やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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生徒会は祝いたい

「…なんでこのクソ暑い時に学校行かなきゃならんのだ」

 

 俺はそう忌々しく呟いた。

 昨日の夜、突然に白銀から生徒会室に招集がかかったのだ。内容は未だに不明だが、とにかく早く来いとのことだ。しかも今の時刻は、夕方の17時。急に夕方に招集するとはどういう了見なんだろう。

 

「サボろっかな…」

 

 制服にまで着替えたのだが、やはりこんな時間帯に呼び出されて学校に行くのは面倒くさい。俺がいなくても仕事は回るだろうし、サボってもちょっと怒られるぐらいだ。

 

「…はぁ」

 

 俺は溜め息を吐いて、部屋から出て行った。夕方とはいえ、夏ゆえに気温が高い。そんな真夏の夕方の空の下、俺は気怠げに秀知院を目指して歩いていく。

 

 徒歩と電車で登校にそこそこ時間のかかる秀知院までの道のり。電車の中で冷房が効きまくっているが、そこからまた秀知院まで歩くと汗をかいてしまう。暑かったり涼しかったりラジバンダリってな。

 

 気が滅入りながらも、ようやく秀知院に到着。部活生などが出入り出来るように、普段と変わらず秀知院は開放されている。

 折角生徒会が終わって、夏休みは学校に来なくていいと思ってたのに。校長の面倒ごとのせいで学校に来なきゃならんとはな。

 

 俺は正門を潜り、真っ直ぐ生徒会室へと向かった。

 夏休みだからか、生徒会室までの道のりには誰一人として見つからない。こんなに静かな廊下を歩いたのは、初めてかも知れない。普段は騒々しいぐらい賑やかなのに。

 

 そんな静かな廊下を歩き、見慣れた生徒会室を前にする。生徒会室の扉を開け、中に入ると。

 

「誕生日おめでとう(ございます)!!」

 

「お?」

 

 生徒会室に入ると、4人同時にクラッカーを勢いよく鳴らされる。だけでなく、部屋の中には謎に凝った飾りが付けられている。突然の異空間に、俺は戸惑いを隠せない。

 

「…なんだこれ」

 

「反応が薄いですよ比企谷くん!今日は比企谷くんの誕生日なんですよ!」

 

「……あ」

 

 8月8日。そういえば今日って俺の誕生日だった。スマホを確認してみると、ホーム画面に朝8時ぐらいに1通の通知が来ていた。

 内容を見ると、小町からの誕生日のお祝いだった。

 

 全然気づかんかった。

 朝起きたの10時半過ぎだし、そっから昼飯食ってゲームして本読んでだったから、スマホを一切触ってなかった。つーか普段から家であんま触らないし。

 

「その反応、まさか自分の誕生日忘れてたみたいなそんなオチですか?」

 

「…まぁな。妹以外にちゃんと祝われたことなんて、あんまないからな」

 

 白銀とは事情が違うが、自分の誕生日が平日と変わらんのは同意出来るのだ。

 別に祝われなかったからって、拗ねたり悲しかったりしない。今までずっとそうだったから。ずっと小町に祝ってもらってたから、それでいいと思っていた。

 

 けど、なんなんだろうか。小町に祝ってもらうときとは違う何かの感情が、心から溢れてくる。夏だと言うのに、なんだか心が温かくなる錯覚を起こしてしまっている。

 

 この生徒会室に飾り付けをしていたあたり、前からこういう風に実行しようと、俺がいない間に話し合っていたのだろう。

 

 別に俺の誕生日を祝う必要なんてないのにな。祝ったところで、こいつらに何かメリットがあるわけじゃないのに。

 

「…ありがとな」

 

 誠心誠意を込めた感謝の言葉。俺の誕生日を祝う物好き達に、そう短い言葉を送った。

 

「ひ、比企谷くんが笑いましたよ!?あんな優しい笑い方、今まで見たことありますか!?」

 

「…比企谷先輩がそういう風に思ってくれたなら、祝った甲斐がありましたね」

 

 各々が大袈裟なリアクションを取ることで、なんだか恥ずかしくなってくる。自分の誕生日を祝われるのってこんな恥ずいもんなんか。

 

