどころの話じゃないだろうよ。

 

「あ、後こんなのも入れてるんです。…でも、ちょっと恥ずかしいな…」

 

「ま、まだ何か入れてるのか?」

 

「色々入れているんですけど、これが私の一番のオススメなんですっ。……笑いませんか…?」

 

 ということは、一般的には笑われるようなBGMってことなんだろうな。さっきのラクダの鳴き声は笑うどころではなく、軽く恐怖だった。これを超えるものは中々ないだろう。

 

「…まぁ、笑わねぇよ。どんなの聴いてようが、伊井野の勝手だし。人の趣味を否定することはしない」

 

 嘘はついていない。事実、さっきのは笑える要素が一つもない。怖いとしかいいようがない。それに、こういったマイナー方面のBGMを聴いて落ち着くって人は世界にいるだろうし。

 

「比企谷先輩……」

 

「…それで、伊井野のオススメというのは?」

 

「は、はい…。…そ、それじゃあ、流しますよ…?」

 

 俺はイヤホンを再び耳に入れ、伊井野の一番のオススメの作業用BGMを聴く。

 あれだけインパクトの強いBGMが来たんだ。電車の騒音だろうが肉を切る音だろうが、多分大丈夫だ。

 

『ああ……君は偉いよ。とても頑張ってる。そのままの君でいいんだ。君はいい子だ……。大丈夫……大丈夫だから……。辛いよね…?泣きたい時には泣いていいんだよ…。…大丈夫。僕は君の味方だよ』

 

「………」

 

「ど、どうでしたか?」

 

 …癒されるとかリラックスするとかそんなチャチなレベルじゃない。完全に洗脳のレベル。これ完全に病んでるやつが聴きたがるやつだろ。お前そこまで追い詰められていたのか。

 

「…伊井野」

 

「は、はい?」

 

「…なんかあったら俺に話せ。出来る範囲で俺がなんとかする」

 

「えっ…?」

 

 偏見かも知れないが、これを聴くってことは相当精神的にキている証拠なんだろう。もしかしたら、素でこういうのを好きなのかも知れない。

 ただ、中学や高校で伊井野が疎まれているのはよく聞く。それが精神的にキて、これに縋っている可能性がある。

 

 どちらにしろ、相当なストレスは溜めないに限る。大仏曰く、だいぶメンタルが弱いらしいからな。これ以上放っておくと、多分今以上にヤバくなるかも知れない。

 

「…先輩……」

 

「え」

 

 なんで今日一癒された顔してるの?え、俺何か言った?

 

 ※伊井野視点

 

『なんかあったら俺に話せ。出来る範囲で俺がなんとかする。(辛いことがあれば俺に話してこい。俺がお前を助けてやる)』

 

「優しい…」

 

 だからなんでこんなうっとりしてるの?俺お前にそんな顔されるようなこと言ったか?

 

「先輩のヒーリングボイスも欲しいな…」

 

 伊井野が小さくそう呟いた。

 小さすぎて聞こえないとか、そんな難聴系主人公ではないのがこの俺、比企谷八幡。

 

 故に、伊井野が呟いた言葉もしっかりと聞こえてしまったのだ。

 

 俺の声録音してどうすんの?まさかそれ作業用BGMにするとか言わないよね?新手のヤンデレかな?怖いよ。後、怖い。

 

「…ひ、比企谷先輩って声優になったりしないんですか?結構、良い声とか言われませんか?」

 

「い、いや。そんなことは一度もないな」

 

 俺の中を演じてる人は大声優だけど。多分ネットで探せば俺を演じてる声優さんのヒーリングボイスとかあるだろうけど。

 

「お待たせしました」

 

 すると、店員が俺達が頼んだ品を次から次へと運んできてくれる。俺がドリアとチキンなのに対して、伊井野はその2つプラスハンバーグという。

 

「…とりあえず、飯食べるか」

 

「はいっ!」

 

 作業用BGMのことは一度置いて、俺達は空かしたお腹を満たすために運ばれた料理を食べ始めた。

 

 小町以外の誰かと食べに行くってのも久しぶりだな。普段は生徒会室で一緒に食べたりする人間がいるけど、こうして誰かと食べに行くのもなんだか新鮮な気がする。

 

 まぁそれはそれとして。

 

「お前もうドリア食べたの?」

 

「?はい」

 

 俺がまだドリアを食べている最中、彼女は既にドリアを平らげていた。どころか、チキンも残り2本、ハンバーグも既に半分といったところだ。

 

「食うの早ぇな」

 

 目の前にいるのはカービィを擬人化したやつなのだろうか。小さい身体なのにとんだ大早食いキャラて。

 そんな彼女の大早食いを気にせず、俺は自分のペースでドリアとチキンを平らげた。

 

「…ごっそーさん」

 

「ごちそうさまでしたっ」

 

 食器等は後から店員が運んでいってくれた。机の上にはスペースが空いたので、伊井野はノートや教科書を取り出して勉強を始める。

 

「そういえば勉強見るって約束だったな。でも、ずっと学年1位のお前が俺に聞くことなんかあるか?」

 

 習っているところは違うとはいえ、頭の良さだけで言うなら俺より上なはず。そんな彼女が俺に国語を教えて欲しいというのは、どうにも腑に落ちない。

 

「私だって完璧ではないんですよ。間違えることだってあります」

 

「…まぁ教えるから来たんだし、別にいいけど」

 

 国語なんて文章読んだら答えがあるし、漢字や四字熟語なんざ覚えるだけだ。英語だって、国語と対してやることは変わらない。ただ覚えることが多いくらいだろう。

 彼女は黙々と勉強をして、それを横目に俺はスマホをいじる。

 

「比企谷先輩、ここの古文なんですけど…」

 

「…それはだな…」

 

 伊井野から時々ヘルプが入るくらいで、彼女はほとんど一人で勉強していた。それが数時間の間しばらく続き、いよいよ俺が呼ばれた意味が分からなくなってきた。

 

「…ふぅ。今日はここまでにしておこ…」

 

 伊井野はノートと教科書を鞄にしまう。どうやら、ひと段落ついたようだ。

 

「では、そろそろ出ましょうか」

 

「お、そうだな」

 

 俺達は伝票を持って、会計を済ませ、サイゼから出て行った。スマホで時間を確認すると、そろそろ16時ぐらいに差し掛かるぐらいだった。

 

「今日はありがとうございました。短い間でしたけれど、先輩と一緒にご飯食べて、学校じゃ出来ないお話が出来て、楽しかったです」

 

「…そうかい」

 

 俺はお前のあらゆる闇を垣間見たことに少し後悔してるよ。

 

「…また」

 

「ん?」

 

「また、勉強見てくれますか?」

 

「…ま、いつかな」

 

 こんな懇願するような表情で頼まれたら、断りたくても断れねぇよ。全く、圭といい、伊井野といい、ちょっと全員あざといんじゃないですか。

 

「それじゃあ、また連絡しますね?比企谷先輩、ちゃんと返してくださいよ」

 

「分かった分かった。じゃ、お疲れさん」

 

 こうして、伊井野と別れた。伊井野は人混みに紛れて、去って行く。

 

「…帰ろ」

 

 伊井野の後ろ姿が見えなくなったことを確認した俺は、我が家へと向かって帰り始めた。

 




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