昼休み。
普段教室に居場所のない俺は、ベストプレイスで一人で静かに過ごしていた。それがここ、学校の敷地の端にある木陰。ここなら周りはうるさくないし、何よりそんなところまで行くような物好きはいない。つまり、この場は俺が支配したと言っても過言ではない。
この木陰で涼みながら昼休みを過ごす。この時間は嫌いじゃあない。むしろ、好んでいると言ってもいい。それにこの芝生の絶妙なふさふさ感が堪らないのだ。時々、ここに寝転んで睡眠を取って、5限目に遅れることがある。
きっとこれが、俺の青春なんだろう。
パンを食べ終え、マッカンを飲み干した。ケータイに表示された時間を確認すると、昼休み終了まで時間はある。
俺はパンの袋ゴミをポケットに突っ込み、腕を頭の後ろに組んで寝転ぶ。そして瞼を閉じて。
「おやすみ」
しかし。突如として、このベストプレイスに雑音のような声が響き始める。
そういえば、
「おやすみ、じゃないですよ!起きてください!」
ここ最近、このベストプレイスに俺以外に足を踏み入れる者がいる。一人はお供的な存在。しかしもう一人は、喧しく、俺がベストプレイスで安眠を取ることを妨害する元凶。
「寝ようとしてたでしょう!また授業に遅刻してしまうと、何回言ったら分かるんですか!?」
「
目の前に立っている茶髪の小柄な女の子、伊井野ミコ。とある出来事から関わるようになった、1年生である。隣にいる丸眼鏡の子は、
そんな二人が最近、ベストプレイスにやってくるのだ。
「比企谷先輩が不真面目なだけです!大体、なんでここで食べてるんですか!教室で食べたらいいのに!」
「ミコちゃん。それ以上は先輩に精神的ダメージを負わせることになるから、やめてあげて」
よく分かっているではないか大仏。
時々、伊井野ってどストレートで発言することあるから、俺の精神がゴリゴリに削られる。
「とにかく、比企谷先輩には一度お説教をしなければなりません!」
「いや俺に説教するより、他の連中を取り締まれよ」
この伊井野という少女は、少々気難しい性格をしているのだ。
ここで知らない読者の方々に、説明しよう。
精励恪勤、品行方正、そして頭脳明晰。要するにクソが付くほど真面目で、学年一位の成績を誇る。下手すれば、過去の白銀を凌駕するほどの知能の持ち主。
実力で言うなら、次期生徒会長になってもなんらおかしくないだろう。
ただ、真面目過ぎるが故に、彼女は周りから疎まれている。たまにクラスとかでよくいる人物だ。真面目だが、だいぶ面倒くさいやつ。彼女はまさしくそれ。
不良だろうが人気者だろうがなんだろうが、校則違反をしていたら遠慮なく取り締まる。そこが彼女の強みではあるが、周りからすれば、それが鬱陶しいと思うのだろう。遊び盛りの彼ら彼女らからすれば、伊井野ミコという存在は害でしかないということだ。
「ガミガミくどくど!あーだこーだ!」
今も、こんな風に俺にありがたいお説教をしている。そんな最中、黙って見ていた大仏が介入する。
「でも遅刻以外に、校則を破ってはいないし、その辺りでいいんじゃない?」
「ダメ!ちゃんと正さないと、比企谷先輩のためにも、学校のためにもならないの!」
この少女、伊井野ミコは、事あるごとに突っかかってくる。嫌われているのかどうかは分からないが、俺の素行を正そうとして、毎日毎日毎日ベストプレイスに足を運んでくる。
「まぁ待て、伊井野。俺にも言い分はある」
「…なんですか?」
「世の中には重役出勤って言葉があるだろ?エリート思考の強い俺は重役になったと…」
「先輩の志望は専業主夫って言ってませんでした?働いたら負けとまで言ってましたよ」
クソッ。確かに伊井野に言ったけども。そんなどうでもいいこと何覚えてんだ、この小娘。
「あ、アレだアレ。そもそも遅刻が悪って決めつけるのがおかしいんだよ」
「は?」
うわ怖っ。今の「は?」って、およそ先輩に向けて放つ声色じゃなかったんだけど。
「いいか?警察は事件が起きてきてから初めて動くし、フィクションの世界でありがちなヒーローだって遅れて登場するのがお約束展開だ。だからって、彼らを責める者がいるか?」
「た、確かに…言われてみればそうですけど…」
おっ、これは後一押しか?
「つまり、これはもう逆説的に言って遅刻は正義…」
「そんな正義があったら何十年後には世界が破滅しますよ。ミコちゃん、比企谷先輩の嘘に騙されないでね」
「えっ、嘘?」
クソっ、大仏め。後少しのところで邪魔しやがって。
伊井野は真面目で正直過ぎる分、騙されやすいのだ。今の俺の言葉に、伊井野は傾きかけていた。
言い方悪くするとチョロいのこの子。可愛い可愛いって押しまくればお持ち帰り出来ちゃうくらい、チョロインなのだ。
そんな伊井野は騙されたことに怒りを抱き、顔を真っ赤にする。そして、嘘をついた俺に激昂。
「信じられない!絶対許しませんから!今日という今日は、その腐った性根を叩き直します!」
余計面倒なことになってしまった。結局、昼休みの終わりのチャイムが鳴るまで、伊井野の説教は続いたのだった。
今度から生徒会室でご飯食べようかな。