「比企谷、これはお前への誕生日プレゼントだ。高価なものじゃないが、受け取ってくれ」

 

「…タンブラーか」

 

 白銀から受け取ったのは、鼠色のタンブラーである。確かに高価ではないが、実用性は高い。帰ったらマッカン注いで使っちゃお。

 

「サンキュ。ありがたく使わせてもらうわ」

 

 一つ目の誕プレはタンブラーだった。白銀の次に、誕プレを差し出してきたのは、石上である。

 

「比企谷先輩、誕生日おめでとうございます。これどうぞ」

 

 石上からの誕プレは、最近流行りのAirPodsという高性能のイヤホンである。

 

「比企谷先輩、よくイヤホン使いながら作業してるのを見るんで。それだったら、もう少し性能を高くしたAirPodsなら喜んでくれるかなと」

 

「マジかお前。これ1、2万するだろ」

 

「お世話になってる先輩への誕プレですし。気にしないでください」

 

 えー待ってこの子めっちゃいい子。なんでこんないい子が嫌われてんの?もし俺が女子なら告るレベルまである。逆にこいつが女子でも告るレベル。

 

 いや本当。泣きそう。先輩嬉しいよ。

 

「…や、ありがとね。うん、ありがと」

 

 こんなもん大事に使うに決まってんだろがい。なんなら部屋にオブジェとして飾るまである。

 

 いや使えよ。

 

「はーい石上くんのターンは終わりですよ〜」

 

 今度はダークマターを擬人化した藤原。藤原の誕プレは一体。

 

「比企谷くん、誕生日おめでとうございますっ」

 

 彼女は満面の笑みで俺にプレゼントを渡す。そのプレゼントとは。

 

「はいこれ!ぬいぐるみです!」

 

「……おう」

 

 藤原から渡されたのはぬいぐるみだった。まぁ誕プレを貰って嬉しくないわけがない。嬉しくないわけがないのだが。

 

 何だこれ。黄緑の鳥の上に赤色の鳥が乗ってる。見たこともないぬいぐるみなんだけど。

 

「…これなんのぬいぐるみ?」

 

「知らないんですか?とっとり鳥の助のぬいぐるみです!」

 

 なんと俺に渡したぬいぐるみの正体は、以前藤原が勧めてきた映画、「とっとり鳥の助」のぬいぐるみであった。

 流石はカオスの藤原。脅威の変化球過ぎて反応出来なかった。キレッキレかよ。

 

 つーかこれどこに売ってんだよ。

 

「…うん、ありがとな。部屋に飾るわ」

 

「はいっ!」

 

 こうも嬉しそうにしてるとさ。飾らないわけにはいかなくなるんだよ。藤原ってそういうとこズルいよね。天然っ子め。

 

「最後は私ですか。…比企谷くん、確か前にこの本を読んで見たいとおっしゃってましたよね」

 

 四宮が紙袋から出したのは、なんとラノベである。作品名は「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」だ。

 

「これ、結構流行ってるラノベですよね」

 

「まだ持ってないのだろうと思い、全巻購入しました」

 

「マジかお前」

 

 俺だって全部のラノベを読破してるわけじゃない。嗜好に沿ったラノベを選んで買っている。

 このラノベは、どうしようもない捻くれ者の主人公と、四宮みたいなお嬢と、早坂のギャルモードのようなクラスメイトが織りなす学園ラブコメ。前々から気にはなっていたのだが、生徒会が忙しかったり、外がクソ暑いため本屋に寄ることがなかったのだ。

 

「…ありがとな四宮。暗殺者の卵とか思っててごめんね」

 

「後半必要のない言葉です」

 

 タンブラー、AirPods、鳥の助、ラノベ全巻。

 

 こんな盛大に祝われたのは、一体いつ以来なんだろうか。

 両親にすらあまり祝われることもなく、ずっと小町だけに祝われてきた。

 

 それでも十分嬉しかったのだが…。

 

「…あれ、なんだこれ。なんか目から水が。なんでこんなんなってんの?」

 

「えっ比企谷くん!?」

 

「やっべなんか止まんねぇんだけど。ちょ、誰かティッシュ貸して?こんな状態異常いらねぇんだけど」

 

 目からポロポロと零れ落ちる。

 正体不明の異常事態。何?俺このまま死ぬのん?

 

「…まさか泣くとはな」

 

「…な、く?」

 

「比企谷先輩、それは涙ですよ。何ですかその初めて感情を覚えたロボみたいな反応」

 

「コレガ、涙?コレガ、感情?」

 

「ふふ、なんでそんなカタコトになるんですか」

 

 四宮はティッシュを差し出す。俺はそのティッシュを使って、原因不明の溢れ出る水を拭き取った。

 

「…あー焦った。危うく死ぬかと思った」

 

「涙だけで大袈裟ですよ」

 

 いや急に目から水が出たらビビるだろ怖がるだろ。

 

「今日はお前が主役だ比企谷。生徒会のみんなで金を出し合ってケーキも購入したんだ」

 

 白銀は机の上に、ケーキボックスを置く。箱からホールケーキを取り出し、ロウソクを刺していく。そして、1本1本丁寧に着火していく。

 

「藤原書記、電気を消してくれ。石上、カーテンを」

 

 藤原は部屋の電気を消して、石上はカーテンを閉める。ロウソクの優しい光が、一部分を照らしている。

 

「うわ一気に誕生日感がする」

 

「そりゃ誕生日ですからね」

 

「…それじゃあみんな行くぞ。せーの」

 

 白銀の合図で、みんなは誕生日ではお決まりの歌を歌い始めた。

 

 本当……物好きなやつばっかだよな。この生徒会のやつらは。

 

 俺はこの空間が心地良いと最近思っている。恋愛に必死でアホみたいな駆け引きをする白銀と四宮。カオスをぶっ込むことで周りを歪めていく藤原。ネガティブ思考ですぐに死にたがる石上。

 

 一癖も二癖もあるこの生徒会なのだが、そんな生徒会が嫌いじゃない。仕事は嫌いだけど。

 

「はっぴばーすでーとぅーゆ〜……。さぁ、思い切り消すといい」

 

 歌が一頻り終え、俺はロウソクに着火している火を吹き消した。全てが消えると、周りから拍手が送られる。

 

「…ありがとな」

 

 多分、忘れない誕生日になっただろう。これは黒歴史でも苦い過去でもなく、きっと良い思い出になる。

 そんな余韻に浸りながら、彼ら彼女らとケーキを一緒に食べた。5人で分けたから、すぐにケーキは跡形もなく消え去ったのだが。

 

 誕生日会が終わり、俺はみんなから貰ったプレゼントを大きい紙袋に入れていると。

 

「少しいいですか、比企谷くん」

 

「?どうした」

 

「早坂からのプレゼント。今日は仕事だから来られないけど、プレゼントを渡して欲しい、とのことです」

 

 そう言って早坂のプレゼントを受け取った品は、黒色一色のミサンガであった。

 

「因みに市販の物ではなく、早坂が自分で作ったミサンガだそうですよ。後でメールか何かでお礼を言っておきなさい」

 

「…あぁ。そうだな」

 

 俺は利き手の手首にミサンガを着けた。

 確かミサンガって、切れるまではずっと着けた方がいいみたいな話を小町から聞いたことあるな。

 

 まぁ邪魔にならんし、別にいいか。

 まさか俺がミサンガを着ける日が来るなんてな。小町に言ったらきっとびっくりするんだろうな。

 

 今日は本当に、思い出に残る一日だった。

 

 プレゼントを持って帰った俺は、白銀から貰ったタンブラーにマッカンを注ぎ、石上からくれたAirPodsで音楽を聴きながら、四宮が購入したラノベを読み始めた。そして無機質だった俺の家には、藤原から貰った鳥の助を置くことで、ほんの少し明るくなる。

 

 そんな思い出に残った日の翌日。

 

「誕生日プレゼント渡しそびれてすみませんでした!」

 

「いや、そんな気にしてないし…」

 

 堅物風紀委員の伊井野がわざわざ誕生日プレゼントを渡すためだけに、我が家に突撃してきたのだ。

 こいつが俺の家を知ってるのは、入院してる最中動けないので、家にある必要品を持ってくるように頼んだからである。

 

「これって、とっとり鳥の助のぬいぐるみですか?」

 

「そんな有名なのこれ」

 

 ていうか今更なんだが、女子を家にあげちゃってるよ俺。なんかそう考えると、ちょっとドキがムネムネする。伊井野も伊井野で、なんの警戒もなしなのね。普通異性の部屋に上がるのって抵抗感あるもんじゃないの?

 

「あっそうだ。これ、先輩の誕生日プレゼントですっ!」

 

 伊井野が紙袋を渡す。その紙袋から、誕生日プレゼントを取り出した。中から現れたプレゼントは。

 

「ウエストバッグか。ていうか、しかもこのブランド…」

 

ディーゼルです!」

 

 俺でも知ってる有名ブランドじゃねぇか。この手のバッグって、石上のAirPodsと同等かそれ以上の値を張るもんじゃ…。

 

「…結構な値段したんだろ。いいのか?」

 

「はい。…()()()()()だから、いいんです」

 

「…そうか。じゃ、ありがたく使わせてもらうわ」

 

「はい!」

 

 石上も伊井野も、本当にいい後輩だ。なんでこんないい後輩が周りから嫌われるのかが全く分からん。先輩嬉しくて泣いちゃったしね。

 

「そういえば比企谷先輩。この右手のミサンガは…?」

 

「これか?同じクラスの女子に貰ったやつでな。手作りミサンガらしい」

 

 昨日早坂にラインで礼をしたところ、「簡単に作れるものだから気にしないで」とのことだった。こういった手作りのプレゼントも、また違った温かみがあっていいな。

 

「…比企谷先輩。よければその女性の名前、教えてもらってもいいですか?」

 

「?言っても多分知らんと思うが…」

 

教えてください

 

「お、おう…」

 

 なんだか伊井野から圧を感じる。先程までの無邪気な笑みが消え、無機質で冷たい表情になっていた。

 

「…早坂って言って分かるか?結構なギャル」

 

「…早坂……。あの金髪の女性ですか?」

 

「まぁそうだな。ていうか、知ってたんだな」

 

「はい。服装の乱れで校則を破ってますから、風紀委員でもブラックリスト扱いにしてます」

 

「だろうな…」

 

 ま、あんなギャルギャルした格好すりゃあ、風紀委員に目をつけられても仕方ないわな。

 

「…比企谷先輩。先輩の交友関係に文句を言うわけではありませんけれど、付き合う人は考えた方がいいですよ。野蛮な生徒に影響された生徒が校則を破るというケースも、ないわけじゃないですから」

 

「まぁ確かにあの手の人間は俺の苦手な人種だけどな。けど、別に悪くはないぞ」

 

「ただでさえ比企谷先輩は時々遅刻したりしてるのに、あの人と関わったら遅刻だけじゃ済まないですよ」

 

「…お前どうした?早坂のこと、嫌いだったりすんの?」

 

「校則を破る人は嫌いです。それを直すならまだしも、直さない人は尚更」

 

 確かに普段のギャルモードの早坂を見れば、風紀委員の伊井野からしてみたらあまり好印象ではないのだろう。

 早坂がわけあってギャルになってることを話すことも出来ない。伊井野が抱く嫌悪感も、分からないわけではない。

 

「まぁあれだ。別に俺は変わらんし、あいつになんか影響を受けるほど人間性が揺らいだりはしねぇよ。これからも時々遅刻程度で済ませる」

 

「いや遅刻はしないでください。そんな遅刻して当たり前の考えは今すぐ捨ててください」

 

 と、冷静なツッコミを入れられる。

 

「まぁ比企谷先輩のことですから、そんな下らない影響は受けないと思いますけど。十分注意してくださいね」

 

「へいへい」

 

 プレゼントを貰ったと思いきや、家の中でもお説教。

 早坂の名前が出た途端機嫌が悪くなるあたり、本当に自分の正義を全うしてるのが分かる。代わりに猪突猛進っぷりが凄いけど。

 

 しかし、俺は勘違いをしていた。伊井野が早坂に抱く嫌悪感を。

 

 伊井野が何故、早坂に嫌悪感を抱くのか。

 

 本当のことを知ることになるのは、まだまだ先の話であった。

 

 

 


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